第8章 泥まみれの勇者

第1節 本読み

8章1節


[中都高校_演劇部部室]


章    「……すぅ……はぁ………………」

総介   「……」

章    「…………すぅうう………………はぁあああ……………………」

総介   「……食らえ! 奥義、アキの深呼吸破りィ!」


 総介、章の背中を思い切り叩く。


章    「うぇっぷ! げほっ!? ゴホゴホゴホッ!!」

総介   「……また、つまらぬものを斬ってしまった……」

章    「つまらぬもので悪かったな!?」

章    「ってか、そもそも前触れなく背中叩くなよ! 死ぬかと思っただろ!」

総介   「だって、アキを手にかけていいのは幼なじみのオレだけでしょ? 誰かにやられるくらいなら、いっそこの手で……!」

章    「重いよ! ていうか、わけを説明しろ、わけを!」

総介   「いや~、アキが緊張しまくってるみたいだったから、フランクにほぐしてあげようと思ってさ~☆」

ロキ   「確かに、緊張してるな。章って、本読みの前はいつもガチガチになってないか?」

総介   「そそ。中学の時も多少あったけど、2人芝居始めてからもっと緊張するようになったよね~!」

章    「だって……仕方ないだろ。本読みって、俺の書いた台本が、初めて全員に読まれる場なんだぞ。内容面白いと思ってもらえるかなとか、設定おかしくないかとか、オチはこれでいいかとか……緊張するだろ。そりゃ、いろいろ……!」

律    「先輩が緊張してもしなくても、本読みの結果は変わりませんよ」

章    「本日の辛辣!」

ロキ   「そうだぞ、地味助。もし総介が原因で、お前がヘルヘイム送りになっても、台本の内容はもう変わらないんだ。諦めろ」

真尋   「ヘルヘイムって?」

ロキ   「死者の世界だ」

章    「俺死ぬの!? 重ね重ね辛辣!」


8章1節


衣月   「ふふ。確かに本読みって、脚本担当としては緊張する瞬間だろうね」

律    「緊張……というよりは、ため息とともに生気が抜けていってる気がしなくもないですけど。同じ本読みでも、今日のは少し肩の力を抜いていいんじゃないですか?」

衣月   「そうだね。次の公演や文化祭……そしてサクラ演劇コンクールに向けて、どんな台本で作っていくか、みんなで検討する場なんだし。自由に意見を交わすためにも、もっと気楽に構えていいと思うよ」

総介   「そーそー、そゆこと! ってなわけで、アキにまーたムチャ振りして短い台本を何種類か用意してもらいました~! 甘いのから苦いの、切なめのまで盛りだくさん! まあいわば、2人芝居の“種”みたいなものだね。これをみんなに読んでもらって、意見出しあって、今後どんな芝居をやっていくか練ろうと思いまーす!」


総介   「さあさ~、お集まりの皆様。お好きな味から召し上がれ♪」


真尋   「東堂の台本、何種類も一気に読めるなんてすごくわくわくするよ。今、いつもより、もっと芝居がやりたい気分なんだ」

ロキ   「フフン、俺もだ! あ。すごい悪役が出てくる冒険譚とかどうだ? 総介がこないだ見せてくれたエイガみたいな、ド派手なアクション! 俺様向きだろ!?」

衣月   「ロキは運動神経が抜群だからね。アクションも、章が書くなら面白そうだ」

章    「おおお、俺を抜きにしてハードルがあがるあがーる……」

ロキ   「そういうのもやってみたいぞ。けど、まずは地味助の書いてきた台本だ。いろいろあるんだろ? さっさと読ませろ!」

章    「お、おう……。分かった。それでは、1本目……!」


 章、台本をめくる。


章    「これは、表向きはほのぼのした学園ものなんだけど、サスペンス要素を含ませてあるんだ。ターニングポイントを中盤に置いて、そこからは一気にシリアス。配役は――」


 誰かのスマホから、バイブ音が鳴る。


律    「この音……、誰か、電話鳴ってませんか?」

章    「あー俺のスマホだ。ごめん。……ってなんだ、母さんかよ。タイミング悪いな、もう!」

衣月   「出てあげたら? 急用かもしれないよ」

章    「いやー、急用なんてことないですよ。どうせ、次いつ帰ってくるんだとかそういう話……」


 鳴り止まないバイブ音。


章    「鳴りやまないし……なんだよもう。ごめん、すぐ戻る!」


 章、スマホを持って部室を出る。




[中都高校_廊下]


章    「もしもし!? いま部活中なんだけど――」

文子ふみこ   『あ、やっと繋がった。章、あんた次いつ帰ってくるの?』


章    (さすが母親。予想をまったく裏切らない……!)


