第9話 除霊師

「ハル。もう一度、大学に行きましょう。」


「うわ!びっくりした!!」


 小学5年生の夏休み、ハルが自室で宿題をしているところに急に桜が現れてハルに言った。

「この前、神山さんにゲームをもらったばっかじゃん!

 まさか、もうクリアしたの?」

 ハルはうんざりした顔で桜に言った。

 それもそのはず、5日前にハルは総一郎の職場である「上田研究室」の大学院生である神山に無理を言って、ゲームを3本もらったばかりだったのだ。

「いや…クリアはしていません…

 むしろ、クリアしたいが為に神山という男に会わなければならないのです。」

 桜は神妙な面持ちでハルに言った。

「なに?なんかどっかで詰まったの?

 ネットに攻略法なんていくらでもあるんじゃないの?

 私、宿題したいんだけど。」

 ハルはうっとおしそうに桜に言った。

「…話せば長くなるのですが、頂いたゲームは少し特殊なシステムで今まで私のクリアしてきたRPGとは違っていました。

 それでも悪戦苦闘しながら進めて、ようやくラストダンジョンまでたどり着いたのです。

 …しかし…」

 桜は本当に真剣な顔をしてハルに説明していた。

 しかし、ハルはしょうもないなとほとんど聞き流していた。

「ラストダンジョンに一旦、入ってしまうと、ダンジョンから抜け出ることができず、街に戻れないので、アイテムを補充することもできず、レベル上げすらまともにできないのです!!

 …そして…誠に遺憾でしたが、最終手段として攻略サイトを見ました…

 …ですが、今の私のセーブデータでは詰んでいるとしか書かれていないんですよ!!

 今更、最初からやるなんて、さすがの私もやりたくないんです!!

 だから、このゲームをクリアした神山であれば、何かきっと抜け道を知っているはずなんです!!」

 桜は悲壮な表情で今の状況をハルに訴えた。

 しかし、ハルは本当にしょうもないなと桜を無視して、宿題に戻った。

「お願いしますよ!ハル!!

 今まで、散々助けてきたでしょう!!

 その恩を今、返してくださいよ!!」

 桜はそれはもう必死だった。

「あぁ~もう、うるさいな~

 わかったよ!行くよ~

 その代わり、宿題手伝ってよ!!」

「お安い御用ですよ!!持ちつ持たれつですよ!!ハル!!」

 桜は本当にいい顔でハルに言った。

 ハルは桜にゲームの存在を認知させてしまったことをものすごく後悔して、大きなため息をついたのだった。


「失礼しま~す。」


 そう言って、ハルは「上田研究室」に入った。

「ハルちゃん!また来てくれたんだ~!

 うれし~!!」

 早速、瀬戸がハルに飛びついて、出迎えた。

「せ、瀬戸さん…苦しいです…」

 ハルは瀬戸の胸に埋もれて、本当に息が出来ず、瀬戸の肩にタップした。

「あっ!ごめんごめん。

 でも、瀬戸なんて堅苦しい呼び方じゃなくて、愛でいいよ~」

 そう言って、瀬戸はハルを離した。

 ハルは少しむせたが、瀬戸に聞いた。

「わ、分かりました。

 じゃあ、愛さん。神山さんはいますか?」

「神山君?来てると思うけど、どうしてまた?

 …ま、まさかっ!!神山君のこと、好きになっちゃったの!?

 やめときなよ!!絶対、後悔するから!!」

 瀬戸はハルの肩をつかんでグイグイ揺らした。

「い、いや…ちがくて…ゲームのことを教えてもらいたくて…」

 ハルは揺らされながらも、瀬戸に説明した。

「な~んだ~そういうことか~

 ちょっと待ってね~神山く~ん、ハルちゃんが呼んでるから早く来て~」

「聞こえてんだよ…マジで、瀬戸、お前…

 ひょっとして、同じ工学部の数少ない女子にもそういうこと言ってんのか?」

 ひょっこり現れた神山が瀬戸に怒った様子で聞いた。

「えっ。だって、神山君はオタク気質だから、普通の女の子には合わないんじゃないかなって思って…」

 瀬戸は悪びれもなく、むしろ良いことをした感じの顔で神山に答えた。

 神山は泣きそうな顔で瀬戸に言った。

「お前!!マジでやめてくれよ!!

