第3話 実験


「実験をしよう」


 お化けの東雲桜とハル達が和解して、一週間程たった頃、ハルの部屋で学校の宿題をしていたハルとそれを横で見ていた桜に総一郎が急に提案しだした。


「急にどしたの?」

 ハルは当然の質問をした。


「いや、桜さんとコミュニケーションができるようになった今、僕はお化けについての実験がしたくてたまらないんだよ!」

 総一郎はやけにテンションが高かった。


 ハルは宿題にも飽きてきていたので、丁度よかったと思い桜に聞いた。

「私は別にいいよ。桜おねぇちゃんはどう?」


 桜は無表情で答えた。

「私も今は正直何をしたら、消えることができるのか分からないので、困ってはいたところです。

 この機会にそれが分かるようでしたら、構いませんよ。

 ですが、ハルは大丈夫なのですか?

 もうすぐ、学校なのにまだ宿題が残っているじゃないですか。」

 

 数日前から自然と桜はハルにおねぇちゃんと呼ばれるようになったが、特に気にしていないようだった。


「だ、大丈夫だよ!もぉほとんど終わってるし。

 それに宿題があんまり進まなかったのは桜おねぇちゃんが邪魔ばっかりしてきたからじゃん!」

 ハルは少しムッとしながら答えた。


「あの時は悪かったですよ。

 その代わりに少し教えてあげているではないですか。」

「半分くらい嘘ついてるじゃん!!」


 二人はぎゃあぎゃあ言い合った。


「まぁまぁ、とりあえず、実験に付き合ってくれるようで良かった。じゃあ、みんな居間に行こうか。」

 総一郎は早く話を進めたくて、二人に言った。




 居間に移動して、すぐに総一郎はハルに言った。


「まずは、言葉についての実験をします。」


「言葉?」

「うん。とりあえず、桜さんに何か一言しゃべってもらいます。

 ハルは桜さんが話している時間をこのストップウォッチで測ってほしいんだ。」


 総一郎はそう言って、ストップウォッチをハルに渡した。


「その後、このノートに桜さんが話した言葉をできる限り、一言一句、同じように書いてくれないかな。」


 総一郎はハルにノートとペンを渡して、頼んだ。


 ハルは渡されたストップウォッチとノートとペンを持って、いつの間にこんな準備をしたんだと不思議に思った。

 そして、総一郎の後ろに何やら2個の段ボール箱があるのを発見した。


「総一郎。もしかして、その後ろの段ボールに入ってるのって、全部実験に使うの?」

 ハルは嫌な予感がして、総一郎に聞いた。


「そうだよ。この時のために色々と集めてきたんだ。」

 総一郎はうきうきした顔で答えた。


 ハルは思っていたよりもボリュームのありそうな実験だと、軽々しく了承したのを少し後悔した。

 しょうがないとため息をついて、ハルは桜に言った。


「じゃあ、桜おねぇちゃん。なんか一言しゃべってみて?」


 桜はいきなりの命令にイラッとした。


「あなたね。人に頼む時はちゃんとした言葉でお願いしなさい。

 礼儀が全くなっていません。」


 その時、ハルはちゃっかりストップウォッチを押して、時間を計っていた。


「う~んと、2.58秒っと…じゃあ、次はノートにさっきの言葉を書いて…」


 そう言って、ハルはノートに桜の言葉を書きだした。


 桜は騙されたと思って、ハルに言った。

「いい度胸です…私をだますとは…覚悟としときなさいよ。」


 ハルはやばいと思って、素直に謝った。


「わ、悪かったって!!ちょっとした冗談じゃん!!

 ごめんなさい。これからはちゃんとお願いするから。」


「まったく。今度やったら、また、あの嫌がらせの日々が始まると思いなさい。」


 桜は無表情でハルに釘を刺した。


「き、気を付けます…」

 ハルはやはり、お化けは怖いなと少しだけ反省した。


「できたよ。総一郎。」

 ハルは計測した時間そのままのストップウォッチと桜の言葉を書いたノートを渡した。


 ハルの様子を黙ってみていた総一郎はノートに書かれた言葉を見て、言った。


「見えても聞こえてもないけど、桜さんの言っていたことが大体分かるよ。

 ハル。桜さんを困らせてはダメだよ…」


「う、うん。分かったって!」

 ハルは総一郎にも小言を言われてしまった。


 総一郎はストップウォッチに記録された数字を桜の言葉の下に追記した。

 そして、ストップウォッチをリセットして、手に持って、ハルに次のお願いをした。


「今度はハルがこの言葉をそのまま言ってみて。」


「私が?なんで?」

「いいからいいから。」


 ハルは訳も分からず、言われた通りにした。


「あなたね。人に頼む時はちゃんとした言葉でお願いしなさい。

 礼儀が全くなっていません。」


 総一郎はハルの話している時間を測定して、ニヤリと笑って呟いた。


「やっぱり…すごい…これは面白い…」


 ハルは呟いている総一郎を見て、早く説明してほしくて催促した。

「だから!結局何だったの?今のは?」


 総一郎は我に帰って、ハルに言った。

「ごめんごめん。ちゃんと説明するよ。

 今、ハルが桜さんと同じ言葉を言った時間は5.86秒だったんだ。」


 そう言って、ノートに先ほど描いた数値「2.56秒」の下に、「春 5.86秒」と書いた。


「あれ?全然時間が違う。どうして?」

 ハルは不思議に思って、総一郎に聞いた。


「これは桜さんは音波ではなく、別の何かで意思を伝えたということだよ。」

「全く、分からん。ちゃんと説明してよ。総一郎。」

 ハルは少しイラッとして聞いた。


「ごめんって。そうだな。まず、言葉をしゃべると音が出るでしょ?

