白桃狼のおかしな幻想短編集

白桃狼(ばいたおらん)

第5話 父と娘と世界征服-序章-

 深夜、人気のない広い公園の片隅。切れかけた外灯が、パチパチと音を立て、いたり、消えたりを繰り返している。


 そんな外灯がいとうに照らされながら、立ち尽くす少女。特筆とくひつすべきは、その姿。


 闇色やみいろのワンピースに漆黒しっこくのマント。そして、暗黒の大きなとんがり帽子に右手には短杖たんづえ。昔見た中世を舞台としたファンタジー映画に出てくる魔女そのもの。その全身黒ずくめの格好かっこうは外灯の光が無ければ、暗闇にまぎれてしまうだろう。


 聞いたこともない言語でブツブツと呪文じゅもんとなえながら、右手に持った短い木製の杖を頭上高くかかげ、ゆっくりと左右に振っている。


 そして全身が光りかがやくと、手に持った杖を前に勢いよく振り下ろした。その瞬間しゅんかん、耳をつんざく雷鳴らいめいとどろき、稲妻いなづまそびえ立つ巨木へと落ちた。


 あれは十二年程前の或る夜のこと。

 三歳になる愛娘まなむすめのこんな言葉から始まった――――――。



***



「パパ、あたし、魔法使いになりたい」


 テレビで放送していた魔法使いの出るファンタジー映画を見終わった娘が、ひとみをキラキラ輝かせながら、私に言った。目の中に入れても痛くない愛娘の夢を守るのは父親の役目。


「おっ、そうか。頑張るんだぞ。ミカならきっとなれる」

「うん、頑張る」

「パパも手伝うからな。あきらめなければ夢はかなうんだ」

「やったぁ、パパ、大好きぃ」


 その日から、娘と私の特訓魔法使いごっこが始まった。平日の夜や休日には出来る限り、共に遊、もとい、特訓をした。シーツを巻いてマントにし、玩具の魔法ステッキを振りまわす。他愛たあいのない特訓。愛娘との楽しい大切な時間だ。


 そんな娘のために、ちまたで流行っているらしい魔法少女アニメの主人公が着ている可愛らしいピンク色の衣装いしょうをお土産に買ってきたが、気に入らないらしく、ねてしまった。


 お店の店員さんいわく、子供に大人気ですとのことだったので購入こうにゅうを決めたのだが失敗したようだ。そこで娘に何が嫌だったのかを尋ねると、どうやらピンクよりも黒が良かったらしい。なので、取り急ぎ返品して黒を買い求めようとしたが、黒の用意はないと言われてしまった。


 妻に相談すると、では、娘の持っている服を黒くめましょうと言うので、休日に家族三人で染料を使って小さなワンピースを二枚ほど黒く染め上げた。この手作り感が良かったらしく娘は飛び跳ねて喜び、染め上がった黒のワンピースを着て、くるくると回転し、スカートをたなびかせていた。


 それから時が過ぎ、娘も中学生になった。魔法と言うものがこの世には存在しないことは小学校二年生頃に気付いたらしい。その頃から特訓する回数が減り、いまではなくなってしまった。父親としてはさびしい限りだが、娘の成長は喜ばしいものだ。


 しかし、中学生になった今でも魔法関連の事柄ことがらは好きらしく、時折ときおり魔法使いの出てくる小説や漫画を読んでいた。それに、あの子供の頃に見たファンタジー映画のDVDを購入し、今でも繰り返し見ているようだ。余程好きらしい。憧れのキャラクターでもいるのだろうか。


 中学三年にもなると、海外の魔法の歴史、文献ぶんけんなどを図書館などから借り、読みふけっていた。そのせいか最近では愛娘との会話がめっきり減ってしまい、寂しく思っていたが、突然、娘が虫取りに行きたいと頼って来た。娘に頼られた父は、頑張らなければならない。正直嬉しい。