 僕だって、普通に女の子と付き合いたいのに!!

 お前のせいで、元々無い可能性が更に小さくなるじゃんかよ!!」

「大丈夫だって!!

 最近はマッチングアプリとかあるじゃん!?」

「大学生でマッチングアプリはいかがなもんですよ~~!!

 くそぉ~~!!」

 神山は突っ伏しながら、丁寧に悔しがった。

 瀬戸は何をそんなに悔しがってるのか分からない様子だった。

 すると、山田がやってきて、神山の肩に手を添えて、言った。

「…カミヤン…工学部の女は正直、まともな奴がいないから、やめとけ…

 良かったんだよ…これで…」

 神山は俯いていた顔を山田に向けて、キッと睨んで、言った。

「…で、でも…山田先輩!!

 …あんた、同じ学部の女子と付き合ってるじゃないですか!!

 …どんだけうらやましいか知ってんすか!!」

 山田は黙って、神山の肩に手を添えたまま、神山に答えた。

「…お前にだって、俺の気持ちは分かんねぇよ…

 …普通の女だって、思ってたやつがすげぇ変わった奴でよ…

 …でも、二人とも就職決まったこのタイミングでよ~向こうもなんか結婚とか言ってるしよ~

 …そんなもん、別れることもできないしよ…

 …もう、俺、どうしたらいいか分かんねんだよ!!」

 山田も突っ伏して、涙を流していた。

 神山も何かを察したのか、その山田の肩を抱いていた。


 ハルと瀬戸は正直、マジでどうでもよかった。


「あ、あの~神山さん、貰ったゲームについて、教えてほしいんですけど…」


 ハルが神山に本題を投げかけると、神山はグスグス言いながら、ハルに聞いた。

「…えっと、どのゲームのこと?」

 ハルは桜をチラッと見た。

「「サガスト2」のラストダンジョンについてです。」

 桜はハルに軽く説明した。

 ハルは屋敷で聞いていた話も加えて、神山に説明した。

「「サガスト2」なんですけど、ラストダンジョンまで行ったのはいいんだけど、戻れないから、中々、クリアできないんです。

 何かいい攻略方法はないですか?」

 ハルの説明を聞いて、桜は思った。


(この子は何気に話を理解して、要約するのが速いんですよね。

 まぁ、総一郎の姪っ子ということでしょうか。)


「えっ!!「サガスト2」で、もうラストまで行ったの!?

 初見でそれはかなりすごいよ!!難しいゲームだからね。

 てか、小学5年生で「サガスト2」のラストまで行けるってだけですごいよ!」

 神山はすっかりさっきの話は忘れて、素直に驚いたのだった。

 ハルはどうやら桜のやっているゲーム、「サガスト2」は普通のゲームではないようだと気づき、そのせいで自分が変に思われるのは心外だと、とっさに言い訳をした。

「いや、実は私がゲームをやってるんじゃなくて、姉がやってるんです。

 姉はニートだから、たくさん時間があって、それでもうラストまで行っちゃったんです。」

 桜はまたハルにニート呼ばわりされたが、攻略法を知りたいとお願いしたのが自分だったため、怒るに怒れなかった。

 その様子を見て、ハルはフフフとにやついた。

 すると、神山はそれを聞いて、ものすごい勢いでハルに聞いてきた。

「お姉さん!!マジで!?

 いくつなの!?」

 ハルは面食らって、思わず適当に答えてしまった。

「え、えっと、23?くらいですよ?」

「23!!すごい!同い年だよ!!

 紹介してよ!!」

 神山が見かけによらず、ぐいぐいハルに言い寄ってきたので、それを見ていた瀬戸が神山の頭をスリッパで叩いた。

「やめなさい!みっともない!

 ハルちゃん。ごめんね~やっぱり、この男はダメだ。」

 何故か瀬戸に謝られたハルは困ったが、とりあえず、神山に答えた。

「い、いえ。ちょっと申し訳ないんですけど、とある事情で姉を紹介することはできないんです。

 だから、ゲームのことだけでも教えてもらえると助かるんですが…」

 神山は頭を叩かれて、冷静になったのか、頭を撫でながら、落ち着いた様子でハルに言った。

「ごめんごめん。完全に自分を見失ってたよ。

 そうだよね…それなら自分から聞きに来るもんね…

 はぁ…丁度、お昼だし、学食で落ち着いて、話聞いてもいいかな?」

「テンション下がりすぎでしょ!

