第2節 再始動
[中都演劇部_部室]
ロキ 「なんだ、それ。知らないぞ、教えろ!」
章 「いや、教えるってほどのことじゃ……」
ロキ 「俺が知らないことは、いつもは衣月が教える。そうだろ、衣月?」
衣月 「ふふ。その通りです、ロキ様」
ロキ 「うむ。だが、今日はそこを、大いなる慈悲の心で地味助に譲ってやってるんだ。喜び勇んで答えろ!」
章 「……なあ北兎。どこから突っ込めばいい?」
律 「突っ込むより、教えた方が早いですよ。“グーとパーで分かれましょ”っていうのは、間違えてチョキを出したヤツが、全員の言うことを聞かなくちゃいけないって遊びのこと」
ロキ 「……なんだと?」
総介 「まさかの! りっちゃんがふざけた!!」
真尋 「もう、北兎まで。ロキ、本来のグーパージャスっていうのはね、グーとパーのどちらかを出して、グーのグループとパーのグループ、2つに分けるときに使うんだ」
衣月 「ちょっと待って、真尋。今なんて言った? ぐーぱー……?」
真尋 「え。グーパージャスです」
衣月 「ぐーぱー、じゃす……」
章 「あー、確か、地域によっていろんな言い方あるんだよな、これ……」
総介 「アキはなんだっけ? オレと一緒にやるまで、なんて呼んでたんだっけ?」
章 「……“グッパでほい”だよ! お前、そのネタで10年以上イジるのやめてくんない!? しかたないだろ、ばーちゃんちで、いとこが言ってたのがそれだったんだよ!」
ロキ 「なあ、呼び方なんてなんでもいいから、早く分けようぜ」
ロキ 「オヤツ買い出しチームと、ただ食うだけのチーム!」
章 「違う! 買い出しチームと部屋片付けチーム! しれっとサボろうとすんな!」
部室の扉が開き、顧問の竜崎が入ってくる。
竜崎 「お前ら、廊下まで声が響いてるぞ。休み明け早々元気すぎる」
総介 「お! 育ちゃん! 休み明け早々、仏頂面~」
竜崎 「うるせぇな。こちとら二日酔いなんだよ。騒ぐんじゃねえ」
章 「二日酔いって、よく言ってますよね」
律 「お酒弱いんじゃないですか?」
竜崎 「お前ら……」
衣月 「こら、みんな。からかわない。先生、今日はどうしたんですか?」
竜崎 「部室に来ただけで、部長にどうしたって言われる顧問か……。まあいい。……要件は、これだ」
章 「封筒? これって……あ! サクラ演劇コンクールって書いてある!」
衣月 「詳細が発表されたんですか?」
竜崎 「ああ。今日、事務局から送られてきた。今年の参加校や日程、レギュレーションが書いてある」
真尋 「……っ!」
章 「叶……。今そういう話カンベンして欲しかったら言えよ」
真尋 「……いえ。大丈夫です。説明、お願いします」
ロキ 「芝居の話だろ。こいつが聞きたがらないわけないじゃん」
竜崎 「……ならいい。サクラ演劇コンクールについては説明するまでもねえな」
総介 「え~。めんどくさがんないで説明してよ。育ちゃん」
竜崎 「……。サクラ演劇コンクールは、数年前から開催されてる、新しめの演劇の大会だ。会場は演劇の聖地の1つとして名高い、“サクラパビリオン”。高校生の部、大学生の部、一般の部があって、
総介 「50校か。去年よりだいぶ増えてるね」
衣月 「それだけ、注目度が上がってきたってことかな」
竜崎 「ああ。規模は小さいし歴史も浅いが、でかい企業が主催してるからな。
宣伝に力が入ってるってのもあるし、審査員も演劇界の有名どころだ。去年の最優秀賞が、神楽有希人のいる虹架だったってのもある」
真尋 「有希人……」
竜崎 「審査は3回。一次審査と二次審査を経て、本選は5校に絞られる」
律 「何か、課題やテーマとかはあるんですか?」
竜崎 「いや。演劇の内容はすべて自由だ。3回とも同じ演目でも構わないし、違ってもいい。予選までは数カ月ある。何ができるのか見極めんのも実力のうちだ。
それと、会場にはチケットを買った一般客も入る。しっかりやれよ」
総介 「一般客か。去年も、ユキのファンだらけだったっていうし……」
章 「その上、今年は
真尋 「……」
竜崎 「……。叶。無理はするなよ」
真尋 「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
真尋 「みんなとロキがいてくれるから。俺はもう、芝居から逃げません」
ロキ 「今までだって、逃げてたわけじゃないだろ。むしろ、真尋がまた捕まえるんだ。お前から逃げた“芝居”の方をな」
真尋 「ロキ……」
ロキ 「……俺だって、もう……逃げるのは、やめる。タカオカや虹架のヤツらに、でかい顔はさせない」
真尋 「……うん」
総介 「そうだそうだ! あの“王様”に、高校生の成長を見せつけてやろう!」
真尋 (“王様”……?)
