SUB1 続・ノルッパと一緒

[中都高校_演劇部部室]


オーディン「部室の案内、ご苦労であった。狭い部屋だが、なかなか見応えがあったぞ」

律    「狭いは余計です」

オーディン「ところで、気になっていたのだが、そこの板に描かれている奇っ怪な絵は何だ?」

律    「ホワイトボードの絵なら、少しも奇っ怪じゃない。これは真尋さんが描いてくれたノルッパです」

オーディン「ノルッ……私か。あれが、私か?」

律    「あんたじゃない。ノルッパ。なに、身も心もノルッパになろうとしてるんですか」

オーディン「おっと。そうであったな。ほう。叶真尋の絵か……。ふむ。これはこれでなかなか趣がある」

衣月   「ええ。見ていると癖になるというか。律も、気に入って待受画面にしてるくらいだもんね」

律    「……俺も最初は正直引きましたけど。でも、俺のために真尋さんが描いてくれたから……」


律    (これはこれで愛着があるんだよな。まあ、可愛くは……ないけど。うん……)

オーディン「うむ。心のこもった作品というのは、大切にしたくなるものよな」



オーディン「部室は満足した。他を案内してくれ。この前公演をした、シチョウカクシツなる部屋などはどうだ?」

律    「まだ他を案内させる気ですか。これから部活なんですけど」

オーディン「明日も明後日もずっと部活はあるのだろう? では、今日行けない理由はないな」

衣月   「……仕方ないね。ロキの稽古相手は総介たちに任せよう。なんなら、僕1人で案内するよ」

律    「いいえ、俺も行きます。こうなれば最後まで付き合いますよ」

衣月   「ありがとう。じゃあ、鍵を取りに行こう。視聴覚室は最近、機材を買い足して、施錠するようになったから」

オーディン「寄り道か? 何をまどろっこしいことを言っておる。このオーディンに任せるがよい!」




[中都高校_視聴覚室前]


 カチャンと、鍵の開く音が鳴る。


[中都高校_視聴覚室]


7章サブ1


律    「──神の力で鍵を開けるとか。ロキにはいつも、人間界で神の力使うなって言ってるのに……」

衣月   「今日は仕方ないね。なにせ、相手はオーディンだから。止めて止まるものでもないし」

オーディン「小声でしゃべっていても聞こえるぞ。頭の上だからな。いいから早く案内するのだ。南條衣月、北兎律!」

律    「……はあ、そっちは声が大きいんですよ。ぬいぐるみのくせに……」

衣月   「初回以外の公演はずっとこの視聴覚室でやっています。今では、この部屋いっぱいにお客さんが来るんですよ」

律    「視聴覚室にこっそり入ると……衣月さんを追いかけて入った、あの時を思い出します」

衣月   「“朝ゲキ”をこっそり観てた時? 恥ずかしいなあ。最近は、みんなの前でも観られるようになったけどね」

オーディン「ほう。思ったより地味だな。アースガルズから見ていたが、同じ場所とは思えんぞ」

衣月   「ロキと真尋が舞台に立っていると、芝居の中の景色まで見える気がしますからね」

オーディン「それで、普段は何をする場所なのだ? ここは」

衣月   「主に、映像資料を見るための場所ですね。あとは、大人数で集まるときに使ったり」

オーディン「ほう。察するに──頭上のあの機械から、前方のスクリーンに投影する。違うか?」

衣月   「すごいな。よく分かりましたね」

オーディン「うむ。一度、映画を映画館とやらで観てみたいと思っているのだがな。まだ叶っておらんのだ……」

衣月   「映画館ですか。ふふ。あなたは本当に人間文化が好きなんですね」

律    「……衣月さん。もう出ましょう。先生に見つかったら、ちょっとまずいです」

オーディン「うむ。私も教師に捕まるのは本意ではない。次へ行くぞ。寮に戻るのだ!」


[瑞芽寮_食堂]


