第8話 初めての大学
「あっ、総一郎、お弁当忘れてる。」
ハルの小学5年生の夏休みの朝、いつものように掃除をしていると、総一郎に作った弁当が居間の机の上に置かれたままなのを見つけた。
「全く!お弁当忘れられるのはすごい腹立つんだよね~どうしようかな?」
ハルは4年生の夏休みから、総一郎がお昼をあまり食べずに普段、お菓子などをつまんで仕事していると聞いて、それではダメだと、それ以来、弁当を作ってあげているのであった。
総一郎の性格上、弁当を忘れることはしばしばあったが、ハルも学校に行っていることが多かったため、お昼前に気付いたのは、何気に今日が初めてであった。
「大学に持って行ってあげたら、いいじゃないですか。
近いんだから。」
桜が朝からいつも通り、ゲームをしながらハルに言った。
総一郎の大学、梅野橋大学は屋敷から歩いて15分くらいの距離にある割と近い大学であった。
「えぇ~大学って、小学生が行ってもいいものなの?」
ハルはめんどくさそうに桜に聞いた。
「別に正当な理由があれば、いいでしょう。
電話して、総一郎に確認してみなさい。」
総一郎は緊急時のため、大学の総一郎の連絡先「上田研究所:XXX-XXX-XXXX」と書かれたシールを電話機に貼っていた。
しかし、特に緊急の事態が今までなかったので、電話したことがなかったのだ。
「な、なんか緊張するんだけど…大丈夫かな?」
ハルは戸惑いながら、桜に聞いた。
桜はため息をつきながら、ハルに言った。
「何のための電話ですか。ハルももう小学5年生なんだから。
本当の緊急時のために、この機会に練習しておきなさい。」
小学5年生なんだからと桜に言われて、ハルは確かにと、う~んと悩みながらも、桜の忠告に従った。
「…そうだね…分かった。電話してみるよ。」
ハルはそう言って、受話器を持って、緊張しながら、総一郎の連絡先の電話番号を押したのだった。
プルルル…プルルル…ガチャ
「はい。上田研究室です。」
電話の声は若い女性の人だった。
明らかに総一郎じゃない声にハルは慌ててまくった。
「え、え~っと、私、総一郎…じゃなくて、加藤のし、親戚のハルって言いまして…
あ、あの、その…」
ハルは緊張しすぎて、自分で何を言ってるのか分からなくなっていた。
すると、電話先の女性が察してくれて、ハルに言った。
「あ~加藤先生の~ちょっと、待ってくださいね。」
それから、保留音がなり、しばらくして、保留音がやんだ。
「…もしもし、ハル?」
ようやく総一郎の声が聞こえて、ハルはホッとして、総一郎に言った。
「よかった~総一郎出ないじゃん!!
めちゃくちゃ緊張したんだよ!!」
総一郎は急にハルに責められて困った。
「えっと、なんかごめん。
一応言っとくけど、この番号は研究所の番号だから、直接僕に繋がることの方が少ないよ。
ごめん。伝えとけばよかったね。」
「ホントだよ~そういうとこだよ~
ところで、総一郎、お弁当忘れてるよ!!
もしいいなら、私、持っていこうか?」
ハルはとにかく弁当のことを総一郎に伝えた。
「あっ!ホントだ!!ごめん!!
でも、悪いよ~一日くらい、適当にすますよ~」
総一郎はハルの気持ちを考えない発言をした。
ハルは怒りながら、総一郎に言った。
「だから、何度も言ってるけど、せっかく作ったお弁当を無駄にするのは本当辛いんだからね!!
じゃあ、このお弁当は総一郎の今日の晩御飯になるけど、いいんだね…」
総一郎は慌てて、ハルに謝った。
「ご、ごめんごめん!
じゃあ、良かったら、持ってきてくれないかな?
