第4話 ハルが空手を始めた理由

「忘れ物はないかな?」


 保護者である加藤総一郎は小学2年生の加藤春に確認した。

「大丈夫!」

 ハルは以前、総一郎の兄である加藤啓一に買ってもらった赤色のランドセルを背負って、胸を張って言った。

「ハルの机の上に残っている算数のドリルは今日は持っていかなくてよかったのですか?」

 同居人であるお化けの東雲桜は春に尋ねた。

「あっ!!忘れてた!!昨日折角、終わらしたのに!!」

 そう言って、ハルは走って自分の部屋に向かった。

「部屋出る前に言ってよ!」

 ハルは算数のドリルを取りに向かいながら、桜に文句を言った。

「ギリギリまでやっておいて、忘れる方がどうかしてますよ。ほら、さっさと取りに行って来なさい。」

 桜はいつもの無表情でハルを急かした。

「もぉ!!」

「ふふっ。言わなければよかったですね。」

 桜は意地悪な笑顔で言った。

「桜さん。あんまり、ハルをいじめないで下さいね…」

 総一郎は桜の言葉は聞こえないが、ハルの様子を見ておおよそ察して、桜に言った。


 そう。今日は夏休みが終わって、ハルが初めて転校先に登校する記念すべき日であった。


「じゃあ、行こう!総一郎!」

 全ての準備が整ったハルは総一郎の手を握って、言った。

「うん。じゃあ、行ってきますね。桜さん。」

 桜がいる方向とは全く逆方向を見て、スーツを着た総一郎は桜に言った。

「行ってきます!桜おねぇちゃん!」

 ハルは桜のいる方向を見て、手を振りながら、言った。

「はい。いってらっしゃい。せいぜい、頑張って下さい。」

 さくらは無表情で二人にメイドらしく、丁寧に頭を下げて、見送った。

 そうして、ハルと総一郎はこれからハルの通うことになる西南小学校に向かった。


 本来はご近所何人かで集団登校するのだが、初登校ということもあって、保護者である総一郎と二人で学校に行くことになっていた。

 また、既にある程度の説明は受けていたが、細かな説明を受けるためにも総一郎は学校に行かなければならないのであった。

 その道中、ハルはウキウキしながら、総一郎に聞いた。

「西南小学校ってどんなとこなの?」

「ん?そうだな〜担任の先生は優しそうな女の人だったよ。

 後は特に特徴のない普通の学校かな〜」

 総一郎は言うことが無さすぎて、当たり障りのないことを言った。

「えぇ〜なんかつまんない。なんか特別なこととかないの?」

 ハルは不満げに総一郎に再度、聞いた。

 総一郎は少し考えで、答えた。

「ん〜強いて言うなら、実は君のお父さんも啓一兄さんも、僕もこの学校に通ってたんだよ。」

「えっ!?そうなんだ!!なんで今まで教えてくれなったの?」

 ハルは驚いて、総一郎に聞いた。

「いや、いつか言おうとは思ってたんだけど、この夏休みは桜さんのことばっかりで、話す機会がなかなかなくてね。

 今度また話してあげるよ。」

 桜と打ち解けてからは、ハルは学校の宿題と家事、桜とゲームで夏休みの残りを使い果たし、総一郎は大学の仕事と余った時間を桜との実験やら何やらをしていて、気づいたら、夏が終わっていたのであった。

 そう思うと確かに話すタイミングはなかったなとハルは納得して、総一郎に言った。

「うん!楽しみにしてる!」

 そんな他愛もない話をしている内に二人は学校に着いた。


「か、加藤春と言います。宜しくお願いします。」


 ハルは緊張した様子で挨拶をした。

 担任の先生に促されて、窓際の席に座ったハルはとりあえず、一仕事終えたと一息ついた。

 幼稚園はころころ変わっていたが、小学生になってからは啓一家で1年とちょっと過ごしていたので、転校の挨拶は何気に初めてだった。

 始業式だったこともあり、軽めの授業が終わって休み時間になった。

「加藤さんって、どこから来たの?」

「隣町から引っ越してきたんだ。」

「趣味は何?」

「え~っと、料理?」

「へぇ~料理できるの?すごいね~」

 ハルはクラスメイトからの質問攻めにあったが、実はそれ程顔見知りするタイプではないので、当たり障りなく対応した。

 そうこうしている内に休み時間が終わり、先生が教室に入ってきた。

(よし!今のところは大丈夫そう…今度こそ、友達作るぞ!!)

 ハルはそう意気込んでいた。


 ハルは今まで幼稚園や学校で友達がなかなかできなかった。

 それはハルの性格が原因というわけではなく、お化けや怪奇現象に出会ってしまうが故の驚きや戸惑いに周囲が気味悪がってしまい、近づいてくる者がいなかったのだった。


(今回こそ、お化けに驚かないようにしないと…!)

 ハルはそう固く決心していた。

 そして、授業中、皆が静かに先生の話を聞いていた。

 ハルもノートを取りながら、真剣に話を聞いていた。

 ふと、何故か窓の外が気になり、ちらっと窓に目をやると、突然、人が飛び降りてくるのを見た。

「うわっ!!」

 ハルは思わず立ち上がって声を上げて、驚いてしまった。

「ど、どうしました?加藤さん?」

 先生は驚いて、ハルに聞いた。ハルは早速やってしまったと、慌てて言い訳をした。

「い、いや。虫が急に来て…」

「そ、そう。じゃあ、席に座ってね。」

「はい。すみませんでした…」

 ハルは顔を赤らめて、うつむきながら座った。

「…今、虫なんていた?」

「いや、わかんないけど、窓しまってるしな…」

 小声でクラスメイト達は話していた。

「はいはい。静かに。授業つづけるわよ。」

 先生は優しく、注意して、授業を続けた。

(もう!また!やっちゃったよ!!くそぅ…)

 ハルはお化けの仕業だと分かって、悔しがった。


(今度こそ…!友達作るためにも、お化けは徹底的に無視するぞ!!)


 とは思ったものの、そこからハルの苦悩の日々が続くのであった。

 理科の実験の時には、人体模型が突然、ハルの方を向いたり、音楽の授業中、ベートーベンの絵がハルの方を向いたり、二宮金次郎の像が追いかけてきたり、学校のありきたりな怪奇現象と一通り、遭遇したのであった。


 三カ月が経過し、冬休みに突入した頃にはいつも通り、ものの見事に孤立していた。


「桜おねぇ~ちゃ~ん!!どうしたらお化けに驚かなくなるの~!!

