第3節 壁の向こうの君

[中都演劇部_部室]


章    「ほんっとに俺でいいのか!? 何度も言うけど、俺は……俺だぞ!?」

総介   「知ってる知ってる。だーいじょうぶ! 大根に多くは求めてないから!」

章    「ぐっ……。……分かった。ロキの分のセリフは、俺が読むけど……。俺に演技力は一切期待するなよ! 置物よりマシってくらいだからな!?」

真尋   「うん。助かるよ。セリフが返って来るのと来ないのじゃ、大違いだから。」

総介   「よし! それじゃあ、やってみようか!」


囚人(真尋) 『誰だ……? ……どこにいるんだ? もしかして……隣にも独房があるのか? お前も囚人なのか?』

男(章)   『(棒読みで)……き、君と一緒にしないでくれよ。ここは檻の中じゃないし、わたしも囚人じゃない』

囚人(真尋) 『何者だ? どこから声をかけている?』

男(章)   『(棒読みで)外だよ、外』


真尋   「……」


総介   「ヒロくん、どした~?」


真尋   「……ごめん」


真尋   「………………。ダメだ、難しい」

章    「ご、ごめん! これでも精一杯やってんだけど、やっぱ大根には無理……」

真尋   「違う、東堂のせいじゃなくて……。ロキがいないから、どういう演技で来るか、想像するしかないだろ? 演じれば演じるほど、俺の中のロキと、本当のロキが食い違っていっちゃってるような気がして……」

章   「そりゃ、そうだよなぁ。総介、やっぱ、2人芝居を別々に稽古するなんてムチャ振りすぎだろ」

総介   「んー。どうよ、ヒロくん。ダメそう?」

真尋   「……ううん。止めてごめん。難しいけど、やれる。……やってみたい。この独房の囚人だって、相手の姿が分からないから声や言葉から探って理解しようとしてる。西野の言う通り、今の俺の状況と似てるんだ。だから、やり遂げてみたい。俺も、ロキがここにいなくても、ロキのこともっと理解したい」


 真尋、目を閉じて集中する。


真尋   「…………」


真尋   (……これまで、一緒にやってきたんだ。ロキのことを、もっと考えろ。ロキならこの役、どう感じて、どう演じるか──。……でも、俺の想像の範囲になんか収まらないんだろうな)


真尋   (俺とロキは別の存在で、2人で1人じゃなくて、それぞれ1人……。だから、分からないのも、思い通りにならないのも当然なんだ。だったら体ごと、頭から爪先まで、全部この役に染まってしまいたい。ロキがどんな芝居で来ても、自然に返せるように)


真尋   (まるで、台本なんか最初からなかったみたいに──)


章    「……。おい、叶の奴、大丈夫かな。なんか集中しすぎて……ここにいるのに、いないみたいな顔になってるけど」


 総介、ニヤリと笑う。


総介   「……。叶真尋は、こうでなくっちゃね」




[中都高校_廊下]


ロキ   「~~~~っ、だあっ!」

律    「……ロキ、お前……こんなに芝居下手だっけ」

ロキ   「うるさいチビ! 俺だって、本調子じゃないことくらい自分で分かってる!」


 ロキ、独り言のようにつぶやく。


ロキ   「今まで、こんなことなかったのに……真尋がいないと、なんか、分かんなくなるんだよ。やってる役が本当にこんな感じでいいのか、真尋がやる役は、どんな風に来るのかとか……。なんでだ? セリフは全部台本に書いてあるのに」


衣月   「……だから総介は、この芝居を計画したんだと思うよ。総介の言う通り、ロキはそろそろ、真尋の芝居に頼るのをやめないとね?」

ロキ   「……俺は、アイツに頼ってなんかない」

衣月   「なら、どうして今稽古しづらいのか考えてみようよ」

ロキ   「……真尋がいないから」

衣月   「そうだね。真尋がいたら、うまくセリフが言える。安心して演技ができる──。それって、どういうことだと思う?」

ロキ   「……頼ってなんかない」

衣月   「うん。ロキは、そんなつもりないのかもしれないね。でも、これまではいつも真尋が、ロキがセリフを言いやすいように間や緊張感を調節してくれていた……──の、かもしれないよ?」


ロキ   「…………」


ロキ   (……真尋がいないってだけでセリフが言いづらいのは、本当だ。……俺は……頼ってないんじゃない。頼ってないって、思いたいだけなのか。くそっ! 人間のくせに、俺をこんなに困らせやがって。……真尋なら、次のこのセリフ、どう演じるんだ。真尋なら、この役をどんな風に受け止める? この役の“男”は、俺とどう違う?こいつはどんなヤツなんだ。考えろ。……考えろ!)


