第10話 屋敷にいる理由

「…そうなんだ。相馬君もお化けが見える人だったんだ。

 よかったじゃないか。色々相談できるし。」


相馬との一件があった日の夕食中、ハルは総一郎にその話をしていた。


「全然よくないよ!

 あの人、桜おねぇちゃんを無理矢理、成仏させようとしたんだよ〜まったく!」

ハルはムスッとしながら、夕飯のカレーを一口食べて、総一郎に言った。

「まぁ、相馬君にも考えがあったんだと思うよ。

 それにしても、「除霊師」か…

 本当にお化けを消せる人っているんだね。

 なかなか興味深いよ…」

総一郎はスプーンを持ちながら、考えている様子であった。

「…そういう話をしたかったわけじゃないんだけど…

 そういうとこだよ…総一郎…」

ハルはスプーンを咥えながら、じとっと総一郎を見た。

「あ、そう?ごめんごめん。

 今度、相馬君にも事情を聞いてみるよ〜」

総一郎はハルの言葉に慌てて、誤魔化すようにカレーを一口頬張った。

ハルは自分の機嫌を治すようにため息をついて、総一郎に言った。

「まぁでも、確かにお化けを成仏させれるってすごいとは思うけどさ。

 どういう原理なんだろうね?」

ハルの言葉を聞いて、総一郎は目を輝かせて興奮気味にハルに言った。

「そうなんだよ!不思議だよね!」

この男は何故そんなにうれしそうなのかとハルは呆れた。

「…しょうがないから、聞いてあげるよ。

 どうせ、なんか思いついてるんでしょ?」

ハルはカレーを食べながら、総一郎の話に付き合うことにした。

「流石はハル!僕のことよくわかってるね!

 えっとね。僕が考えてる理屈だと、ハルもそういうことができるかもしれないんだ。」

「そうなの?」

「お化けが以前話したように電波のような波の特性を持ってるならね。

 ちょっと難しいかもしれないけど、波を消すにはどうしたらいいと思う?

 例えば、縄跳びを僕とハルが片方づつ待って、ピンと伸ばした状態にしたとして、僕がその縄を揺らして波を作ったとする。

 ハルならどうやって、この波を止める?」

総一郎はスプーンを揺らしながら、ハルに問いかけた。

ハルはう〜んと考えて、総一郎に答えた。

「なんとなく、想像はできたけど…

 私なら、総一郎に詰め寄って、縄跳びを取り上げるかな?」

総一郎は予想外の答えに面食らいながら、ハルに言った。

「な、なかなか攻撃的な発想だね…

 でも、僕は実験のためなら、たとえハルの妨害を受けても、決して揺らすのは辞めないと思うよ。

 さぁどうする?」

ハルは確かにと、変に納得して、再び考えた。

「ん〜なんとなくだけど、総一郎とは逆に揺らす?」

「そう!その通り!すごいね!