場所は分かるかな?」
「大学の場所は分かるけど、総一郎の研究室がどこにあるのかは分かんない。」
「じゃあ、正門の前で待ってるよ。
ホント、ごめんね。よろしく頼むよ。」
「そしたら、今から準備して行くから、30分後くらいには着くかな?」
「オッケー。気を付けて来てね。」
「分かった~」
そうして、ハルは電話を切った。
「ということで、大学にお弁当持ってくことになったよ。
準備して行ってくるね。」
ハルはゲームをしている桜に言った。
桜は珍しくゲームをやめて、ハルに顔を向けて、無表情で言った。
「じゃあ、私も行きます。」
「えっ!桜おねぇちゃんも来てくれるの?
珍しい!ゲームはいいの?」
ハルはあまりに意外だったので、桜に聞いた。
すると、桜は急にハルに頭を下げたのだった。
「えぇ~~!!ホントどしたの!!
変だよ!!桜おねぇちゃん!!」
ハルは桜のあまりにもおかしな挙動に戸惑った。
「ハル…お願いがあります…」
「は、はい!」
ハルは身構えた。
そして、桜は差し迫った顔でハルに言った。
「…もうここにあるゲームはやり尽してしまったんです…
だから、総一郎にお願いして、新しいゲームのお金をもらって、一緒に買いに行ってほしいんです!」
ハルは何も言わず、大きなため息をついて、うなずいたのだった。
「ハル~!!」
梅野橋大学の正門で待っていた総一郎がハルを見つけて、手を振って声をかけた。
「総一郎!」
そう言って、ハルは総一郎に走って向かった。
ハルはモジモジしながら、総一郎にお弁当を渡した。
「はい。お弁当。」
総一郎はハルの様子がいつもと違い、若干戸惑った。
「あ、ありがと。
本当にごめんね。わざわざ大学まで持ってきてくれて。」
ハルは未だモジモジしながら、総一郎に上目遣いで言った。
「いいんだよ…でも、総一郎…ホントに感謝してる?」
総一郎は本当に何かおかしいと思い、怖くなって、ハルに聞いた。
「う、うん!もちろんだよ!!
えっと、ハル、何か様子がおかしいけど、どうかしたの?」
ハルは総一郎を見つめながら、言った。
「…総一郎…ゲーム買いたいから、お金、頂戴?」
総一郎はハルの言葉を聞いて、固まった。
総一郎は固まりながらも、ハルのお願いならばと、持っていた財布に手を伸ばそうとしていた。
しかし、ハルはその様子を見て、耐えきれなくなり、総一郎に言った。
「いや!!総一郎!!
出さなくていいから!!
桜おねぇちゃんに言われただけだから!!」
ハルの言葉を聞いて、総一郎はハッとして、手を財布から離して、ハルに言った。
「そ、そっか!!
びっくりした~
いや~ハルもそういう年頃になったのかと、心配したよ~」
ハルはどういう年頃だよと思ったが、総一郎が我を取り戻したようで、とにかく安心した。
「ハル!!
話が違うじゃないですか!!
新しいゲームはどうするんですか!!」
ハルと一緒に憑いてきていた桜がハルに抗議した。
「もう無理だよ~総一郎をだますようなことできないよ~」
「何を言ってるんですか!!
ハルが丹精込めて作ったお弁当をこの男はあろうことか忘れたんですよ!!
ゲームを買うくらいの贖罪はすべきですよ!!」
桜は思いのほか、必死にハルに迫った。
「…私、別に新しいゲーム、欲しくないし…」
ハルはゲームに必死な桜を見て、完全に引いていた。
総一郎はハルの様子を見て、全てを察して、ハルの視線の先に向かって言った。
「なるほど。分かりました。
新しいゲームが欲しいなら、多分、研究室の人が持ってるんじゃないかな?