 でも、それいいね~行こう!ハルちゃん!」

「えっと、でも私お金持ってきてなくて。

 総一郎にちょっと、聞いてきます。

 総一郎ってどこいるか分かりますか?」

 ハルは総一郎にお金をもらおうと、瀬戸に総一郎の居場所を聞いた。

「加藤先生は確か、上田教授と出かけちゃってるよ。

 まぁ、いいよ~私が奢ってあげるから~」

「い、いや!それは流石に悪いですよ!!」

「いいって、いいって!お姉さんに任せてよ!!

 こう見えて、ちゃんとバイトしてお金ある方だから~

 てか、むしろ奢らせてよ~私はハルちゃんともっと仲良くなりたいんだよ~」

 瀬戸はハルに抱きつきながら、頼んだ。

 ハルはちょっと考えたが、大学の学生食堂というものにも興味があったため、それならばと瀬戸の好意に甘えることにした。

「じゃあ、お言葉に甘えます。

 その代わり、今度、愛さんのお弁当を作って、総一郎に渡しときますね。」

「ホント!!嬉しい!!楽しみにしてるね!!

 ハルちゃんはホントにできた子だね~」

 そう言って、瀬戸はハルを抱きしめながら、頭を撫でた。

(てか、ゲームの話するのに、お前関係なくね?)

 神山はそう思ったが、決して声には出さなかった。


 そして、ハルと神山と瀬戸の3人は工学部の学食にやってきたのだった。

 山田は例の彼女と別の場所で食べるそうだった。


 工学部の学食は100人くらいは入れそうなくらい広かったが、きれいでも汚くもなく、ハルが今までご飯を食べたことのないような場所で、何か不思議な感じがした。

(なんか、ちょっと大人な感じがするな~)

 ハルは学食の風景を見て、なんだかちょっとワクワクした。


「ハルちゃん。ここで食券を買うんだけど、何がいい?

 何でも好きなもの頼んでいいよ~」

 瀬戸はハルに聞いた。

 券売機を見ると、麺類からご飯もの、定食、サイドメニューと結構な種類が並んでいて、ハルは中々決められないなと思い、瀬戸に聞いた。

「愛さんのおすすめは何ですか?」

「ん~そうだな~皆が良く注文するのは定番のAからCの定食かな〜

 でも、私はいっつもカレーを頼んでるよ~

 ただ、気を付けてほしいのが、ここのカレー結構辛いで有名なんだよ。

 あと、麺類はやめといた方がいいよ。」

 瀬戸は分かりやすく、ハルに教えてあげた。

 それを聞いて、ハルは瀬戸に言った。


「それじゃあ、天ぷらうどんでお願いします。」


「えぇ~!ハルちゃん、話聞いてた!?

 麺類はやめときなって!!」

「えっ?だって、天ぷらうどん食べたいなって思ったから。」

「じゃあ、なんで私におすすめ聞いたの?

 コテコテの流れになっちゃったじゃん!」

「そんなこと言われたって、話聞いてたら、何故か天ぷらうどんが食べたくなっちゃったんだもん。

 理由は特にないですよ。」

 二人の後ろでハルと瀬戸のやり取りを聞いていた神山は吹き出した。

「ははは!!加藤先生の姪っ子さん!

 すごい面白い子じゃん~」

 思わず、瀬戸も笑いだしてしまったのだった。

 ハルは何故、二人が笑っているのかが分からなかった。


 結局、ハルは天ぷらうどん、瀬戸はカレーライス、神山はA定食を頼んで、空いている席に座った。


「いただきます。」


 三人は声をそろえて、それぞれ注文したものを食べ始めた。

 ハルは一口麺をすすって、瀬戸に言った。

「うん。そんなに悪くないですよ。おいしいですよ。」

 瀬戸はカレーをハフハフ一口食べて、ハルに言った。

「それは良かったよ~ていうか、ため口でいいよ~

 ハルちゃんって、ホント礼儀正しいよね~

 それに思ったよりもちょっと変だったし~」

「…それは学校の友達にもちょくちょく言われる。」

「でもまた、そういうとこが可愛いよね~」

 ハルの隣に座っている瀬戸がハルの頭を撫でながら、言った。

(愛さんって、ちょっと遥香ちゃんに似てるかな?)

