第6話 足だけランナー
「お待たせ!遥香ちゃん!」
運動会が近づいた秋、小学4年生のハルは小学6年生の志岐遥香(しきはるか)に小走りで向かって言った。
「今日は私のが速かったね。珍しい。」
遥香は門の前で待ちながら、ハルに答えた。
ハルと遥香はトイレの花子さん事件を通して、仲良くなり、登下校を共にすることが多くなったのだ。
「ちょっと待って!ハルちゃん!」
やや遅れてハルと同学年の武田良子(たけだよしこ)が走ってきた。
「いや~ヨッシーと図書室で喋ってて、気づいたら時間過ぎちゃってたんだよ。」
「私のせいにしないでよ~私は急かしたけど、ハルちゃんがもう少しだけって本読んでたせいだよ~」
ヨシコはハルの言い訳に文句を言った。
トイレの花子さん事件の後、ハルとヨシコも仲良くなったのだった。
「いや~悪かったって。丁度いいところだったんだよ。」
ハルが少し言い訳をしたが、遥香は見透かしたようにヨシコの頭を撫でながら言った。
「ヨッシー。分かってるよ。ハルが悪いんだってことは。」
ハルはむぅっとした顔で二人に言った。
「もう!悪かったって!!とにかく、一緒に帰ろうよ!!」
ハルと遥香は同じ登校班であるくらいに家が近く、ヨシコも二人とは距離が遠いが同じ方向に家があったので、三人で一緒に帰ることが多くなっていた。
しかし、ハルとヨシコとは学年が違うので、普段は遥香も同学年の友達の家に行ったり、直接遊びに行ったりすることの方が多かった。
しかし、最近では遥香は生徒会の会長をやっているため、運動会が近くなるほど、放課後に時間がとられて、いつもより帰るのが遅くなっているのだった。
それでハルとヨシコは遥香と一緒に帰りたいと、生徒会の仕事が終わるまでグランドで遊んだり、図書室で本を読んだり、話したりして、遥香を待つことが日課になっているのであった。
「もうすぐ運動会だけど、ハルちゃんって運動はどうなの?」
「ん~勉強よりは得意かな?」
「ハルちゃんはすごい足がはやいんだよ~いっつも一番だもん。」
「なんかそんな感じだね。空手やってるだけあって、なんか肉体派っぽい。
勉強出来なさそうだけど。」
「そ、そんなにできないわけじゃないよ?勉強も普通だよ?」
「勉強は私の方がいっつも勝ってるよ~」
三人はいつも通り、そんな他愛もない話を楽しみながら、下校していた。
すると、横断歩道で赤信号を待っているとハルはいつもの悪寒がして、急に下を向いてしまった。
ハルが少し顔を上げると、車が行きかう横断歩道の真ん中に傷だらけの女の人がたたずんでいたのだった。
(…もうホントやだ…)
ハルは早く青になってほしいと心から願っていた。
すると、遥香とヨシコの二人はハルの様子を見て、ハルの両手を握った。
そして、信号が青になり、三人は手をつなぎながら横断歩道を渡った。
ハルは嬉しかったのと同時に不安になり、ずっと気になっていることを二人に聞いた。
「…ねぇ?私って変じゃない?急に怖がったり、びっくりしたりさ…」
遥香は笑ってはっきりと答えた。
「もちろん。変だよ。」
ヨシコも笑って言った。
「うん。そだね~ちょっと変わってるよね~」
ハルははっきりと言われて、何故か少し嬉しくて、再び、二人に聞いた。
「…ホント二人って正直というかなんというか…
こんな変な私って怖くない?気持ち悪くない?」
遥香は少し考えた風で答えた。
「ん~そんなこと言ってるハルちゃんは気持ち悪いかな~」
ヨシコも笑って言った。
「それは言い過ぎだよ~遥香ちゃん。
でも、ハルちゃん、時々、極端に落ち込んでる時あるけど、そんなハルちゃんは気持ち悪いかな~」
ハルは二人の正直な言葉を聞いて、ひょっとしてからかわれてるのかと思った。
ハルは呆れてため息をついたが、なんだか少し心が軽くなった。
遥香はまた笑って、ハルに言った。
「まぁでも、変な人って他にも結構いるじゃん?