 終業式の日、帰宅後、ハルは桜に涙ながらに相談した。

「またですか…何度も言っていますが、慣れるしかないですよ。」

 桜はゲームをしながら、あきれた顔でハルに言った。

「…だって、そうは思ってたけど、やっぱり慣れないんだもん…」

「知りませんよ。そんなこと。総一郎に聞いてください。」

 桜はめんどくさくなって、総一郎に投げた。

「…そんなこと言ってたら、ゲームの電源消すよ…」

 ハルはゲームの電源ボタンに指を乗せて桜を脅した。

 桜はため息をついて、仕方がないのでハルの話を聞くことにした。

「はぁ、しょうがないですね。分かりましたよ。で、ハルは一体どうしたいんですか?」

 自分の話をすんなり聞いてくれるほど、ゲームが大事になってしまったのかと、ハルは半分あきれた様子だったが、それよりもとハルは桜に再度、聞いた。

「お化けにびっくりしたくない!無視したい!」

 ハルは桜の顔の前にずいと顔を近づけて、最初と同じようなことを言った。

「慣れるしかないですね。」

 桜はハルの顔を真っ直ぐ見て、無表情で答えた。

「そればっかりじゃ〜ん!他になんかこう対策とかないの?」

 ハルはこれまで何度か同様の質問を桜にしていたが、その度に慣れるしかないと言われて、うんざりしていた。

「そんなこと言われましても、感覚的な問題すぎてこれしか言えませんよ。

 逆にあなたはどうしたら、お化けに驚かなくなると思いますか?」

 桜はこれまでの不毛なやり取りを終わらせたく、ハルに質問した。

「えっ?え〜そう言われると難しいな〜どうしたらいいんだ〜?」

 ハルは頭を抱えた。

「ほら、難しいでしょう?驚くという人間の本能をどうにかするなんて、すぐには誰にも出来ませんよ。

 だから、時間をかけて慣れるしかないと言っているんですよ。」

 桜は慣れるしかないと言った理由を丁寧にハルに説明した。

「…それは分かったけど、ちょっとした心構えとかさ。驚かなくなるコツとかさ。桜おねぇちゃんそういうの得意そうだし。」

 ハルは藁にもすがる思いで桜に言った。

 それを聞いて桜は思いついたようにハルに聞いた。

「そういえば、ハルはお化けが出る前に何か感じたりはしないのですか?」

 ハルは急な質問にキョトンとして答えた。

「えっと、感じる時もあるし、感じない時もあるよ。なんで?」

「急にお化けに遭遇するから、驚くのであって、お化けが出るのを予測できたら、それほど驚かないのではと思いましてね。

 ただ、感じない時もあるみたいなので、やはり、難しそうですね。」

 桜はアッサリとお手上げのポーズをとった。

「諦めるの早すぎ!

 でもまぁ、確かに嫌な予感がする時に出てきてくれたら、少しはマシなんだけどね。

 問題は本当に急に出てくるやつだよ!何が違うんだろ?

 桜おねぇちゃんも、なんか感じてから出てくる時と急に出てくる時があるんだけど、あれってどうやってるの?」

 ハルはふと不思議に思って桜に聞いた。

 桜は少し考えてから、答えた。

「私がハルを驚かせようとする時は、こっそり気付かれないように意識してますね。

 なんと言ったらよいのか、ハルの視線、というよりも総一郎の言葉を借りるとアンテナにひっかからないように、近づいています。

 これもかなり感覚的な話なので、説明しづらいですが、隠れてという意識はしてないと、ハルには気づかれてしまう感じがしますね。」

「そうなんだ。てか、やっぱり驚かそうと思ってやってるんだね…」

 ハルは初めはへぇ〜と少し感心したような顔をしていたが、意図的に意地悪されていることが分かり、少しむすっとした。

 ただ、ここで怒っては話が終わってしまうと思い、ハルは落ち着いて言った。

「とにかく、じゃあ、多分、急に出てくる奴は私を狙って驚かしに来てるってことか…

 驚かしてくる人に対して、驚かなくなるには…

 てか、そんなの無理じゃない?」

 ハルは絶望した顔で言った。

「ですから、本当に何度も言うように慣れるしかないですよ。」

「え〜結局そうなるの〜」

 ハルは天を仰いだ。

 やっと解放されたと桜は何も言わずにゲームを再開した。

 ハルはしばらく考えて、ふと思いついた。

「桜おねぇちゃんの時みたいに、学校のお化け達がどうして私を驚かすのかが分かれば、マシになるかな?

 理解できたら、怖くなくなるって総一郎も言ってたし。」

 桜はゲームをしながら、ハルに言った。

「それはどうでしょう。怖くはなくなるかもしれませんが、驚くことに関しては変わらないように思いますね。

 だって、今でも私の不意打ちに驚いているのですから。」

「確かにそうだな〜」

「それに…総一郎はあぁ言ってますが、私はあまりお化けを理解しようとするのはお勧めしません。」

 桜は視線はテレビを向けたまま、真面目なトーンでハルに言った。

「どうしてよ?」

 ハルは少しムッとして、桜に聞いた。

「…生きている人が死んだ者に対して縛られるのは時間の浪費ですからね。

 ましてや、他人のお化けなんてものを気にしてたら、人生楽しめなくなりますよ。」

 桜は冗談っぽく、ハルの方を向いて言った。

 ハルはあまり理解できなかったが、もしかして、心配してくれてるのかと思い、桜に言った。

「でも、私は桜おねぇちゃんの事、分かって良かったと思ってるよ。

 なんだかんだ色々教えてくれるし。」

 桜はゲームに視線を戻して、ハルに言った。

「私は優しいお化けですからね。

 だから、もっと私に感謝しなさい。」

 ハルからは桜の表情が見えなかったが、桜はとにかく調子に乗っているようだった。

「…まぁ、感謝はしてるけど、その態度はなんかムカつく。」

  ハルは素直に感謝できなかった。

「まぁいっか〜総一郎にも相談してみるか〜桜おねぇちゃん、ふよぷよしようよ〜」

「別にいいですけど、ハルは弱いですからね。」

「な、なにを〜!!」

 結局、いい方法が思いつかなかったので、ハルは一旦諦めて、「ふよぷよ」というパズルゲームゲームを桜としたのだった。


「…で、どうやったら、お化けに驚かないと思う?」

 ハルは今日の夕飯のチャーハンを食べながら、総一郎に桜と話したことをざっくり説明した。

「う〜ん。桜さんの言う通り、驚く事は人間の本能だからな〜中々難しい問題だね。」

 総一郎も同じくチャーハンを食べながら答えた。

「やっぱり?どうにかならんもんですかね?

 出来ればこの冬休み中になんとかしたいんだけど。

 なんかこうお坊さんみたいに急に背中叩かれても平気みたいな。」

 ハルは中々に都合の良いことを言った。

「驚かなくなるほどの強い精神力はそんなに簡単には手に入らないと思うよ。

 お坊さんだって不意に背中を叩かれても平気になるまで、毎日毎日、座禅を組んで、長い年月をかけるんだから。」

 総一郎はそんなに世の中甘くないと、ハルに釘を刺した。

「そうだな。身体を鍛えてみるのはどうかな?

 健全な肉体には健全な精神が宿るって言うし。」

 総一郎は思いつきでハルに提案してみた。

「身体を鍛えるって、具体的にどうすればいいの?

 走ったり、腕立てしたりするの?」

 ハルはそんなことをしたことがなかったので、どうしたら良いのか分からなかった。

「見ての通り、ひょろひょろの僕はあまりそういったタイプじゃないから、適切な鍛え方を教えることは出来ないな…

 格闘技でも習ってみる?例えば、柔道とか空手とか。」

「…普通、小学2年生の女の子に格闘技とか勧めるかね?

