第15話 物の一生
「総一郎。ハイテ君の調子が最近おかしいの。」
ハルが中学2年生になった春頃、二階の掃除を済ませたハルは自動掃除ロボットのハイテ君を見ながら、心配そうに総一郎に言った。
確かに、ハイテ君はちょっと前から、ギギギと変な音を立てて、ゆっくりと動くようになっていた。
「ホントだ。何か詰まったりしてるのかな?」
ソファーで新聞を読んでいた総一郎はハイテ君を抱えて、ローラー当たりを観察したが、特に問題はなさそうだった。
「毎日、ローラーとか吸い込み口はチェックしてるから、おかしなところはないと思うんだけど…
どうしたんだろ…大丈夫かな?」
ハルは本当に心配そうに総一郎が抱えているハイテ君を見守っていた。
「う~ん…ハイテ君も言っても結構古い機種で中身がおかしくなっていてもしょうがないからね…
一回、メーカーに見てもらおうか。」
「うん!!今すぐ行こう!!」
ハルは総一郎の提案にすぐさま賛成して、総一郎を急かした。
「ちょっと、待ってね。
ハイテ君のメーカーに問い合わせてみるから。」
総一郎はそう言って、ハイテ君の正式な型式を確認して、メーカーの問い合わせ先を携帯で調べて、電話した。
「もしもし、あの掃除ロボットの調子が悪くて、修理等可能か教えて頂きたく、連絡させて頂きました。
型式は…」
総一郎はしばらく電話をして、その間、ハルはハイテ君を充電器にセットして、心配そうに見つめていた。
「…分かりました。どうもありがとうございます。」
「どうだった!?」
電話を終えた総一郎にすぐさま、ハルは問いかけた。
「残念なんだけど、型式が古すぎて、修理サポートは受け付けてないそうだ。」
「嘘!?そんな…」
ハルはうなだれて、どうしたらいいんだと絶望した様子だった。
そんなハルを見て、総一郎は携帯をいじりながら、ハルに言った。
「正規のメーカーじゃないけど、修理してくれるところはあるかもしれないから、もうちょっと調べてみるよ。」
「ホント!?頼むよ!!
私も調べてみる!!」
そう言って、二人は修理してくれるところを必死で検索し始めた。
二人の慌ただしい様子が気になったのかゲームをしていた桜もゲームを中断して、何も言わず、無表情でハイテ君を見ていた。
「…あった!ちょっと電話してみるね。」
ハルよりも先に総一郎が修理先を見つけて、電話し始めた。
「もしもし…」
ハルは手を合わせながら、祈るように電話している総一郎を見つめていた。
「…ホントですか!?
ありがとうございます!
じゃあ、送付先はHPに書いてある場所でいいでしょうか?」
どうやら見てくれるようで、ハルは一気に笑顔になった。
総一郎が電話を終えた瞬間ハルはすぐさま総一郎に言った。
「見てくれるって!?」
「うん。1週間程かかるそうだけど、見てくれるそうだよ。」
「はぁ~良かった~
1週間くらい、私がハイテ君の代わりに掃除するよ~」
ハルが安心したようで、総一郎もホッとした。
「じゃあ早速今から、ハイテ君を梱包するから手伝ってくれるかな?」
「もちろん!!
こんぽう?が何なのか分かんないけど、何でもするよ!!」
そして、二人は厳重に梱包材をギュウギュウに詰めて、大事そうにハイテ君を梱包し、指定された住所へと送付した。
桜も何かを考えている様子で黙って、ハイテ君を見送っていた。
「…大丈夫かな?ハイテ君。」
ハルはハイテ君を送付した帰り道、心配そうに呟いた。
「正直なところ、分からないね。
電気系統なら何とかなりそうだけど、筐体関係なら難しいかもしれない…」
総一郎は難しい言葉を並べて、ハルに説明した。
「そんな!!