律 「ええ。俺たちを踏み台にしたこと、絶対後悔させてやります」
章 「物騒!」
衣月 「でも、裏を返せば、あの虹架の踏み台になるくらいの強度はあるってことだよね」
章 「こっちはめっちゃポジティブ!?」
竜崎 「……ふっ。あとは好きにやれ。ケツは持ってやる。じゃあな」
部室を後にする竜崎。
章 「はー……ついに来たって感じだな……」
律 「コンクールの前に、いつもの公演も、文化祭もありますけどね」
総介 「それに合間の中間・期末試験もあるでしょ~? 時間は限られてるし、ますます忙しくなるってわけよ! ……でも、どの舞台も決して手を抜かない。1つ1つ、着実に積み重ねていく。そして……」
部員1人1人を見つめる総介。
総介 「改めて、ここで言っておくよ。これまでの公演は、肩慣らしみたいなものだった。でもここから、オレたち中都演劇部は、サクラ演劇コンクールでの最優秀賞を狙っていく」
ロキ・真尋・章・衣月・律「「「「「──!」」」」」
真尋 「……最優秀賞……」
章 「いや、最優秀賞って、簡単に言うけどな……。去年の最優秀は、虹架だろ? 気合いだけで、簡単にあいつらに勝てるわけ……」
律 「確かに、ハードルは高いでしょうね。でも、俺は真尋さんの芝居は、他の誰にも負けないと思ってます」
衣月 「うん。目標は高く大きく持ってしっかりと目指したい。真尋は勝ち負けを意識したことはないだろうけど」
真尋 「……はい。俺は……芝居ができるだけで嬉しいから……」
総介 「でも、ロキたんはどうかな?」
ロキ 「……この俺が本気でやるからには、誰かの後塵を拝するわけないだろ。
俺はどんな勝負でも絶対に勝つ。お前も一緒だ、真尋」
真尋 「……ロキ」
総介 「……本選は毎年、サクラパビリオンの客席がすべて埋まる。そこで最優秀賞を取れる芝居ができれば、ロキたんの小瓶も“心からの笑顔”でいっぱいになるはずだよ。そして、ヒロくんの“願い”──“仲間と一緒に、もう一度大きな舞台を成功させたい”も、最優秀が取れたら十分すぎるほど達成と言えるはずだ。ロキたんのためにも、絶対条件ってわけ」
衣月 「そうだね。ロキはずいぶん、こっちにもなじんでくれてるけど……
帰りたいよね、アースガルズに」
ロキ 「当たり前だ!」
章 「だよなぁ。こんな長い間知らない土地で過ごすなんて、俺だったらハゲげてる」
律 「もう手遅れです」
章 「嘘!?」
律 「嘘です。でもそんな精神力で、よく寮生活してますね」
章 「それは総介に引っ張って来られたから……」
総介 「オレがいればどこでも実家だもんね!」
章 「まあ、ほぼそんな感じだけど……。じゃなくて。叶は、それでいいのか?」
真尋 「……うん。ロキのためにも……みんなに恩返しするためにも、最優秀……取れたらいいと思う。──目指そう、最優秀賞」
衣月 「うん。そうだね。目標は高く、だ」
律 「真尋さんなら、絶対大丈夫です」
章 「……ま、主演の2人がこう言ってるんだ。俺らもがんばんなきゃな」
総介 「おっけ。これで全員の意志は固まった。でもね、いくらオレらの意志が固くても、ノープランで勝てるほどあのコンクールは甘くない。ここらできっちり、全員のレベルアップしとかなきゃね」
章 「そうは言うけど、具体的にどうするんだよ?」
総介 「みんな、虹架との合宿で思い知ったでしょ。あいつらのスゴさ。オレらのどこがよくて、どこを改善すべきか。もちろん、オレも含めて」
ロキ・真尋・章・衣月・律「「「「「……」」」」」
総介 「そこで、ヒロくん。ロキたん! 次やる公演について、提案があるんだけどさ。明日から、2人──、一緒に稽古するの禁止!」
ロキ 「……は?」
真尋 「え?」
衣月 「どういうことかな?」
総介 「アキとも相談したんだけどね~。次にやる公演、ちょっと特別仕様を予定してます! 簡単に言うと、2人がお互いのこと、知らなければ知らないほど面白くなる2人芝居!」
ロキ 「なんだそれ。意味が分からん」
章 「無茶苦茶なオーダーだろ? でも、こいつ、言い出したら引っ込めないからさ……。まだ初稿だけど、こんな台本を用意してる。ちょっと見てくれ」
章、鞄から取り出した台本を配る。
章 「登場人物は1人の囚人と、その囚人に牢屋の外から話しかけてくる、謎の男。もちろん知り合いでもないし、そもそもお互いの姿は見えなくて、声しか聞こえないんだ」
総介 「いつも通り、台本にはセリフが全部書いてある。でも、稽古は別にしてもらう。合わせるのは本番当日のみ。相手がどんな風に作って来たか、本番になるまで分からない。いわゆる1つの、ぶっつけ本番、ってやつ」
律 「ぶっつけって……真尋さんに無理させすぎですよ。結局、真尋さんがロキに合わせることになるんだから。当日失敗するかもしれないのに、そんな怖いこと、させられません」