そんな変な人カテゴリにハルちゃんはいるかもしんないけど、その中でもハルちゃんは群を抜いて優しい子ってのは知ってるから、別に変でも一緒にいて楽しいよ。
むしろ、変だからこそ、楽しいのもある。」
ヨシコも遥香に続いて、ハルに言った。
「そだね~どんなに変でも、ハルちゃんは私にとってのヒーローだから、一緒にいるといっつもドキドキしてるよ~」
「そんな風には見えないし、それはちょっとやばくない?」
遥香は冷静にヨシコに突っ込んだ。
「ドキドキしてるのは半分冗談だよ~私も一緒にいて楽しいってことだよ~」
ヨシコはあっけらかんと答えた。
ハルは二人の言葉を聞いて、嬉しくて泣きそうになったが、こらえて二人に言った。
「…私から見たら、二人も変だと思うんだけど。」
「何それ~ひど~い」
「ハルちゃん。自分から言い出したのにそれはないよ~」
そんな感じで三人は楽しく下校したのだった。
「二人とも暇なら、私の家に寄ってかない?ちょっとお茶しようよ。」
遥香の家の前までついた時、遥香はハルとヨシコに提案した。
「いいの?私は大丈夫だよ。」
「私も~」
「よし!じゃあ、どうぞ入って。ちょっと話したいことがあったんだ~」
そう言って三人は遥香の家に入っていった。
「うわ〜私、友達の家に入ったの初めてだわ〜
友達いなかっただけだけど。」
「私は一回だけあるよ〜」
2階の遥香の部屋に向かう途中、ハルとヨシコは悲しいことを気にする様子もなく話していた。
遥香はさすがにかける言葉がなかった。
「どうぞ〜適当にくつろいでて。お菓子と飲み物取ってくるよ。」
そう言って遥香は台所に向かった。
遥香の部屋は優等生らしく、綺麗に片付いていて、女の子らしさもある可愛らしい部屋だった。
「おぉ〜」
ハルとヨシコは少し緊張しつつも興奮した様子で、部屋を見回していた。
「はい。どうぞ。」
遥香が戻ってきて、クッキーとコップ3つとペットボトルのお茶をお盆に乗せて、机の上に置いた。
「ありがと。じゃあ、いただきま〜す。」
三人はクッキーを一つ取って、食べ始めた。
すると遥香が一口クッキーをかじった後、話を切り出した。
「…ねぇ。「足だけランナー」って知ってる?」
ハルはクッキーを頬張りながら、遥香に答えた。
「遥香ちゃんって見た目によらず、怖い話好きだよね。
でも、「足だけランナー」なんて初めて聞いたよ。」
「私も知らな〜い。」
ヨシコは早くも二つ目のクッキーに手を伸ばしながら、答えた。
「そうなんだ。まだ4年生には広まってないんだね。
最近、6年生の間で流行ってるんだけど、運動会が近づくと出てくるお化けで、遅くまでかけっこの練習してると、足だけのお化けが追ってくるんだって。
で、そのお化けに追い付かれたら、あの世に連れてかれるそうだよ。
…どう?怖くない?」
遥香は少し不気味な笑顔を浮かべながら、「足だけランナー」について、説明した。
「ん〜なんか弱い話だな〜
そのお化けはなんで足だけなの?」