一緒にお願いしに行きましょうか?」
「いいんですか!?」
桜は目をキラキラさせながら、総一郎に言った。
ハルはうんざりして、言った。
「えぇ~別にいいよ~」
「ハル。せっかくここまで来たのです。
総一郎の職場を見てみたいとは思わないのですか?」
桜は諭すようにハルを説得した。
桜の言葉を聞いて、ハルは少し考えた。
「…確かに、ちょっと見てみたいのはあるな…
まぁ、いっか。どうせ屋敷帰っても暇だし。」
「よし!!じゃあ、行きましょう!!ハル!!」
桜のハイテンションな様子を見て、ハルはゲームを教えたのは間違いだったなと心から思った。
そうして、総一郎に連れられて、ハルと桜は「上田研究室」へと向かうのであった。
梅野橋大学は文系・理系・医学部・歯学部もある大きな大学で、「上田研究室」は大学の中心から少し外れた工学部のエリアにあった。
夏休みであったため、学生はそれ程多くなかったが、サークル活動、部活等は行われているようで、グランドや部室のような場所には学生達が集まっていた。
大学に来たのが初めてだったため、ハルには全てが新鮮で少しワクワクしていた。
「大学生って、夏休みに学校に来て勉強する人もいるの?」
ハルは総一郎に聞いた。
「いや、ほとんどがサークルとかじゃないかな?
夏休みに勉強に来る学生はほとんどいないと思うよ。
来るとしても、院生とかかな~」
「院生って?」
「大学が4年生まであるのは知ってるよね?
簡単に言うと院生っていうのは、その4年間が終わった後に、就職するんじゃなくて、もっと大学で勉強したいって人が進学して、更に2年間、大学院生として、勉強する人のことだよ。」
「へぇ~そんなにずっと勉強したい人とかいるんだね~
きっと、変な人なんだろうね。」
ハルは珍しい人もいるもんだと言った感じで、失礼なことを言った。
「い、いや。理系の学部なら、ほとんどの人が大学院に進学するよ。
まぁ、理由は勉強したいっていうよりは良い就職先を見つけたいって人が多数だけどね。」
「そうなんだ~じゃあ、私は文系かな~
そこまで勉強したくないもん。」
ハルは情けないことを堂々と言った。
総一郎は苦笑いをして、これ以上は何も言わなかった。
そうこうしている内に小奇麗な4階立てではあるが、それ程大きくない長細い建物についた。
工学部C棟と書かれたこの建物の3階に「上田研究室」があった。
扉の前の靴入れには数人の靴が入っていて、中に人が既にいるようだった。
ハルはドキドキして、靴入れの空いているところに自分の靴を入れて、総一郎と一緒に研究室へと入っていった。
「いらっしゃ~い!!ハルちゃ~~ん!!」
ハルが研究室に入るや否や、一人の女性がハルを大きな声で出迎えた。
ハルは急なことに驚いて、固まっていた。
すると、女性はいきなりハルに抱き着いてきた。
「やっぱり!可愛い~~!!
加藤先生の姪なら、絶対可愛いと思ってたんだよ~~」
ハルは顔を真っ赤にして、抱きしめられながら、あたふたしていた。
「瀬戸さん。そろそろ離してあげて。
ハルが困ってるから。」
総一郎は女性にハルを開放するようお願いした。
女性は総一郎に言われて、ハッとなり、ハルを離した。
「ごめんごめん!ついつい可愛くて~」
「ついついじゃねぇだろ~場所が場所なら通報もんだからな。」
「加藤先生も、もっと怒っていいと思うよ。」
そう言って、二人の男性も近寄ってきた。
一人はガタイのいい背が180cm以上ありそうな男性で、もう一人はヒョロヒョロの眼鏡をかけた男性だった。
固まっていたハルは女性から解放されて、とにかくと三人に挨拶した。
「は、始めまして。加藤春です。
いつも総一郎がお世話になっています。」
しっかりとした挨拶をされた三人はおぉっと唸った後、ガタイのいい男性がハルに丁寧に挨拶を返した。
「こんにちは。
山田健太(やまだ けんた)と申します。
大学院の2年生です。
流石は加藤先生の姪っ子だね。
瀬戸よりよっぽど、礼儀ができてるよ。」
女性も続けて言った。
「うるさいな~。
えっと、私は瀬戸愛(せと あい)っていうの。
院の1年生だよ。よろしくね。ハルちゃん!」
最後に眼鏡の男性もハルに挨拶した。
「必要ないかもしれないけど、一応、僕もあいさつさせて頂きます。
瀬戸と同じく院の1年生で神山陸朗(かみやま りくろう)っていいます。
よろしくです。」
皆の自己紹介が終わり、皆いい人そうだと思い、ハルは改めて、挨拶した。
「こちらこそよろしくお願いします!」
総一郎は無事、ハルが皆と打ち解けたと安心して、言った。
「僕の方からもハルのこと、よろしく頼むね。
じゃあ、ちょっと申し訳ないけど、席外すね。
上田教授に呼ばれてるんだ。
また、すぐ戻ってくるから。」
「えっ!」
総一郎はそう言って、ハルを置いて、隣の上田教授の部屋に行ったのだった。
(そういうことはここに来る前に行っといてよ!!)
