SUB3 瑞芽寮の二人部屋めぐり

[瑞芽寮_章と総介の部屋]


 章と総介の部屋の扉をノックする衣月。


衣月    「寮長の片付けチェックです。入るよ?」

総介    「うわっ、もう来た!」

章     「ちょ、ちょ、ちょっと……待ってください!」

総介    「ツッキー! あと1分待って! 一生のお願い! この通り!!」


7章サブ1


衣月    「どの通りなのか、見えないとなんとも言えないな。それに、待ったらチェックの意味がないしね」


 衣月、扉を開けて入室。


衣月    「やあ、章、総介。こんばんは」

総介    「あー……」

章     「あー……」

衣月    「……うーん。これは盛大に散らかしたね。寮の部屋は、綺麗に使ってもらいたいんだけどな」

章     「すみません……。この各部屋の片付けチェックって、落第すると、寮の全廊下雑巾がけってホントっすか?」

衣月    「ふふ。どうだろうね? 少し細かくチェックさせてもらうよ」


衣月    「まずは総介。勉強机が物で埋もれて、勉強してる気配がまるでないね」

総介    「何を仰いますか寮長様! いや部長様! これぜんぶ、演劇部のために必要なものなんでございますよ!?」

衣月    「この紙の束は?」

総介    「あらゆる劇団のチラシやパンフ。中都に入学してから、ざっと1年半分!」

衣月    「こっちの雑誌の山は?」

総介    「監督とか俳優のインタビュー目当てに買い漁ったやつ! 駅前の本屋の品揃え、バカにできないのよこれが!」

衣月    「じゃあ、この、こんがらがったコード類は?」

総介    「バッテリーの充電用でしょ、写真の転送用、こっちが携帯で、これはパソコン。こっちは……」

衣月    「内容は分かった。演劇部の為だって言われると、僕も強く言えないところはあるけど……。物が多くても、整理すればいいだけだからね。これじゃ、同室の章が困るだろ?」

章     「慣れてます。こいつ昔から片付け苦手なんで……。でも、資料とかは俺も使わせてもらってるし、勉強は俺の机とかローテーブルでやらせてます。なので! ここはなんとか……寮長様……!」

衣月    「そう言う章の机は、総介のよりは整理されてるね。――あ。机に置いてあるの、マンガの新刊? ……『涙色に染まる、最旬少女漫画』……これって……!」

章     「はい。ちょうど南條先輩に貸そうと思ってたんです! すげー泣けるんで、覚悟してくださいね……!」

衣月    「それは、1人で読まなきゃだな……。ありがとう。こっそり借りていくよ」

総介    「そんなひそひそしゃべらなくても、君らが少女マンガ仲間なのは知ってるってー。むしろ、その新刊を袖の下としてお納めください、寮長様ぁ!」

衣月    「そう言われると弱いな。今回はこのマンガに免じて、2人は雑巾がけ免除にしておくよ。でも、毎日少しずつ片付けないとダメだからね。“寮長様”の言いつけだよ」


章・総介  「「はーい、寮長様!!」」




[瑞芽寮_ロキと真尋の部屋]


 部屋の外に耳を澄ませるロキ。


ロキ    「……廊下から足音がする! 衣月だな……よし、真尋も隠れろ!」

真尋    「なんで隠れる必要があるの?」

ロキ    「この美しいロキ様が、雑巾がけなんてするわけにはいかないからだ!」

真尋    「そんなに雑巾がけが嫌なら、ちゃんと片付ければいいじゃない」

ロキ    「片付けようと思ってたら、その前に衣月が来たんだ! それに……おどかした方が楽しいだろ?」

真尋    「それは……………………そうかも?」


 衣月、扉をノックする。


ロキ    「ほら、早く! 布団の中に隠れるぞ、真尋! こっち来い!」

真尋    「うわっ。引っ張り込まないでよ。なんで、俺のベッドに2人入るの?」

ロキ    「真尋と一緒に脅かした方が面白いからだ! さあ来い、衣月!」


 衣月、ふたたび扉をノック。


衣月    「あれ、返事がないな。ロキ、真尋、開けるよ?」


 ロキと真尋の部屋へ入る衣月。


衣月    「…………」


ロキ    「にししし。衣月のヤツ困ってる。よし、飛び出して脅かすぞ。3、2――」

衣月    「うーん……残念だなあ。2人ともちゃんと綺麗にしてたら、ご褒美にアップルパイをあげようと思ってたんだけど……。片付いてないし、部屋にもいないし。しょうがないから、律にあげよう」