ハルはこれまで体験してきた中ではまだまだかなと少し調子に乗って遥香に聞いた。
「いいこと聞いてくれたね。ハルちゃん。
「足だけランナー」は昔、学校だけじゃなくて、日本の中でも有数のランナーだったんだけど、ある日、練習のしすぎで怪我をしちゃって、もう走ることができなくなっちゃったの。」
遥香はより一層不気味な顔をして話し出した。
「…で、こっからが1番怖いというかエグいんだけど、その子は「走れない、痛むだけの足なんていらない」って言って、夜中に一人こっそりと線路に行って、足を電車側に向けて線路の上に置いて、寝転がったんだって。
そしたら、暗いし寝転がってるしで、電車の運転手には気づかれないで、そのまま轢かれちゃったの。
もちろん、足は千切れるし、身体も轢かれた衝撃で吹っ飛ぶしで、結局そのまま死んじゃったんだけど、不思議なことに足だけが見つからなかったんだって。
…その日から、学校では足しかない「足だけランナー」が現れるようになったんだって。
…その子の走りたいって未練が千切れた足を動かして、グランドで走ってる子達を自分と同じところ、つまり、「あの世」に誘ってるって話…
ね?怖いでしょ?」
話終わった遥香はとても楽しそうだった。
ハルとヨシコは話の途中から抱き合っていた。
ハルはめちゃくちゃ怖かったが、強がって言った。
「へ、へぇ〜なかなかじゃない?
まぁ、でもエグいってだけかな〜?」
ヨシコはクッキーも食べずに耳を塞いでいた。
「ははは〜ごめんごめん。私怖い話好きでさ〜
こういう話を聞いたら、すぐに話したくなるんだ〜
所詮、都市伝説だから、気にしないでよ〜」
遥香は二人の怖がってるところを見て笑いながら、二人に謝った。
「…遥香ちゃんも私と同じくらい変わってるよね?ヨッシー?」
「…うん。しかも、ハルちゃんよりタチ悪いよ…」
二人はまだ抱き合いながら、遥香に言った。
「いや〜こんなに怖がってくれるとは本当に二人は可愛いな〜」
そうして遥香も二人を抱きしめながら、頭を撫でるのであった。
「桜おねぇちゃん。「足だけランナー」って知ってる?」
帰宅したハルはさっそく、相も変わらずゲームをしているお化けの桜に遥香から聞いたお化けについて聞いたのだった。
「知らないです。」
桜はいつも通り無表情で簡潔に答えた。
ハルはため息をつき、うんざりした様子で桜に言った。
「そう言うと思ったよ。いっつも最初は知らないって言われてるから、慣れたけど、どうせいつも通り知ってるんでしょ?
ゲームしながらでもいいから、教えてよ~」
桜はきょとんとした顔でハルの方を見て、答えた。
「本当に知らないですよ。「足だけランナー」なんて聞いたことも見たこともないです。」
「えっ、そうなの?ほんとに?」
「はい。」
いつもと違う意地悪そうな顔をしていない桜の表情から見て、どうやら本当に知らないようだった。
「そうなんだ…桜おねぇちゃんって、うちの学校に結構来てるよね?