ハルは突然一人にされて、困ったのだった。
その様子を見て、瀬戸はハルに優しく言った。
「せっかくだから、ゆっくりしてってね。ハルちゃん。」
「は、はい!ありがとうございます!」
ハルは何故か焦りながら、研究室を見回して、何かないかと、とりあえずの質問をした。
「…え~と、他にはいないんですか?」
「他にも数人、この研究室に在籍してるんだけど、里帰りしてたりで最近はこの3人ともう一人くらいだね。
夏休みにも来ないといけない程、追い込まれてるのが、この男二人だけってことでもあるよ~」
瀬戸が笑顔でハルの質問に答えた。
「俺は2年だからってだけだよ!
コツコツやってっから、言うほど、余裕がないわけじゃねぇからな!
カミヤンも学会が近いから、頑張ってるだけだろよ。
てか、お前が一番やべぇだろ?」
ガタイのいい山田が腕を組んで、瀬戸に言った。
「いやいや、私はこの研究室唯一の女の子として、毎日欠かさず、皆を癒しに来てるんですよ!!
研究自体も上手くいってますよ!!」
瀬戸は必死な様子で山田に反抗した。
「…大学生にもなって、そんなアホみたいなこと言えるのって…
ホント瀬戸ってやばい奴だから、近づかないようにした方がいいよ。」
神山はハルに瀬戸の危険性を教えた。
瀬戸はハルをまた抱きしめて、ハルに言った。
「助けて!ハルちゃん!!
この二人はこうやって、いっつも私をいじめるんだよ~」
ハルは瀬戸の大きな胸に挟まれながら、顔をまた赤くしたが、冷静に瀬戸に言った。
「い、いや。
そもそも二人が追い込まれてるって言ったの、瀬戸さんじゃないですか。」
ハルの冷静なツッコミに山田と神山はおぉ~と唸った。
「やっぱり加藤先生の姪だな。的確だわ。」
「すごいな。確か小学5年生だったっけ。
瀬戸より、賢いんじゃないの?」
「ハルちゃ~ん!!ひどいよ~!!」
ハルは三人のやり取りを見て、大体の関係性が分かったのだった。
「…ハル。そろそろ…」
ハルの上をぷかぷか浮いている桜がハルを急かした。
ハルは内心、初対面の人にお願いするのは気が引けたが、また桜がうるさくなるだろうと諦めて、三人にお願いした。
「あの~実はPB(プレイボックス)のゲームが欲しいんですけど、貸してもらえたりしませんか?」
すると、三人は意外と言った感じの顔をした。
「ハルちゃん。ゲーム好きなんだ~」
瀬戸はそう言って、神山の方に手を出して、言った。
「ゲーマーの神山君。どうせ、何か持ってるでしょ?