 というか、そんなの教えてくれるところ近くにあるの?」

 ハルはあきれた顔で総一郎に聞いた。

「い、いや。ハルって体動かすの好きそうだし、どうかな~て。

 ちょっと、待ってね。調べてみるよ。」

 総一郎はごまかし気味に答えて、携帯で近辺の道場を調べだした。

「まぁ、体動かすのは好きだけど…ほんと、そういうとこだよね。総一郎は。」

 ハルは冷凍のシュウマイを頬張りながら、小言を言った。

「あったあった。そう遠くないところに空手道場があるよ。

 子供のコースも体験もあるし、良かったら明日一緒に行ってみる?」

 携帯を見ながら、総一郎はハルに提案した。

「空手か…どうせ冬休みだけど、やることなんて家事か宿題くらいだもんね。

 このまま何もしないと桜おねぇちゃんみたいなダメな人になりそうだから、行ってみるよ。」

 ハルは桜をちらっと見ながら、総一郎の提案に乗った。

「分かった。じゃあ、今から連絡してみるよ。」

 総一郎は桜の話はなかったことにして、空手道場に電話をした。

「…聞こえてましたよ。」

 すると、突然、ゲームをしていたはずの桜がハルのチャーハンの中から顔を出した。

「うわ!びっくりした!!

 ご飯の時はやめてよ!!非常識だよ!!」

 ハルは驚いて、割とまともなことを言った。

「ふふっ。精々頑張りなさい。本当に私に驚かなくなるのか…楽しみにしてますよ。」

 桜は不気味な笑顔をして、ハルを挑発した。

「そっちこそ、見てなよ!

 その内、桜おねぇちゃんの意地悪なんか、完全に無視してやるんだから!」

 ハルも負けじと不敵な笑みを浮かべて、応戦したのだった。


 翌朝、ハルと仕事が休みだった総一郎は運動のしやすそうな服装で近くの空手道場に来たのだった。

 そこは整骨院に併設されていて、その整骨院には既に何人かのお年寄り達が入っている様子だった。

 同じ敷地内に左を見れば整骨院、右を見れば「川田道場」の看板が掲げられた一階建ての小さな家屋あるといった様子だった。

「こんなすぐ隣に病院があるんだね。」

「多分、普段はこの整骨院のお医者さんをやってて、空いてる時間に空手を教えてるんじゃないかな。」

「へぇ〜そんなのありなんだ〜怪我してもすぐ見てもらえるね。」

 ハルは見た事のない光景に少し興奮気味だった。

 そして、総一郎は「川田道場」の門を叩いた。

「おはようございます。よくおいでになられました。

 私がこの道場で教えている川田と言います。」

 そう言ってこの道場の主人である川田はハル達を出迎えてくれた。

 川田は中々歳をいっていそうな半分おじいちゃんのような顔つきだった。体型は筋骨隆々というわけではなく、むしろ細いのだが、背筋はピンとしており、細さを感じさせない強そうな雰囲気がある男だった。

「おはようございます。こちら本日お世話になります加藤春です。今日は宜しくお願いします。」

 そう言って総一郎は川田に挨拶した。

「おはようございます!加藤春です!宜しくお願いします!」

 ハルもしっかりと挨拶をした。

「はい。元気があって大変良いですね。

 こちらこそ宜しくお願いします。では、こちらへどうぞ。」

 二人は川田に促されて、道場に入った。

 道場は畳ばりで、エアコンもなく、冬の朝のため、とても寒かった。

 なぜか外よりも寒いと感じ、ハルは体をさすった。

「寒いでしょう。時間が早くて申し訳ないね。他の生徒が来る前に軽く説明しておきたかったから。」

「いえいえ。大丈夫ですよ。」

 総一郎もそうは言ったものの体を震わせながら言っていた。

 しかし、奥の部屋に入ると昔ながらの古いストーブがついていて、暖かくなっていた。二人は助かったと安堵した。

 その部屋は会議室のような部屋で大きな机に椅子が並べられて、壁にはホワイトボードがあった。

「どうぞ、座ってください。」

 川田に促されて、ハルと総一郎は椅子に座った。

 そして、川田はとりあえず、教え方や必要な心構え、お金のことなどの事務的な話を総一郎にした。

 ハルには少し難しい話もあり、ふと壁に飾られている写真を見た。

 その写真は一人の中学生くらいのやんちゃそうな男の子が笑顔でメダルを掲げて立っていて、川田も今よりも少し若い姿で笑って写っていた。

「…と、まぁとにかく、一度体験して頂きましょうか。そろそろ生徒が来る頃ですので、一緒に準備体操でもしておきましょう。お父さんもご一緒にどうぞ。」

 川田は一通り説明し終わり、また、あの寒い道場に向かった。

「この人すごいね。金メダル取ってるじゃん!」

 ハルは少しでも時間を稼ごうと写真を指差して言った。

「あぁ。はは。金メダルっていってもオリンピックではないですよ。この子は県大会で優勝したんです。」

「すごいじゃないですか。全国大会に出場したってことですよね?」

 総一郎は感心しながら言った。

「…そうですね。この子は柴田龍といって、とても真っ直ぐな強い子でした…」

 そう言って、川田はこれ以上は話さない様子で道場へと足早に向かった。

 総一郎は何かを察したのか、それに黙ってついていった。

 ハルはダメだったかと諦めた様子で道場に向かった。


 川田とハルと総一郎が軽く準備体操をしていると、生徒たちが元気な声で挨拶をしながら、入ってきた。

 すると、ある一人の生徒が入ってきた。

「おはようございます!」

 元気よく挨拶をして、顔を上げるとハルは驚いた。

「聡お兄ちゃんじゃん!」

 そう、以前ハルが引き取られていた加藤恵一の子供である聡だったのである。

「えっ!なんでお前がいるの?」

 顔を上げた聡もびっくりして、ハルに問いかけた。

「私は体験に来たんだよ。聡お兄ちゃんって空手なんてやってたっけ?」

「お前が出て行った時くらいから始めたんだよ。」

「そうだったんだ。奇遇だね。」

 ハルは知ってる人がいて、少し安心したようだった。

 一方聡は少し照れているようだった。

 そうこうしてるうちにいよいよ時間がきた。

「はい!皆、揃いましたね。おはようございます!

 では、今日の鍛錬を始めます!」

 川田が元気よく生徒達に挨拶をして、練習が始まったのであった。


「とりあえず、加藤さんは皆の動きを真似してみて下さい。

 都度、修正していくようにしますので。」

 川田はそう言って、普段行っている練習メニューを開始した。

 始めは軽い柔軟と腕立て、腹筋、体幹を鍛える筋トレをした。

 道場には10数人の生徒がいて、学年は小学生が多いが、中には中学生もいるようだった。

 高学年になるほど、メニューは厳しいものになっていた。

 ハルはあまりやったことのない筋トレだったので、最初は戸惑ったが、川田が優しく教えてくれたため、何とかついていけていた。

 そして、それが終わると正拳突きの練習になった。

 皆がいつも通りと声を出しながら、正拳突きを繰り返しているのを見よう見まねでハルもまねていた。

「うん。力が入りすぎているね。力よりも早さが重要なんだ。肩の力を抜いて、やってみてごらん。」

 川田はハルに手取り足取り、教えてあげた。

「こんな感じですか?」

「そうそう。いいですね。では、もう少し、頑張りましょう!」

 そう言って、川田は他の生徒の指導をしに行った。

 ハルは少し楽しくなってきて、言われた通りに突きを繰り返した。

 ふと、何か気になって、突きをしながら、ハルがちらっと川田に目をやると、川田の目の前で睨みきかせている、言わば、メンチを切っている柄の悪そうな道着を来た男がいた。

「えっ?」

 ハルは驚いたが、川田が全く気付いてない様子を見て、すぐにお化けだと分かり、知らんぷりをした。


「…ったく。じじいが…そんな甘いこと言ってたら強くなんねぇぞ?」


 お化けは川田に文句を言っているようだった。

 そして、川田の前から移動して、他の生徒の様子を見ながら、ハルの方に向かってきた。

(やぱ!こっち来るし!)