今までグランドに足だけのお化けって見たことない?かけっこの練習してる人を追いかけてるらしいんだけど。」
「学校には友人の花子さんがいますからね。しばしば行くことはありますが、そんなお化けは見たことないですね。
花子さんもそんな話をしたことがありませんし、恐らく、その噂話は最近、語られ始めたんじゃないですか?」
桜はゲームをしながら、ハルに丁寧に説明した。
ハルは「トイレの花子さん」とそんなに仲いいんだと、意外に思った。
ハルは少し考えて、桜に言った。
「…確かに今日初めて遥香ちゃんに聞いた話だし、去年の運動会の時にもこんな話は出てこなかったもんな。…私に噂話してくれる友達がいなかっただけかもしれないけど…」
ハルは無駄に落ち込んだのだった。
気を取り直して、ハルは考えて、桜に聞いた。
「最近、この町で電車に轢かれた人っているのかな?何か知らない?」
桜はため息をつきながら、ハルに言った。
「…こういう時にかける言葉を最近知りましたよ。ハルにも教えて差し上げましょう。」
「なにそれ?面白そう!!」
「「ググレカス」です。」
桜はそう言って、そばにある机の上のタブレットの方に指をさして、目をカッと開いて見つめた。
すると、タブレットが起動し、ウェブ検索画面の検索欄に「西南小学校 電車事故」が入力されて、検索ページが開かれた。
そして、桜は視線をゲームに戻して、続きを始めた。
ハルは言葉の意味は分からなかったが、そんなにもめんどくさいかと呆れた。
しかし、なんだかんだ手伝ってくれる桜を見ると少しおかしくて、ぷっと笑って言った。
「ありがと。桜おねぇちゃん。じゃあ、調べてみるよ。」
ハルはタブレットを操作して、最近、この辺りで電車事故がなかったか調べた。
しかし、どうやらそういった事故はなかったようだ。
(普通、あんな悲惨な事故ならニュースになってるはずだけど、特に情報がないってことはやっぱりただの都市伝説に過ぎなかったってことかな。)
ハルはほっとして、桜に言った。
「よかった。特になかったよ。多分、単なる噂話で、「足だけランナー」なんていないみたい。」
桜は無表情でハルに言った。
「そうですか。しかし、気を付けることですね。」
「ん?なんで?結局、いなかったんだよ?」
ハルは桜の言葉を不思議に思って、聞いた。
「以前、総一郎が言っていたでしょう。
多くの生きている人間の「思い」が重なってお化けになることもあると。
学校中の人がその噂話を信じて、その「思い」が集まったら、本当はいなくても、お化けとなって出てくる可能性があるということではありませんか。
だから、気をつけなさいと言ったのです。」
桜は依然ゲームをしながら、ハルに説明した。
ハルは怖くなって、桜に聞いた。
「えぇ~怖いこと言わないでよ~
そんなの気をつけるたって、どうしたらいいの?」
桜はゲームの手を止めて、不気味に笑い出して言った。
「ふふふ。なんて便利な言葉でしょうか。何度でも言ってあげましょう。」
ハルは急に笑い出した桜を見て、むっとして聞いた。
「なにさ。急に。」
桜は振り向き、意地悪な笑みを浮かべて、ハルに言った。
「ググレカス。」
運動会当日。
ハルはこれまでと違い、ヨシコや遥香といった応援したい人がいて、いつもの運動会よりもワクワクしていた。
しかし、ハルとヨシコは紅組、遥香は白組とチームは分かれていたのだった。
もちろん、総一郎も来ており、カメラ片手にハルを応援していた。
桜も来ていて、ハルの応援というよりも、どうやら「足だけランナー」とやらを見てみたいとのことだった。
「足だけランナー」の噂はこの時にはすっかり、学校中に広まっていて、総一郎の話を信じるなら、お化けが出てもおかしくない状況ではあったのだ。
午前は綱引きや大玉転がし、応援合戦など、走るだけの競技はなかった。
ハルは「足だけランナー」のことはもう頭になく、競技に夢中になっていた。
今までハルへの応援は総一郎だけだったが、今回はヨシコや遥香も応援してくれたので、ハルはそれが嬉しくて、いつもより頑張ったのだった。
また、ヨシコや遥香に対しても大きな声で応援して、誰かをこんなに応援するのは初めてて、すごく楽しかった。
そうして、気づけばお昼休みになり、総一郎とお弁当を食べていた。
「なんか今回の運動会はすごい楽しいや!」
「そうか。それは良かった。
それにしてもハル、ほんとカッコよかったよ~ついつい写真撮るのも忘れて、応援しちゃってたよ~」
「いや、それはカメラ持ってきた意味なくない?
別に恥ずかしいから撮らなくていいんだけど。」
ハルはつい冷静に突っ込んでしまった。
お弁当を食べ終えた頃に、遥香とヨシコがやってきた。
「こんにちわ~ハルちゃんの応援聞こえてたよ~ありがとね~」
「私も~ハルちゃん、ありがと~」
「遥香ちゃん!ヨッシー!