 前から思ってたけど、ハルって賢いよね。

 理解が早いというか、なんというか。」

「ふふん。まぁね。」

総一郎に褒められたハルは胸を張って、ドヤ顔を決めた。

総一郎は嬉しそうに話を続けた。

「そう。逆の波をぶつけてやれば、波は消せるんだよ。

 じゃあ、逆の波がどういうものかと言うと、形が同じじゃないとダメなんだ。

 ただし、タイミングをずらした波になるんだよ。

 ちょっと待ってね。」

総一郎はテーブルに置いてあったペンとチラシを取って、チラシの裏に波の絵を書き始めた。

ハルも興味が出たのか、席を立って、総一郎の方に移動して、その絵を見た。

総一郎はまず、二つの同じ形の波を上下に書いて、ハルに見せて、説明した。

「この二つの波をそのまま重ねると、二倍の大きさの波になるのは分かるかな?」

そう言って、総一郎は二つの波の間に「+」と書いて、二倍の大きさの波を二つの波の下に書いた。

「まぁ、なんとなく。」

総一郎はうんうんと頷いて、隣にまた同じように波を2つ、上下に書いた。

しかし、今度の下の波は山一つ分ずれた波になっていた。

「じゃあ、この二つの波を重ねるとどうなりそう?」

総一郎はハルに問いかけた。

「あぁ〜確かになんか波はなくなりそうだね。」

ハルは絵を見ながら、納得したようだった。

「うん。こんな感じで波を消そうと思ったら、同じ形の波をタイミングをずらして、ぶつけてあげればいいんだよ。

 だけど、ちょっとでも形が違うと波が残っちゃうんだ。

 音楽プレイヤーのノイズを消したりする機能はこの原理を利用してるんだ。」

「へぇ〜そうなんだ。

 音楽プレイヤーなんて持ってないから、ありがたみが分かんないや。」

ハルは折角の総一郎の豆知識を台無しにした。

「と、とにかく、「お化けの波」っていうのが存在するとすると、その「お化けの波」と同じ形の波をタイミングをずらしてぶつければ、お化けを消すことが出来るってことなんだ。」

「じゃあ、あいつは「お化けの波」を出してるってことか。

 でも、私にも出来るかもってのは、どういうこと?」

ハルは総一郎の初めの話に戻した。

「お化けの見える人じゃなくても、少なからず、「お化けの波」と同じ波長の波は出してると思うんだ。

 皆の「思い」が集まってお化けができるかもってのは、前に言ったと思うけど、要は人の「思い」っていうのは「お化けの波」のことで、これが重なることでお化けが見える人には見えるだけの強さになったのかなと考えてるんだよ。

 で、お化けが見える人ってのはその「お化けの波」っていうのを受け取るだけじゃなくて、他の人よりも出せるんじゃないかなってね。

 もしも、「お化けの波」を出せるんなら、訓練次第では出すタイミングをずらして、お化けを成仏させることもできるんじゃないかと思ったんだよ。」

総一郎は楽しそうに説明した。

ハルは分かるような分からないような感じだった。

「よくあるお守りとかお札とかは「お化けの波」を半波長分ずらした「思い」を込めてるってことじゃないかなと。

 それに除霊師とか霊能力者とかって、皆、お化けが見えるよね?

 別にお化けが見えなくても、お化けを除霊できる人がいてもおかしくないのに。

 ってことは、お化けが見える人っていうのは「お化けの波」をコントロールして、作り出すこともできるのかもって話だよ。」

総一郎は気づかぬ内に専門用語が出てき始めていたが、話し終えて、すっきりしていた。

「ん~結局、お化けの見える人はお化けを作れるし、消すこともできるって話?」

ハルは最後の方は良く分からなかったが、簡潔に今までの話をまとめた。

「そういうことになるね。

 やっぱり、ハルは理解が速いよ。」

総一郎に褒められたが、ハルは総一郎の話を聞いて、浮かない顔をしていた。


「…じゃあ、私が桜おねぇちゃんを作ってる可能性もあるの?」


ハルは不安そうな顔をしながら、総一郎に聞いた。

総一郎は少し考えて、ハルに答えた。

「…可能性としてはあるかもしれないけど、少ないと思うよ。

 だって、ハルは桜さんのことを知らなかった頃から、桜さんのことが見えてたからね。」

「そっか…」

ハルは納得しつつも少し迷ったが、どうしても気になって、総一郎に聞いた。


「…でも、今、桜おねぇちゃんが成仏できないのって、私が無意識に「お化けの波」っていうのを出してるせいとかってあるんじゃないの?

 私が桜おねぇちゃんを縛ってるってことは無いの?」


総一郎はハルの様子がおかしいのに気付いて、真面目な顔をして、ハルに聞いた。

「…ハル。相馬君に何を言われたの?」

「い、いや。桜おねぇちゃんを縛っているのは私かもって言われて、ちょっと気になってね。」

ハルはごまかし笑いをしながら、総一郎に言った。

総一郎は余計なことを言ってしまったと思った。

「そんなことは無いと思うよ。

 説明しといてなんだけど、今まで僕が話してきたことはただの仮説だからね。

 なんの確証もないし、ただの戯言だと思って、気にしないでいいよ。」

「気にしてなんかないよ!

