第16話 将来の夢


「ちょっと、図書室に勉強してくる~」


 中学3年生の夏休み、ハルは受験勉強のため、学校の図書室へと向かうことを総一郎に伝えようと居間のドアを開けた。


 すると、総一郎はスーツを着た二人の男性と話していた。


「あぁ。分かったよ。

 頑張ってね。」


 総一郎はハルに顔だけ向けて、返事した。


「うん。

 ごゆっくりどうぞ~」


 お客さんが来ていることは知っていたので、特に気にする様子もなく、軽く会釈をして、学校へと向かうのであった。




「ごめん。待った?」


 ハルが図書室に到着すると、太田が既に勉強を始めていた。


「いや。大丈夫だよ。」


 太田は笑顔でハルに返答した。


 受験が迫っていたため、夏休みではあるが、先生の許可を得て、ハルは図書室で太田に勉強を教えてもらっていた。

 太田は学年成績トップで非常に優秀であったため、先生も快く図書室の使用を許可した。

 ヨシコは塾に通っているため、塾が無い時はこの勉強会に参加することがあるが、今日は不参加で太田とハルの二人きりだった。


 そうして、いつも通り、慣れた様子でしばらく黙々と受験勉強と夏休みの宿題を二人はこなしていくのであった。




「それにしても太田って、塾にも行ってないのに本当に賢いよね?」


 ハルは難しい問題を教えてもらった後、太田に感心しながら、言った。

 この頃にはハルは太田と呼び捨てにしていた。


「いや、僕はただ勉強が好きなだけで皆より勉強の量が多いだけだと思うよ。

 それよりも加藤さんの理解の速さの方がすごいと思うよ。

 流石は学者さんの姪っ子だね。」

「そうかなぁ~そうでもないよ~」


 ハルは太田に褒められて、言葉とは裏腹に明らかに調子に乗った顔をした。


「多分、塾とかに行ったら、僕なんかすぐ抜かれちゃうんじゃないかな?

 武田さんと一緒の塾に行こうとは思わなかったの?」


 太田は気になっていたことをハルに聞いた。


「いや~去年、ヨッシーと一緒に体験に行ったんだけどさ~

 私はやめといたんだよね~」

「それまたどうして?」

「え~と…ヨッシーには内緒にしてね?」


 ハルはどうしてか言いずらそうにしていた。


「もちろん。

 …あぁ~なるほど。なんとなく分かったよ。」


 太田は納得した顔をした。


「まぁ、ご想像の通り、思いっきりお化けがいたんだよね。

 そのせいで全然集中できなかったから、やめたんだよ。

 そのお化けに構ってる暇も今はないし。」


 ハルは頬杖ついて、うんざりした様子であった。


「ははは。やっぱり。

 また、相馬さんにお願いは…しないか。

 加藤さんて相馬さん苦手そうだもんね。」

「…あいつにはできるだけ関わりたくないからね…

 なんかムカつくんだよね。」

 

 ハルは頬杖をついたまま、嫌そうな顔をした。


「でも、太田もなんで塾に行かないの?