総介 「そう! そこだよ、りっちゃん。ずばり、その“怖さ”がこの舞台の狙いでもあるんだ」
真尋 「怖さ……」
総介 「この間の合宿で、ヒロくんはロキたんがいない舞台に立てなかった。心のどこかで、ロキたんを頼ってたってこと……でしょ? でも、それじゃ、舞台に立てたって、本当にトラウマを克服したとは言えない。ロキたんだってそうだよ。舞台上で、ヒロくんを頼ってないとは言わせない」
ロキ 「……」
ロキ (……俺は、誰も頼ってなんかない。でも……ヘイムダルとインプロゲームをやったとき、うまくできなかったのは確かだ……。それも、真尋がいなかったせいだって、イライラして……。……タカオカは真尋を選んで、俺を選ばなかった。ムカつくけど、きっとそれには、ちゃんと理由がある)
真尋 (俺は、ロキの華に、存在に、引っ張ってもらってた。ロキがいれば大丈夫だって……。でもそれで、ちゃんとした役者だなんて言えない。2人で芝居できてる今が奇跡なんだ。この先もずっと芝居をしていきたいなら、俺は──)
総介 「だから今回の舞台は、2人をできるだけ離して作ってみようと思う。相手の出方が分からないと、相手のこともっと知りたいと思って、たくさん想像するでしょ? その“想像する”って部分を、とことん追求してみて。ちょうど、独房に入れられてる囚人みたいに」
真尋 「囚人……登場人物の1人だね。芝居の筋、もう少し教えて」
総介 「この囚人は革命家で、長い間牢獄に閉じ込められてる。そこに、外から知らない男の声が聞こえてくるんだ。囚人は疑心暗鬼になりながら、それでも外に出たいと男の声に従って、やがて壁を掘って外に出ようとする」
衣月 「じゃあ、舞台の上でも、2人はほとんど顔を合わせないってこと?」
総介 「そう! 壁の向こうにいるのは何者なのか、その言葉を信じていいのか……そんな相手への恐怖や渇望をリアルに出したい。だから、2人には別々に稽古してもらうってわけ」
台本をパラパラとめくり、一通り目を通す真尋。
真尋 「恐怖や、渇望……。うん……面白そうだ。やってみたい……!」
ロキ 「お、芝居バカに火がついたな?」
ロキ (……でも、俺も人のこと言えない。これまでは、台本読んでも「ふーん」で終わってた。これをやればいいんだろって、それ以上何も考えなかった。だけど今日は……これをちょっと読んだだけで体がムズムズしてくる。早くやってみたい……。……真尋の側にいすぎて、俺まで芝居バカになったってことか)
総介 「これまでは、ロキとヒロくん、2人で1つみたいなところがあったでしょ? だから、ここらでバージョンアップかつグレードアップさせちゃいたいんだよね! ロキたんが、鷹岡洸にバカにされたりしないくらい、役者として成長するために。ヒロくんは、ロキたんがいなくても、舞台に立てるようになるために」
衣月 「2人で1つじゃなくて、それぞれがしっかり1つになる。舞台では、それをかけあわせて、大きくて、より魅力的な“1つ”を目指す。そういうことかな?」
総介 「さっすが部長! それそれー! どうどう? りっちゃん、このアイデア!」
律 「稽古としてはいいかもしれませんが、それで本当に本番を迎えるのは無茶苦茶ですね。……でも、音楽を作る立場としては…………面白いと思います。2人それぞれに違うテイストのテーマソングを作って、それがラストには1曲に合わさるみたいな形もできるかもしれません。詳しいことは、東堂先輩の脚本をしっかり読んでからですけど。……西野先輩も、いろいろ聞かせてください。この物語を、ちゃんと理解したいので」
総介 「オッケ~! なんでも聞いて!」
衣月 「囚人か……どう作ろうかな。単に衣装を汚すだけじゃつまらないし―――。もう1人の男の方も工夫しないと、ラストへ向けての面白みを半減させちゃいそうだ」
章 「南條先輩、目が輝き出しましたね。面白い衣装、作れそうですか?」
衣月 「うん。いろいろ試してみたくなってる。章、決定稿、楽しみにしてるよ」
章 「うわーお。すげー、プレッシャー……」
総介 「だいじょーぶ! アキならできるって。よっ、大先生!」
章 「プレッシャー重ね掛けすんのやめろ! ……っ、できる限りがんばるけどさ!」
衣月 「みんな。サクラ演劇コンクールに向けて、今できることにそれぞれ力を尽くそう。そのための一歩が、今回の公演だと思ってがんばろうね」
真尋 「……ロキ、これからしばらく、別々の稽古になっちゃうけど──」
ロキ 「ああ。……けど、俺は平気だ。平気にする。だから、真尋も平気になれ。神たるこのロキ様が、舞台上でお前に頼ってなんかないって、分からせてやるからな!」
真尋 「……うん。楽しみにしてる」
総介 「それじゃ、中都高校演劇部再始動ってことで! さっそく稽古を始めますか!」
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