 これは喉を震わせて、空気を振動させてるんだ。これを音波っていうんだ。

 そうして、音波、つまり空気の振動が耳に伝わって、脳に届いて、僕たちは言葉として認識してるんだ。」

 総一郎はできるだけ、ハルにも分かるように説明した。


「うん。なんとなく分かった。

 で、桜おねぇちゃんの場合は音じゃないってことだよね?

 そんなの総一郎に聞こえてない時点で分かるじゃん。」


「そういうわけでもないんだよ。普通の人には聞こえない音もあるんだ。

 音にも種類があって、空気の振動の仕方で違うんだ。

 難しいと思うけど周波数というものがあってね。

 人間が聞き取れる周波数は「可聴域」っていって、案外限られているんだよ。

 例えば、こうもりなんかは人間の聞き取れないような超音波っていう高い周波数でコミュニケーションを行っているんだ。」

 総一郎は楽しそうに説明した。


「へぇ~そうなんだ。じゃあ、桜おねぇちゃんは超音波で私に話してるってこと?」

 ハルはあまり理解ができなかったが、分かった風を装って聞いた。


「いや、お化けの声が聞こえる人は超音波を聞き取れる特別な耳をしているのかとも思ったけど、恐らくそうではないようだ。

 今の実験で桜さんの言葉は普通の人間よりも2倍以上、早い時間で終わっている。

 きっと、ハルにはそんな早口には聞こえなかったよね?」

「うん。普通の速さに感じたよ。」

「ということは、桜さんの言葉を頭が理解するまでの時間が、音による言葉よりも速かっただけなんだ。

 難しいと思うけど、一つ一つ説明するね。

 音の場合、言葉が耳に届いてから、脳に伝えるために一旦、電気信号に変換されるんだ。

 そうして、脳に伝わって、今まで記憶していたメモリと照合して、僕たちは言葉として理解している。」


 ハルは難しくて分からなかったが、「脳」とか「メモリ」とかをかっこいいと思い、少し楽しそうだった。


「言葉が耳に届くまでの時間と、耳に届いてから脳に伝えるための形にするまでの時間、その信号が脳に届くまでの時間、記憶と照合するまでの時間、全てを足し合わせたものが今回の場合、「5.86秒」だったいうわけだ。」


 総一郎はハルにも分かるようノートにイメージ図を描きながら説明した。


「で、仮にこれが超音波によるものだったとしても、恐らく、この「耳」から「脳」までの経路が変わらないから、理解までにかかる時間はそれほど変わらないはずなんだ。

 ということは、桜さんは音を介したコミュニケーションをしているのではないと推測できる。」


 ハルは総一郎が書いてくれた図を見ると、なんとはなくだが分かった気がした。


「なるほど。

 じゃあ、桜おねぇちゃんの場合、違う経路で脳に伝えてるってことになるの?」


 総一郎は少し驚いて、ハルの頭を撫でて言った。


「その通りだよ。ハルは賢いな。」


 ハルはどんなもんだと胸を張った。


「僕が考えているのは、ハルの言う通り、桜さんは音による耳を介したコミュニケーションを行っているのではなく、直接、脳に電気信号の形で言葉を送ってるんじゃないかってことなんだ。」


 総一郎はイメージ図の脳を描いた部分をペンで指しながら、言った。


「お化けが見えたり、お化けの声が聞こえる人の脳には普通の人にはない特別なアンテナがあって、そのアンテナが脳に近い位置に存在するんじゃないかと思っているんだ。」


「アンテナって?」

 ハルは急に出てきた言葉に困惑した様子で聞いた。


「アンテナっていうのはある特定の周波数の信号を受信するためのもので、音の場合で言うと、この部分、耳ってことになるね。」


 そう言って、総一郎は図の耳の部分をペンで指しながら、言った。


「さっき、人間には「可聴域」って言って、特別な周波数しか聞こえないって言っただろう。

 これは耳っていうアンテナがその周波数しか受け取ることができないからなんだよ。

 こうもりの場合は超音波の周波数を受け取ることができるアンテナを持ってるから、超音波によるコミュニケーションができるんだ。」


 ハルは分かったような分からないような顔をしていた。


「ここで分かってほしいのが、アンテナっていうのはそれぞれ特別な周波数しか受け取れないということ。

 お化けの言葉を理解しようと思ったら、お化けが発する特別な周波数の言葉を受け取ることができるアンテナを持っていなければならないんだ。

 それは普通の人が持っていない、お化けと通じることができる人だけが持っていて、そして、そのアンテナが脳により近い位置にあるかもしれないってことが、今回の実験で推測できるんだよ。」