 ハルは絶対に無視するぞと、一心不乱に突きを続けた。

「新顔か…ふん。筋は悪くなさそうだな…もうちょっと姿勢よくして、腰を落とした方がいいな。」

 お化けはハルの横でヤンキー座りをして、観察しながら、言った。

 ハルは思わず、言われた通りにすると、先ほどよりも少し突きがしやすくなったように感じた。

「おっ。急にマシになったな。でも、まだまだだな。

 腕だけに力が入りすぎてるわ。足をもっと広げて、全身を使うように突きをしないと。」

 お化けはハルにも分かるようなアドバイスをした。

 ハルは反応してはダメだと分かってはいるものの、つい言われた通りにしてしまった。

「あん?また動きがよくなったな。てか、こいつ…俺の言うこと聞こえてね?」

 お化けはハルの目の前に移動して、じっとハルを見た。

 ハルは絶対に目線は維持しようとお化けの顔を初めて真ん前から見つめた。

 お化けは髪がほぼ坊主に近い程短く、目がキリッとしているが、柄の悪い細い眉毛をしていた。

 ハルは先ほど見た写真の男だということにすぐ気づいた。

 そんな男に睨みつけられながら、ハルは早く終わってくれ!と祈りながら、突きを繰り返すのだった。

「おし!じゃあ、後30回!」

「押忍!!」

 川田の号令で皆が気合を入れて最後のスパートに入った。

 ハルはそれどころじゃなかったが、必死にお化けを無視して突きを繰り返した。

「お前、実は見えてんじゃねぇのか?ああん?」

 お化けは執拗にハルにメンチを切りながら、脅しているようだった。

 すると、川田がハルを見て、言った。

「すごい。加藤さん、少ししか教えてないのに、随分上手になりましたね。

 ラスト10回頑張って!!」

(だから、それどころじゃないんだって!!)

 ハルはそう思いながら、必死に頑張った。

「ちげぇよ!じじい!俺の教え方がうめぇんだよ!!」

 お化けは川田に向かって、文句を言っているようだった。

 ハルはお化けの注意が川田に向かって少し安心して、最後の正拳突きを終えた。


 ハルは色んな意味で疲れて、膝に腕をついて、はぁはぁと息を吐いた。

「大丈夫かい?一旦、休憩だよ。水を飲んで。」

「はぁはぁ…はい。大丈夫です。」

 ハルは息を整えて、そう川田に言って、スポーツドリンクを持っている総一郎の方に向かった。

 気づくとお化けはいなくなっていた。

「はい。飲み物。ハル、カッコよかったよ。なかなかしんどそうだったね。」

「ありがと…というか、お化けがいた。すっごい疲れた…」

「えっ!大丈夫なの!?しんどかったら、無理せずやめていいからね。」

 総一郎は驚いて、ハルを案じた。

「うん。大丈夫。多分、そんなに悪いお化けじゃないと思うし、こんなところでやめてたら、お化けに驚かなくなるなんて無理だからね!頑張るよ!!」

 ハルは意気揚々と答えた。

「本当?でも、本当に無理なら言ってよ。」

 総一郎は心配そうに言った。

「大丈夫だって!見ててよ!」

 今までになく強気なハルだった。


 そして、次の突きの練習が始まった。

 さっきとは違う型の突きを同じように繰り返す練習だった。

「…さっきの話、聞いてたぜ。やっぱり、俺のこと見えてたんだな。」

 お化けはそう言ってハルの前に現れた。

(しまった!気づかれた!!でも、負けないぞ!!)

 ハルはばれてしまったものはしょうがないと練習をそのまま続けた。

「お化けにビビりたくないから、ここに来たってか!!いいじゃねぇか!気に入ったぜ!!