 たしかにこの辺りは街中なので、虫取りをするにはてきしていない。中学生にもなった娘が虫取りとはおどろいたが、生物の授業か何かの課題ではと思い、特に深くは考えなかった。生物部にでも入ったのかを聞いたが、娘は、『うん、まぁ』とだけしか言わなかったので、それ以上追及しなかった。


 それから、数か月に一度、定期的に娘と共に自宅から車で三十分程の森まで昆虫採集こんちゅうさいしゅうに来るようになった。娘はセミやバッタ、昆虫以外にもヤモリやイモリ、てはへびまでも虫取り網で追い掛け回して捕獲ほかくしていた。いったいどんな生物の課題なのだろうか。私は虫や蛇などが苦手だったので、全く捕獲できず、娘に戦力外通告をだされ、役立たずだった。娘よ、すまん。


 そしてそんなる日、なんと我が可愛い愛娘は、私のために手料理まで作るようになり、鍋で何かをグツグツと煮た煮物や、真っ黒な蜥蜴とかげの丸焼きに似たものの料理を振る舞ってくれた。あくまで、蜥蜴のように見える何かの焼き物だ。イモリの黒焼きなどでは断じてない。


 それから、なぜか妻がいないとき限定のお食事会は定期的に開かれるようになった。愛娘の手料理。愛がふんだんに込もっているせいか、少しにがいが、私にとってはとても美味しい。見た目など些細ささいな問題だ。


 鍋に入っている具をはしまみ上げ、これは何かな? と聞いてみたが、『うん、まぁ、でも、美味しいから』とだけ言ったので、娘に理解のある父親としてそれ以上は聞かず、口の中に放り込んだ。酒のつまみには丁度ちょうどいい感じの苦みだ。娘の手料理を食べるようになって、すこぶる体の調子も良くなったように感じるので問題ない。やはり娘の愛は偉大いだいだ。


 それからも、娘は聞いたこともない言語を勉強していたり、工作の課題なのか、木の棒を杖のような形にけずったり、竹箒たけぼうきいじったりとDIYにも精を出していた。うーむ、勉強熱心な良い娘だ。もちろん学校での成績も悪くない。


 そして高校生になった夏。

 深夜、娘に内緒の話があるから公園へ行こうと誘われ、そして――――――。



***



 落雷で、燃え上がった巨木を背にマントをひるがえして、立ちつくす愛娘。パチパチと火の粉が舞い散り、辺りをオレンジ色に染め上げていた。


「あはははっ、やったぁ、パパ、見てみて!! 成功っ!! 凄いでしょ!! 驚いた? ずっと今日のサプライズのために内緒にしてたんだからぁ!! ほらっ、こんなこともできるよ!!」


 そういうと呆然としている私などお構いなしに、ハイテンションな娘は竹箒の柄を横にしてお尻にあて、座るような姿勢を取るとゆっくりと地面から離れ、浮かび上がった。そしてさも当然かの様に三メートルほどの空中でゆらゆらと浮いている。


 頭の中が真っ白になり、何を言えばいいのか分からず、とりあえず、高い所は危ないから降りなさいと言った。娘は、はーいと言って、ゆっくりと降りて、私の前に立った。


「パパがきっとなれるって言ってくれたから、諦めず頑張れたんだよ!!」


 と、娘は飛び切りの笑顔で言った。


「パパで、実験じっけん、もとい、試食ししょくして貰ったあたしの料理は、魔力を上げる効能こうのうがあるの。体にとっても良い食べ物なんだよ、体の調子良くなったでしょ?」


 たしかに体の調子は良くなった。娘の夢も叶って万々歳なのだが。本当にこれで良かったのか? 愛娘が破壊兵器のようになってしまった。ほら、こんなこともと言いながら、今度はDIYで作ったであろう杖から炎を放射ほうしゃし、辺りの林を笑顔で焼き尽くしている。


 それにしても魔力を上げると体にいいのか。知らなかった。てか私に魔力とかあったのか。教えてもらえば魔法も使えるようになるのか?


