第5節 ミラーハウスの中で

[遊園地]


真尋   「はあ……すごかったね。ヒーローショー」

ロキ   「ああいう派手なのイイな。気に入った! 俺たちもカイジン倒そうぜ!」

真尋   「子どもをひきつける派手な動き。しかも声は自分が出すんじゃなくて、録音したものと合わせる。すごいな、アクション俳優って……! 今までとは違う芝

居で、すごく勉強になったよ」

ロキ   「……お前、俺の話、聞いてないだろ?」

真尋   「そんなことないよ。ええと……次どこに行くか、だっけ」

ロキ   「……芝居バカめ」

真尋   「あ、ロキ。あそこにあるの、ミラーハウスだ。懐かしいな。入ってみよう!」

ロキ   「ミラーハウス? なんだそれ」

真尋   「入れば分かるよ。こっち!」


 2人、ミラーハウスに入る。


真尋   「うわ。子どもの頃に入ったきりだけど、やっぱり迷うな。ロキ、先に行ったらダ……」

ロキ   「うおー! なんだここ! 全部鏡か!? はは! 面白いぞ、真尋!」

真尋   「あ! ロキ、待ってってば……」

ロキ   「俺がいっぱいいる! 真尋も早く来いよ!」

真尋   「来いって言われても、どこにいるのか……」

ロキ   「んあ? おい真尋、どこにいるんだ?」

真尋   「俺はここだよ」

ロキ   「ここってどこだ! 声はするけど、全然見つからないぞ」


真尋   (ん? ……声はするけど……姿は見えない。これって、どこかで……)


――――――

[回想]


囚人(真尋) 『誰だ……? ……どこにいるんだ? もしかして……隣にも独房があるのか?』

――――――


[ミラーハウス]


真尋   (……そうだ! これって、今やってる芝居と、状況が似てる……!)

ロキ   「おーい! 真尋ー?」

真尋   (どうしよう……やってみたい。今なら、もっと“囚人”の気持ちをつかめる気がする。それに、ロキがどんな演技をするかも……!)

ロキ   「……声もしなくなった。まさか、もう出ていったのか?」


真尋   「っ、ロキ!」

ロキ   「うお、びっくりした! いるならちゃんと返事しろよ! けど、やっぱどこにいるか分かんないな……」

真尋   「ねえ、この状況、今度の芝居に似てない? 近くにいるのに、直接会えない……って」

ロキ   「……ああ、確かに。って……まさかお前、ここで稽古しようとか言い出すんじゃないだろうな!?」

真尋   「稽古しよう!」

ロキ   「言った! 待てよ、一緒に稽古したら、寮の部屋、分けられるんだろ?」

真尋   「部屋でやったら、だよ。ここは部屋じゃないし、大丈夫」

ロキ   「……それ、屁理屈って言うんじゃないか?」

真尋   「今じゃなきゃダメだって気がするんだ。ロキ。ろう! 今、他のお客さんもいないみたいだし。少しだけ演ってみようよ。お願い」

ロキ   「お願いって……。さっきのヒーローショーで芝居バカに火がついたか? 

はぁ……分かった。けど、アイツらには言うなよ」

真尋   「うん! 分かってる。ロキこそ、秘密だよ?」

ロキ   (……なんか、こっちまでワクワクしてきた。真尋がどんな芝居ぶつけてくるか、確かめてやる)

真尋   「それじゃあ、よーい…………スタート!」


 真尋、静かに息を吸う。


真尋   「──」



7章5節



囚人(真尋) 『誰だ……? ……どこにいるんだ?もしかして……隣にも独房があるのか? お前も囚人なのか?』


真尋   (わ……。声が反響して、本当に独房の中にいるみたいだ。稽古の時とは全然違う。ロキはどう返してくれるんだろう……)

ロキ   (なんだこれ、なんだこれ! 真尋がやってるってだけで、こんなに違うのか!)


男(ロキ) 『君と一緒にしないでくれよ。ここは檻の中じゃないし、私も囚人じゃない』


真尋   (あれ……? このセリフ、もっと淡々と冷たい調子でくると思ったけど……。……ロキの中での“男”は、俺が想像していたよりも感情が豊かなのかな)


囚人(真尋) 『何者だ? どこから声を掛けている?』

ロキ    (うん……? この“囚人”のセリフ……。突然声をかけられて、シンプルにびっくりした感じで来ると思ってたのに……。この感じ……もっと奥が深い。なんだ? どんな感情を隠してる? ……集中しろ。真尋の芝居を受け止めるんだ)


男(ロキ)  『外だよ、外』

囚人(真尋) 『外?』

男(ロキ)  『ああ。ここは君が閉じ込められた監獄の外だ』

囚人(真尋) 『そんな馬鹿な……。ここは完全に外と隔離された場所のはずだ。外の人間の声が聞こえるはずが……』


真尋   (……やっぱり……。ロキは、この“男”を、冷たいだけじゃなくて──愛情深くて、だけど、寂しさを抱え込んだ、孤独な人間として受け止めたんだ。すごいよ、ロキ。俺の想像より、ずっと遠い!すごく……面白い……!)