 ただ、どうなんだろうな~って思っただけだから!

 話は終わったし、カレー食べよ~」

ハルは少し強がっている様子で総一郎に答えたのだった。

桜は二人の話を聞く様子もなく、神山に教えてもらった攻略法でゲームに熱中していた。


以降、ハルは桜を避けるようになってしまった。


ゲームに疲れた桜がいつものようにハルを驚かしに来たり、掃除にいちゃもんつけられたりしたが、ハルはできる限り薄い反応や無視するようにしたのだった。


桜もハルのつまらない反応に何かを察したのか、あまりハルに構うことが無くなっていった。


総一郎はその様子を見て、心配したが、かける言葉が見つからなかった。


そして、ハルはどんどんとやるせない気持ちになっていったのだった。



「…も~どうしたらいいの~」


夏休みの終わり頃、ヨシコの家に遊びに来たハルはヨシコと一緒に来た遥香に悶えながら言った。

「なになに~どしたの~?」

ヨシコはのんびりした口調でハルに聞いた。

「…実は、最近、桜おねぇちゃんとギクシャクしててさ…

 てか、一方的に桜おねぇちゃんを避けちゃってるんだけど…

 もうどうしたらいいのか分かんなくなっちゃたんだよ~」

ハルはお手上げのポーズでうなだれた。

「そういえば、桜さんからハルの様子が変とは聞いてたけど、どしてまた、避けちゃったりしてるの?」

遥香がチョコの棒菓子をハルに向けて揺らしながら、聞いた。

「そんな桜おねぇちゃんとメールしてるんだ…

 いや、実はさ。あるやな奴に私が桜おねぇちゃんを縛ってるって言われて…

 私のせいで桜おねぇちゃんが成仏できないかもって思っちゃってて…」

「ん~よく分かんないけど、それでなんで桜さんを避けちゃうの?」

ヨシコは不思議な顔をしてハルに聞いた。

ハルはどうやって説明していいか分からず、考えながら答えた。

「う~んと…なんて言ったらいいのか…

 私が桜おねぇちゃんのことを考えると、成仏できなくなるかもしれないんだよ。

 だから、桜おねぇちゃんと楽しく喋ったりしちゃいけないって思って…」


「つまり、桜さんと仲良くすると、桜さんが成仏できないと。

 でも、ハルは桜さんといつも通り仲良くしたい。

 けど、桜さんが成仏できないのはいやだ。

 それで中途半端に避けちゃう。

 こんな感じ?」


遥香はハルの言いたい事をまとめてあげた。

「まさしくそんな感じ!!