 ハルはそんなことを思った。

 神山はヒョロヒョロの見た目によらず、黙々とA定食を食べて、もう既に食べ終えそうになっていた。

「神山君!相変わらず、食べるの早すぎだよ!

 そんなんだから、モテないんだって!」

 瀬戸は神山の食べっぷりに苦言を言った。

「いっつもうるさいなぁ~食事くらい好きに食べさしてくれよ。」

 神山は瀬戸の小言にうんざりしている様子だった。

 その様子を見て、ハルはなんとなく二人に聞いた。

「二人って、もしかして、昔からの知り合いなんですか?」

 瀬戸は少し驚いて、ハルに言った。

「うん。実は小学校からの腐れ縁というか、言いたくないけど、所謂、幼馴染ってやつだよ。

 良く分かったね?」

「なんとなくだけど、二人ともお互い遠慮がないっていうか、なんていうか。

 兄妹みたいな感じだから。」

 ハルは本当になんとなく思ったことを言ったまでだった。

 すると、瀬戸は何故か怖い笑顔になって、言った。

「ん~まぁ、確かに弟みたいに世話の焼ける人ではあるね~」

 神山も食べるのをやめて、瀬戸を睨みながら、言った。

「いやいや、世話を焼かれたこともないし、間違いなく、お前が妹だから。」

「オタクだったら、兄でも弟でも嫌なんだけどね~」

「…俺もイケメンと見たら媚び売って、それでも彼氏できなくて、小さい女の子が好きな変態が妹でも姉でも嫌だよ…」

「…うっさいよ…黙って、童貞にお似合いのA定食食べてなさいよ…」

「小学生の前で意味わかんないこと言うなよ。

 てか、お前も炭水化物ダイエットどうしたんだよ?

 思いっきり食ってるじゃん。」

 二人の雰囲気がどんどん悪くなっていき、ハルは気まずくなり、話題を変えようと二人に言った。

「ふ、二人とも、ゲームの話しようよ!!ゲーム!!」

 すると、瀬戸はハッとして、ハルに言った。

「ごめんね~ハルちゃん~

 神山君のせいで、雰囲気悪くなっちゃって~」

 神山はため息をついて、ここは自分が折れようとハルに言った。

「もう分かりましたよ。俺が悪かったです。

 …で、「サガスト2」の話なんだけど、お姉さん、ラストまで行ったんだよね?

 今のパーティの成長具合ていうか、ステータスとかって分かる?」

 ハルは二人とも落ち着いたようでホッとして、桜の通訳をしながら、現在のゲーム状況を神山に説明した。


「…ふむ。それはちょっとどうしようもないかな~

 よしんば、ラスボスまで行ってもその状態だと多分、クリアはマジで運ゲーになるね~

 ラスボスめっちゃ強いから。

 初めからやり直した方がまだマシだと思うよ。精神的に。」


 ハルが桜のゲーム状況を細かに説明した後、神山がハルに言った。

「マジですか…」

 桜は若干、神山の口調が移りながら、しょんぼりしていた。

 ハルもここまで来て、何も得られないのはと少し神山に食い下がることにした。

「初めからやり直すとして、何かここはこうした方がいいとかってありますか?

 このままだと姉が可愛そうなので。」

 ハルの言葉を聞いて、瀬戸はまたもハルを横から抱きしめて言った。

「ほんとにハルちゃんは優しいんだね!!

 お姉さんのためにここまで頑張るなんて…!!

 はい。神山君。ちゃっちゃと教えてあげて。」

「お前なぁ~

 そうだな~実は最初のシナリオである程度最強の技を簡単に習得できるんだけど、その方法でも教えようか?」

「そんなことが!!是非、お願いします!!」

 桜が身を乗り出して、神山に言った。

 ハルはしょうがないから、神山に言った。

「すみませんが、教えて下さい。」

 そして、神山にその攻略法を教えてもらったのだった。


「…なるほど。そんな手があったのですか。

 いいでしょう。もう一度、やってやりますよ!!」


 桜は神山から攻略法を聞いて、どうやらやる気になったようだった。

 ハルは安心して、神山にお礼をした。

「ありがとうございます。

 今度、神山さんにもお弁当を作ってくるよ。」

 神山は少し照れたような顔をして、ハルに言った。

「いやいや。気にしないでよ。

 僕もちょっと難しすぎるゲームを渡して、申し訳なかったよ。」

「そうだよ!ハルちゃん!全く気にしないでいいからね!!

