第2節 凡人のさんざんな1日

[中都高校_2年廊下]


 予鈴のチャイムが鳴る。


男子学生1「よーっす、東堂。小テストの対策してきたか?」

章    「あー、まあ、さらっと復習したくらい……。今、部活のほうがちょっと忙しくてさ」

男子学生2「部活……ああ、お前、演劇部だったっけ。最近の演劇部、ますます話題だよな!」

男子学生1「コンクールにも出るんだろ? ほら、神楽有希人がいる学校が、去年最優秀賞だったやつ! 神之だけが目立ってるかと思ってたけど、叶もすごいんだよな~!」

男子学生2「で、お前は演劇部で何してんだ? 雑用?」

章    「雑用……。はは……」


章    (慣れてる。こういう反応。俺って、台本書いてますって見た目じゃないし。……いや、それどんな見た目だって話だけど!)


章    「えっと……こう見えて一応、台本書いてるんだよねー」


男子学生1「ええええ、マジで! 東堂が!?」

男子学生2「あはは! お前が台本って。こないだの現国のテスト、凡ミスして、平均すれすれとか言ってなかったか?」

章    「……はは。だよなー!? 解答欄ずれててさ! ちゃんと書けてんのかどうか、いつも不安!」


章    (あ……いけね、忘れてた。北兎に聞きたいことあんだった)


章    「ごめん。用事思い出したから、ちょっと行くわ! 俺のことはともかく、演劇部、よろしくな!」

男子学生2「おう。また後でな!」


 ロキと真尋がちょうど廊下を通りかかる。


真尋   「ちょっと聞こえちゃったね。雑用って……」

ロキ   「あいつ、燃やすか」

真尋   「ダメだよ、ロキ。俺も口出しそうになっちゃったけど」

ロキ   「フン。地味助はたしかに地味だけど、あいつで遊んでいいのは、総介と俺と律だけだ!」




[中都高校_1年廊下]


章    (……1年の教室に1人で来るのって、なんかちょっと緊張すんだよな。知り合い少ないし。学年が違うから、当たり前なんだけど。……知り合い、か。北兎の奴は、相変わらず1人なのかな。演劇部があればいいって言ってたけど……。個人的には、友達はいたほうがいいと思うんだよなぁ)


章    (……でもきっと、北兎にとっちゃ余計なお世話なんだろうなーこれも。「黙っててください地味先輩」とか言いそう、てか絶対言われる)


章    「北兎は、と……あ、いたいた」


律    「――だから、ロキ子……あの金髪の女の子は、演劇部の公演にはもう出ないんだってば」

男子学生3「え~、そこをなんとか! また会いたいんだって!」

律    「無理。どうしても会いたきゃ、俺じゃなくてロキに頼んでみれば?」

男子学生3「ロキ……ああ、神之ロキ先輩! あの人神々しすぎて、話しかけづらいんだよな」

律    (そりゃ神々しいでしょ。神だし)


男子学生3「ってか前から気になってたんだけど。北兎、なんで最近ぬいぐるみ抱えてんの?」

律    「っ! か、関係ないでしょ!」

男子学生3「さては手作り? 誰かからのプレゼント? もしかして、彼女だったりするのか!?」

律    「勝手に盛り上がらないで。彼女じゃなくて衣月さんの手作り」

男子学生3「南條先輩!? うっそ、あの人才能あふれすぎでしょ!」


律    (そりゃ俺だって、ノルッパは好きだけど抱えて歩きたいわけじゃない。でも、オーディンがまた勝手に入って動き出されたら困るし。こうして持っておかないと……)


 章、律たちに近づく。


章    「あー、えっと。話してるとこごめん。北兎、ちょっといい?」

律    「東堂先輩? ……迷子ですか?」

章    「誰が校内で迷うか! 劇伴のことで聞きたいことがあってさ。少しだけ、いいか? 昨日、今までの公演の動画をざっと見てて、気になったんだ。音楽のタイミングと、ボリュームなんだけどさ……」

律    「ああ、俺も相談したいと思ってました。けど、そのためにわざわざ来たんですか? 聞きたいならメールでも済みますし、部活の時でもいいと思うんですけど」

章    「そりゃそうなんだけど、気になっちゃったら待てなくてさ。それにほら、こういうのは顔見て話したほうがいいだろ? メールとかだとテンポが悪いというか、細かなニュアンス伝えづらいし……って」

男子学生3「……」


 章、男子学生の視線に気づく。


章    「あ……そっか、話、途中だったよな! ごめん邪魔して! 北兎はお返しします! その、こいつと仲よくしてやって……とかは俺が言えることじゃないよなー。あはは……。ごめん、なんでもない! じゃあな北兎、また放課後に話そうぜ!」