律    「寮に戻れって……思わず言うこと聞いたけど、寮の見学だったら、後でもよくないですか?」

オーディン「いや。ロキや叶真尋は、まだ学校にいるのであろう? 今こそ、ロキの部屋に忍び込む好機──」

律    「却下です」

オーディン「な!? なぜだ! ロキの人間界での生活を見に来たというのに!」

律    「ロキはともかく、真尋さんの部屋でもあるんです。本人がいないのに、入りたくありません」

オーディン「視聴覚室は止めなかったではないか!」

律    「公共の場である教室と、私的な寮の部屋。この区別、分かりますよね? 断固拒否します」

オーディン「このオーディンの頼みであってもか!?」

律    「今はぬいぐるみでしょ。百歩譲って、本人がいるときなら連れていってもいいですよ」

オーディン「うぐぅ……。それではあれこれ聞けぬではないか。……南條衣月、説得してくれぬか?」

衣月   「すみません。僕も律と同意見です。この国には“親しき仲にも礼儀あり”ということわざがあるんです」

オーディン「ほう。興味深い言い回しだな。……諦めてやるから、代わりにそのことわざの意味をじっくり教えるがいい」

律    「はあ。どうして、神ってやつはこんなに恩着せがましいんだろ……」



草鹿   「あれ~? 2人とも、こんなとこで何してるんだ? いつもなら、まだ部活の時間じゃない?」

律    「く、草鹿さん……! これは、その……」

衣月   「お疲れ様です。部屋に忘れ物があって、取りに来たところなんです」

草鹿   「おー。南條にもそんなことあるんだな。てか、お前たちだけ? 今、誰かと話してなかった?」

律    「い、いいえ……! 誰もいませんよ。恩着せがましくて、偉そうな奴とか、誰も」

草鹿   「それ、神之のことか? まあいいや。ところで、そのぬいぐるみ──」

律    「……!」

草鹿   「可愛いな! 南條が作ったらしいって聞いたけど。さすが、器用だねぇ。似合うよ、北兎」

律    「あ、ありがとう、ございます……。それじゃあ、俺たち、これで……」

衣月   「失礼します」

草鹿   「はいは~い」


 衣月と律、食堂を後にする。


草鹿   「……ふーん? あのぬいぐるみ、な~んか特殊な感じ。もの言いたげっていうか、ヘンに貫禄あるっていうか。ま、いっか。誰しも秘密にしたいことの1つや2つ、あるもんだしねー」




[瑞芽寮_衣月と律の部屋]


律    「はあ……よかった。一瞬、バレたかと思いました」

オーディン「あの小さい男は、確か寮監だったな。奴を懐柔すれば、ロキの部屋にも入れ──」

律    「何か言いました?」

オーディン「……い、いや、なんでもない。それよりも、結局お前たちの部屋に戻ってきてしまったではないか! ここはすでに見知った場所だぞ? もしや、ここに私を置いていくつもりではないだろうな?」

律    「いや、もともと、ぬいぐるみってそういうものでしょ」

衣月   「せっかくだから、他も案内しますよ。もう一度学校に戻ってもいいけど、どうします?」

オーディン「学校──いいや。あそこがいい。すべての始まりの場所だ」




[東所沢公園]


オーディン「そう……お前たちは、ここでロキと出会ったのだったな」

律    「出会ったというか……気分としては、当たり屋に当たられたみたいな感じでしたね」

衣月   「まさか、この東所沢に神が降臨するなんてね。今となっては、割と慣れちゃったけど」

オーディン「ふはは! その程度ですますところが、お前たちのよいところだな。──ああ。元気に駆け回る子らの声が聞こえるな。お前たちも、数年前はああだったのであろう? 人の時が過ぎるのは早いな。愛おしいほどに……」

衣月   「……1つ聞いても? どうしてそんなに人間文化に興味があるんですか?」

オーディン「不思議か? 私は詩文の神でもあるのだぞ。昔は人間界に降り、多くの吟遊詩人の歌を聞いたものだ。中でも、特に意気投合した人間がいたのだ。思えば、あの頃が最も愉快な時だったかもしれん」



オーディン「しかし──我らと人間に流れる時間は異なる。友は死に、残されたのはあやつの詩だけ……。人の命は儚い。けれど、その命に限りがあるからこそ、次々に素晴らしい文化を生むのだと知った。いつの時代も、お前たちは前へと進み続けている。私はそれを見るのが好きなのだ」


衣月   「オーディン……」

オーディン「ふっ、感動したか? 今からでも遅くないぞ? 私をロキの部屋に──」

律    「連れていきませんから! 真剣に聞いて損した。こういうとこ、ロキによく似てますよね」

オーディン「ロキは義兄弟の契りを交わした仲だからな。仕方ない、次は、駅前の商店街とやらに連れていってもらおうか」

律    「はぁ? これから? あんな人の多い場所に?」

オーディン「ふふん。だからこそ、ではないか。さあ、私をもっと人間文化に触れさせてくれ!」

律    「ぜ、絶対嫌だ! 学校でさえ、ぬいぐるみ抱えて歩いてるってじろじろ見られてたのに!」

オーディン「北兎律よ。2つに1つだ。私をロキの部屋に連れていくか、駅前に連れていくか……選ぶがよい」

律    「ぐっ……。衣月さんの作ったノルッパじゃなければここに捨てて帰るのに……!」

衣月   「ふふ。律が恥ずかしいなら、僕が抱いていくよ」

律    「そんなことしたら、また写真撮られて、SNSにアップされるだけですよ! 癒やし系とかなんとかいって!」


 律、大きなため息を吐く。


律    「……衣月さんが晒されるくらいなら、俺が犠牲になります……」

オーディン「よし、決まりだな。いざゆくぞ、駅前商店街へ!」

律    「はあ……。どうか、大はしゃぎだけはしませんように……」

オーディン「ふはは! 楽しみだな! 南條衣月、北兎律!!」

衣月   「ふふ。もうはしゃいでるね」

律    「……やっぱり、こういうとこ、ロキそっくり」

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