私もみんなの応援嬉しかったよ~ありがと~」
三人はお互いに感謝しあった。
「でも、ハルちゃん紅組なのに、白組の私をすごい大きな声で応援してたから、周りの子達の顔が引きつってたよ。
ほんとハルちゃんって、面白いよね~」
遥香はからかうような顔でハルに言った。
「しょ、しょうがないじゃん!応援したかったんだもん!
それに遥香ちゃんだって、一緒じゃん!」
ハルは顔を赤くして、遥香に言った。
「私の場合、学年が違うから「ハルちゃん頑張れ」って言っても、周りの子達はどっちの子を応援してるかわからないからね。
ちゃんと白組の方を見ながら、白組を応援してる風を装って、こっそり応援してたよ。」
「何それ!ずるい!!」
ハルがむぅとするので、遥香はハルの頭をなでるのであった。
「こんにちわ。いつもハルと仲良くしてくれて、ありがとうね。僕はハルの叔父の総一郎っていいます。」
総一郎は遥香とヨシコに向かって、自己紹介した。
「総一郎!紹介するよ。
この子が志岐遥香ちゃんで、こっちが武田良子ちゃん、ヨッシーだよ。」
ハルも遥香とヨシコの紹介をした。
「は、初めまして、志岐遥香です。ハルさんとは仲良くさせてもらってます。」
なぜか、遥香は緊張した様子で、総一郎に挨拶した。
「初めまして~ヨッシーです~」
ヨシコはいつもの間の抜けた挨拶をした。
「うん。初めまして。これからもよろしくね。」
「は、はい!」
遥香は明らかに様子が変だった。
「は、ハルちゃん。お弁当食べたみたいだし、ここは暑いし、ちょっとあっちでお話しない?」
「ん?そだね。じゃあ、総一郎、ちょっと行ってくるね。」
「うん。ごゆっくりどうぞ。」
総一郎は笑って、ハル達を送り出した。
遥香はハルとヨシコを連れて、木陰に向かった。
「…てか、総一郎さん!マジでかっこいいじゃん!!
なんで今まで隠してたの!?」
遥香はすごい形相でハルに詰め寄った。
ハルは戸惑いながら、遥香に答えた。
「べ、別に隠してたわけじゃないんだけど。
かっこいいとは思うけど、そんなに?」
「うん。私もかっこいいと思うよ~でも、こんな遥香ちゃんはなんか新鮮だな~」
ヨシコは総一郎のかっこよさよりも遥香の様子が面白いようだった。
「いやいやいや。二人ともおかしいよ。
あれだけの高レベル叔父様は今まで出会ったことがないよ!
しかもあれで学者さんでしょ~完璧じゃ~ん!」
遥香はうっとりした顔をしていた。
ハルは気持ち悪いものを見るような顔で遥香に言った。
「…残念だけど、普段の総一郎を見てたら、決してそんな顔にはなれないよ…
あれで、異常な程だらしないからね。」
「いいじゃん!いいじゃん!