 総一郎は今回の実験結果を一通り、説明し終えた。


 ハルは腕を組んで、イメージ図を見ながら、理解しようとした。


「…要は私はハルに音ではない、別の何かで直接、脳に話しかけているということですね。」


 一緒に図を見ていた桜がハルに要約してくれた。


「なるほど。なんとはなくだけど、分かった気がする。」

 ハルはひとまず、納得した。


「よし!じゃあ、次の実験に進もう。」


 ハルには、総一郎が今まで見たことがないくらいはしゃいでいるように見えた。




「次は視覚、お化けの見え方について、実験してみよう!」


 総一郎は楽しそうに言った。


「はい!総一郎先生!次は何をしましょう!」


 ハルもなんだかんだ興味が出てきたようで、乗り気になってきた。


 桜は無表情だったが、別に嫌というわけではなさそうだった。


「うん!いい感じだよ!ハル!

 今回は物は使わず、ハルがどんな感じで桜さんが見えてるかを確認していくよ。」


 ハルは今までと違って、アバウトな実験だと思って、総一郎に聞いた。


「どうやって確認するの?」


「こればっかりは定量的な実験ができないんだ。

 とりあえず、僕が質問するから、桜さんを見ながら、それに答えてくれるかな?」


 総一郎は先ほど使用していたノートを手に取り、ハルに頼んだ。


「うん。分かった。」

 さっきよりも簡単そうだなとハルは思った。


「じゃあ、まず、桜さんの全身を見てみて。

 どこか欠けてる部分だったり、不自然なところはない?例えば、よく言われてる足がないとか。」


 桜の周りを歩き回りながら、ハルは桜の全身をなめまわすように見た。


「…これは、さすがに気恥ずかしいのですが…」

 桜は無表情ながらも若干照れながら言った。


「まぁまぁ。実験ですから、付き合ってよ。」

 ハルは桜をニヤッとしながら、なだめるように言った。


 桜はイラッとして、頭の生々しい傷をハルに見せつけた。


「ほらほら。ちゃんと見て下さいよ。実験なんだから。」


 ハルは思わずのけぞった。

「ごめんって!分かったから!やめて!!」


「ふふっ、分かればいいんですよ。」

 桜は意地悪な笑顔で言った。


 ハルはやられてばかりではと、とっさに桜の後ろを見ている時にスカートの下に滑り込んだ。


 ハルがそのままバッと見上げると、そこには黒の下着とガーターベルトを身にまとった大人の光景が広がっていた。


 その瞬間、近くのテーブルの上にあったテレビのリモコンがハルの頭めがけて飛んできた。


「あたっ!!」


 ハルは悶絶してうずくまった。


「あなたのような子供に見られて恥ずかしいものではありませんが、大人ならお金をもらうような行いです。

 今回はこれくらいで許してあげますが、次やったら…分かってますね?」


 桜は今までにないくらい怒っている様子で、ハルは恐ろしくなり、二度とやるまいと自分のやったことを悔いた。


「本当にごめんなさい。本当にもう二度としません。」


 ハルは初めての土下座をしながら、桜に謝った。


 総一郎はその様子を見ていて思った。


(見えなくても大体分かるもんだな。

 しかし、ハルの行動は男子小学生みたいだけど…大丈夫かな?)



 そして、ある程度、見終わって、ハルは総一郎に言った。


「うん。別に頭の傷以外は特に変わったところはないよ。足もちゃんとあるし。」


 決して、下着のことは言わなかった。


「じゃあ、次、ハルには桜さんは透けて見えてたりするの?

 桜さんの奥にあるものは見える?」


 総一郎は次の質問をした。


 ハルは目を凝らしながら、桜を見た。


「う~んと、何て言ったらいいかな?

 そこを注意して見れば、桜おねぇちゃんの向こう側も見えるんだけど、特に意識しなかったら、桜おねぇちゃんしか見えないというかなんというか…

 言われてみれば、何か不思議な感じで見える。」


「ふむ…

 意識するとその部分は見えるけど、意識してない時は自分の見ている風景に桜さんが前面に、一番前に見えるということかな?」


 総一郎は簡単な絵を描いて見せた。


「ん~~そんな感じかな?」


「なるほど!面白い!!」


 総一郎は嬉々とした表情で、うんうんとうなずいて、考えていた。


 ハルはまたかと思い、総一郎に聞いた。


「で、どゆこと?」


 総一郎はまたハッと我に帰って、答えた。


「えっとね。まず、音も視覚も似たようなメカニズムなんだ。

 音の場合は耳が音波を受け取るアンテナになっていて、視覚の場合は目が光を受け取るアンテナのようなものになってるんだ。

 目が受け取った光の情報を脳に送って、今見ている景色を作り出しているんだ。」


 総一郎はノートに書いていた音を受け取る迄のイメージ図に、次に視覚を捉えるメカニズムを追記した。


「当たり前だけど、僕に見えていないと言うことは桜さんは光を自ら出していたり、反射させて見せたりということはしていないはず。

 厳密に言うとこれも人には見えない光を出してる可能性はあるんだけどね。

 とりあえず、桜さんが見えるのは光ではないと仮定すると、音と同じように桜さんは何らかの信号をハルの特別なアンテナに送って、脳の景色が保存されてるメモリを直接、書き換えてるんじゃないかと僕は思ってる。」


