変わり者の同居人
親の顔を知らないこともあってか、私はどうにも昔から風来坊気質で、若い頃はあまり一所に長居するようなことはなかった。
しかし普段の不摂生が祟ったのか、ある時から足が思うように動かなくなってしまった。そうして旅の半ばで途方に暮れていた私を助け、親切にも自宅に泊めてくれたのが今の同居人だ。
先ほど「親切」と表現したが、はっきり言って奴の親切は度が過ぎている。何をせずとも食事は三食きっちり出してくれるし、専用の寝床も用意してくれた。私が何泊しようが、どれだけ寝過ごそうが、夜遊びをしようが、小言ひとつ口にせず甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。初めは何か裏があるのかと勘ぐったが、どうやら本人が好きでそうしているらしい。なんともお人好しな奴だ。
ただ、困ったところがひとつある。異様にスキンシップが激しいのだ。夏は特に暑くて鬱陶しい。やたらにハグを求めてくるのは奴のお国柄かと思ったが、しかし私以外にしているところは見たことがないので、そうなるとあまり嫌がって見せるのも心苦しい。……まあ、寒い冬ぐらいは許してやろうか。
………………………………。
いや、今のは見栄というか虚勢というか……そうだな、この歳でそういう照れ隠しは逆に恥ずかしいものだな。
正直に言えば、私はあの同居人のことを割と気に入っている。奴の飯は私が用意したものよりもずっと美味いし、たまに朝帰りをした時の心配そうな顔も面白い。それから、たまに暗い顔をしている時に声をかけてやると、落ち込んでいたことをすっかり忘れて笑顔になる単純さも好きだ。
さて、怠惰で快適な暮らしにすっかり甘えてしまっていたが、さすがに長居が過ぎた。人生も晩年に差し掛かった今、そろそろおいとましなければなるまい。一宿一飯どころか随分と長い滞在になってしまったが、いよいよお別れだ。
すっかりやせ細った足にめいっぱいの力を入れて立ち上がる。立ち上がる……つもりなのだが……んん……どうにも膝に力が入らない。……そうか、もうここまで使い物にならなくなっていたのか。
……ん? いたのか。
しまったな、こっそり出ていくつもりだったのに。ま、この足ではどの道ここからは動けまい。……どうした? そんなに悲しそうな顔をするな。いつも私を見ると無邪気に笑っていたじゃないか。ほら、あの下手くそな発音でまた何か話そうじゃないか。ほら、にゃあんだよ、にゃあん。
……なるほど。もう君もわかっているんだな。まあ、君との暮らしはそう悪くはなかったよ。そうだな。次に生まれ変わったら、また少しの間お邪魔させてもらおうかな。その時は、またいつもの笑顔を見せておくれよ。
それじゃあ、また。
-おわり-
メビウスの山手線(ショートショート集) 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA
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