章    「あー、そのうち帰るから」

文子   『そのうちって。来週の日曜はどう? ついてきてほしいところがあるのよ。スーパーモールの、マル得セール!』

章    「……は? スーパーモールの、なんだって?」

文子   『マル得セール。昨日お隣さんから聞いたんだけど、それはもう、すんごい安いらしいのよ! 服だって洗剤だって。お米なんか最高半額だっていうし! 荷物持ちしてくれない? あんたにも服買ってあげるわよ。どうせまた、ヨレヨレの着てるんでしょ?』

章    「ヨレヨレって……。つーか、なんで俺に頼むんだよ」

文子   『だってお父さんは釣りだっていうし、裕記ゆうきも用事があるっていうから』


章    (父さんと裕記、知ってて逃げたな……。使えない父と弟め……!)


文子   『あんたしか頼めないのよ。ね、お願い。フードコートで美味しいもの買ってあげるから』

章    「……いや、ごめん。悪いけど俺、今それどころじゃないから」

文子   『まぁ。それどころじゃないなんて、大人みたいな口きくようになっちゃって。お母さん悲しい! 章があんなに頼むから、時々帰ってくるって約束で総介くんと同じ遠い学校へ行かせてあげたのにっ』


章    (ぐっ。痛いとこ突かれた……)


章    「……あー、はいはいはい。分かった、分かりました! 帰れるか考えてみるから。今部活中だから切るぞ!」

文子   『はーい。じゃあまたね。しいたけ、ちゃんと食べるのよ!』

章    「しいたけだけは食べない!」


 章、電話を切る。


章    「スーパーモールのマル得セールって……話題がもう、平凡のド真ん中すぎるだろ……。んなことで、いちいち電話かけてくんなっての」


――――――

[回想]


文子   『章があんなに頼むから、時々帰ってくるって約束で総介くんと同じ遠い学校へ行かせてあげたのにっ』

――――――


章    「……へいへい。そうですね、そうでしたっ」


章    (週末か、どうすっかな……。いや、とりあえず今は、本読みだ)




[中都高校_演劇部部室]


 章、部室に戻る。


ロキ   「――全国トップ10って、そんなにすごいのか?」


章    (……ん?)


真尋   「何万人も受験している統一模試だからね。10本の指に入れるなんて相当だと思うよ」

律    「はい。本当にすごいと思います。さすが、衣月さんです」

衣月   「褒めすぎだよ。勉強してた範囲がたまたま当たっただけだから」

律    「でも、前回も、その前だって上位でしたよね? たまたまじゃなく、本当に実力だと思います」

衣月   「ありがとう。でも、実力といえば、律こそすごいと思うよ。曲をイヤホンのCMに使わせてくれないかって、直々にオファーが来たんでしょ?」

総介   「おっ。マジで!? やったじゃん、りっちゃん!

ロキ   「フン。律より俺のほうがすごいぞ。女子校ってトコでロキ様ファンクラブってのができたらしいしな!」

律    「もしかしてそれ、張り合ってるつもり? 全然羨ましくない」

真尋   「あはは。方向性は違うけど、北兎もロキも、すごい人気だね」


章    (……全国トップ10、CM起用……ファンクラブ……)


章    「ほんと、お前ら全員スーパーマンかよ……」


章    (それに引き換え俺は、模試といえば平均点マイナス3くらいのつまんない結果ばっか。企業のオファーなんかあるわけないし。道でお姉さんに話しかけられた! ついにモテた!? ……かと思えば、塾の勧誘だったし。……親からの電話は、スーパーの荷物係だし……平々凡々、略して、平凡…………)


総介   「お。アキおかえり~。文子元気だった?」

章    「元気すぎ。……って、人の母親を呼び捨てるなっつーの」

総介   「じゃあ、ふみぽよ!」

章    「フランクな友達かよ!」

総介   「響きが可愛くていいじゃん! 文子だってきっと気に入ってくれ――」

ロキ   「うん? 章、なんかちょっとやつれてないか? 廊下に出てただけなのに」

総介   「マジだ! 新手のダイエット法? しぼんだ? なくならないで?」

章    「なくならないっつーの! けど……テンションはしぼむ一方だぜ。叶とロキはもちろん、演劇部にはこんなすごい面子が揃ってるってのに、俺、凡人すぎて……。サクラ演劇コンクールで最優秀取れるような、いい台本書けるのかな……って……改めて……」

真尋   「東堂……」

章    「はぁ……はは、だめだよな。こんなこと自分で言ってたら、もっと影薄くなりそう。ただでさえ、存在感ないのに……。……はぁ…………」

総介   「……」


 総介、一瞬真面目な表情で章を見る。


総介   「アキ~、もっと自信持ちなさいよ! あと、しいたけちゃんと食べなさい?」

章    「やめい。そのモノマネ、相変わらず似てない」

衣月   「心配しなくても、章はいつも、よくやってくれてるよ」

総介   「そうそう! よっ、天才役者ズを輝かせる実力派劇作家!」

章    「いいってお世辞は……。よけい虚しくなるだろ。自分のことは、自分が一番分かってるし。……やれやれ。ごめん、話ずれたな。本読みの続き、やろうぜ」


 総介、ポツリとつぶやく。


総介   「自分のことは、自分が一番分かってる、か。……そうでもないと思うけどね~?」

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