 ハルは難しいながらも必死に理解しようとした。


「ん〜よくわかんないけど、それってなんか違いがあるの?

 結局、見えてるのが光でもなんでも一緒のように思うんだけど。」


「それが少し違ってくるんだ。

 光だった場合、ハルの意思に関係なく、桜さんは同じように見えないとおかしいんだ。

 目をこらしたり、薄目で見たりして、若干の違いは出てくるかもしれないけどね。

 でも、どんなに見方を変えても、奥のものが見えるのは物理的にありえないんだ。

 光は誰の意思にも関係なく直進するものだからね。」

 

 総一郎は簡単な絵を描いて説明した。


「しかし、ハルは奥のものに意識をやると見えると言った。

 多分だけど、桜さんはハルの持っている景色のメモリに自分の姿を上書きしてるんだ。

 だけど、ハルが桜さんの後ろに意識をやると、脳が桜さんに上書きされた情報よりも、実際に目から得た光の情報の方が正しいと判断して、奥のものが見えるんじゃないかな。」


 ハルはもうちんぷんかんぷんになって、頭がショート寸前であった。


「か、簡単に言うと、結局どういうこと?」


 総一郎はハルの様子を見て、流石に難しすぎたかと、これまでの話を要約した。


「簡単に言うと、桜さんはハルに自分の姿を錯覚させてるってことかな。」


 ハルは分かったような分からないような顔をしていた。


「自分の姿をハルに錯覚させてるということですが、この頭の傷はどう説明できるのでしょうか?

 顔や後ろ姿等はまぁ鏡を見たりして、自分で見えなくてもなんとなくイメージはできますが、死因となった頭の傷はどう考えても、自分で見ることはできないので、ハルに錯覚させる事はできないと思うのですが。」