貸すとかケチ臭いこと言わず、あげなさい。」
「…お前、ヤバすぎて、ホント怖いわ…
いや、持ってるけどさ…どういうゲームがいいの?」
神山は瀬戸の態度に心底呆れたが、とりあえず、ハルに欲しいゲームのジャンルを聞いた。
「え、えっと~」
ハルはそんなの分からないと桜をチラッと見た。
桜は嬉しそうに考えながら、ハルに言った。
「そうですね~じゃあ、RPGで。」
ハルは桜の希望を聞いて、神山に伝えた。
「できれば、RPGとかがいいです。」
「RPGか…ちょっと待ってね。」
神山は自分の机に向かい、引き出しを開けて、3本のゲームソフトを取り出して、ハルの方に戻ってきた。
「この中から、好きなの選んでいいよ。」
神山はハルにその3本のゲームを渡して、言った。
「いいんですか?」
「うん。もうクリアしたゲームだからね。
それに古い中古品だし、そんな高くなかったし。
だから、1本は君にあげるよ。」
神山は笑顔でハルに答えた。
「ありがとうございます!!」
ハルは渡されたゲームを桜に見えるように向けて、どれがいいか確かめた。
桜は真剣な表情で考えていた。
そして、桜は無茶なお願いをハルにした。
「…全部は無理ですかね?」
ハルはえぇ~と困ったが、桜からこんなにお願いされることが無かったので、ここは一つ、恩でも売っておくかと、ダメもとで神山に聞いた。
「…えっと、3本全部はダメですか?」
「えっ!全部!!」
神山は驚いて、ハルに聞き返した。
「いいじゃん。クリアしてるんだから、もうやらないでしょ~」
瀬戸が神山に言った。
「いやいや、クリアはしてるけど、ふとした時にまたやりたくなるのが、RPGなんだよ!!」
神山はRPGの何たるかを瀬戸に言った。
山田も腕を組みながら、神山に言った。
「まぁでも、研究で忙しくなるだろうし、ゲームをしてる時間も無くなるだろうから、いいんじゃないか?」
「山田先輩まで!!マジですか!?」
神山は山田にまで説得されて、困って考えてる様子だった。
桜はその様子を見て、ハルの耳元で囁いた。
「この男はもう一回押せば、折れます。
最後に総一郎にした時と同じようにお願いしてみて下さい。」
ハルはここまで来たらと、モジモジしながら、神山に上目使いで再び、お願いした。
「ダメですか?」
神山は顔を赤くして、あきらめた様子で頷いてハルに言った。
「…分かったよ。全部あげるよ…」
「ホントですか!!ありがとうございます!!」
ハルは3本のゲームを持ち上げて、喜んだ。
その様子を見た山田は微妙な表情になっていた。
「最近の小学生は怖いな。
完全に女であることを利用してたぞ。」
瀬戸は再び、ハルに抱き着いた。
「ハルちゃん!今のお願いの仕方、可愛かったよ~」
ハルは二人の言っている意味が良く分からなかったが、とにかくよかったと思った。
ふと、ハルは気になったことを瀬戸に抱きしめられながら、神山に聞いた。
「そういえば、どうして学校にゲーム持ってきてるんですか?
怒られないんですか?」
神山はフッと笑って、ハルに言った。
「研究には息抜きが必要なんだよ。
泊まることもよくあるからね。
ずっと研究してたら、死んでしまうよ…」
山田もうんうんと頷いていた。
「そうなんだよ…
だから、加藤先生も黙認してくれてるよ…
結構、大変なんだぜ。研究って。」
「そ、そうなんですか。」
ハルは二人の病んでいる様子を見て、怖くなった。
「しかし、お前、RPGはここでやるなよ~
せめて皆でやれるゲームにしろよな~
流石に上田教授に見つかったら、やべぇだろよ~」
「だから、RPGはあんまりやってないじゃないですか。
皆に合わせて、スポーツゲームとかも持ってきてるでしょ。」
「まぁな~」
山田と神山はあははと笑いながら、話していた。
「…今、ゲームがどうとか言ってたか?」
すると、50代くらいのスーツを着た威厳たっぷりの男が総一郎と研究室に入ってきた。
「う、上田教授!!