ギャップ萌えってやつだよ~人間一つくらい欠点がないと面白くないしね~」
遥香は浮かれ切っていた。
遥香の様子を見て、ハルはヨシコに言った。
「ヨッシー…遥香ちゃんって、やっぱり私よりおかしいよね…」
ヨシコは笑いながら、答えた。
「うん。もう間違いないと思うよ~」
そうして、昼休みが終わったのだった。
運動会は佳境に差し掛かり、いよいよ花形競技である50m走になった。
4年生の番が来て、ハルは頑張るぞと気合を入れた。
4人一組で競争が行われていき、それぞれが自分の順番が来るまで座って待っていた。
すると、ふと周りから小声で話をしているのが聞こえてきた。
「…「足だけランナー」出てくるかな?」
「怖いこと言わないでよ~出るわけないでしょ~」
ハルは完全に忘れていた「足だけランナー」を思い出して、嫌な予感がし始めた。
(やめてよ~もう。せっかく、忘れてたのに~)
ハルはうつむいて、順番を待った。
そして、ハルのひとつ前まで順番が回り、競争が始まろうとしていた。
うつむいたままだと、さすがに変に思われると思い、ハルは顔を上げた。
「よ~い…ドン!!」
瞬間、ハルの全身にいつもの悪寒が走った。
4人組の一番奥、ちょうど次、ハルが走るコースに足だけが誰よりも早く走っているのだった。
(ま、マジですか…)
ハルは顔面蒼白になった。
隣の子にコースを変わってもらうかとも思ったが、それは隣の子が可哀そうだし、何より間違いなく変に思われるとハルは分かっていた。
その
ハルは自分のコースに行くのをためらって、なかなか立ち上がれなかった。
「加藤さん?次、あなたの番よ。」
スターターであった担任の先生がハルを急かした。
ハルはうつむいて、動けなかった。
(…もう嫌だ…せっかく、楽しかったのに…また、変に思われる…)
ハルは泣きそうになっていた。
「ハルちゃん!がんばれ~!!」
遥香が応援席から、ハルに向かって大きな声でエールを送った。
「頑張って!!ハルちゃん!!」
後ろの方で順番を待っているヨシコもハルを応援した。
ハルは顔を上げて、二人を見つめた。
(…よし!!こうなったらやってやる…!!)
そして、決心して、重い腰を上げたのだった。
ハルは自分のコースでスタートの号令を待った。
(さっき、一番でゴールしてたし、満足して出てこないでしょ!
そうだ!きっとそうだ!!)
ハルは都合のいいことを考えたが、スタートの構えをとって、ふと足元を見ると、足だけのお化けがいたのだった。
(勘弁してよ~)
ハルは涙目になりながらも、ここまで来たらと顔を上げて、前を向いた。
「よ~い…ドン!!」
スタートの号令とともに
ハルはひたすらに前だけを見て、走った。
「ハルちゃん!!はや!!頑張れ~~!!」
遥香はハルの速さに驚きつつ、応援した。
「行け~!!ハルちゃ~ん!!!」
ヨシコも懸命に応援した。
「ハル~~頑張れ~~!!」
総一郎もカメラそっちのけで、必死に応援していた。
しかし、ハルはそれどころではないとお化けに追いつかれまいと、必死で走った。
すると、やはり「足だけランナー」の方が早く、あっという間にハルは抜かれてしまったのだった。
ハルはなにくそと必死に追ったが、ますます距離を離されたのだった。
そして、「足だけランナー」はゴールラインを越えて、消えていった。
ハルはその様子を見ながら走り切り、気づくと一番にゴールテープを切っていた。
「ハル!!すごい!!ぶっちぎりだ!!」
「やった~ハルちゃん!!」
「よくやった!!ハルちゃん!!」
総一郎とヨシコと遥香はハルを遠くから称えていた。
ハルははぁはぁと息を切りながら、何か腑に落ちないような顔をして、一番の旗のところに並んで座った。
その後のレースにも「足だけランナー」は現れて、ずっと走っていた。
そして、全てのレースで一番になっていた。
ハルは最初こそ嫌な感じがしたが、見慣れたのか最後の方にはそれ程怖く感じなくなっていた。
そうして、50m走が終わったのだった。
「すごかったね~ハルちゃん!!おめでとう!!」
「ありがと!ヨッシーも頑張ってたじゃん!!」