 桜は疑問を総一郎に投げかけた。

 ハルは桜の言葉を総一郎に伝えた。


「桜おねぇちゃんが、頭の傷はどうやって私に伝えてるのかって。

 どうやっても自分で撃った頭の傷なんて見ることはできないのにって。」


 総一郎は少し真面目な顔になって答えた。


「言いにくいですが、その傷は恐らく、ご主人の傷を見た時のイメージでしょう。

 ご主人の死が桜さんにとってどう言ったものだったかまでは分かりかねますが、親しい人の悲惨な傷は強く桜さんに刻み込まれたかと思います。

 新聞で読んだ限り、桜さんもご主人同様、頭を撃ち抜いてとのことだったので…」


 桜はあの時、無感情だったと言っていたが、やっぱり、動揺していたんだとハルは少し悲しくなった。


「…なるほど。

 私の姿がこの使用人の姿であることも、恐らく、最も慣れ親しんだイメージしやすい姿だからと言うわけですね。」


 桜は納得した様子だった。

 桜の言葉を聞いて、ハルはハッとして、思わず言ってしまった。


「えっ!じゃあ、あのパンツいっつもはいてたの!?」


 ハルはしまったと口を手で塞いだが、時すでに遅く、再びリモコンが頭めがけて飛んできた。


「いたぁ!!」


 ハルはまたも悶絶してうずくまった。


「今のはつい言ってしまった事だということで、これで許してあげます。」


 桜は照れることなく、無表情でハルに言った。


「うぅ…あ、ありがとうございます。すみませんでした…」


 ハルは涙ぐみながら、本当に気をつけようと思った。

 総一郎は黙って、聞かなかったことにして、次の実験に進むことにした。




「次はもう少し分かりやすいポルターガイストについて実験してみよう!」


 そう言って総一郎はダンボールの中から、二つの皿をを取り出した。


「これは?」


 ハルは頭を押さえながら、総一郎に聞いた。


「これは片一方がプラスチックのお皿で、もうひとつは金属製の飾りがついたお皿だよ。」


「ふ〜ん。なんか金属のはおしゃれだね。」


 ハルはなんとはなしに皿を持って見回した。


「元々、この屋敷にあったものを使うけど、昔は錆びない銀とか、金を使っている食器が貴族の間ではステータスみたいなものだったらしいからね。

 出すとこに出したら、数万円くらいするんじゃないかな?」


「えっ!!」

 ハルは驚いて、そうっと皿を置いた。


「そうですよ。この家の食器類はそういったものが多いです。

 私も一使用人でしたから、食器の類は大事に守ってきました。

 盗もうとした人には天誅を与えてやりましたよ。

 それでも、いくつかは無くなってしまいましたが…」


 そう言って、桜は昔を思い出すように遠い目をしていた。

 ハルは天誅の内容について、怖くて聞けなかった。


「で、今度は何をしたら、いいの?」

 ハルはまた、自分が何かするかと思って、総一郎に聞いた。


「いや。今度は桜さんにこの二つのお皿を動かして欲しいんだ。」

 総一郎は桜にお願いした。


「まぁ、それくらいなら。」


 そう言って桜はカッと目を見開き、二つの皿に集中した。


 すると、金属製のお皿だけが左右に少し動いて、プラスチックのお皿はピクリとも動かなかった。


「ん?こちらのお皿は動かせそうにありませんね。」


 そう言って桜は皿に集中するのをやめた。

 ハルは不思議そうに桜に尋ねた。


「プラスチックのお皿は動かすのが難しいの?」

「そうみたいですね。

 この屋敷にはこういったお皿がなかったので、知りませんでした。」

「桜おねぇちゃんでも動かせないものもあるんだね。」

「直接、触れるようなことは出来ませんからね。

 むしろ、動かせないものの方が多いですよ。」

「へぇ〜そうなんだ。」


 ハルは総一郎に説明した。


「桜おねぇちゃんはプラスチックのお皿は動かせそうにないんだって。

 後、動かせるものの方が少ないって言ってるよ。」


 それを聞いて、総一郎は桜に質問した。


「では、どういったものを動かす事ができるか分かりますか?

 感覚的で構いません。」


 総一郎の質問に対して、少し考えて桜は答えた。


「…そうですね。今まで動かしたことがあるのは、この屋敷にある食器や、リモコンとか…あとは窓くらいですかね。」


 ハルは桜の言葉を総一郎に伝えた。


「動かしたことがあるのは、ここにある食器とリモコンとあと、窓くらいだって。」


 それを聞いて総一郎は確信めいた顔をした。


「やっぱり。

 桜さんは多分、磁気的なものを発生させて、物を動かしているんじゃないかな。

 分かりやすく言うと、磁石のような力を発生させているんだと思う。」


「磁石?

 あぁ~だから、磁石にくっつかないプラスチックのお皿と、磁石にくっつくお皿で試したんだ。」


 ハルは今までよりも分かりやすく、早々に納得した。


「うん。この前、僕には聞こえてなかったけど、桜さんがこの屋敷を出て行ってほしいって話をしているときに突然、周囲のものがガタガタ震えだしただろう?

 その時、動いているのが磁石に反応するものばかりのように感じて、ひょっとしたらって思ってたんだ。」


「…あの時、そんなことを考えてたんだ…総一郎は怖くはなかったの?」


 ハルは少しあきれて、総一郎に聞いた。


「ん?

 まぁ、変だな~とは思ったけど、目の前にお化けがいるんだろうから、こういうことも起こるんだろうな~って。

 それに僕はこう見えて学者だからね。

 分からないことがあったら、原因を考えることを仕事にしてるから、まずは頭がそっちに行っちゃってたね。」


 総一郎はあっけらかんと答えた。


「かっこいいこと言ってるけど…

 総一郎って、変わってるというか鈍感というか…

 きっと、お化けにとっちゃあ天敵だよ。」

 ハルがあきれた顔で言うと、桜もそれに乗っかるように言った。


「そうなんですよ。

 この男はまったく怖がることがないので、自分の存在意義が分からなくなってしまうんですよ。

 困ったものです。」


「桜おねぇちゃんもそうだって言ってるよ。

 総一郎、そういうとこ気を付けた方がいいよ。」

 ハルは総一郎を諭すように言った。


「えぇ~なんだか分からないけど、気を付けるようにするよ。」

 総一郎は何に気を付けなければいけないのか分からなかったが、ハルに答えた。


「と、とりあえず、話を戻すよ。

 桜さんが物を動かしている力が磁力だった場合、簡単に説明すると二通りの可能性があって、桜さんが磁石みたいなものである可能性、正確に言うと磁性体である可能性。

 それと、桜さんの意思で磁力をオン、オフできる電磁石の仕組みで磁力を発生させている可能性。

 電磁石っていうのはすごく簡単に言うと、スイッチONしているときだけ、磁石、スイッチOFFしている時だけ磁石じゃなくなるものだよ。

 とにかく、この二つの可能性があるんだ。」


「ん~~かなり難しくなってきたけど、なんとなく磁石ではないんじゃない?