ロキ   (……こいつは何を怖がってる……? 考えろ。感じろ。セリフをなぞるだけじゃなくて。真尋は、この“囚人”は、何を──)


ロキ   (……そうか。こいつはずっと1人だったんだ。長い間閉じ込められて、急に別の声が聞こえたから、自分の方がおかしくなったんじゃないかって──そうか。そういうことか! 声だけでも伝わってくる。ははっ、面白いぞ!)

真尋   (次は何を見せてくれる? どう演じるんだ?ねえ、ロキ。もっと、もっと──)

ロキ   (まだまだ、こんなもんじゃないんだろ? 真尋。もっとだ。もっと、もっと──)


ロキ・真尋 (お前きみのことが知りたい!)


真尋   (…………だから)



真尋   「ストップ。ロキ、ここまでにしよう」

ロキ   「え? ここからだろ!?」

真尋   「うん。すごく、すっごくわくわくした。もっと“男”が、ロキのことが知りたいって思った。だからこそ、この“初めて”を、舞台で、板の上でやりたい」

ロキ   「……ハハッ。本っ当にお前は芝居バカだな! いいぜ。分かった!」


 2人、歩きだし、角でぶつかる。


ロキ   「痛っ!」

真尋   「わっ!」


真尋   「……会えたね」

ロキ   「そりゃ、そうだろ。こんなの出口は1つしかないんだ。いつか会うに決まってる」

真尋   「うん。だけど……いつの間にか、自分の感情が“囚人”と重なっていったんだ。“男”のいる場所に行きたい、外に出たいって気持ちがどんどん強くなってきて……俺もすごくロキに会いたいって思ってたから。──今、すごく嬉しい」


ロキ   「真尋……俺も……。……っ、それで、どうだった? 俺の演技は!」

真尋   「うん。すごくよかったよ。稽古で想像してた以上だった」

ロキ   「そ、そうか。ま、そうだよな。……てか、想像の中の俺はそんな下手だったのかよ?」

真尋   「まさか。これまで見てきたロキの演技より、もっとずっと上手で驚いたんだよ」

ロキ   「お前も……想像以上だった。思ってたより、ずっと面白かった」

真尋   「ほんと? よかった。きっと、ロキの芝居に引っ張られたんだね」


ロキ   (……違う。引っ張られてたのは、俺だ。分かった。総介の言う通り、俺は今までずっと、真尋に引きずられて、セリフを読んでただけだった。考えてるつもりで、ちゃんと考えてなかった……役のことも、間合いのことも。総介が準備した、真尋が主役の舞台で、人形みたいに動かされてただけだ)


ロキ   (……くそっ、ムカつく! けど……これが今の俺だ)


真尋   「ロキ? 眉間の皺すごいよ?」

ロキ   「……俺は偉大な神だ」

真尋   「うん? そうだね。急にどうしたの?」

ロキ   「偉大な神は、時に間違いを認めるものだ。だから言う。俺、今回の稽古で、自分で考えて芝居するってどういうことか、やっと分かってきた気がする。まだ手探りだけど……。真尋は、もともとそれができてたんだな」

真尋   「……俺も、まだ探ってる最中だよ。役者である以上、きっと、ずっと探し続けるんだと思う。だから、芝居は面白い。だから俺は、芝居が好きなんだ」

ロキ   「探し続ける……。そうか」


ロキ   (だから、タカオカは真尋を選んだ。人形みたいな、俺じゃなく……)


ロキ   「……俺も探すぞ。自分の芝居。本番では、もっとびっくりさせてやる」

真尋   「うん。楽しみにしてる。しばらくまた別々の練習だけど、がんばろうね」

ロキ   「ああ!」



 夕方。遠くでジェットコースターの音が響く。


ロキ   「ふふん。やったな真尋! さっきので、アトラクション、全制覇だぜ!」

真尋   「やったね。あっという間の1日だったな……。……ねえ、ロキ。2人で写真撮らない? 今日の記念にさ」

ロキ   「珍しいな、真尋がそんなこと言うなんて。いいぞ、カッコよく撮れよ」

真尋   「ロキはいつでもカッコいいよ。それじゃ、撮るよ。もっと寄って。いくよー……」


 スマホのカメラシャッター音が鳴る。


真尋   「……あ」


真尋   (自分から2人で写真撮ろう、なんて言ったの、劇団の頃、有希人と撮って以来だな……)


ロキ   「……? なんだよ。俺、変な顔してたか?」

真尋   「ううん。ロキは俺にいろんなことを思い出させてくれるって思っただけ。ロキにとって、俺と出会ってアースガルズに帰れなくなったのは、不幸な事故みたいなものかもしれないけど……俺にとっては、運命の出会いだよ」

ロキ   「……フン。神に向かって“運命”なんて言葉を使うとは、つくづくお前は、大胆な人間だな」

ロキ   「……日が暮れてきたな。晩飯に間に合わなくなる! うちに帰るぞ!」

真尋   (ロキ。いま寮のこと“うち”って……。よかった……。ロキにとって、寮は帰る場所になったんだ)


ロキ   「真尋! ほら、早くしろ!」

真尋   「あ! 待ってよ、ロキ!」

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