 いやいやいや、待て待て待て。そうじゃない。現実逃避げんじつとうひしている場合じゃない。魔法など存在するはずがない。テレビなどで、魔法使いや超能力者を自称する人物はいるが、誰が信じるだろう。


 絶対、たねがあるのだ。しかも、彼らがやることと言ったら、スプーンを曲げたり、幽霊が見えると言ったり、予知ができます程度のことだ。どうみても怪しさ満点の方々で、こんな自然に箒に乗って空を飛び回り、自作の木製杖で雷を落とし、火炎の魔法で、辺り一面を焼き払うなど、ド派手はでな事ができるわけがない。


 図書館や市販しはんで売っているマンガや小説、文献から読み解き、本当に魔法使いになるなんて、誰が想像できるだろう。いや、隠れているだけで、本当はそういう方々は結構いるのだろうか? もしそうならそんな危ない書物など焚書ふんしょすべきだろう。


 余りに炎が激しくなったので、娘に戻るように言い、その場から逃げ出す。携帯で、公園が燃えていると消防署に連絡し、安全な場所まで非難ひなんする。恐らく、山火事のような自然発火現象として処理されるだろう。いや、そうなって貰わないと困る。愛娘を放火犯にするわけにはいかない。人的被害じんてきひがいは無いし、多分大丈夫だろう。多分。


 ベンチに座り、頭を整理しながら娘に問いかける。


「あっ、えっと、ミカ、ちゃん?」

「ん? なに? パパ」


 浮いているほうき椅子いすのようにして座り、揺ら揺ら浮いている娘。その顔は自信に満ちあふれていた。


「ミ、ミカちゃん、魔法、使える、ようになったんだね」

「うん、うん、凄いでしょ? もっともっと強くなるからね!!」

「あぁ、うん。凄いね。よく頑張ったね。おめでとう」

「でしょでしょ? 頑張ったよ、あたし、えへへ」


 はにかむ愛娘は魔法ほど成長しなかった胸を精一杯張り答える。遠くの方で消防車とパトカーのサイレンが聞こえる。



***



「でもね、公園を燃やしたりしたらダメだよ。ちゃんと安全に、周りに迷惑にならないようにね」

「うん、わかった。これから気を付ける。まだ、あたしが魔法使いだってことは秘密だもんね」

「うん、そうしてね。で、ミカちゃんは、これからその魔法で、何がしたいのかな?」

「あははっ、パパも知ってるでしょ、世界征服よ!!」

 

 思いもよらぬ、言葉に思わず聞き返してしまう。


「え?」

「世界征服だってば、世界中を焼き払うの」

「ん? パパ、そんなの知らないよ?」

「えーっ、だって、一緒に見たじゃない、映画」


 子供の頃に一緒に見た魔法使いの出てくるファンタジー映画を思い出し、気付く。


 そう、その映画に出てくる黒い衣装いしょうの魔法使いは、悪役あくやくで、世界征服を目論もくろみ、破壊の限りをくすキャラクターだった。そしてその目論みは主人公たちの活躍でついえるのだ。ひたいに冷や汗が流れ落ちる。


「だからぁ、その野望を、あたしが引き継ぐの。世界征服頑張る!!」


 両手を腰に当て、世界征服を宣言する娘。

 魔法使いになるという有り得ない夢すら叶えてしまった。

 世界征服も実現してしまうかもしれない。


 もうこの愛する娘を、どうみちびけばよいのか。

 お手上げだ。


「あっ、えっと。ミカちゃん?」

「ん? なに?」

「とりあえず、帰って、家族会議。ママのお話も聞こうか」


 突然のことで、凡人の私には、この程度の事しか言うことが出来なかった。そういえば、いつも妻には甘やかし過ぎだと怒られていた。


 でも、仕方がない。


 世界で一番大切な愛娘の願いを叶えたいと思うのが父親だろう。

 


 次は世界征服ごっこから始めることになるのかな?




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