 この柴田龍が直々に強くしてやるよ!!」

 どうしてか龍に気に入られてしまったハルはそれから、最後まで龍に付きまとわれながら練習を続けたのだった。


「…疲れた…」


 初めての練習であったが、他の生徒と変わらないメニューを龍に付きまとわれながらこなしたハルは疲れ切っていた。

「お疲れ様。よく頑張ったね。」

 総一郎はタオルとスポーツドリンクをハルに渡して言った。

「ありがと。疲れたけど、何だろ?結構、気持ちいいよ。」

 ハルは顔をタオルで拭きながら、総一郎に言った。

「だろ?練習後の炭酸がすげぇうめぇんだよ!だから、コーラ飲めって!」

 龍はまだそばにいたようで、ハルに言った。

「炭酸なんかこんなにしんどいのに、飲めないよ!ホントうるさいな~」

 ハルは思わず大きな声で龍に言ってしまった。

 龍もハルの言葉に驚いて、言葉をなくしていた。

 生徒の皆もハルの声に驚いたようだった。

 ハルはしまったと思い、顔を伏せてしまった。

「ごめんごめん!僕、運動後の炭酸がすごい好きでね~悪かったよ~」

 総一郎は察して、皆に聞こえる大きな声でごまかした。

 すると、聡が近づいてきて、総一郎に声をかけた。

「…練習後に炭酸はダメだよ。おじさん。だから、そんなヒョロヒョロなんだよ。」

「えっ?そうなの?おいしんだけどな~」

 聡と総一郎の掛け合いに生徒達の間で少し笑いがこぼれたのだった。

「そうですね。運動後に炭酸はあまり良くないですね。まぁ、好きな人もいますし、好きな気持ちもわかりますよ。私も今、ビールが飲みたくてたまりませんからね。」

 川田も乗っかるように言った。

「えぇ~師範はお酒飲んだらダメでしょ~」

「でも、酔ったら師範すごい強かったりするんじゃね?酔拳的な?」

「何だよそれ~?」

 と、生徒たちも盛り上がった。

 ハルは総一郎の気遣いをありがたいと思い、こっそり総一郎に感謝した。

「総一郎…ありがと…」

 総一郎はにっこり笑って、ハルに言った。

「ここは良い道場だと思うよ。皆、楽しそうだ。」

 ハルははにかみ、そばにいた聡にも言った。

「…なんのことか分からないと思うけど、聡お兄ちゃんもありがと。」

 聡は顔を真っ赤にして、ハルに言った。

「き、急になんだよ!マジで意味わかんねぇよ!!」

 聡は小走りにそのまま道場を出て帰って行った。

 ハルは不思議に思ったが、とりあえず、皆に気味悪がられなかったことに安堵した。

「じゃあ、今後のことを話しましょうか。」

 川田はハルと総一郎にそう言って、会議室へと向かった。

 ハルは総一郎に向かって言った。

「総一郎、私、この道場通いたいんだけど、いいかな?」

 総一郎はすぐに答えた。

「もちろん!じゃあ、川田師範に伝えようよ。」

「ごめん!私ちょっと、お化けに話がしたいから、川田先生には話しといてくれない?」

 ハルは正直に今思っていることを言った。

 総一郎は少し驚いたが、すぐに納得した顔をして、ハルに言った。

「分かったよ。あんまり、危ないことはしないでね。」

「うん!」

 ハルはお化けのことをここまで正直に言えることが本当にうれしくて、満面の笑みを浮かべた。

 そして、総一郎は会議室に向かい、ハルは誰もいなさそうな道場の裏手に回った。


「龍さん!いるんでしょ?出てきてよ!」


 ハルは龍がいるだろうと思って、声をかけた。

「…さっきは悪かったな…お前がお化けにビビりたくねぇってのがなんとなく分かったよ…」

 龍は申し訳なさそうに出てきた。

「まぁ、俺もダチは少なかったからな。

 要は俺みてぇなやつにビビるとダチができねぇって思ってんだろ?」

 龍はふてぶてしくハルに言った。

 頭が悪そうなのに意外と分かってるんだなとハルは失礼なことを思いながら、龍に頼んだ。

「その通りだよ。だから、空手を教えてくれるのは嬉しいんだけど、あんまり私に構ってほしくないの。お願い!」

 龍は少し黙って、ハルに答えた。

「…俺のことを見えるやつにあって、テンション高くなったのは謝る。

 だがな、お前の考え方は気にくわねぇ。だから、今後もお前には教育的指導をしていく!」

「なんでだよ!!」

 ハルは典型的なツッコミをした。

「だから、あなたに関わってると友達ができないから、お願いだから、関わらないでよ!」

 せっかく話が分かってくれそうなお化けだったのにと、とにかく心からお願いした。

「やだよ。俺はお前のダチが欲しいから、ダチに合わせるって考え方が大っ嫌いだ!

 それに俺はヤンキーだからな。やれと言われるとやりたくなくなるんだよ!」

 そう言って、龍はふっと消えてしまった。

「…こんの!ヤンキーが!!」

 ハルは腹が立って、小さな声で叫んだ。


 それからハルは正式に川田道場に入門し、冬休みの間は年末・年始以外はほとんど通うことになった。

 もちろん龍は練習の度にハルにつきまとったのであった。

 しかし、龍は初めの日のことを気にしてか、突然、ハルを驚かせたり等の意地悪は決してしなかったので、生徒達に気味悪がられることは無かった。

 ただ、ハルが一つ困ったのは龍がとてもスパルタであったことだ。

「どうせ、親父が来るまで暇だろ?俺がつきっきりで教えてやるからよ。」

 学校が始まってからは週2回の練習だったが、龍はいつもそう言って、総一郎が迎えに来てくれるまで、居残り練習をハルに指示した。

 正直、疲れてやりたくなかったが、ハルが居残り練習してもいいかと川田に聞くと、川田は感心した様子で答えた。

「もちろん!私は整骨院の方に行かなければならないので、ここを空けますが、好きに使ってください。

 この道場には特に盗まれるものもないので、帰るときは開けっ放しでいいですよ。」

 ハルはできれば断ってほしかったが、残念ながら、願いは届かなかった。

 そんな感じで、ハルは半分あきらめの胸中で練習を続けていたのであった。

 練習量も他の生徒と比べると多く、また、龍のアドバイスが的確だったこともあり、みるみる内にハルは上達していった。

 ハル自身も上手になっていくのを実感して、1カ月たった頃にはすっかり空手のことが好きになっていた。


 そして、3年生になる4月にハルは初めて公式戦に出ることとなった。

 今まで、何かのスポーツで試合になんか出たことが無かったので、ハルはワクワクして、より一層練習に励んだ。

 ハルよりも龍の方がやる気に満ち溢れているようで、絶対優勝するぞ!と指導に熱が入っていた。

 そんな日々を過ごして、気づくと3学期が終わり、春休みに入っていた。


 ある日、試合が近づいて、練習が厳しくなってきていたが、ハルはいつも通り、龍に言われて居残り練習を一人していた。

「よし!一旦休憩すっか。」

「疲れた~」

 ハルはばたんと仰向けに大の字に倒れた。

「マシになってきてるじゃねぇか!ちびっこ!これならマジで優勝狙えるぞ!」

 龍は悪そうな顔で笑いながら、言った。

「そ、そうかな?でも、緊張するな~大丈夫かな~」

 この頃にはハルはすっかり龍と打ち解けていた。

「緊張なんてしなくていいんだよ!相変わらず気がちっちぇえな~そんなんじゃ、お化けにビビらなくなるなんてできねぇぞ!」

「そういえば、お化けにびっくりしなくなるために空手始めたんだった!

 すっかり忘れてたよ。」

「なんじゃそら?」

 二人は思わず笑ってしまった。

 ハルは話の流れからなんとなく、龍に聞いてみた。

「龍はどうして空手始めたの?」

「俺か?まぁ、実は俺、こう見えて、グレてたんだ…」

 龍はのっけからツッコミ待ちの言葉を吐いたが、ハルは無視した。

「やることもねぇから、適当に喧嘩吹っ掛けたり、家帰っても親たちが喧嘩してるしで、ホントつまんねぇ毎日を送ってたわけよ。」

 ハルは見たまんまの生活を送ってたんだなと思って聞いていた。

「んで、この「川田道場」ってのが目に入ってよ。丁度その時、漫画でそういうのを読んだばっかだったから、いっちょ道場破りでもしてみっかって、たのも~って入ってたのよ!」

「マジで?」

 ハルはあまりに無秩序な話に突っ込まずにはいられなかった。

「マジマジ!そしたら、じじいにさ。コテンパンにのされてよ!

 素人相手に容赦ねぇんだよ!あいつ!」

「川田師範が?そんなことしたの?優しいのに怒ると怖いのか…気を付けよう…」

 ハルは龍の話を聞いて、少し怖くなった。

「あ?じじいは今でこそあんなだけど、俺がいた頃はマジで鬼だったぞ!

 ボコられた後は強引に入門させられたんだよ。金いらねぇからって、こいつは自分が叩き直してやるって!

 俺も悔しかったから、こいつに学んで、いつかボコり返してやるって思って、空手を始めたんだよ。

 いい話だろ?」

「いい話ではないと思う…結局、川田師範に仕返しするために空手始めたってことでしょ?」

「ん?まぁそういうことだな。気づいたら空手が好きになっちまってて、そっちがメインになったけどな。ただ、最後までじじいに仕返しする機会を狙ってたぜ!」

 龍はがははと笑って、ハルに言った。

 ハルは呆れながらも、これまでずっと聞けなかったことを聞いた。


「龍はどうして、お化けになっちゃったの?」


 龍は珍しく考えた様子で答えた。

「…いや、実は分かんねぇだよ。なんで俺がここにいるのかってのは。」

「分かんないってのは、「思い」ていうか、心残りみたいなものが別にないってこと?」

 ハルはお化けは「思い」の塊のようなものと、総一郎と桜に教えられていたので、龍に聞いた。

「…確か全国大会前だったか?空手始める前に俺がボコった不良に絡まれてよ。

 そいつが仲間よんで、ちょっとこりゃ逃げられないなと、まぁボコった俺がわりぃとも思ってたし、素直にボコられてやったのよ。

 そしたら、打ち所が悪かったのか、気づいたら、この姿でここにいたんだよ。」

「龍なら仲間呼ばれても勝てそうなのに…相手がそんな強かったの?」

 ハルは龍が喧嘩に負けるなんてことが信じられなかった。

「あ?んなわけねぇだろ!普通にやってたら、ぜってぇ勝ってたぜ!