 お弁当は私のためだけに作ればいいから!!」

 瀬戸が食い気味にハルに言うのだった。

 ハルはどちらかというと、神山が兄だろうなと思いながら、二人に言った。

「一人分作るのも、3人分作るのも手間は大して変わらないから、大丈夫だよ。」

 ハルがそう言うと、瀬戸は少し悔しそうに言った。

「…ハルちゃんがそう言うなら…ちっ!」

「お前は本当に僕に対して、失礼な奴だよな…」

 ハルは二人のやり取りを見て、思わず笑ってしまった。


「…研究の邪魔しても悪いし、そろそろ帰るよ。」


 ハルはゲームの話をした後、他愛もない雑談を二人としていたが、桜が帰ろうとうるさいので、二人に言った。

「えぇ~ハルちゃん、帰っちゃうの~もうちょっとだけお話ししようよ~」

 瀬戸はまだ話足りないようだった。

「いや、さすがにそろそろ研究しないとまずいでしょ…

 今日は楽しかったです。また、ゲームで詰まったら、研究室に来なよ。

 僕が教えれる範囲であれば、教えてあげるよ。」

 神山は微妙に自信の無い言葉をハルに言った。

「うん!私も楽しかった!

 二人ともありがと!また来るね~」

 ハルはそう言って、二人と別れたのだった。


(今日はなんだか、大学生になったみたいで楽しかったな。)


 ハルは大学の雰囲気に慣れて、せっかくだからと大学内を探索しようとブラブラしながら、帰ろうとした。

「いやいや、ハル!早く帰りましょうよ!」

 桜はハルを急かした。

「そんなこと言っていいの?

 私のおかげでまたゲームをやる気になったんじゃない?

 ちょっとくらい、寄り道させてよ。」

 ハルは急かす桜に意地悪っぽく言った。

「…はぁ~確かに、今日はハルのおかげで助かった気はしますよ。

 ただ、これで宿題の手伝いは無しですよ。」

「えぇ~」

 ハルはふと瀬戸と神山の二人のやり取りを思い出し、ニンマリした。


(なんか、あの二人って私と桜おねぇちゃんみたいだった気がする。)


 ハルが大学内をブラブラしていると、小さな雑木林の中に続く道を見つけた。

 大学には校舎だけじゃなくてこういうのもあるんだと物珍しさでハルはその人気の少なそうな雑木林の中に入って行った。


 雑木林の中を歩いていると夏だったこともあり、セミの鳴き声がうるさかったが、なんだか涼しく感じた。


 しかし、急にハルにいつもの悪寒が走った。


 何故かセミの声が聞こえなくなり、涼しいというよりも肌寒くハルは感じたのだった。


 悪寒を感じるのは道から外れたところのようだった。

 ハルはそちらを見ないように急いで雑木林を抜けようと思ったが、悪寒の走る方向に人の声が聞こえた。


 ハルにはなんとなくこの声が生きている人の声だと分かった。

 ハルはどうしても気になり、怖さを我慢して、声のする方へと向かった。

「大丈夫なのですか?