 章、その場を立ち去る。


男子学生3「何、今の人……。北兎の知り合い?」

律    「……部活の先輩。演劇部の」

男子学生3「え、マジで? あんな地味な人、いたっけ。ってか先輩なんだ。落ち着きないし、同じ1年かと思った。はは!」

律    「……。……ほんと、うざいくらい不器用。確かにあの人は完全に地味。でも、いないと演劇部は成り立たない。だから、先輩のこと悪く言うのやめてくれる? あの人からかっていいのは、西野先輩とロキと、俺だけだから」

男子学生3「ふーん。いまいちパッとしないけど、北兎にとっては大事な先輩ってやつなんだな」

律    「は? 大事とか言ってない。ていうか邪魔、そろそろ離れて」

男子学生3「離れてっつっても、俺このクラスだしお前の隣の席だし! さっきの人も仲よくって言ってたじゃん。ってことで仲よくしようぜ。俺、前からお前ともっと話したいって思ってたんだよ!」

律    「俺は思ってなかったってば。もう……鬱陶うっとうしいなあ……」




[中都高校_演劇部部室]


 昼休み。


章    「お、今日の日替わり弁当は和食だ。学食もいいけど、やっぱ売店の日替わり弁当だよな。本を汚さないように気をつけないと。まだ誰もいないけど……いただきまーす」


章    (……この本、もうちょっとで読み終わりそうだな。さっさと食べて、別のを借りにいこう。想像だけで書けなくもないけど、ちゃんと調べるのって大事だよなー、安心感が違う)


 本を読みながら弁当を食べすすめる章。


章    「もぐ。……うおっ!? こ、この、グニュッとした感じ……しいたけ…………っ!! 食感とか、じゅるっと味がしみ出る感じとか。コイツだけはホント、無理……。ううう、でも母さんの声が聞こえてくるんだよな。しいたけ食べなさいって……。口つけちゃったしな……。覚悟を決めて……飲み込む! ……ごくっ」


章    「んんんん~~~! げほ、ごほっ! み、水……! …………はぁ。手強かったけど、なんとか食べたぜ。あばよ、しいたけ……。もう会いたくない」




[中都高校_廊下]


 部室から出ると、ちょうど衣月と鉢合わせる。


衣月   「あれ? 章、もう来てたんだ。早いね」

章    「はい。ダッシュで食べ終えて、図書室行くところです。別の本も借りたくて」

衣月   「そうなんだ。なんの本?」

章    「えっと、主に戯曲っす。あとは書きたい題材の話とか、資料とか。気になったものは片っ端から読んでます」

衣月   「ふふ。勉強熱心だね、章は。えらいえらい」

章    「いや、そんなこと全然……。むしろ、このくらいしないと書けないんで、俺」


雄一   「南條。やっぱここかよ」

衣月   「ああ、大道だいどう

章    「あ……大道長男……!」

雄一   「お前が欲しいっつってた、大道具に使えそうな廃材、なんとか手に入りそうだぜ」

衣月   「ホント? あれ、すごく使えそうだったんだよね」

雄一   「簡単だと思って引き受けたが、許可取るのに思いのほか手こずった。ったく、感謝しろよ」

衣月   「うん。ありがとう、大道」


章    「あ……。……ありがとうございます!」


雄一   「あん? お前……。……誰だっけ」

章    「ええっ!?」


章    (う、嘘だろ。あんだけいろいろあったのに……! いや、こいつに覚えられてなくても別にいいけど!)


章    「あはは……実はなんとびっくり! 俺も演劇部なんですよ。はい! 南條先輩の後光で消えかけてますし、いてもいなくても分からないレベルですけど!」

雄一   「……あん?」

章    「ひ……俺、このまま後光で消えます! 図書室行かなきゃなんでっ!」


 章、その場を去り、駆け足で図書室に向かう。


衣月   「……大道。うちの可愛い後輩をからかわないでくれる?」

雄一   「ふん。趣味の悪い自虐に乗ってやっただけだ。あいつは自分から進んで自分に目立たないキャラ付けしていやがるからな。あの拗ねた根性、叩き直してやったほうがいいんじゃねぇのか」

衣月   「はは。大道の人を見抜く力はすごいけど、すぐ荒療治に走らないでよ。章はああいうところを含めて章だし、そこが可愛いんだよ」


衣月   「でも……確かに、もっと自信を持っていいと思うんだけどね」




[中都高校_校門]


 放課後のチャイムが鳴る。


章    (いや……ホント、どうすんだよ、これ……。なんで俺が巻き込まれてんだ……?)