 それなら、今でも桜おねぇちゃんにコップがくっついてないとおかしいし。」


 ハルは急に難しい話になってきたが、頑張ってついていこうとした。


「そうだね。僕も後者、つまり、電磁石の仕組みで磁力を発生させているんだと思う。

 この仕組みを詳しく説明するのは、ハルが中学生くらいになって勉強すると思うから、やめとくね。

 両者の違いを簡単に言うと、物を動かすのに電流が必要か否かということ。

 磁石は電流を流す必要が無くて、電磁石は電流を流す必要があるということなんだ。

 桜さんが電磁石の要領で物を意識した時だけ動かしているとすると、電流を流す必要があるんだ。」


「電流?って、何?」

 ハルはまた、分からない単語が出てきたので聞いた。


「ん~そうだな~

 電流はその名の通り、電気の流れみたいなもので、僕たちが普段使っている電化製品を動かす時に必要なものだよ。

 ここでは電流は電気なんだくらいで分かってくれたらいいよ。

 僕が最も言いたいのは、桜さんは電気に似た性質のものを発生させてるのではないかということなんだ。」


 ハルは頭をかしげているようだった。


 このままではいけないと総一郎はハルに問いかけてみた。

「もし、桜さんが自分で電気を作れるってなったら、物を動かせる以外に何ができると思う?

 それか、仮にハルが自分で電気を操れるってなったら、何をしてみたい?」


 ハルは唐突な質問に少し考えて、答えた。

「う~~んと…電気つけたり、テレビ点けたり、ポットのお湯を沸かしたり…こういうのを見ただけでできるなら楽かな~」


「そう!そういうことができるんだよ!

 実際、桜さんはテレビをつけたりしてたよね?

 つまり、お化けってのは電気的な何かを発生させてるんだ!」


 総一郎は今日一番の笑顔で話した。


「言われてみれば、家電製品、テレビや掃除機、照明、そういった類のものには干渉しやすいように思います。

 何故だかは考えたこともなかったですが。」

 桜は少し納得した様子だった。


 ハルはそういうものなのかと思い、総一郎に言った。

「桜おねぇちゃんが、確かに家電製品とかはなんか動かしやすかったと思うって。」


 総一郎は嬉しくなって、次の実験に進もうとした。




「じゃあ、次が最後の実験。これには準備がいるから、ちょっと待ってね。」


 そう言って、総一郎は二つの段ボールから、次々と取り出して準備をしだした。


 PB(プレイボックス)と呼ばれるゲーム機、ノートPC、タブレット端末、これらを取り出して、各ケーブルを接続して、動作環境を整えた。


「よし!準備ができた。

 一応、説明すると、これはゲーム機で、これはノートパソコン、で、これがタブレットだよ。

 皆、大学の友人からもらったお古だけど、使えるはずだよ。

 ハルも自由に使っていいからね。」


 ハルは少し嫌な顔をして、言った。


「実は私、こういうの苦手なんだよね…

 なんというか、ゲームとかパソコンとかでお化けに意地悪されることが多くてさ…

 今までの説明を聞いた感じ、総一郎は桜さんにこれを動かしてみてほしいってことだよね?」


「そうだったんだ。ごめんね。

 今回の実験が終わったら、もう置いとかない方がいいかな?」


 総一郎は実験よりも先にハルを案じて言った。


「いや。大丈夫だよ。

 なんとなくだけど、理由が分かって、そういうもんなんだなってあんまり今は怖くなくなったから。

 それに今は桜おねぇちゃんもいるし。

 というよりも、ゲームとかずっとやってはみたかったから、逆にうれしいよ。ありがと。」


 ハルはその時、ふと総一郎の言葉を思い出した。


「人でもお化けでも、理解できれば怖くなくなるよ。」


 確かにそうだなと、ハルは思わず笑った。


「良かった。こちらこそありがとう。

 じゃあ、実験に進もうか。

 ハルの言った通り、これらを桜さんに動かしてもらいますが、よろしいですか?」

 総一郎は安堵して、恐らく桜がいるであろう場所を見て、言った。


「まぁ、いいでしょう。

 なんでもいいですが、じゃあ、このゲーム機とやらをやってみますか。」


「桜おねぇちゃんがいいって。まず、ゲーム機からやってみるって。」


「分かりました。お願いします。

 まずは、テレビも何もつけていない状態で、起動からやってみてもらいます。」


 総一郎は桜にゲーム機のつけ方などは教えず、一から起動してもらうようにした。


 桜はテーブルの上に置いてあるリモコンの電源ボタンを押した。


 すると、テレビが点き、夕方のニュースが流れていた。


「で、このゲーム機はどうやったら起動できるのですか?」


「えっとね。このボタンを押したらいいと思うよ。」

 ハルは桜にボタンを指さして教えてあげた。


「なるほど。」


 そう言って、桜はボタンを押した。

 といっても、桜は物に触れることはできないため、リモコンの時もゲーム機の時も、指はボタンの奥にすり抜けていったような感じだった。

 

 しかし、画面がニュースのままであった。


「総一郎。ゲームの画面ってどうやったらでるの?」


 これはハルにも分からなかったので、総一郎に聞いた。


「ゲームの画面にしたい場合は、このボタンを何回か押して、「HDMI」って表示が出たら、ゲームの画面になるはずだよ。」


 総一郎はリモコンのボタンの場所をハルに教えた。


「だって。桜おねぇちゃん。」

「ほぉほぉ。」

 桜はそう言って、指定されたリモコンのボタンを押した。


 すると、「Final Story12」のスタート画面が表示されていた。


 総一郎は思わず、声を出した。


「…すごい。

 本当にここにいるかのように操作できているじゃないか…

 想像以上だ…」


「そんなに?