 …ただよ。じじいに言われてたんだよ…

「空手は相手を傷つけたり、打ち負かすためのものではない。自分を律するためのものだ。だから、喧嘩に空手を使うことは絶対に許さない」ってな。

 んでよ。ここで手ぇ出したらじじいに負けたことになるって思って、やり返さなかったんだよ。

 …まぁ、結果、死んじまっちゃあ世話ねぇんだけどな。」

 ハルは悲しい顔をして、龍に聞いた。

「…そっか。じゃあ、全国大会に出たかったとかが心残りになってるんじゃないの?」

「それはちげぇな。その頃には俺は結果よりも、自分の強さみたいなものを追いかけてたからな。

 特に大会とかは気にしてなかったんだよ。

 …それにな…死んじまったあんとき、俺は初めて自分が強くなったって、確信できたんだよ。

 だから、心残りみてぇなもんはねぇはずなんだ。

 なんで、俺はお化けになったんだろうな?わかんねぇや!」

 龍は最後に笑って、言った。

 ハルも龍のことが色々と分かって嬉しくて、笑って言った。

「確かに何にも考えてなさそうな龍が、お化けになるのっておかしいよね?」

「んだと~!!よっしゃ、休憩終わり!!親父さんが来るまで俺の得意な上段蹴りを教えてやるよ!!」

「いやいや、無理だから!!」

「うっせぇ!!いいからやれって!!」

「え~ホントに~?」

 そうして、二人の練習は総一郎が来るまで続いたのだった。


 大会当日、ハルは道着を着て、会場である地元の体育館にやってきた。

 もちろん総一郎も一緒に来ていたが、なんと桜も見に来ていたのだった。

「ハルは小学3年生の組み手で出るんですね。でも寸止め空手なんですね。少し残念です。」

 桜はこの町の地縛霊のため、町の中にある体育館であれば、自由に行けるのであった。

 そんな桜が、ハルの持っているパンフレットを見ながら、残念そうに言った。

 ハルは不思議に思って、桜に聞いた。

「桜おねぇちゃんって、空手知ってるの?」

「まぁ、人並みには。なんせ長い時間暇してましたからね。

 この体育館にも何度か来て、こういった空手の試合とかバスケットの試合とか見て、なんとなくルールは知ってますよ。」

 桜は慣れた感じでハルに答えた。

「そうなんだ。意外だわ。」

「…ところで、あの龍という方は来てなさそうですね。」

 桜は周囲を見回しながら、ハルに聞いた。

「うん。あの人、あの道場限定の地縛霊みたいで、外に出れないんだって。」

 ハルは少し残念そうに桜に言った。

「そうですか。ちょっと会いたかったのですがね。」

 桜は無表情でハルに言った。

「ハル、緊張してない?大丈夫?」

 桜と会話していると察して、黙っていた総一郎がハルに聞いた。

「大丈夫だよ。龍にとりあえず、楽しめって言われたから。まぁ、頑張るよ!」

 総一郎は笑ってハルに言った。

「そっか。龍君にいい知らせができるといいね。頑張って。」

 すると、聡と恵一とその妻もやってきた。

「久しぶりだね。恵一兄さん。」

「おぉ。総一郎。来てたのか。お前あれから一つも連絡くれないから、少し心配してたんだぞ。」

「いや。わざわざ必要ないかなと思って。」

「お前らしいな。」

 総一郎と恵一は兄弟らしい挨拶をして、雑談した。

 ハルも恵一の妻に頭を下げて、丁寧にあいさつした。

「お久しぶりです。」

「あら、久しぶりね。元気にしてたかしら?」

 恵一の妻は笑ってハルに答えた。

「今日が初めての試合だって言ってたけど、大丈夫?

 どんな結果になっても、ケガしないように頑張ってね?」

 恵一の妻は意地悪そうな笑顔で、どうせすぐ負けるだろうといった感じでハルに言った。

「…はい。頑張ります。」

 ハルは少しむかついたが、気にせず、言った。

「でも、あなたがいなくなってから、大変だったわ。いつでも戻ってきていいんだからね。」

 恵一の妻は思ってもいないようなことをハルに言った。

 ハルは嫌な気持ちになって、少し黙ってしまった。

「母さん!こっちで俺の5年生の試合やるから、いい席を教えてやるよ。」

 聡が母親の手をひいて、強引に連れて行こうとした。

「あらそう。じゃあ、頑張ってね。ハルさん。」

 そう言って、恵一の妻は聡に手を引かれて、向こうに行った。

 ハルは早々に嫌な人から離れることができて、少しほっとした。

(聡お兄ちゃん、ひょっとして、私に気を遣ってくれたのかな?)

 そんなことをハルは思ったが、集合時間が近づいてきたのに気付いた。

 そして、ハルは総一郎と桜に手を振って、川田道場一門の集まるところに集合したのだった。


 ハルは順調に試合に勝ち進んでいった。

 実戦経験は少なかったものの、練習量は他の誰にも負けないものがあったため、他の選手を圧倒していった。また、聡の母に言われたことを根に持って、気合の乗りも違っていた。

 そうして、ハルはついに決勝までたどり着いたのであった。


「すごいじゃないか!ハル!!まさか決勝まで来るなんて!!」

 総一郎は興奮気味にハルに言った。

「…正直私もここまでいけると思ってなかったよ。でも今、最高に楽しい!」

 ハルは今までにない充実感を感じているようだった。

「そうか。ハルになんとなくでだけど空手を提案して本当によかったよ。スポーツドリンク買ってくるから、少し待ってて。」

 総一郎は嬉しくてたまらないような感じで、自動販売機に向かった。

 そばにいた川田もハルを絶賛した。

「すごいよ!加藤さん!初めてでここまで来れるとは!!