でも、治る可能性もあるんだよね!?」
ハルが必死な顔で総一郎に言った。
総一郎は難しそうな顔をして、黙ってしまった。
すると、桜がハルに向かって、無表情で言った。
「無事では帰ってこないことも考えておくべきだと総一郎は言っているのですよ。
もうあなたも中学2年生なのですから、そういうことは分かっているでしょう?」
ハルは桜の言葉を聞いて、うつむいた。
「…分かってるけど…
…ずっと、一緒にいたから…」
そんな悲しそうなハルを見かねて、桜はため息をつきながら、ハルに言った。
「まぁ、まだどうなるかは分からないのですから、心構えだけはしておきなさいという話ですよ。」
「…分かったよ…
なんかありがと…桜おねぇちゃん…」
総一郎はハルの様子を見て、桜が自分の言いたいことを言ってくれたと察して、黙って、桜がいるであろう場所にお辞儀をした。
桜は少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
そうして、3人は言葉少なく帰宅するのであった。
ハルはハイテ君を修理屋に送付してから、毎日大学から帰ってきた総一郎に電話がかかってきたかを確認した。
流石にそんなに早く連絡が来ないことはハル自身も分かっていたが、気になってしようがなかった。
桜はその様子をゲームをしながら、横目で見ていた。
それから3日が立った頃、総一郎が大学から帰ってきたところにハルは駆け寄って、いつも通り聞いた。
「電話来た?」
「…うん。今日、連絡が来たよ…」
いつもと違う総一郎の返事にハルは一瞬喜んだが、総一郎の様子を見て、不安になった。
「…どうだったの?」
総一郎は少し悩んだが、ハルに事細かに説明した。
「…結論から言うと、もう直らないらしい。
掃除ロボットの故障の原因は大抵、バッテリーらしいんだけど、バッテリーを変えても直らなくて、中身を調査したんだって。
そしたら、可動部分のパーツが劣化して歪んでて、多分、もう少し動かすと折れて完全に動かなくなるって…
それに、そのパーツだけを交換することは難しくて、そもそもハイテ君の型式自体が生産中止になってるから、筐体全部を交換することすら難しいんだって…
そういうパーツの劣化っていうのは動く機械には良くある話らしくて、修理屋さんいわく、よくここまでもったものだって言ってたよ…
とりあえず、そのままハイテ君はこっちに返送してもらうことにしたよ…」
不安が的中したハルだったが、桜に言われていたため、少し強がった笑顔で総一郎に言った。
「…そっか…
残念だけど、修理屋さんも言ってるみたいにハイテ君はホントよく頑張ってくれたよね!
まぁ、1階の掃除くらい私がするし、ハイテ君にはもう休んでてもらおう!!」
そんな強がっているハルを見て、総一郎はいたたまれない気持ちになり、かける言葉が見当たらなかった。
桜は黙って、いつも通り、無表情でゲームをしていた。
翌日、ハルと総一郎は共に休日でハルは一階の掃除、総一郎はソファーで読書、桜はゲームをしている、ハイテ君がいないこと以外、いつもと変わらぬ休日だった。
ピンポーン
インターホンが鳴ると、ハルは急いで玄関へと向かった。
「お届け物です。
ハンコかサイン、お願いします。」
配達員はそう言って、一つの段ボールを玄関まで持ってきた。
ハルはサインをして、ご苦労様ですと配達員に伝えて、段ボールを受け取った。
ハルが段ボールを空けると、送付した姿のままのハイテ君がいた。
ハルはハイテ君を抱えて、しばらく黙っていた。
総一郎もハルの傍で何も言えず、ハルの肩に手を乗せることしかできなかった。
「…念のため、もう一回充電してみてもいいかな?」
「いや…それは…」
ハルは総一郎の返事を待たずに居間に向かって、ハイテ君を充電器にセットした。
すると、すぐにハイテ君のLEDが光って、起動し始めた。
どうやらバッテリーは新品になっていたため、充電はしっかりできていたようだ。
ハルは少し嬉しくて、ひょっとしたらと思ったが、そうは上手くはいかなかった。
ハイテ君は変わらずギギギと音を立てて、しんどそうにハルの周りをLEDをチカチカさせながら、回った。
まるで、「自分は元気だよ」とハルに言っているようだった。
しかし、そんな辛そうなハイテ君を見ると、余計に悲しくなってしまい、ハルはハイテ君をギュッと抱きかかえた。
「…これまでホントにありがとう…
…もう大丈夫だから…
…ゆっくり休んで…」
そう言って、ハルはハイテ君の停止ボタンを押した。
「…よし!