 今までもリモコンの操作とかは普通に私たちと全く同じようにやってたよ?」

 ハルはこともなげに言った。


「今まで、この屋敷の娯楽と言えば、テレビくらいでしたからね。ボタンの操作はお手の物ですよ。

 集中すれば、遠隔で操作だってできますよ。」

 桜は自信満々に言った。


「桜さんもボタンの操作は完璧だってさ。」


「…ハルもたいがい、慣れるのが速いよね…まぁ、いいか。

 同じようにってことはボタンを押しているってこと?

 でも、ボタンが凹んだような感じはしなかったけど。」

 総一郎は少しあきれたが、聞きたいことを聞いた。


「実際はボタンの奥の方まで指はすり抜けてった感じだよ。

 あと、遠くからでも操作してたよ。」


「ほぉ…接点間をショートさせる程度は簡単ってことか…

 いや、違うか…微弱な電流を出力側に流してるのかも…

 これはちょっとハルには説明できないな。

 とりあえず、電気に似た性質をもっているで、今回はOKかな。」


 総一郎は今回は早くも納得した。


「今回はこれで終わり?」

 ハルがなんだかあっけなかったなと思い聞いた。


「いや、出来れば、ノートパソコンとタブレットも使ってみてほしいと思ってるんだけど。」


「桜おねぇちゃん、次、どっち使ってみる?」


 ハルが桜を見て聞いたが、桜はテレビの画面をずっと見ていた。


 その様子を見て、ハルは桜に聞いた。


「桜おねぇちゃん?…もしかして、このゲームやってみたいの?」


 桜は画面から目を離さず、答えた。


「はい。

 この映像は何故だか、私の好奇心をくすぐってきます。

 是非、やってみたいのですが。」


 ハルは少し驚いて、総一郎に言った。


「桜おねぇちゃん、このゲームしたいんだって。どうする?」


 総一郎も意外だと驚いた。


「そうだね。今日のところはこのくらいで終わろうか。

 ハル。操作の仕方教えてあげれるかな?」


「うん。なんとなく。

 じゃあ、桜おねぇちゃん、一緒にやってみようか。」


「よろしくお願いします。」


 これほど素直に教えを乞う桜が初めてだったため、ハルは少し戸惑ったが、なんとなく嬉しかった。


 こうして、実験は桜がゲームに熱中してしまうという意外な結末で、終わりを迎えた。




 その日の夕飯は休日であったため、総一郎の当番だった。


 これまで何かにつけて出前やら弁当やらで済ましていたが、実験を手伝ってくれたお礼ということで、ハルが来てから初めて、総一郎は料理をしていた。


 しかし、総一郎は当然のことながら、料理のスキルはなく、このままだとごはんが食べられなさそうな様子であった。

 桜がゲームをしているのを横で見ていたハルは、ちらっと総一郎のその様子を見て、たまりかねて、手伝うことにした。


「…全く。いい大人が料理もできないのはどうかと思うよ?」


 ハルは淡々と玉ねぎを切りながら、総一郎に言った。


「面目ない。」


 総一郎はシュンとしながら、ジャガイモを洗っていた。


 料理を進めながら、ハルは今日の実験のまとめを総一郎に聞いた。


「結局、お化けってなんなのかは分かったの?」


 総一郎はジャガイモの皮を慣れない手つきで剥きながら、答えた。


「え、えっと、当然、説明できないことが多くて、間違いなくこれだっていうのは分からなかったよ。

 例えば、電気的な何かだったとして、その電源はどこから供給されてるのかとか、どうやって、その場に滞留することができてるのかとか、分からないことがまだまだあるね。

 というより、現代の科学ではお化けの正体が分かることはないと思うよ。

 それくらい非常に高度な存在なんだよ。きっと。

 だから、これはあくまで僕の推論だけど、お化けってのは死んでも残る人の「思い」なんじゃないかって。」


「思い?」


 ハルは手を止めて、総一郎を見て聞いた。


「今日の実験で、ちらっと話したと思うけど、人間の脳には電気信号が流れていてね。

 「脳波」って言って、実際にある周波数の電波を脳が出してるってことが分かってるんだよ。」


 総一郎はまだ、ジャガイモの皮を剥くのに手間取りながら、説明した。


「へぇ~そんなのあるんだ。」


「人が死ぬときの未練だったり、憎しみだったりの強い感情が、この世に残るほどの強烈な「脳波」を出して、世界に干渉してるんじゃないかな。

 要は人の強い「思い」が生きている人達に影響を与えてるんじゃないかなって思ってるよ。」


 総一郎はようやくジャガイモの皮を剥き終わって、一息つきながら、言った。


「なるほど。「思い」か…

 じゃあ、桜おねぇちゃんのこの世に残る強い「思い」がなくなったら、消えちゃうってことなのかな?」


 ハルは少し悲しそうに総一郎に聞いた。