いや!ほら!!加藤先生の姪っ子がゲーム好きだって聞いて、その話をしてたんですよ~」
山田が慌てて、言い訳をした。
どうやら、この男がこの研究室の教授である上田であるようだった。
「君が加藤の姪っ子か。
この研究室の教授をやっている上田だ。
よろしく。」
上田は怒っているような顔でハルに挨拶をした。
「か、加藤春です!こ、こちらこそ、総一郎がお世話になっています。」
ハルはビビりながらも、きちんと挨拶をした。
「うむ。しっかりしているな。
…しかし、いつまで瀬戸君は抱き着いているつもりかね?」
そう瀬戸はずっと、ハルに抱き着いたままだったのだ。
「ずっとですよ~抱き心地が最高なんです~
上田教授もどうです?」
瀬戸は全く臆することなく、上田に言った。
「遠慮しておくよ。
とにかく離れて、研究に戻りなさい。」
「そうですね。分かりました。」
瀬戸は上田に諭されて、あっさりとハルから離れて、自分の席に戻った。
目上の人に対する態度はわきまえているようであった。
「さぁ、他の皆も研究に戻りなさい。」
「はい!」
山田と神山も自分の席に戻ったのだった。
ハルはその様子を見て、上田は決して怖いだけの人ではなさそうだと感じた。
総一郎はこっそりハルに聞いた。
「ゲームはどうだった?」
そして、ハルはゲームを総一郎に黙って見せた。
「良かった。じゃあ、そろそろ屋敷に戻る?」
「うん。そうだね。」
ハルはそう言って、皆に丁寧に挨拶をした。
「いろいろとありがとうございました。お邪魔しました。」
瀬戸は寂しそうな顔をしながら、ハルに言った。
「帰っちゃうんだ~ハルちゃん~また来てよ~」
山田も手を振りながら、ハルに言った。
「気を付けてな~」
神山はし~とゲームのことを上田に話さないでとジェスチャーをしながら、黙って手を振った。
「もう帰るのか。また、いつでも来なさい。
加藤、門まで送ってやれ。」
上田は怖い顔をしつつも優しい言葉をハルに言ったのだった。
「皆、いい人だね。」
ハルは正門まで送ってもらっている道中、総一郎と話していた。
「うん。今日来てない生徒も優秀でしっかりしてる人ばかりだよ。」
「そうなんだ。そういや、あと一人、夏休みでも来てるんだっけ?」
「ハル!早く!帰りましょう!!」
「あぁ~相馬(そうま)君だね。
まだ、大学の4年生なんだけど、相馬君はその中でもトップクラスで優秀だよ。」
「へぇ~まだ大学生なのに研究室にいるんだね。」
「走って帰りましょう!!」
ハルはちょいちょい入ってくる桜を無視して、総一郎と話していた。
「基本的に大学4年生になると研究室に配属されて、各研究テーマに沿った卒業論文を書くことになるんだよ。
でも、まだ研究初めて間もないから、普通は先輩から教えてもらうんだけど、相馬君は既に一人で研究を進める程、賢いんだよ。」
ハルは総一郎が偉く相馬とやらを褒めているのを聞いて、よっぽどなんだなと思った。
「あとね、実は相馬君って、代々、お坊さんの家系でね。
実家はお寺をやってるんだよ。」
「だから、何なんですか!!いいから!ハル!!早く!!」
「おぉ~すごい!
じゃあ、将来はお坊さんになるの?」
ハルは依然として、桜を無視して、総一郎の身近にお坊さんがいると思って、少し興奮した。
「いや。相馬君は実家を継ぐ気はないんだってさ。
でも、ひょっとしたら、相馬君ならお化けのことも分かってくれるかもね。」
総一郎はニコッとハルに笑いかけた。
「そっか~相馬さんか~会ってみたいな~」
「もう!!ハル!!もっと早く!!急いで!!」
「桜おねぇちゃん!!ホント、うるさいよ!!分かったって!!