ハイテ君は私の部屋に置いておくよ。
多分、その方がハイテ君が嬉しいと思うし。」
しばらくハイテ君を抱きかかえたままだったハルが顔を上げて、笑顔で言った。
「そうだね。それがいいと思うよ。
今までありがとう。
ハイテ君。」
総一郎も賛成して、ハルの持っているハイテ君を撫でながら、別れの挨拶をした。
桜もいつの間にかゲームをやめて、ハイテ君を見送るように黙って見つめていた。
「ただいま。」
ハルが学校から帰宅すると、いつも迎えに来てくれていたハイテ君はそこにはいなかった。
玄関で「ただいま」の返事をしてくれる相手が誰もいなかった。
その時初めて、ハルはハイテ君がいなくなったんだと実感して、泣きそうになった。
しかし、決して涙は見せず、走って自室に向かった。
そして、机の傍に置いているハイテ君に笑って、もう一度言った。
「ただいま。ハイテ君。」
ハイテ君の反応は帰ってこないが、ハルにはそれだけで十分だった。
「…やっぱり、きついね…
いつも一緒にいる人がいなくなるっていうのは…」
その日、居間のソファーに座って、ボーとしていたハルがゲームをしている桜にボソッと言った。
「…覚悟はできていたんでしょう。
だから、あなたは泣かずに見送ることができたじゃなかったですか。
…その点に関しては褒めてあげてもいいですよ。」
桜は微妙に素直じゃない褒め方をした。
「桜おねぇちゃんが事前に言ってくれたってのは大きかったよ。
ありがとね。
でも、いざ、いなくなっちゃったことを感じちゃうとやっぱり、泣きそうにはなっちゃうんだよ…
なんせ急だったしね…
もっと何か私にできたら、ハイテ君は治ったのかなとかさ…
…まだまだだね。私も…」
ハルはまだ気持ちの整理ができていない様子だった。
「物の一生なんてそんなものでしょう。
人なら病気やケガ等でおおよそ死期は分かるものですが、物に至ってはそうはいきませんからね。
人ですら事故で突然、いなくなってしまうことがあるのですから、なおのことですよ。
しかし…」
桜は途中で話をやめて、黙ってしまった。
ハルは不思議に思って、桜に聞いた。
「何よ?途中でやめちゃって。
気になるじゃん。」
桜は顔を決してハルには見られないように、気恥ずかしそうに言った。
「…ですが、あの子もあなたに感謝していると思いますよ。
あなたくらいですからね。
物ではなく人として扱ってくれるのは…」
桜の言葉にハルは嬉しくなって、笑顔で答えた。
「うん!
そうだといいな!!」
桜はフンといって、ゲームを続けたのだった。
そんな桜を見て、ハルは意地悪そうに言った。
「でも、こんな褒めてくれる桜おねぇちゃんってなんか気持ち悪いわ。
どしたの?なんかいいことあった?」
その瞬間、リモコンがハルの頭めがけて飛んできた。
「いたっ!!」
ハルはリモコンが見事に頭に直撃して、当たった箇所をさすった。
「素直に褒めたら、気持ち悪いと言われるのは心外ですよ。
反省なさい。」
桜はゲームの画面を見ながら、ハルに注意した。
ハルはくっそぅと思ったが、いつも通りの桜で少し安心したのだった。
そして、桜は最後にハルに言った。
「…私もいつ消えるか分かりません。
…だから、同じく心構えだけはしておきなさい。」
ハルは桜の言葉をかみしめて、真剣な表情で答えた。
「…うん。分かってる。」
続く
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