 ロキ、勢いよく布団から飛び出す。


ロキ    「はぁ!? なんで律にやるんだ、俺によこせ!!」

真尋    「あ」

ロキ    「…………あ」

衣月    「はい、2人とも見ーつけた。ごめんね、アップルパイは嘘だよ」

ロキ    「なんだと!? 神に嘘をつくとは、衣月それでも人間か!」

真尋    「むしろ、ロキがこれで神様なのがすごいよね。好きな食べ物への執着ぶりが……」

衣月    「真尋まで一緒に隠れてたの?」

真尋    「ごめんなさい。ロキに南條先輩を脅かそうって言われて、つい楽しそうだなって思っちゃいました」

衣月    「仲がいいのはいいことだよ。だから、片付けも仲よくやろう。チェックさせてもらうね」



衣月    「ええと……、なんで部屋の中に自転車のタイヤとか、空の水槽とか、風船とか、リボンのついた箱とか……。寮生活に必要なさそうなものばっかり。これはどっちの持ち物なの?」

ロキ    「面白そうだからいろいろ拾ってきた! あと、駅前歩いてたら、人間がくれたぞ」

衣月    「うーん。持ち込んじゃダメっていう規定はないけど、もう少し整理しようね。この辺のものが全部ロキのだってことは、真尋は? 私物があまりないように見えるけど」

真尋    「俺、なぜだか、すぐ物を失くしちゃうので……必要なの以外あまり買わないようにしてるんです。靴下片方とか、ハンカチとか、文房具とか……みんな、なんで失くさずに暮らせるんだろう」

衣月    「…………一応言っておくけど、靴下とかハンカチとか文房具は、必要なものだからね。失くしたら、ちゃんと買い足そうか?」

真尋    「……う。はい」

ロキ    「なあ真尋、衣月脅かして遊んだら、腹減ったぞ! アップルパイも嘘だったし。リンゴ食いたい!」

真尋    「脅かせてなかったけどね。夕飯前だから、1個だけだよ? そこのダンボールに入ってるから」

ロキ    「やった! 真尋も一緒に食おうぜ!」

衣月    「ふふ。仲のよさに免じて雑巾がけは無しにしておくよ。でも、普段からちゃんと片付けるように。そうしたら、今度こそアップルパイを買って来るよ。美味しいお店を知ってるんだ」




[瑞芽寮_衣月と律の部屋]


律     「お帰りなさい、衣月さん。片付けチェック、お疲れ様でした」

衣月    「うん、ありがとう。……ふう。みんなの部屋を回ると時間かかるね。この部屋は、律が綺麗にしていてくれるから、チェックの必要もなくてありがたいよ」

律     「機材周りは、整頓してないと落ち着かないんで……。衣月さんだって、いつも身の回り綺麗にしてますし。……それから……朝、一度ぐちゃぐちゃになるんで自然と片付けるクセがついたんですよね……」

衣月    「? ぐちゃぐちゃになる?」

律     「……いえ……なんでもありません。なんでも。……それにしても、みんなよく素直に寮の全廊下雑巾がけの罰なんて、信じますよね」

衣月    「草鹿さんが考えたんだよ。嘘はちょっぴり心苦しいけど、物は言いようだからね。本当は、そんなのがなくても、みんな進んで綺麗にしてくれればいいんだけどね。それにしても、こうして部屋を回ると、うちの寮は相性のいいコンビが同室になりやすい気がするよ」


衣月    「章と総介は、さすが幼なじみだね。お互いのいいところとダメなところをよく分かってる。補い合っているっていうのかな。2人でいるのが当たり前って空気感だね」


衣月    「ロキと真尋は……真尋が身の回りに頓着しないから、1人部屋だと、実は心配だったんだよ。そこにロキが入ってきた。自由なロキをいなしながら、真尋も少ししっかりしてきたみたい。いいコンビだね」

律     「2人でいるのが当たり前……いいコンビ……。……俺たちも、そうなれてますかね」

衣月    「もちろん。僕は1人部屋に慣れていたから、最初は2人になることに戸惑うかと思ったけど……今は、律がいないと寂しいかな」

律     「……そう、ですか」


律     (気軽に聞いたつもりだったけど、なんか、恥ずかしくなってきた……)


衣月    「ふふ。律の、ほかでは見せないいろんな表情も見られるしね。……さて、と。少し休憩しようかな。律は?」

律     「あ、なら……次の公演用の曲、できたんで、聴いてもらえますか? 息抜きがてら」

衣月    「うん、聴かせて。律の曲を一番に聴けるのも、同室の特権だね。……ふう」


律     (……嬉しそうに聴いてくれてる。衣月さんと2人で同室になれてよかったのは、絶対、俺の方だ)


衣月   (こんなに贅沢な息抜き、他にないな。同室の相手が律で、本当によかったよ)

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