 医者の息子だったら、無理やりでも行かされそうなもんだけど。」


 ハルは逆に太田に聞き返した。


「父さんと母さんは放任主義というか、自分のやりたいようにやらしてくれる方だからね。

 幸い塾に行かなくても成績が悪くないし、特に何も言われないよ。」

「そうなんだ。

 医者って、自分の後を継げ~みたいなイメージあったけど、そうでもないんだね。」

「ははは。中々極端なイメージだな。

 そういう人もいるかもしれないけど、そもそも父さんは勤務医だからね。

 後を継ぐも何もないんだよ。」

「ん?勤務医って?」


 ハルは初めて聞く単語について、太田に聞いた。


「えっとね。

 父さんは大学病院に勤務している医者で、自分の病院を持っているわけじゃないんだよ。

 サラリーマンみたいなもんだね。

 だから、継げる病院がないんだよ。」

「なるほど。そういうことか。」


 ハルは納得して、次の問題に取り掛かることにした。



 問題を解きながら、なんとはなしにハルは太田に聞いた。


「…太田って、将来は医者になりたいの?」


 太田も問題を読みながら、何の気なしにハルに答えた。


「ん~今はあまり考えてないかな~」


「へぇ~なんか意外だわ。

 太田ってしっかりしてるから、将来のこととかちゃんと考えてると思ってたわ。」


「僕、そんなに芯の通ってる人間じゃないよ。

 有名な人が子供の時の夢をかなえてたりするけど、僕はそれ程、絶対になりたいっていう夢は今のところないんだよ。」


 太田は問題から目を離して、窓の方を向いて、グランドで練習しているサッカー部の姿を見た。


 ハルもつられて、窓の外を見た。


 太田は少しうらやましそうな顔をしていた。


「ああいう人達って、子供の時に本当に大好きでしんどいことでも耐えられることを見つけてるけど、僕にはそれがない。

 まぁ、僕の場合は勉強がそうなのかもしれないけど、それ程、大好きってわけでもないしね。」


「…太田の言おうとしてることはなんか分かる気がする。

 私も空手が好きだけど、将来、空手家になりたいって言われたら、何か違う気がするしね。」


 ハルは憂鬱そうな顔をした。


 しかし、太田は笑って、ハルに言った。


「でも、小学生の頃に父さんから言われたことがあってさ。

 子供の時に将来迄、持っていける夢を見つける人なんて、少ない。

 だから、それを無理やり見つける必要なんてない。

 時間が経てば、好きなものが嫌いになったり、嫌いなものが好きになったり、色々気づくことができる。

 今は色んな経験をして、好きなものを探す期間だから、焦らなくてもいいって。

 だから、今はまだいいかなって僕は思ってるよ。」


 ハルは太田を見て、笑って言った。


「いいお父さんじゃん。

 なんか私も気が楽になったよ。」


「まぁ、いじめのことがあって、まだ父さんとは微妙な感じなんだけどね。

 この言葉だけは信じることができるよ。」


 太田とハルが笑いながら、見つめ合っていると、それを見つけたサッカー部員が二人に向かってヒューヒューとはやし立てた。


 ハルは恥ずかしくなり、窓の外に向かって、大声で叫んだ。


「さっさと練習しろ~!!

 この下手くそどもが~!!」


 そして、窓をシャッと閉めたのであった。



「全く!せっかく、他に人がいないと思って図書室に来てるのに!!

 男子どもはホントやだわ!!」


 ハルは怒りながら、ドカッと席に座った。


 太田は苦笑いをしていた。


「ははは。なんかごめん。」


「太田は気にする必要なんかないよ。

 てか、私が教えてって頼んだんだから。

 気にせず、勉強しよ!!」


 そうして、二人は勉強を続けたのだった。




「そろそろ、終わりにして帰りなさい。」


 夕方になる頃、先生が図書室にやってきて、ハルと太田に帰宅を命じた。


「は~い。」



 そして、二人は途中まで一緒に家まで帰っていた。


「…そういえば、加藤さんは将来の夢とかはあるの?」


 太田がふと気になって、ハルに聞いた。


「う~ん。

 さっきも言ったけど、空手は好きだけど、将来の夢ではないしね~

 あんまり考えたことがないや。

 私もぼちぼち好きなことを探してみようかな?」


 ハルは腕を組みながら、太田に答えた。


「そっか。

 お化けが見えるんだし、霊媒師とかは?」

「絶対ヤダ!!怖いもん!!」


 ハルは太田の質問に即答した。


 太田はハルの早急な回答に笑っていた。


「ははは。

 じゃあ、逆に学者になって、お化けが見えなくなる装置でも開発してみたら?」

「…なるほど。

 そういう発想はなかったな…」


 ハルは太田の提案に満更でもない様子だった。


「あれ?

 そんなにも真面目に考えられるとは思わなかったよ。」


 太田はちょっとした冗談のつもりがハルのツボにはまったようで、意外そうだった。


 ハルは少し考えた後、笑って太田に言った。


「…まっ、でも、それはいいかな。

 お化けが見えるのは悪いことばかりじゃないしね。」


「そっか。そうだよね。」


 ハルの答えに太田も笑顔で納得した。


 そして、ハルは意地悪そうな笑顔で呟いた。


「…それよりもお化けを除霊させる機械を作って、あいつの仕事を減らしてやりたい気持ちはちょっとあるかな…」

「そ、それはどうかな?

 というよりも相馬さんは寺を継ぐ気はないんだし。」

「確かに…う~ん。

 何かあいつに嫌な思いをさせたいのが、今の私の夢かもしれないな。」

「す、すごく嫌な夢だね。

 止めはしないけど、絶対にうまくいかないと思うよ…」


 太田は笑ってはいたものの、半分あきれた顔で言ったのだった。




「ただいま~」


 ハルが帰宅して、居間に行くと、ソファーでまどろんでいる総一郎がいた。


「…あぁ~おかえり~」


 総一郎はそう言って、少し眠たそうな顔をして、机の上にある書類をそそくさと片付け始めた。


 ハルは不思議に思って、総一郎に聞いた。


「今日来てた人って、何しに来た人なの?」


「えっと、屋敷の雨漏りがひどくなってきたろ?

 それの修理を頼んでたんだよ。」


「おぉ~とうとう雨漏りが治るのか~

 じゃあ、ちょっと着替えてくるよ~」


 ハルは少しテンションが上がりつつ、自室に向かった。



 総一郎は自室に戻るハルを見届けた後、少し思い詰めた様子で、ゲームをしているであろう桜に言った。


「…桜さん。今日の夜、少しいいですか?」


 桜は総一郎のただならぬ様子を見て、ゲームを消して、テーブルに置いてあるタブレットを操作して、総一郎に返事した。


「分かりました。

 ハルには内緒ということですね。」


 総一郎は小さくうなずいた。


 続く

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