砂の星
月野
第1話 新田春子
私はずっと、どこにいても、誰といても、自分の心はどこにもなかった。人に嫌われるのが怖くて、どうしようもなくて、愛想笑いばかりを繰り返していた。そんな人世の中にはたくさんいるのだろうけれど、私だけが自分を偽って、愛想振りまいて、心にもないことを口にして、社会に馴染めるように生きているのだと思い込んでいた。
***
「春子、知ってる?由里子ってB組の高橋と付き合ってるらしいよ」
クラスメイトの加奈に後ろから話しかけられて、新田春子は肩を小さくビクッと跳ねらせてから振り向いた。
「ねぇ、びっくりしすぎでしょ」
「あぁ、ごめんごめん。ぼうっとしてたからびっくりしちゃって。なんの話だったっけ?」
他人のゴシップにはあまり興味がなかったが、話したそうにしている加奈のために一応話をもどしてみると、加奈は水を得た魚のように生き生き話し始めた。
加奈はおしゃべりで社交的なので、友達も多い方だ。肩までのまっすぐとした短めの黒髪と、意思の強そうな顔立ちも彼女の性格によく似合っている。
反対に、春子のゆるくウェーブがかった猫っ毛と、美人とも言えない顔立ちは自分をよく表しているなと思う。
春子にはずっと、どうして他人が他人の人生に口を出し、お節介を焼き、しまいには他人の不幸話をつまみに盛り上がれるのかがずっとわからなかった。
それでもやっぱり、仲間外れになってしまうのが怖くて、心が重いまま、友達の噂話に付き合っていた。
自分の心持ちが強い時には、気の合わない友達と一緒に過ごして、憂鬱になるくらいなら一人で気ままにいた方がいいと思う日もある。
ただ、そんな気持ちになれる日は稀で、他人にどう思われるかが怖くて、心をどこかに放り出したままクラスメイトの口から流れてくる文字たちを目で追うことに慣れてしまっていた。
相槌を打つ私の言葉も、輪郭が曖昧まま流れていく。私はその言葉たちを見るたびに、自分に対して嫌悪感を抱いていた。
私が思っていることと、私の口から出ていく言葉たち。
嫌なはずなのに、一度出て行くことを許してしまったら、もう戻すことはできなかった。
「・・・って由里子が言ってたんだよね。ずっと高橋のこと話してて、もう、うんざりだったよ」
加奈が語尾を荒くしながら顔をしかめて話していたので、意識を話に戻した。
「あぁ、高橋くんっていい人そうだもんね。まぁ、話したことないんだけど」
「春子は全然男子と話さないもんねぇ」
「話さないんじゃなくて、話す機会がないだけなんだけどね」
これは本当のことだった。
「まぁ、男子としか話さないような子よりいいけどね、春子みたいな子の方が。変に男子に媚びないで、なんか悩みもなさそうだし。あ、由佳きたじゃん、ちょっと行ってくるわ」
そう言って加奈は後ろの席を離れて、ちょうど教室に入ってきた由佳の元へ話しかけに行った。所々に高橋というワードが聞こえるので、また同じ話をしているのだろう。
思わずため息が漏れそうになる。そんなところは誰にも見せられない。
加奈が言っていた通り、春子は特に真剣な悩みもなさそうな、無害なクラスメートを演じることにしていた。変に悩みを話したりして、あることないこと噂話しを広められたり、悲劇のヒロインぶってると思われるの避けていたかった。
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