説明書開いとくから、これでも見ててよ!!」
ハルと桜と総一郎はそんな話をしてる内に門の前に到着した。
「ハル。じゃあ、気を付けて帰ってね。
お弁当持ってきてくれてありがとう。」
「うん。じゃあ、総一郎も頑張ってね~」
ハルはそう言って、総一郎に手を振り、帰ろうとしたところに一人の男が近寄ってきた。
「こんにちわ。加藤先生。」
その男はスラッとした体系で、かっこいいというよりも美しいといった感じのとてもきれいな顔だちをしていた。
「噂をすればだね。こんにちわ。相馬君。
今日はちょっと遅れ気味だね。」
総一郎もその男に挨拶した。
そう、この容姿端麗な男が先ほど総一郎が話していた相馬という男だったのだ。
ハルはお坊さんのような姿を想像していたが、それとはかけ離れた容姿に少し驚いた。
「噂ってなんですか?怖いですね~
ちょっと、実家の用事があって遅れたんですよ。」
相馬は笑いながら、総一郎に言った。
「あっ、紹介するね。
この子は僕の姪っ子の加藤春。
これからちょくちょく研究室にくることがあるかもしれないから、よろしくね。」
総一郎は相馬にハルのことを紹介した。
ハルもそれに応じて、相馬に挨拶した。
「こんにちわ。初めまして。
いつも総一郎がお世話になっています。
加藤春です。よろしくお願いします。」
ハルは今日散々、自己紹介してきたので、もう慣れて、言いよどむことなくすらすら言った。
相馬もハルに向かって、ニコっと笑い、挨拶した。
「始めまして。相馬慎(そうま まこと)と言います。
よろしくね。ハルさん。」
そして、相馬は一瞬、ちらっとハルの上をプカプカ浮いて、説明書を真剣に読んでいる桜の方を見た。
ハルはあれっと思ったが、相馬はすぐに視線を戻して、総一郎に言った。
「じゃあ、加藤先生、一緒に研究室まで行きましょうか。」
「そうだね。じゃあね。ハル。
今日は本当ありがとう。」
総一郎は再び、ハルにお礼を言った。
「う、うん。じゃあ、二人とも研究頑張って…」
ハルは少し棒読み気味に二人に言った。
「ハルさん。またね。」
相馬と総一郎はハルに手を振ってから、振り返って、研究室に向かったのだった。
ハルはしばらく、桜のために説明書を広げたまま、ぼ~と二人を見送った。
「ねぇ。桜おねぇちゃん。
あの相馬って人、桜おねぇちゃんのこと見えてなかった?」
帰宅後、ハルは居間のソファーに座って、早速、新しいゲームを始めている桜に聞いた。
「分からないですよ。私はゲームの説明書に夢中でしたからね。
相馬とやらの顔すら見てませんよ。」
桜はなんの役にも立たないことをハルに言った。
ハルはむぅっとして、桜に再び聞いた。
「やっぱり、実家がお寺なだけあって、何か感じたのかな?」
桜はゲームをしながらもハルに答えた。
「どうでしょうかね。
実家がお寺だとしても、ハル程しっかりお化けを認識できる人間はそういないと思いますよ。
実際、何度か近くの寺に行って、そこの住職に近づいたことがありますが、私に気付きませんでしたし。」
「そんなことしてたの?どうしてまた?」
ハルは桜の意外な行動に驚いて、聞いた。
「最初も言いましたが、私は早く消えたかったのですから、手っ取り早く私自身を祓ってもらおうかと思ったんですよ。
まぁ、結局、無駄足でしたがね。」
桜はこともなげに答えた。
「そ、そうだったんだ…自分自身を祓ってもらうって、なんかおかしい気がするんだけど…」
ハルは桜の発想に少し呆れた。
「そんなことより、説明書を開いているだけのハルに何も言わなかったことの方がおかしいと思いますけどね。」
桜は説明書を横目で見ながら、ハルに言った。
「あっ!そういえば、そうだ!!
普通、説明書開いてたら、何か言うよね?
てことは、やっぱり相馬さんには桜おねぇちゃんが見えてたってことかな?」
ハルは桜の言葉にハッとして、桜に聞いた。
桜は再び、ゲームに視線を戻して、ハルに言った。
「まぁ初対面ですし、指摘しづらかったのかもしれませんがね。
確証はないですよ。」
ハルは結局、分からないかとため息をついて、呟いた。
「…私以外にもお化けが見える人がいるのかな…」
桜にはその呟きが聞こえたが、黙ってゲームを続けたのだった。
今後、相馬慎はハルと桜の関係性に深く関わっていくことになるのだった。
続く
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