 流石、遥香ちゃん!!」

ハルは自分の拙い説明でよくここまで分かったなと感心した。

ヨシコは説明してもらってもまだ不思議な顔をしていた。

「ん~まだ分かんないんだけど、桜さんはどう思ってるのかな?」

「桜おねぇちゃんは成仏したいって言ってたよ。

 だから、私が仲良くしちゃうと、桜おねぇちゃんの願いが叶わなくなっちゃうんだよ。」

ハルは少し悲しそうに説明した。

ヨシコは未だに分からないような顔をして、ハルに言った。


「でも、本当に桜さんはハルちゃんと仲良くするより、成仏したいと思ってるの?」


ヨシコの言葉を聞いて、ハルは言葉に詰まった。

「…そんなのは…分かんないよ…

 桜おねぇちゃんがなんて思ってるかなんてのは分かんないよ。

 かといって、そんなこと、聞きづらいしさ…」

遥香がハルの言葉を聞いて、少し意地悪そうにハルに言った。

「じゃあ、今、ハルは桜さんの気持ちを無視して自分の気持ちを優先しちゃってるんじゃないかな?」

ハルは言い返すことができなかった。


すると、遥香とヨシコが何故か、同時にぷっと笑い出した。


ハルは急に笑い出した二人を見て、ムッとして聞いた。

「…笑うとこなくなかった?」

遥香が息を整えつつ、ハルに言った。

「…ごめんごめん。

 なんかハルと桜さんって、本当の姉妹みたいだなって思ってさ…」

「私も~」

笑いをこらえて、ヨシコも遥香に賛同した。

ハルは少しムッとした。

「…私、妹もお姉さんもいないから、分かんないんだけど…

 確か、遥香ちゃんは弟、ヨッシーはお姉さんがいるんだっけ?」

「そうだよ~

 私も時々、お姉ちゃんとすれ違うっていうのかな?

 ちょっと距離置くときあるけど、ホント、今のハルちゃんみたいだよ~

 なんて言ったらいいか分かんないけど。」

ヨシコは笑いながら、ハルに言った。

「私は二人と違って弟だけど、ヨシコの言いたいことはなんとなく分かるよ。」

遥香は笑いが落ち着いたようで、優しい笑顔でハルに言った。


「兄妹とか姉妹ってさ~友達と違って、何か思ってることとか考えてることとかって恥ずかしくて聞けないんだよね。

 それになんか聞かなくても分かったつもりになっちゃうんだよね。血がつながってるせいか分かんないんだけど。

 でも、やっぱり人の考えてのはちゃんと話してみないと分かんないもんでさ。

 それでお互いの考えのすれ違いが起きて、喧嘩になることが多いんだよ。」


ハルは遥香の話を黙って聞いていた。

「あと、ハルってさ。自分の思ってることよりも相手のことを考えてから、話す癖があるでしょ?

 それって、一見いい風に見えるけど、ずっと気を遣われて、本心を聞けないってことじゃん。

 昔のことがあって、言いづらいってのは分かるけどね。

 でもさ、相手からしたら本心を言ってくれた方が嬉しいことの方が多いと思うよ。

 私たちはそれで仲良くなったんだしさ。」

遥香はハルの頭を撫でながら、ハルに言った。


「だからさ。ハル。

 早い内に本人にまずは自分の思ってることを正直に言うのがいいと思うよ。

 こういうことって、遅くなると言いづらくなるしね。

 ちょっとした気持ちのずれっていうのは時間が経つにつれて、おっきくなってくもんだと思うし。」


遥香の言葉を聞いて、ハルは何かすっきりとした顔になった。

「…うん!分かった!

 今日の夜、桜おねぇちゃんと話してみる!!

 ありがと!!ふたりとも!!」


遥香とヨシコはハルの表情を見て、安心した様子だった。

遥香は少し悪い顔をしてハルに言った。

「でも、ハルに彼氏ができたら、その彼氏って絶対大変だよね。」

「急にどうして、そんな話になるの?」

ハルはムッとして、遥香に言った。

「だってさ。桜さんの審査ってすごい厳しそうじゃん。

 「あなたにうちのハルはやれません!」とかって言いそう~」

「…多分、桜おねぇちゃんって、そこまで私のこと好きじゃないよ…」

ハルは呆れた顔で遥香に言った。

遥香はちょっと意外そうな顔をした。

「そうなの?

 メールの感じだと、すごいハルのこと気にかけてるけど。」

ハルは恥ずかしそうに遥香に言った。

「ま、まぁ、気にはかけてくれてると思うよ。

 そう意味では優しいし。色々教えてくれるし。

 でも、うちではいっつも意地悪というか、小言というか…

 とにかく、少なくとも私のこと好きって感じじゃないよ。」

それを聞いて、遥香とヨッシーはまた笑い出すのだった。


「やっぱり、ただの姉妹だよ~それ~」



(…しまった。言い出すタイミングを逃してしまった!)