「そうかもね。お化けの一生ていうのは、「思い」がなくなるってことなのかもね。

 よく言われてるそれが「成仏」ってやつなのかな。

 けど、「思い」がなくなるなんて、中々、難しいことだと思うよ。

 だから、今すぐは消えないんじゃないかな。」


 総一郎はハルの頭を撫でて言った。


「…そうだね。

 それにあの様子を見てると、本当にそんな「思い」があるのかも信じられないしね。」


 ハルはゲームに夢中になっている桜を見て、あきれた顔で言った。


「はは。そうだよ。

 結局は推察でしかないんだから、そうかもくらいに思ってたらいいと思うよ。」

 総一郎は笑って言った。


 ハルも納得して、次の玉ねぎを切り始めた。


 が、ふとハルは気になって、総一郎に尋ねた。


「総一郎。そもそもなんで、実験しようと思ったの?

 ただ単にお化けのことを知りたかっただけ?」


 総一郎は二個目のジャガイモを洗っていた

「ん?

 まぁ、興味本位ってのもあったけど、それよりもハルにお化けへの恐怖を少しでも克服してほしかったんだよ。」


「私?」


 そう言って、ハルは自分を指さした。


「うん。ハルはきっとこれからもお化けに出会ってしまうだろう?

 前も言ったけど、その度に怖いのは想像以上にしんどいと思うんだよ。

 だから、ハルにお化けはこういうものなんだって分かってもらえたら、少しは怖くなくなるかなって思ってたんだよ。」


 総一郎はハルに笑いかけながら言った。


 ハルは自分のためだと分かって、少し照れながら、言った。


「た、確かに、ちょっと怖くなくなった気はしたよ。

 その…ありがと。」


 総一郎はまたハルの頭を撫でて、言った。


「どういたしまして。」


 なんだか恥ずかしくなってしまったハルは玉ねぎをすごい勢いで切り終わった。

 そして、切った食材を鍋に入れながら、話を変えようと総一郎に尋ねた。


「しかし、総一郎って本当にお化けを怖がらないけど、子供の時からそうなの?」


「いや、僕だって子供のころは怖かったよ。そりゃ。」

「じゃあ、どうやって怖くなくなったの?」


 総一郎はハルの質問に手を止めて、少しう~んと考えた後、ハルに言った。


「それはね。僕が初めて見たお化けの話なんだけど。

 まぁ、多分、それは桜さんなんだと思うんだけど、そのお化けがね。

 …ものすっごい美人だったんだよ!!

 一目ぼれだったね!

 それで恐怖よりも、もっと知りたいってなって、それ以来、お化けは怖くなくなったんだ。

 むしろ、会いたかったくらいだよ。」


 総一郎の話に驚いたハルだったが、総一郎にもそういうところがあるんだと、少し嬉しく思った。


「へぇ~~総一郎も恋とかしたんだね。

 お化けに恋するあたり、総一郎っぽいけど。

 桜おねぇちゃんのこと好きだったんだ~

 確かに頭から血を流してるけど、美人だもんね~」

 ハルはからかうように総一郎に言った。


「まぁ、でも子供の時の話だよ。」

 総一郎も自分で言ったものの、少し照れている様子だった。


 その時、突然、食器と包丁がカタカタと震えだした。


 ハルはハッとして、桜の方を見ると、顔はテレビ画面を見ていたので見えなかったが、顔を両手で覆い、肩が震えていた。


「桜おねぇちゃん!落ち着いて!

 包丁はさすがに危ない!!」


 恐らく、照れているのであろうことが分かったハルは桜を止めた。


 すると、桜はふっとどこかに消えて、同時に食器などの震えは止まった。


 総一郎は驚くこともなく、震えていたものを見て、考えてる様子で言った。


「やっぱり、感情の高ぶりで意思に関係なく、物が動かせるんだ。

 金属製でもないものも動いてたし…まだまだ分からないことだらけだな~」


 その様子を見てハルは少し怒った顔で言った。


「…ひょっとして、今のわざと?」


「い、いや!話したことは本当だよ!本当に一目ぼれしたんだ!!

 だけど、こんなこと言ったら照れて、何か起こるかなとも思ったことは確かです…

 申し訳ありませんでした!」


 総一郎は桜がまだいると思ってテレビの方を向いて、頭を下げて謝った。


「はぁ~桜おねぇちゃん、もうどっか行っちゃったよ。

 また、来た時に教えるから、ちゃんと謝りなよ。」

 ハルは総一郎にため息をついて、注意した。


「面目ない。やはり、慣れない意地悪などするもんじゃないね。

 申し訳ないけど、桜さん来た時は教えてね。」

 総一郎は珍しく、本当に反省していた。


 しかし、反省する総一郎を尻目にハルはその時、桜の弱点を知って、しめしめと悪い顔で笑っていたのだった。


(これから何かあった時はこれで仕返しができそうだ)


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る