 あと1試合。悔いの無いよう頑張ろう!!」

「はい!!」

 ハルは力強く川田に言った。

 他の生徒達もハルに応援の言葉を投げかけた。

 聡も準決勝で惜しくも負けたばかりだったが、少し悔しそうにハルに言った。

「…俺の分まで、頑張れよ…」

「うん!ありがとう!聡お兄ちゃん!」

 ハルと聡は拳を突き合わせた。

 川田一門は他の生徒の試合もあったため、ハルの元から離れた。

 ハルは一人で休憩していた。

「なかなかやりますね。まさか、決勝まで来れると思ってませんでしたよ。」

 桜が来て、いつもの無表情でハルに言った。

 ハルは笑って桜に答えた。

「へへへ。私もやるもんでしょ?」

「しかし、決勝の相手は格上ですよ。去年も優勝してましたからね。」

「桜おねぇちゃん、知ってるの?」

「ええ。去年もこの大会をのぞき見してましたからね。」

 桜はゲームの時もそうだったが、スポーツでもなんでも勝負事が好きなんだなとハルは疲れながらも思った。

 しかし、ハルは笑って桜に言った。

「空手は自分との戦いだからね。相手は関係ないよ。」

 それを聞いた桜は少しだけ笑って、ハルに言った。

「随分かっこいいことを言うようになったじゃないですか。まぁ、頑張りなさい。」

 桜なりのエールを送って、どこかに行ってしまった。


 そして、ハルの決勝戦が始まった。

 さすがに去年の優勝者だけあって、動きが俊敏で、試合開始早々、突きによる有効を取られてしまった。

 しかし、ハルも負けじとすぐに隙をついた突きで有効を返した。

 一進一退の勝負が続いたが、ハルは徐々にポイントを離されていってしまった。

 試合終了間際、ハルは相手の突きをかわして、龍直伝の上段蹴りを見事に決めて、一本を取った。

 その後、ポイントのやり取りはなく、そのまま試合が終わり、判定となった。

 結果、終了間際の一本でハルは逆転勝利したのだった。


 ハルは試合後の挨拶をして、対戦相手と握手して、一門のところに戻ってきた。

 皆が喜んで、ハルに集まって、ハルは胴上げされた。

 川田も喜んでいたが、なぜか少しだけ複雑な顔をしていた。

 総一郎はもちろんすごく喜んで、ちゃっかり胴上げに参加していた。

 桜も笑って、ハルに気付かれないようにふっとどこかに消えていった。

 恵一の妻だけ、少しつまらない顔をしていたが、皆がハルを祝福したのだった。

 ハル自身は初めてこんな扱いをされたので、戸惑った様子でまだ実感がわいていないような感じだった。

 表彰式で金メダルをもらって、首からかけると、ハルにようやく実感がわいてきて、嬉しくて嬉しくてたまらなくなり、涙を浮かべたのだった。


 そうしてハルの初めての大会が終わって、川田が生徒たちに最後の挨拶をして、解散となった。

 ハルは解散後、川田に駆け寄って、聞いた。

「川田師範!あの~この後、少しだけ道場によってもいいですか?」

 川田は驚いて、ハルに言った。

「まだやり足りないのですか?すごいですね!心がけは感心しますが、もう今日はやめておいた方がいい。ケガをしてしまう。」

「い、いえ…そういうわけではなく…なんというか、今日の最後にあの道場になんとなく挨拶したいんです!別に練習するわけではないので、お願いします!」

 ハルは龍に早く報告したいとは言えず、苦し紛れの理由を言った。

 川田は少し不思議そうな顔をした。

「私からもお願いします。こういったら聞かない子ですので。私も付き添いますから。」

 総一郎も川田にお願いした。

「…分かりました。いいでしょう。まぁ、道場はいつでも空いていますからね。

 ただし!決して、練習はしないこと!今日は体を休めること!分かりましたね?」

「はい!ありがとうございます!!」

 ハルは嬉しくて、総一郎の手をひいて、小走りに道場へ向かった。

「ちょっと待ってください!」

 川田はハルを突然、引き留めた。

 ハルはびっくりして、ピタッと止まり、振り返って言った。

「はい!何ですか?」

「…いや、今日の最後の上段蹴りは見事でした。

 私はあそこまで完璧に教えれていなかったと思うのですが、一体どうやって…

 まるで、龍のようだった…」

 川田は考え込んでいる様子で、ハルに言った。

 ハルは龍のようだったと言われたのが、これまでの他のどんな言葉よりも嬉しくて、笑って川田につい言ってしまった。

「でしょ?龍直伝だからね!!」

「えっ?」

 川田はあっけにとられた顔をして、ハルを見た。

 ハルはしまったと思った。

「あっ!いや、え~と、それじゃあ、急いでるので、失礼します~!!」

「ちょ、ちょっと!」

 ハルは総一郎の手をひいて、振り返らずに走り去った。

 川田は呆然とそれを見送った。


「ふ~やばかった~」

「はぁはぁ、い、いや、やばいというか、もうやってしまってるというか…

 とにかく…ちょっと休憩させて…」

 総一郎はハルに手を引かれて、少し走っただけで息を切らせていた。

「総一郎…ちょっとは運動した方がいいよ。」

「…考えとくよ…」

 総一郎は腰に手を当てながら、しんどそうに歩いた。

 そうして、二人は道場についた。


「龍!いるでしょ!!私、優勝したよ!!」


 ハルは早速、龍に優勝の報告をした。

 すると、ふっと龍が現れて、いつもの悪そうな笑顔でハルに言った。

「マジか!!やるじゃねぇか!!さすが、俺の一番弟子だな!!

 まぁ、俺が教えたんだから、優勝して当たり前だけどな!」

「いつから、私、龍の弟子になったのよ!

 でも、ありがと!!龍のおかげだよ!!」

 ハルは憎たらしいことを言われたが、それよりも嬉しくて、龍にお礼を言った。

「おう!!ちび助もおめっとさん!!」

 龍は笑って祝福した。

「いつもお世話になってるみたいだね。これからもハルのこと見てやってください。」

 総一郎は龍がいるであろう方向を見て、頼んだ。

「ん?親父さんも俺のこと見えるのか?」

「いや、見えないよ。でも、総一郎は家に桜おねぇちゃんってお化けがいるから、なんとなく分かってくれるんだ~すごくない?」

「確かにすげぇな。ちょっと変わってんだな。」

「うん!すごい変な人だよ!」

「…君たちはどうやら、僕の悪口を言っているようだね。本当にもう。」

「ほら、聞こえてなくてもなんとなく分かってるでしょ?」

「マジだな。すげぇわ。マジ変だわ。」

 総一郎は二人にいじられてると感じていたが、ハルの楽しそうな笑顔を見ていると許せたのだった。


「そこに龍がいるのか!?」


 川田が突然、現れてハルと総一郎に向かって叫んだ。

 ハルは慌てて、ごまかそうとした。

「えぇ~と、なんというか、総一郎と話してだけというか~」

 ハルはまったく言い訳の言葉が出てこなかった。

 川田は深呼吸して、一旦自分を落ち着かせてハルに言った。

「突然、大きな声を出してすまない。いいんだ。正直に言ってくれ。

 君には龍が見えて、龍はそこにいるんだね?」

 ハルは心を決めて、川田に言った。

「…はい。そこにいます。」

 そう言って、ハルは龍のいる方向を指さした。

 龍は先ほどまで満面の笑みだったが、それとはうって変わって真面目な表情で黙っていた。

「そうか…私の声は龍に届いているのかな?」

「多分、聞こえているはずですよ。ねぇ?龍?」

「あぁ、聞こえてるよ。」

「聞こえてるそうです。」

 ハルは念のため、龍に確認した。しかし、龍の様子がおかしいようで、ハルは少し怖かった。

「そうか…そうか…龍、君にずっと言いたかったことがある。」

 川田はそう言って、龍の方向に向かって、土下座をした。

「すまなかった!!!私のせいで…私のせいで…君は死んでしまった!!!

 私が空手を使うなと言ったせいで…一言、自分の身を守るためなら、使ってもいいと言っておけば、こんなことには…こんなことにはならなかった!!!」

 川田は大きな声で龍に謝った。

 顔はハルからは見えなかったが、泣いていたのかもしれない。

「…んだよ。それ?

 …俺はそんなこと言われたくて、手を出さなかったわけじゃねぇぞ!!!

 こんのクソじじいが!!!」

 龍は川田に向かって怒りの表情で、叫んだ。

 龍の感情に高ぶりに反応したように、道場全体がガタガタ震えていた。

 ハルは怖かったが、龍の気持ちをちゃんと伝えようと川田に言った。

「龍はそんなこと言われたくて、手を出さなかったわけじゃないって、言ってます。」

 川田をそれを聞いてもなお、頭を下げたままだった。

「しかし…君が死んでから、私はずっと後悔していた。

 私の教えのせいで、君を死なせてしまったと。どうすれば、償えるのかと。

 君は…私を憎んでここに残っているんだろう…

 だから、すまなかった…」

「バカ野郎が!!!てめぇに感謝はすれど、憎むことなんてできるわけねぇだろうが!!!

 おめぇの教えはそんなもんじゃなかっただろうが!!!」

 龍は怒った表情で泣きながら、川田に叫んだ。

「…龍は川田師範に感謝はしても、憎んでるわけないって。

 川田師範の教えはそんなもんじゃなかっただろうって。」

 ハルも気づくと涙を流していた。

 川田は顔を下げたままだった。

「しかし…しかし…私は…」

「大体よ!今もまだ教えてるってことは根っこの部分で信じてんだろうがよ!