その日の晩、ハルはベッドに横になったところで思った。

どうしても言い出せず、結局、桜と話すことができなかったのだった。


(どうしよう。もう夜遅いし、明日にしようかな…)


ハルは諦めそうになったが、遥香に時間が経つと余計に言いにくくなると言われたばかりだったので、勇気を振り絞って、ベッドから起き上がった。

ハルは総一郎を起こさないようにそろりと一階の居間に向かった。

居間のドアをそっと開けると予想通り、真っ暗な中、桜がゲームをしていた。


「どうしたんですか?こんな夜更けに。」


桜はゲームの画面を見ながら、いつもの無表情でハルに言った。


「えっ、えっと…その…桜おねぇちゃんと少し話がしたくて…」


ハルは慌てて、桜に言った。

桜はゲームから一旦、目を離して、ハルの方を向いて、コントローラを宙にフワリと浮かした。


「久しぶりにふよぷよでもしますか?」


ハルは桜が動かしたコントローラを持って、桜に言った。


「…する。」


そして、二人はふよぷよと呼ばれるパズルゲームの対戦をするのであった。


「桜おねぇちゃんがふよぷよやってるなんて、珍しいね。

 てっきり、「サガスト2」をやってるかと思ってたよ。

 もうクリアしたの?」

神山にもらった「サガスト2」がクリアできず、神山に攻略情報をもらって再度、一からやり直していたので、ハルは桜がそれをやっていたものだと思っていた。

桜は少しムスッとしながら、ハルに答えた。

「…いや、あれはラスボスに苦戦して、まだクリアできていません。

 あまりに勝てないので、ふよぷよをして気を紛らわしているのです。

 それにしても、あの神山とかいう男…まさか、こんなゲームを渡してくるとは…」

「はは。そうなんだ。

 また、神山さんに聞きに行く?」

「多分、もう何回かすれば、クリアできる手ごたえはあります。

 ここまで来たら、誰の手も借りず、必ず一人でクリアしてみせますよ。」

「…かっこいいこと言ってるけど、もう借りてるからね?」

話している内に対戦が始まった。


結果、やはり、桜の圧勝でハルは手も足も出なかった。


「ちくしょ~少しくらい勝たせてくれてもいいじゃん!!」

「何を甘いことを言っているのですか。

 将来、社会に出たら、そんなこと言ってられませんからね。」

「…たかが、ゲームでそこまで言われる筋合いはないよ。」

ハルはいつも通り、桜と話せているのに気づいて、安心した。


「…で、何なんですか?話とは。」


桜は対戦がひと段落ついた頃にハルに聞いた。

ハルは少し迷ったが、桜の顔を見つめて、桜に聞いた。


「…桜おねぇちゃんは私のせいで成仏できないの?」


「知りません。」


ハルの勇気を出した問いかけに対して、あまりにもあっさりした答えを無表情でハルに言った。


「えぇ~…そこはなんか他にないの?