 私はさっさと逃げた方がいいと思いますよ。」

 桜はハルに注意したが、ハルは小声で桜に言った。

「でも、生きてる人が危ない目に会ってるんだったら、助けないと…!」

 桜はため息をついて、ハルに憑いて行った。


 すると、雑木林にロープをかけて、首をつっている男を見つけた。

 すぐにハルはお化けであると分かった。


 しかし、いつもと違うのはその前に見覚えのある男が立って、何やら、首をつっているお化けに声をかけていた。

 そして、その男が何やら手をお化けに向かってかざすと、首つりお化けはぱぁっと光って、消えていったのだった。


「えっ!」


 ハルは思わず、声を出してしまった。

 その声に反応して、男がこちらを向いて、ハルに言った。


「…君は確か、加藤先生の姪のハルさん?」


「やっぱり、相馬さん?」


 ハルも男がこの前、初めて出会った「上田研究室」の大学4年生で優等生の相馬慎(そうま まこと)であると気付いた。

「そうだよ。ほんのちょっとしか、会ってないのに、覚えてくれてて嬉しいよ。

 こんなところでどうしたの?」

 相馬は笑って、ハルに尋ねた。

「いやいや!相馬さんこそ、今、何したの!?」

 ハルは驚いた様子で逆に相馬に聞き返した。


「ん?君、やっぱり「見える人」なの?」


 相馬は特に驚く様子もなく、ハルに聞いた。

 ハルは動揺して、再び相馬に聞き返した。


「じゃあ、相馬さんもお化けが見えるの?」


 相馬はニコッと笑って、ハルに答えた。


「うん。見えるよ。」


 ハルは初めて自分以外にお化けが見える人と出会って、不思議な感じになり、ぼ~としてしまった。

 ハルの様子を見て、相馬はハルに優しく言った。

「大丈夫?

 気分悪かったりする?」

 ハルは声をかけられ、慌てて、相馬に言った。

「あっ。大丈夫!大丈夫です!!

 すみません。初めて、お化けが見える人に会って、混乱しちゃって。」


「そっかそっか。僕も初めてだよ。

 君みたいな子は。」


 そう言って、相馬はちらっと桜の方を見た。

 桜は何も言わず、黙って相馬を見つめていた。

 ハルは深呼吸して、一旦落ち着いて、相馬に再び聞いた。

「えっと、もう一回聞いても良いですか?

 さっき、何やってたんですか?」

「あぁ~実家の手伝いでね。「除霊」ってやつ?

 加藤先生から聞いてるかな?実家がお寺でね。

 それで、ちょくちょくこういう依頼が来るんだよ。

 今日はこの大学の首つりお化けを成仏させてくださいって依頼に対応してたところ。」

 相馬は特に隠す様子もなく、ハルに言った。

「除霊って、相馬さん、お化けを成仏させることができるんですか!?

 すごい!!」

 ハルは終始、驚いてばかりだった。

「まぁね。そんな大したことじゃないよ。

 ただの体質だから。こんなの。」

 相馬は少しうんざりした笑顔でハルに答えた。

 ハルがはぁ~と唸っていると、相馬はハルに言った。


「それにしても丁度良かったよ。君とは話がしたかったんだ。

 そこに浮いている女性についてね。」


 そして、相馬は桜の方を向いて、続けた。


「君はお化けが見えるのに、この女性のお化けと一緒にいるみたいだけど、どうしてかな?」


 ハルは相馬の質問に少し考えてから、答えた。

「え~っと、桜おねぇちゃん、じゃなくて、東雲桜(しののめ さくら)って言うんだけど、私の住んでる屋敷というか、この町の地縛霊らしいです。

 元々は屋敷が無くなったら、成仏できるって思ってたんですけど、どうやら違うみたいで、今はなんとなく一緒に過ごしてるんです。

 でも!全然、悪いお化けじゃないですよ!」

 ハルの拙い説明を聞いて、相馬はハルに言った。


「そっか。なるほど。どうやら、悪い霊ではないみたいだね。

 じゃあ、僕が成仏させてあげようか?」


 ハルは相馬の言葉を聞いて、条件反射ですぐに相馬に答えた。


「ダメです!!」


 相馬は予想外に早い答えが返ってきて、驚いた様子だったが、再び、ハルに聞いた。


「…それはどうして?

 この女性…桜さんは成仏したいんだよね?」


 桜は黙って、相馬を見つめながら聞いていた。

 ハルは俯きながら、相馬に答えた。


「…そりゃ、初めは怖かったし、意地悪するし…意地悪は今でもされるけど…

 それでも今は桜おねぇちゃんがいないとか考えられないし…面白くないし…寂しいから…」


「つまり、桜さんの意思とは関係なく、自分のために桜さんを成仏させたくないってことだね?」


 相馬の言葉にハルは何も言い返せなかった。

 そして、相馬は桜に向かって、聞いた。


「桜さん。あなたは成仏したいんですよね?