 自分の考え方は間違ってねぇって!!それでいいんだよ!!クソじじいが!!」

 ハルは言葉に詰まり、すぐに龍の言葉を伝えられなかった。

「俺はてめぇに謝られてもちっとも嬉しくねぇんだよ!!

 …俺は…俺はてめぇに認められてぇんだよ!!!

 強くなったって…それだけなんだよ!!!!畜生が!!!」

 龍はもう泣きじゃくっていた。

 ハルは伝えないといけないと自分を奮い立たせて、涙ながらに川田に言った。

「…龍は川田師範の教えは間違ってないって、

 それに、謝られても嬉しくないって言ってます。

 ただ、認められたいって、強くなったって言ってほしいって言ってます。

 …だから、私からもお願いします。

 龍を褒めてあげてください。」

 川田はハルの言葉を聞いて、しばらく、黙って下を向いたままだったが、顔を腕で拭ってから上げて、龍に言った。


「君は私が見た中で最も強い人だ。

 君はもう私を超えているよ。龍。

 今まで、ありがとう。」


「…なんだよ…やればできるじゃねぇかよ…初めからそれでいいんだよ。クソじじいが…」

 龍はそう言って、ハルの方を向いた。

「よぉ!ちび助!俺がお化けになった理由分かったぜ!!

 てか、なんでおめぇが泣いてんだよ?」

 龍はいつもの笑顔になっていた。

「う、うっさいな!!こっち見ないでよ!!」

 ハルは少し照れたが、いつもの調子に戻った龍を見て安心した。

「…俺は多分、このクソじじいを俺から解放させてやりたかったんだよ。きっと。」

 龍は少し悲しそうに言った。

 そして、ハルに向かって笑って言った。

「がはは!!ちび助も今までありがとな!!楽しかったぜ!!」

「ど、どしたの?急に?」

 ハルは急にお礼を言われてびっくりした。

「最後の言葉だ!ちび助!しっかり、じじいに伝えてくれよ!!」

「えっ!最後?」


「川田師範!!!今までありがとうございました!!!押忍!!!」


 そう言って、龍は消えていった。


「…そうか、最後にそんなことを言っていたか…」

 川田は龍の最後の言葉をハルから聞いて、つぶやいた。

「…はい。とても幸せそうな顔をして、どっかにいっちゃいました。」

 ハルは少し寂しそうに言った。

「残念だけど、おそらく龍はもう戻ってこないと思うよ。

 あいつは今まで自分の言ってきたことを覆したことは無いからね。」

「…どういうことですか?」

「君もなんとなく分かってるんだろう?あいつが最後って言ったのなら、それは本当に最後なんだよ。

 嘘はつかない奴だったからね。」

 ハルは泣きそうになりながらも強がって、答えた。

「…そうですよね。やっぱり。もう!ホントに勝手な人でしたよ!!」

「ははは。そうだろ?君が伝えてくれてたから、良かったけど、本当はもっと口悪かったんだろ?」

「そうですよ!!クソじじいの連発でした!!」

「ははは!!そりゃあいつらしいよ!」

 川田は大きな声で笑った。

 すごくすっきりした表情をしていた。

 総一郎は今までの様子を見ていて、思ったことを川田に言った。

「川田師範。龍君は全く心残りがなかったのにお化けになったと言っていたそうです。

 それを聞いて、僕はずっと不思議だったんです。

 じゃあ、一体彼をこの世につなぎとめているものは何なのかと。」

「どういうことかな?」

 川田は真剣な顔つきで総一郎に聞いた。

「恐らく、あなたの強い後悔が龍君をお化けにしてしまったのだと思います。」

「えっ!!他人がお化けにするなんてことあるの?」

 ハルは驚いて、総一郎に言った。

 川田は黙って聞いていた。

「もちろん確証なんてものはありません。しかし、もう一点不思議な点があるんです。

 彼は今日、あなたの思いを聞いてから、お化けになった理由は川田師範を開放したかったからと結論づけました。

 しかし、彼が死んだ時にはあなたがそんなに後悔するなんてことは分からないはずなんです。

 彼にとって、あなたは尊敬する強い人だったはずですから。

 だから、彼自身はあなたの教えを守ることができて、本当に心残りが無かったんだと思います。」

 ハルは確かにと思って、総一郎の話を聞いていた。

「じゃあ、彼がお化けになった理由は何なのか。

 それは突然亡くなってしまった龍君への思いと、自分の教えのせいで死んでしまったという後悔。

 あなたのその強すぎる後悔が龍君をこの道場に縛ってしまったと私は思っています。」

 総一郎の話を聞いて、川田は自虐的な笑いをして、言った。

「確かに、そうかもしれないな…いや、きっとそうだろう…私はまったく本当に愚かだな…」

 ハルはその様子をみて、川田に言った。

「ダメですよ!!川田師範!!そうやって、また自分を責めてたら、龍に怒られますよ!!」

 総一郎も笑って、川田に言った。

「そうです。私が言いたかったのは、これからはあまり自分に厳しすぎず、もっと自分自身の教えを信じて進んでくださいということです。じゃないと龍君が浮かばれませんから。

 偉そうなことを言って申し訳ありませんが。」

 二人の言葉を聞いて、川田は笑って答えた。

「いやいや。二人とも、今日は本当にありがとう。この歳になっても、私はまだまだ未熟なようだ。

 私も龍に追いつけるよう鍛錬を続けることにするよ。これからもよろしくお願いします。」

 川田はそう言って、ハルと総一郎に頭を下げた。

 それを見て、ハルと総一郎は顔を見合わせて、川田に答えた。


「押忍!!」


 そして、長い一日が終わり、総一郎とハルは屋敷に戻ったのだった。

「おかえりなさい。そして、おめでとうございます。」

 桜は居間でゲームをしながら、片言で桜に挨拶とお祝いの言葉をかけた。

「…なんか…とりあえず、疲れてて、突っ込むこともできないわ。

 今日のごはんは申し訳ないけど、出前にしてくれない?」

「うん。全然いいよ。何食べたい?」

「そうだな~なんとなく、お祝いっぽいから、ピザにしよう。」

「OK!じゃあ、注文するよ。」

 総一郎はそう言って、電話した。

 ハルは桜の後ろにあるソファーにドカッと座ってくつろいだ。

「…そういえば、ハル。お化けには驚かなくなったのですか?」

「ん~~?いや~あんまり変わんないかな?」

 ハルはあっけらかんと答えた。

「結局、変わらずですか…まぁ、まだまだ時間がかかりますかね。」

「いや。なんかもういいんだ。お化けに驚いても別にいいかな~て今は思ってる。」

 ハルは上をぼ~と見て、桜に答えた。

「ほう?どうしてまた?」

 桜は珍しくゲームから顔を背けて、後ろのハルの方を向いて、聞いた。

「龍に言われたんだよね。ダチが欲しいから、ダチに合わせるって考え方は大嫌いだってさ。

 で、思ったんだよ。私の変なところも認めてくれる、そんな人と友達になれたらいいなって。

 だから、別にお化けにビビってもいいかなって。」

 ハルは少しだけ龍の言葉遣いになって、言った。

「そうですか。それは…いいことですね。

 しかし、そんな人あまりいないでしょうがね。」

 桜は笑って、ハルに嫌味を言った。


「…とりあえず、桜おねぇちゃんみたいな人とは友達にはなりたくないよ。」

 ハルは嫌味を言い返したのだった。


 続く

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