 私のせいじゃないよとか…逆に私のせいだからどっか行ってとかさ?」

ハルは桜の拍子抜けな回答に呆れて、桜に言った。


「私は今、どうやったら消えることができるのかは分かりません。

 私の「心残り」が何なのかすら分からないんですよ。

 それなのに原因があなたかどうかなんて分かるわけがないじゃないですか。」

桜は丁寧に小言っぽく、ハルに説明した。


「でも、それなら私のせいで成仏できない可能性もあるってことだよね?」


ハルは真剣な顔をして桜に聞いた。

桜は無表情でハルに答えた。


「あるでしょうね。」


ハルは俯いて、桜に再び問いかけた。


「…じゃあ、桜おねぇちゃんが成仏したいんだったら、私は桜おねぇちゃんと一緒にいない方がいいよね…」


少しの沈黙の後、桜はため息をついて、ふよぷよの一人対戦を始めながら、ハルに言った。


「…なるほど。それで近頃、私を避けていたんですね。

 あなたは本当にバカですね。」


「…バカって何さ。

 これでもすっごい桜おねぇちゃんのこと考えて、悩んでるんだから。」

ハルはムッとして桜に言った。

桜は無表情のまま、ハルに言った。


「それがバカなんですよ。

 以前にも言いましたが、死んだ人間のことを思って悩むなんてことは生きている人間の人生において、無駄なことなんですよ。

 だから、あなたは何も考えずに楽しく生きていけばいいんですよ。」


「でも、私には桜おねぇちゃんが生きている人と同じように見えるし、声も聞こえる!

 それに私は桜おねぇちゃんのことを本当のお姉ちゃんみたいに思うようになっちゃったんだよ!!

 そんな人の願いを無視して生きていくなんて、楽しいわけないじゃない!!」

ハルは顔を上げて、大きな声で桜に言った。 


桜はフッと笑って、ハルに言った。

「お姉ちゃんですか…私もめんどくさい妹を持ったものですね。」

ハルは自分で言ったことが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしていた。


「あなたの気持ちは分かりました。

 しかし、あなた、この姿を見て、私がこの生活を楽しんでいないように見えますか?」


「えっ?」

ハルはきょとんとした。


「…しょうがないので、私の昔話をしてあげましょう。」

桜はふよぷよの一人対戦をしながら、話をするのであった。


「私は6歳の頃に戦争で両親と親戚を亡くしました。

 所謂、孤児というやつです。」

ハルは驚いた顔をして聞いていた。

「ある孤児院に預けられましたが、私が10歳の頃に運営が難しくなり、なくなってしまったのです。

 それからは一人で住む家もなく、橋の下で生活していました。

 ゴミをあさったり、時には盗みを働いたり、生きるために悪いことでもなんでもしました。」

桜は変わらずの無表情でゲームをしていた。

「…12歳になったくらいでしたかね。

 ある時、盗みがばれて警察に捕まってしまったのです。

 ですが、私は捕まって逆に安心しましたね。

 これで屋根のある刑務所にいけるかなと。

 まぁ、さすがに浅はかな考え方でしたがね。

 戦争真っ只中なこともあって、そんな余裕もなく、むしろ暴行されましたよ。」

ハルは悲しい顔で聞いていた。

「これはもうどうしようもないなと思って、もう何のために生きているのかも分からなくなり、疲れ果ててしまいました。

 気づいたら、真っ暗な海辺に立っていました。

 しかし、そこにある男が現れて、海に向かう私を止めに入ったんです。」

桜は無表情ながらも少しだけ笑っているようだった。

「その時何を言われて、どういうやり取りがあったのかはもう覚えていませんが、気づくと暖かいご飯と暖かいお風呂、暖かいベッド…何もかもが暖かい空間にいました。

 ここは天国でやはり私は死んだのかなとすら思いましたよ。」

「…それが、ご主人様だったんだ。」

ハルは少し安心した様子だった。

「そうです。

 私をこの屋敷に連れて来てくれた健次郎様との初めての出会いでした。

 まぁ、そんな劇的な出会いでしたが、私は覚えていないんですけどね。」

桜はフフッと笑った。

「それからは以前も話した通り、健次郎様達に優しく迎え入れられ、幸せな生活を送っていました。

 …それなのに、私は自らを再び絶望に落とすことになったのです。」

「…うん。

 その話は前に聞いたけど、なんで自分のそんな辛い生い立ちまで話してくれたの?

 桜おねぇちゃんのことが分かって、嬉しいんだけど、なんで今なのかなって?」

「分からないんですか?

 まだまだですね。ハルは。」

桜はからかうようにハルに言った。

「よくこのタイミングで私をバカにできるよね。ホント。」

ハルは呆れた顔で桜に言った。

桜はフフフと笑って、ゲームから目を離し、ハルに高らかに言った。


「いいですか。

 私は幼少の頃は絶望しかない生活をしていました。

 そして、屋敷では幸せの絶頂のような生活ができました。

 しかし、最後は絶望に落ちて、死にました。

 そんな浮き沈みの激しい人生でしたが、今はどうです?