 10分ほど前。


章    (掃除当番の俺は、ゴミ箱を持って校門付近を通りかかった。そこで……)


他校女子生徒「あっ……あの、すみません! この手紙……っ!」


 章、一瞬舞い上がりかけ、すぐに真顔になる。


章    (このパターン。どうせまた、仲介だ。ほぼ南條先輩。最近は、たまにロキ。俺は、あの人らへの伝書鳩かっつーの!)


章    「あーはいはい。もちろん渡しときまーす。ええと? 宛名はどっちかな……っと……。……って……え? 『叶くんへ』? 叶くんへって……叶真尋くんへ!?!?」

他校女子生徒「はい! 私、このあいだの演劇部の公演がきっかけで、2年の真尋くんのことを知ったんです。そのあと動画を見て、一気に好きになって。気持ちが抑えられなくなって……!」

章    「いや、“真尋くん”て呼ばれるの初めて見たわ。じゃなくて……マジで、叶にラブレター……」


他校女子生徒「もし直接渡すのが難しいなら、真尋くんと同じ演劇部の人に渡してもらえればいいですから!」

章    「え、あ、いや俺も演劇部……!」

他校女子生徒「どうか、よろしくお願いします!」


 立ち去る他校女子生徒。


章    「ちょ、待っ……! 叶が出てたその公演、台本書いたの俺……とか言っても、意味ないけど……!」


章    (“真尋くん”て。……“真尋くん”て……! 叶。芝居以外の素の部分では、お前も俺と同じ癖っ毛地味属性だと思ってたのに……!)


章    「はあ……。どうしよう、この手紙……。いや、任されたんだから、渡すけどさ……」


章    (俺、今、生まれてはじめて、人間でよかったって感じてる。ウサギだったら、寂しさのあまり死んでる……)




[中都高校_廊下]


 とぼとぼと部室に向かう章。


竜崎   「ん? ……おい、東堂」


章    「ああ、でもウサギって可愛いし繁殖能力高いんだよな。そんな陽キャな動物に例えるなんておこがましいよな」


竜崎   「ウサギ……? なんの話だ?」

章    「わっ。育ちゃん、いつの間に!」

竜崎   「育ちゃん?」

章    「……竜崎先生」

竜崎   「お前、今日の日替わり弁当、完食したか? 大体いつも売店の日替わりだろ、お前」

章    「それ聞きにきたんすか? いや、ふつーに完食しましたよ」

竜崎   「……しいたけの煮物もか」

章    「……がんばりました。先生は?」

竜崎   「もちろん残した」

章    「……それ言いに来たんすか。つーか大人なら食べろよ……」

竜崎   「俺は大人だからな、選択の権利がある。自分の金で買ってんのに、誰があんなもん食うか」

章    「いや、なら最初から、しいたけ入ってるの買わなきゃいいじゃないっすか……。……はあ」

竜崎   「ツッコミが死んでるぞ。しいたけに精気吸い取られたか?」

章    「やー……なんかここんとこ、いつも以上に自分が平凡だって思い知らされてるっていうか……。平凡っていうか、もう今日に至っては認識すらされてなくて、無色透明っていうか……。いや、そりゃ見た目も中身もこうですし、あいつらが派手なんで、仕方ないんすけどね……」


章    「俺も一応演劇部のはずなんだけどなぁ……はは」


竜崎   「……ふーん」

章    「ふーんて。……あ、そうだ、先生。前から聞きたかったんすけど、先生たちが演劇部の頃は、台本って誰が書いてたんですか?」

竜崎   「……ほぼ鷹岡だ」

章    「はー、そうなんすね……。脚本担当 兼 演出担当 兼 役者って、マジ超人だなー。神楽有希人に加えて、そんな奴のいる虹架にじかけに勝てる台本なんて……俺、書けんのかなー……。なにひとつ、秀でたとこないのに……。あ、やばい。泣けてきた……はは……」


8章2節


竜崎   「……早く学校出ろ、お前」

章    「えぇっ!? 育ちゃんまで! なんで退学しなきゃいけないんすか! 存在感ないのって、もしかして校則違反!?」

竜崎   「違う。卒業したら飲みに行くぞって話だ」

章    「それよく言いますよね。なぐさめてくれてるのはありがたいんすけど、卒業しても18だし、飲んだことないけど、俺、たぶん酒も弱いです……」

竜崎   「ふん。俺も強くはない」

章    「えぇー……!? なんなんすか、もう……。すいません、今俺、まともにツッコめないっす……。失礼します」


章    「……はぁ……手紙、どうしよ……」


 章がとぼとぼと帰っていく。


竜崎   「……。……あーー」


竜崎   (生徒の励まし方って、どうするのが正解なんだよ。こういうの逃げてきたから、一切分からん。……んー……)

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