十一章 雲の中で 第一話

 王都を出て十五日、国王軍はスレイベン中央部イノダに到着した。通常よりも騎兵と荷馬を多く編成し、速度を重視して行軍してきたが、夏の太陽と度々降る突発的な雨に邪魔をされた。兵や騎獣の疲労を計算しながら来たものの、それでも到着した時には、軍は疲労困憊だった。


 兵も、鷲も、馬も、この強行軍で疲れており、特に夏場に弱い馬の疲労は濃い。戦場に出す前に一旦休ませる必要があった。


 イノダの城に到着した王を出迎えたのは、スレイベン候ゲラルフ・ゲシュリエクトではなく、その妹、ギサ・ゲシュリエクトであった。


「親愛なる国王陛下。ご親征、感謝いたします」


ギサはそう言って礼を取った。


「領主の姿が見えぬようだが?」

「兄は兵五千を率いて、州南東の戦場へ出ております」


――なるほど?


「ほう? あの男がか?」

「さすがに此度の敵は数が多うございますゆえ」


ギサは顔色一つ変えずに返した。


「敵は五万と聞いた。戦況は?」


「敵は州南端より侵入し、二万、二万、一万と別れ、東、中央、西へと向かう三つの進路に別れて進軍してきております。兄は五千を用いて東を食い止めておりますが、西と中央に置いた計六千の兵では馬人どもを止められず、既に六つの都市を落とされ、敵が州内に深く入ってきている状況です」


――六つか


早い。さらに、分散して進軍している事も予想外だった。


「いつもの馬人族のやりかたとは違うな」

「はい。数も通常の数倍。我が方も初動で後れを取りました」


ギサは正に痛恨の極み、と言った表情を見せた。そして、馬人族の動向、自軍の状況、それらの事を一通り話すと、一礼して部屋を出て行った。


 王は椅子に腰掛け、机に肘を立てて両手の指を組んだ。暫し考えた後、結論を出した。




――やはり、陽動だろう


ここまで疑い、疑い来たが、直感は確信に変わりつつあった。


 敵はせっかくの五万の軍を三つに分け、進めるところまで進もうとしている。ギサの言った、六都市の陥落は嘘ではないだろう。これは偵察すれば、すぐに分かる事。程度がどうあれ、陥落は事実と見て間違いない。


 しかし、この早さで六都市を落とされたという事は、西と中央のスレイベン軍はまともに戦っていない。馬人族侵入より、約二十日。敵は僅か三、四日で一都市を落としている計算になる。防衛戦は野戦とは違う。馬人族の弓と機動力は確かに脅威である。しかし、こと防衛戦においては、その射程と機動力は大きな脅威ではない。いかに馬人族といえ、この早さで六都市を落とすとなれば、州軍は通常の防衛戦をしていないということに他ならない。


おそらくゲラルフはスレイベンに軍を少数残し、馬人族をわざと州内に誘き寄せるように、交戦しては一つ引き、交戦しては一つ引き、を繰り返させている。


 ならば、敵の分散も罠の一つ。スレイベンに残している兵の数をこちらに悟らせず、さらにこちらの軍を複数に割らせ、鎮圧戦を長期化させるのが狙いだろう。とすれば、当然、東の戦場にもゲラルフの姿はない。東を食い止めている、と言ったのは、国軍を西と中央に誘導していると読んだ方がいい。ゲラルフがどういう進路を取ったかは分からないが、おそらく既にスレイベン軍主力と共に王都の近くにいるはず。


――ここは、敵に合わせて軍を割ってはならない


 自分の読みが確かならば、相手の狙いは、こちらに軍を割らせ、複数の戦場での防衛戦に誘導する事。本来、この時期の戦は攻める方に大きく不利がつく。敵はあえて、自らに不利な状況を作って、こちらの戦略を誘導する餌の一つにしている。馬人族への対応を長引かせ、自分を南に足止めし、その間に王都を落とす。


 問題はどこから手を付けるかだった。敵は、東をゲラルフが守っていると見せかけ、こちらを西と中央に誘導しようとしている。本来なら、裏をかき、東から潰すべきだが……


 しかし、既に西と中央は被害が甚大になっている。逆に東の被害は軽微だ。ゲラルフがスレイベンにいると思わせておきたいのなら、鎮圧戦の間、東側はやりあっているふりを続けるだろう。よって、東の被害は放っておいても、ある程度抑えられる――


 王は決断した。他州と火竜国から借り受ける援軍を含め、全軍をもってあえて、西、中央と叩く。敵二軍を撃破すれば、東側も動き出すだろう。最後に東を叩いて、鎮圧を完了する。馬人族の鎮圧、王都の防衛、さらにスレイベン州民への被害を天秤にかけた上での判断だった。


 王は配下の指揮官達を集め、軍に一日の休息を指示し、ギサに気取けどられぬよう、具体的な作戦は次の移動の際に指示する事を伝えた。

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