 こんなに何もない平坦な生活ができています。

 そんなの…楽しいに決まっているでしょう!」


ハルはぽか~んとして、言葉を失った。


「まぁ、生きて活動はしていませんので、生活というにはおこがましいですが、こうして死んで楽しんでいるのですから、良しとしましょう。」

「で、でも、桜おねぇちゃんは成仏したいんだよね?

 なんか矛盾してない?」

ハルは納得できず、桜に問い詰めた。

桜はため息をついて、少しうんざりした顔でハルに言った。


「しつこいですね。

 だから、生前、まともな死に方ができなかったのですから、最後くらいは面白おかしく成仏したいんですよ。私は。

 まだまだしたいゲームもたくさんありますしね。

 私の「心残り」が分かるまでは今のまま、過ごさせて頂きますよ。」


ハルは思わず吹き出して、笑い出した。

「ははは~何それ~結局、ゲームがしたいだけじゃん!!」

桜はフッと笑って、ゲームに戻った。


「要はあなたは他の人を気にしすぎなんですよ。

 人の気持ちなんて、その人自身にも分からないものなのに。

 もっと気楽に生きなさい。」


ゲームに戻った桜が最後にハルに言った。

ハルは笑って桜に返事した。


「うん!そうする!

 ありがと!!桜おねぇちゃん!

 まぁ、成仏したくなったら、言ってよ!私が成仏させてあげるよ!」


桜は嫌な顔をして、ハルに言った。


「どうしてか負けた気になるので、絶対にあなたにだけは成仏させられたくないです。」


続く



<余談>


ハルが自室に戻った後、桜はゲームをやめて、テーブルに置いているタブレットを起動させた。

そして、メールアプリを開き、桜は遥香からの既読済みのメールを開いた。


「多分、今日の夜、ハルが話に来ると思うから、ゲームにでも誘ってあげて下さい。」


桜は遥香のメッセージを読んだのは2度目だった。


「…まったく。ハルは少し愛されすぎですね。」


すると、総一郎がそぉっと部屋に入ってきた。


どうやら、ハルとの話をこっそり盗み聞きしていたようだった。

総一郎は真っ暗な中、ゲームとタブレットの画面が光っていたのを見て、その方向に頭を下げた。


「桜さん。

 僕が余計なことを言ったせいでハルとあなたの仲を気まずくさせてしまった。

 申し訳ありません。

 そして、本当にありがとう。あなたがいて、本当に良かった。

 どうか許されるなら、これからもずっと桜を見てやってください。」


桜は総一郎の感謝の言葉を聞いて、優しく微笑みながら、タブレットの送信メール画面を開き、文章を入力した。

総一郎は文字が打ち込まれる様子を見て、桜からのメッセージだと気付いた。

そして、タブレットに近づき、その文章を読んだ。


「ずっとは嫌ですが、心配がなくなるくらいまでなら、見てあげますよ。」


総一郎はぷっと笑って、桜に言った。


「本当に桜さんは素敵な方だ。

 もし、生きていたなら、結婚したいくらいですよ。」


桜は火が出んばかりに顔を真っ赤にした。


「この男は…そんな…恥ずかしいことを…堂々と…」


すると、リモコン、食器などがガタガタ動いて、テレビも点いたり、消えたりを繰り返した。

そして、ダイニングテーブルに置きっぱなしにしていた食器がパリーンと大きな音を立てて、落ちた。

その音を聞きつけて、ハルがガタガタと二階から慌てて、降りてきた。


「な、何事?」


桜はフッと消えてどこかに行ってしまった。

総一郎は割れた食器を片付けながら、ボソッと言ったのだった。


「今回、僕、本当に余計なことしかしてないや…」


続く

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