十一章 雲の中で 第四話
――本当に来たか
やはり、という思いと、まさか、という思いが同時に去来した。
卓に置かれた手はごつごつと節くれだち、ところどころに傷がある。その手をたどれば、太い腕に分厚い胸板。背丈はやや短いが、代わりに隆々とした筋肉をまとっている。黒々とした巻き毛に硬そうなひげ。そのひげをしごきながら、男は思った。
小さな町の領主の家に生まれた自分が、第二師団の将軍を拝命し、既に九年が経とうとしている。八国にその武名を轟かせる国王の膝元、これまで風竜国王都が襲撃された事など無かった。長きに渡り、新たな竜に恵まれなかったこの国だが、慎重にして勇猛な国王軍は竜の加護なくとも魔族の侵入を許さず、密かに簒奪を企んでいたであろう諸侯にもその隙を見せる事はなかった。
――まさか竜が生まれた途端に叛旗を翻す輩がいようとは
男の名はサザーテ。かつて寡兵を以て、魔族の大軍を打ち払い、その功を認められて、国王軍第二師団長に任命された将である。数週間ばかり前、王はこの男に王都防衛を命じ、自らは前線へと発った。
王が残していったのは、歩兵中心の軍一万、鷲騎士百、魔導兵百と少ない。しかし、都市攻めは通常、攻め方に不利である。王都を囲む城郭は高く、季節は真夏。攻め方は日光と雨に交互にさらされ、体力も奪われる。
物見が報告してきた敵軍は約三万。サザーテには十分、防衛できる数字であった。物資も十分に蓄えてあり、王率いる主軍が帰還するまで、持ち堪えられる目算は立っている。
サザーテは卓上の地図を見た。若い竜の主が、早朝、飛行訓練の際に、発見したという敵軍は、緑と茶の旗を立てていたという。緑の旗はスレイベン州候、ゲシュリエクトのもの、そして、茶色の旗は北の大諸侯、ディメリア州候カークラス家のものだろう。この二家は確か、遠戚関係だったはずだ。
おそらく数時間のうちに南西と北に陣を布き、戦闘準備をした後、要求を突きつけてくるだろう。こちらがそれをはねれば開戦と相成る。
王の見立てによれば、敵の狙いは、竜とその主の奪取。サザーテは二人を守るよう王から厳命を受けていた。
――既に手筈は整えてある
震える手で、地図を巻き閉じ、サザーテは敵の到着を待った。
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