「まぁ~結局3位だったけどね~でも、いっつもビリだったから、よかったよ~」
ハルと良子はお互いを称えあっていた
そこに遥香もやってきて、二人に言った。
「お疲れ~二人とも頑張ったね~」
「お疲れ!遥香ちゃんも流石だね。一番だったじゃん!」
「まぁね。こんなもんですよ!」
遥香は偉そうに胸を張った。
「でも、あれだね。「足だけランナー」は結局出なかったね~」
遥香は少し残念そうに言った。
「急にやめてよ~」
ヨシコは耳をふさいだ。
「ははは~ごめんごめん。」
ハルは話のついでに気になっていたことを聞いた。
「そういえば、「足だけランナー」の話だけど、あれって誰から聞いたの?」
「これまた急だね。私は担任の谷口先生から聞いたよ。」
「えっ!先生から聞いたの?」
ハルは驚いて、遥香に聞きなおした。
「実は谷口先生とは怖い話好き仲間でさ。
お互いの知ってる怖い話を共有してるんだ~
それで谷口先生が「足だけランナー」の話をしてくれたんだよ。」
「そうだったんだ。」
ハルは少し当てが外れたような顔をして、再び、遥香に聞いた。
「じゃあ、最近ケガして、運動会に出られなかった人っていたりする?」
遥香は驚いた表情をして、ハルに言った。
「うん。いるよ。6年生の陸上部の男の子で、すごい足が速いんだけど、練習しすぎでケガしちゃって。
残念だけど、50m走は応援席で見てたよ。
これまたなんで?」
ハルはこれだと思い、すっきりした笑顔で遥香に答えた。
「なんとなくだよ。
多分ね。「足だけランナー」っていいやつだよ!」
「?」
遥香とヨシコはハルの様子を不思議そうに見ていた。
それ以降は「足だけランナー」が現れることなく、運動会は紅組の勝利で無事終わったのだった。
「ものの見事に現れてましたね。「足だけランナー」とやらは。」
その日、出前のピザを食べ終えて、まったりしているところにゲームをしている桜がハルに言った。
「ふふふ。そのことなんだけど…」
ハルは不敵な笑みを浮かべて、桜に言った。
「何ですか。気味悪い。」
桜はいつもと違うハルの反応を気持ち悪く思った。
「「足だけランナー」の正体はきっと、運動会に出られなかった6年生の男の子の走りたいって「思い」だったんだよ!!」
ソファーでふんぞり返りながら、桜に言った。
「珍しいですね。ハルからお化けの正体について、聞けるなんて。
で、なんでそう思ったんですか?」
桜はハルが初めて自分でお化けの正体を見つけたのかと興味が出て、ゲームをやめて、ハルの話を聞くことにした。
「んっとね。まず、始めにおかしいと思ったのが、「足だけランナー」が走ってる人を追い抜いても何もしなかったってことなの。
だって、話だと追い抜かれたら、あの世に連れてかれるはずだったからさ。」
「まぁ、話を聞いて、実際に見えていたら、誰でもそう思うでしょうね。」
桜は無表情でハルに当たり前だろうといった感じで言った。
ハルは少しムッとしたが、続けて説明した。
「「足だけランナー」って、その後もとにかくずっと走り続けてたでしょ。
それ見て思ったんだけど、ひょっとしたらこのお化けって、ただ走りたいだけなのかなって。
じゃあ、そんなに走りたい人って誰なんだろう?って思ったんだよ。」
「なるほど。走りたくても走れない人がいて、その人の「思い」が「足だけランナー」となって、走っていたと。」
「そう!
初めはそういう走りたくても走れない子が「足だけランナー」の噂を流して、ちょっとした嫌がらせをしたのかなと思って、遥香ちゃんに聞いたけど、噂の出どころは谷口先生っていう人だったから、検討違いだったよ。
でも、6年生にケガして50m走に出れなかった陸上部の男の子がいるって聞いて、これだ!って思ったの。
運動会に出たかったけど、出れなかったその子の「思い」が「足だけランナー」になったんだよ!
どう?」
ハルは桜に説明し終えて、感想を聞こうとした。
桜は少し考えた後、ハルに言った。
「…話は分かりました。その可能性はあるでしょうね。
でもなぜ、「足だけ」の姿だったのでしょうか?