ロキ   「…………」


律    「ふぅ……世話の焼ける奴」

衣月   「ふふ。ロキは、そこがいいんだよ」


7章3節





 数日後


瑞芽寮みずがりょう_ロキと真尋の部屋]


真尋   「……」

ロキ   「…………」

ロキ・真尋 「……疲れた……!!」


 同時にバタッと床に倒れ込む2人。


真尋   「……お疲れ。ロキ……」

ロキ   「おー……」

真尋   「ふふ。神様でもやっぱり疲れるんだね」

ロキ   「……衣月のヤツ、ニコニコしながら容赦ないんだよ。律の方がまだ優しいぞ。しかも衣月にはなんか、下手に言い返せないし……」

ロキ   「稽古始めてから数日しか経ってないのに、1週間分くらいやった気分だぜ……」

真尋   「南條先輩の稽古ってそんな感じなんだ。意外……でもないか。海賊の衣装の時の本気度もすごかったし」

ロキ   「うー……。あいつの本気は衣装だけに向けてればいいんだ……」

ロキ   「……そんなことより真尋。お前、今日どのシーン稽古した?」

真尋   「……ダメだよ、ロキ。部屋でも稽古の詳しいことは話すの禁止って、西野が。ましてや、もしこっそり部屋で稽古したら……」

ロキ   「したら?」

真尋   「南條先輩に頼んで、寮の部屋も別々にしてもらう、って」

ロキ   「横暴だ!」

真尋   「はは。それロキが言う? そりゃ、俺だって話したいけど、約束だからね」

ロキ   「くそ……総介のヤツ、神に向かって好き放題言いやがって。この芝居が終わったら、絶対仕返ししてやる。女の姿になって誘惑して、それから……」

真尋   「また、妙なイタズラを考えて……」


真尋   (でも、最後まで芝居はやるんだな。以前だったら、やめるって言いかねなかったのに)


ロキ   「……はー。甘いもの食いたい」

真尋   「うん。体っていうより、頭が疲れるよね。甘いものがほしくなるの、わかるよ。ロキならどう演じるか、ロキだったら、ロキの気持ちは……って──。ロキのことばっかり考えすぎて、エネルギーが切れそうだ」

ロキ   「俺だって、真尋がどうセリフ読むか想像して、それに合わせて演技してるんだぞ。お前、本番でちゃんと俺の想像した通りに来いよ」

真尋   「ムチャ言うなぁ。俺だって、ロキが俺の想像した通りに来てくれたらいいなって思ってるけど。でも、ロキはきっと俺の想像になんか収まらない。それがロキだから」

ロキ   「……まあな」


 ロキ、あくびを噛み殺す。


ロキ   「……ふぁ~あ。アースガルズに帰るためとはいえ、この俺がこんなマジで芝居なんかやるとはな。くそ……眠い。リンゴ飴食いたい……」

真尋   「ほんとに、疲れてるね……。…………。……ねえ、ロキ」

ロキ   「んー……?」

真尋   「今度の稽古休み、2人でちょっと出掛けない?」

ロキ   「出掛ける? どこへ」

真尋   「ロキの行きたいところ。どこでもいいよ」

ロキ   「いいけど、なんでだ?」

真尋   「遊びに行って、お互いのことがもっと分かれば、この芝居、うまくいく気がして。それにロキ、この前の夏祭り楽しそうだったから……お互いちょっと疲れてるし、息抜きもいいと思うんだ。せっかく人間の世界に来てくれたんだから、楽しいことも、たくさん知ってほしいし」


 ロキ、ガバッと勢いよく体を起こす。


ロキ   「楽しいことか! いいなそれ! 行こう! そういうの大好きだぞ! こっちに何があんのか、まだよく知らないから、行き先は真尋に任せる。ただし、条件がある。すごいものと、美味いものがあるとこだ!」

真尋   「はは。ざっくりしてるね。ロキの言うすごいものってどんな感じ?」

ロキ   「すごいものは、すごいものだ! バーンとして、ドーンっ て感じの!」

真尋   「バーン、でドーン……。花火──は、この間やったし……んー……バーン、でドーン、以外なら?」

ロキ   「楽しければ楽しいほどいい! このロキ様をアッと言わせるような!」

真尋   「ロキがアッと驚くような……楽しい場所……。……そうだ! それならいい場所がある」


真尋   「きっとロキも、笑顔になれると思うよ」

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