第3話 意外に知られていないブラック部活

「……辞めるわけにはいかないってか。適当にやろっと」


 演劇部で、そんなぼやきが許されるわけがない。

 入部前は、アニメやマンガで見た、可愛い女の子たちがタンクトップ姿で踊っているというイメージしかなかった。そんなところで小道具かなんか手伝って、適当にサボればいいと思っていたのに……結果は、この通りだった。


「ま~さ~き~!」

 

 かすみセンパイが思いっきり胸ぐらをつかんでくる。


「ぐるじ……苦、しい、放して!」


 身体をふたつに折られた僕の目の前で、センパイの眼鏡が窓から差しこむ初夏の光に冷たく煌く。


「……放して?」


 僕はあえぎながら許しを乞う。


「……ください」


 確かに女子の先輩の中には可愛い女の子もいた。かすみセンパイもその一人である。だが、その性格は童顔に反比例して、芝居のオニだった。


「……反省は?」


 くいと手首を曲げられただけで、僕の喉元はカッターシャツの襟で締め付けられる。


「じでま、す……してます」


 かすみセンパイは、入部したときから他の部員とはテンションが違ったらしい。

 発声でも基礎訓練でも、習ったことはその日のうちに消化しようという意気込みがあったという。

 その勢いは今、僕ひとりに向けられている。


「……発声やらせりゃ身体の重心ふらふらフラフラ片足ずつ、基礎練やらせりゃトイレとか言って戻ってこない!」


 僕はというと、弁解の言葉は限られている。


「……それは、その、僕、いつもおなか痛くって」


 もっとも、その程度のいいわけで許してくれるセンパイではない。


「ハラ痛いヤツが稽古中にこそこそコソコソ物陰隠れてものを食うなあああ!」

「……でも、僕、大道具」


 一応、筋の通った反論だと思ったのだが、それは僕の頭の中だけの話だ。


「1寸角のタル木も斜交いに切れんクセに何を言うかあああ!」


 かすみセンパイが怒るのも、もっともなことだった。

 スタッフをやらせても大活躍だった。大道具でも照明でも、教えればすぐひととおりのことができたという。

 裏方仕事の早さには、上級生も驚いたそうだ。自分たちのやることをいつ見ていたのかと思うほどだったらしい。

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