ハルの話であれば、その男の子の姿で現れそうなものですがね。」
ハルは確かにと思って、考えて、苦し紛れに答えた。
「う~んと、やっぱり、足が一番イメージしやすかったってことじゃないの?」
「しかし、短距離走というのは上半身のフォームも重要でしょう。
その男の子は陸上部だけあって、走行フォームも気にしていたんじゃないですか?
イメージするなら、きっと足先だけでなく、全身をイメージすると思いますよ。」
桜はハルに説明を求めた。
しかし、ハルはぐぬぬと反論できない様子であった。
「どういう話なの?ハル。」
隣で聞いていた総一郎がハルに聞いた。
「ちょっとまって!総一郎。」
そういえば、総一郎に「足だけランナー」の話をしていなかったとハルは思ったが、今回は自分で解きたかったので、もう少し考えることにした。
「…というわけなんだけど、何かアドバイスちょうだい。」
結局、ハルはあっさり、総一郎に助けを求めるのであった。
「ふむ。確かにその運動会に出れなかった男の子の「思い」が「足だけランナー」でありそうではあるね。
ただ、桜さんの言う通り、それなら「足だけ」で現れるのはおかしい気もする…」
総一郎はう~んと考えて、ハルに言った。
「ひょっとしたら、その男の子の「思い」がベースになって、他の子達の「足だけランナー」のイメージがそのベースに乗っかることで、お化けとして現れたんじゃないかな。」
「ん~どういうこと?」
ハルはピンと来なかったので、総一郎に聞いた。
「きっと、その子の走りたいって「思い」だけではお化けになる程の力がなかったんだよ。
ただ、その子の「思い」はお化けのとにかく走るって土台になるくらいには強くて、その土台に噂を信じている子達の「足だけランナー」の姿が乗っかって、それが積み重なって、「足だけランナー」が現れたんじゃないかってこと。」
「え~と、つまり、6年生の男の子の走りたいって「思い」と、周りの「足だけランナー」のイメージみたいなものが合わさって、あのお化けが生まれたってこと?」
総一郎の説明を聞いて、ハルは自分の言葉でまとめた。
「そういうこと。もっと言うと、多分、生徒達だけでなく、谷口先生の「思い」もあったんじゃないかな?」
「谷口先生の「思い」?」
ハルはまさかここで谷口先生の名前が出てくるとは思わなかったので、少し驚いた。
「うん。遥香ちゃんの話だと、谷口先生って怖い話好きなんでしょ?
じゃあ、「足だけランナー」なんて、ありもしない話をするのはおかしい。
谷口先生は練習でケガをしてしまった男の子を見て、生徒たちにあまり無茶な練習をしてほしくなかったんじゃないかな。
それで「足だけランナー」の噂を広めて、放課後、あまりかけっこの練習をさせないように仕向けたんじゃないのかと思ったんだよ。」
「なるほど。」
ハルは総一郎の考察に感心するように納得した。
そして、総一郎はハルに笑いかけて言った。
「「足だけランナー」の生みの親、谷口先生の「誰もケガをしませんように」って「思い」と、男の子の「走りたい」って思い、そして、周りの噂話への「思い」、この三つが重なって、「足だけランナー」が現れたんだよ。きっと。」
総一郎の説明を聞いて、ハルは全てを納得して、すっきりしたのだった。
ハルの様子を見て、桜は無表情で偉そうにハルに言うのだった。
「自分で考えようという気概は良かったです。
しかし、まだ爪が甘かったですね。今後に期待していますよ。」
ハルはそんな桜を見て、うんざりしながら、一言言った。
「…桜おねぇちゃんは「私をからかいたい」って「思い」でここにいる気がするよ…」
桜は意地悪な笑みを浮かべて答えた。
「フフフ。それはきっと当たっていますよ。
やるじゃないですか。ハル。」
続く
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