第2話 無関心の代償

 次の日、いつもより少し早く教室に着いて読みかけの本を読もうと開くと、隣のクラスの由里子が入ってきた。

「由里子、おはよう。誰か探してるの?」

「あぁ、よかった見つかって。春子なら早めに来てると思ったんだよね。実は春子に話したいことがあって」


 春子はなんだか、いつもなら、なるべく避けて通れるような面倒臭いことがらに巻き込まれる予感がした。


「・・・加奈のことなんだけど、なんかあの子のせいで本当の話にすごいおひれが付いちゃって、知らない人にまで誤解されるような噂話が出回っちゃってるらしいんだよね」


 春子は百合子の話を聞きながら、自分の顔がひきつってないか、自分が無害で、ちゃんと心配しているように見えるかを考えていた。


「春子も何か聞いてると思うんだけど、あの子に止めるように言ってくれないかな?」

 春子の嫌な予感は的中した。

「ごめん、昨日加奈に何も言わなくて。加奈がそんなに話を大きくしながら話してたなんて知らなくて」


 百合子になんと思われているかを考えただけで心臓がバクバク音を鳴らす。


「ううん、もしかしたら加奈の話した後から変な噂がついてきちゃったのかもしれないし。ただ、加奈に悪気がないから余計自分からは言いにくくてさ。あの子ちょっと、仲間意識も強いし、私より長い時間一緒にいる春子から話してもらった方がいい気がするんだよね」

「加奈が私の話を聞いてくれるかはわからないけど・・・」


 春子は昨日の話を思い出せるように、必死に記憶を手繰り寄せていた。自分は加奈と一緒になって由里子の悪口に同調してしまっていなかったか、どちらにも悪者と思われないように振る舞えていたか、思い出したいのに記憶があやふやだった。


 由里子が困ったように笑いながら言う。


「まぁ、ちょっと加奈にあったら言っといて欲しいんだよね。なんかごめんね。さりげなくでいいからさ」

 そう言って彼女は教室を出て行ってしまった。


 春子はいつも中立の立場にいるように心掛けていた。誰にも干渉しない代わりに、誰も傷つけない。めんどくさいことに巻き込まれたくなかったし、人に特別に嫌われるのが嫌だった。


 加奈はこのクラスで一番初めに話しかけてきてくれた友達で、それからは少しずつ一緒に過ごす時間が増えていった。彼女の部活の友達が一人もこのクラスにいないと言うことも一因かもしれない。

 由里子が言った通り、加奈は一度仲間だと認識すると気を許してよくしてくれるが、接点のない他クラスの子などの悪口は平気で言う。それが春子には心苦しかった。


 加奈にどうやって話を持ち出すか悩んでいたところに、加奈が彼女の意思の強そうな眉毛を眉間に寄せながら教室に入って来た。不機嫌な様子で春子のところへ一直線に向かってくる。


「ねぇ、今昇降口で全然話したこともない子たちから、変な噂話するのやめてあげてって言われたんだけど」

「・・・由里子の友達?」


 思わず加奈の話によく後先も考えないまま反応してしまった。加奈の鼻が一瞬神経質にピクッと動くのが見えた。


「・・・春子もそう思ってたんだ」

「え、ちょっと待って、ちがう違う。今日の朝、さっき、たまたま」


 加奈はもう春子の話を最後まで聞いてくれない。

「何が違うわけ?私の話を聞いて春子もぴんときたんでしょ。春子っていっつもそうだよね。自分の話なんて全然しないし、人の話も相槌しか打たないし、本当は何考えてるのか、誰の味方なのかもわからない」


 加奈に自分を見透かされていたことを今更知って、顔が熱くなる。

「ほんっとに八方美人。もういいから」

 加奈はそういうと、窓際の自分の席に向かって歩いて行ってしまった。


 まだ由里子と話したから15分も経っていないような気がする。短い間にいろんな感情が沸き起こって、一つも整理できていなくて、春子は混乱していた。

 加奈の話を最後まで聞かずに、焦って先に口を出してしまったのは私が悪かった。でも本当にそんなに悪かっただろうか?


 それよりも、加奈に自分の浅はかな計算高い行動を見透かされていたことに落ち込んだ。恥ずかしかった。


 とりあえず、今はここにいたくなかった。

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