 僕ならあなたを成仏させることができますが、どうですか?」


 桜は相馬を見つめながら、少し間をおいて、相馬に答えた。


「…嫌ですね。」


 それを聞いた相馬は笑って、桜に言った。


「「除霊師」である僕から言わせると、成仏したくないっていう霊は軒並み、「悪霊」の類なんですが…

 それなら、あなたはハルさんに憑りついている「悪霊」みたいなので、有無も言わせず、「除霊」しますが、いいですか?」


「ダメだって!!

 桜おねぇちゃんは「悪霊」なんかじゃないって!!」


 ハルは桜の前に立って、怒った様子で相馬に叫んだ。

 それを見た相馬はハルに、というより桜に向かって言った。


「憑りつかれた人ってのは大体、そう言うんだよね。

 悪徳宗教と一緒だよ。

 大丈夫。桜さんから解放されたら、分かるから。」


 相馬はそう言って、桜に近づいて行った。


 ハルは目に涙を浮かべながら、空手の構えをとって、相馬を待ち受けた。


 すると、桜が相馬に向かって言った。


「あなた、勘違いしてますね。

 私は成仏したいですよ。」


 相馬はピタッと止まって、なおも笑顔で桜に言った。


「それなら、僕が成仏させてあげるって言ってるじゃないですか?」


 桜も笑って、相馬に言った。


「分かってないですね。

 私は消えたいとは思っていますが、どこの馬の骨とも分からないあなたみたいな人に消されたいとは思っていないんですよ。

 分かったら、ここは引きなさい。」


 相馬は桜を黙って見つめた。

 そして、しばらくして、相馬はため息をついて、桜とハルに言った。


「分かりました。ここは一旦、引いときます。

 そもそも、僕だってこんな寺っぽいこと、しょうがなしでやってますからね。

 依頼じゃなければ、進んでやりませんよ。」


 ハルはとりあえず、ホッとして、空手の構えを解いた。

 そんな様子のハルを見て、相馬は呟いた。


「…しかし、どっちかというと、ハルさんが桜さんを縛っているように見えますね。」

「えっ?」

「じゃあ、僕は研究室に行くので。また機会があれば…」


 そう言って、相馬は研究室の方に向かうのだった。



「まったく!!

 折角、同じお化けの見える人に会えて嬉しかったのに!!

 あんな人だったなんて!がっかりだよ!」


 帰宅後、居間のソファーにどかっと座って、怒りながらハルは言った。

「…あの男はそれ程悪い男ではないと思いますがね。」

 桜は早速、ゲームを起動しながら、ハルに言った。

 ハルはムッとしながら、桜に言った。

「そうかな?私はやな奴だなって思ったけど…」

「本当に何も考えない人であれば、話を聞かずに除霊するでしょう。

 しかし、あの男は首吊りのお化けに対しても話をした後に除霊しています。

 どんな話をしていたかはわかりませんがね。

 ただ、恐らくはきちんと話を聞いて、そのお化けのことを理解してから、除霊しようとしている様子は伺えましたよ。」

 桜は神山が書いてくれた攻略メモを見ながら、ハルに言った。

「妙にあいつの肩を持つね…

 確かに顔はいいけどさ…」

 ハルは自分に賛同してくれると思っていたので、少し納得のいかない様子だった。

 桜はいつもの意地悪な笑顔でハルに言った。

「そういうことを言ってる内はまだまだ子供ですね。

 それにあの男は礼儀がしっかりしてましたし。

 私は作法がしっかりしている方に対してはちゃんと、敬意を払いますよ。」

 ハルはまたもムッとして桜に言った。

「どうせ、私はガサツですよ!

 じゃあ、なんであの時、あいつに除霊されるの嫌がったのさ?

 この前、適当な和尚にお祓いしてもらおうとしたって言ってたのに。」

 桜はふふふと笑い、ゲームを一から始めながら、ハルに言った。


「今、成仏してしまったら、このゲームが出来なくなるじゃないですか。」


 ハルは呆れながらも笑って呟いた。

「桜おねぇちゃんらしいわ。」


 ハルは機嫌が治ったもののゲームをしている桜を見ながら、しばらくぼ〜としていた。


「ハルさんが桜さんを縛っているように見えますね。」


 相馬の言葉がしこりのように心にずっと残っているのだった。


 続く

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