十章 焦燥 第四話

 アイトラは竜卵宮の庭園にいた。ごろりと芝生に寝そべり、正行達を見つけると顔を上げた。


「帰ったぞ」

「アイトラ! 久しぶり」

そう言って、ステラはアイトラの首に手を回す。


「また少し大きくなった?」

ステラは正行を見て言う。


「うん、まだ少しずつ大きくなるんだってさ」

アイトラはステラに顔をこすりつけ、親愛の情を示す。


「雷の練習は飽きちゃったのか?」

アイトラは無言で立ち上がった。


(見て)


そう言って、アイトラは口を開ける。何かと思って見ていると、ぱしっ、という音と共に細い火花が走った。

雷――とは到底言えない。しかし、それは電気だった。


「すごい!」

「やったじゃないか!」

しかし、アイトラは不満げに、ふん、と鼻息を鳴らす。


(これじゃ虫くらいしか殺せない――)


アイトラは拗ねたように言う。あまり喜んでいない様子のアイトラを見て、ステラは怪訝な顔をする。


「アイトラ、なんだって?」

「これじゃ虫しか殺せないって」

「そっか――」


ステラはアイトラの目を見つめる。


「でも、すごいことだわ。普通は生まれて半年は経たないと、こんなことできないんだから」


アイトラはステラを見て、ゆっくりと瞬きする。


「すぐにもっと出来るようになるわ。それまではお父様たちが守ってくださる」


ステラは優しく、アイトラの頭を撫でる。それはついさっき、アリノが言ってくれた事だった。


しかし、アイトラは、鼻を鳴らしながら、だらりと寝そべった。正行は心配そうな目でアイトラを見るステラに一つ首を振り、小さくため息をついた。






 その頃、風竜国国王シフナスは、約二万の軍勢を率いて、一路、南へと進軍していた。


 既に日差しは夏のものへと変わり、地面に生える短い草は生を主張するように青々としている。スレイベン北部、王都からスレイベンの州都イノダに通じる道を縦長に伸びた行軍の集団。愛鷲ブラスゴに乗り、兵達を上から見下ろしながら、王は怪訝に思っていた。


 ここに至るまで、度々、鷲に乗った偵察兵を東西に出しながら、南下してきたものの、北上するスレイベン軍の気配が見えない。王の読み通りであったなら、この時点で、スレイベンの反乱軍は王都に向かっていなくてはならないだろう。


――勘が外れただろうか?


王は思った。馬人族がスレイベンに侵入したと聞いた時、すぐさま罠だと感じた。その時期、その数。過去の経験と比較すれば、どの情報もうっすらと胡散臭さを放ち、何かを誘っているように思えた。


 馬人族の侵入が、陽動であるなら、真の敵は既に王都への途上にいるはずである。当然、敵軍が国王軍の進路とぶつかる経路で進んでくるわけはなく、国王軍を迂回する形で王都に向かう。そのため、王は南に進軍しながらも、時折、東西に鷲を飛ばし、王都へ向かう敵軍の姿が見られないかと注意してきたのだが――ここまで見事に敵軍の気配は見えなかった。


 しかし、それでも王は馬人族が陽動であるという疑いを捨てていなかった。これまで大抵において、自らの直感が外れた事はない。直感は時には何の根拠も見えないのに、その答えを告げてくる。しかし、根拠がないからと、これを疑い、見えている情報のみで行動した時は、必ずしっぺ返しをくらってきた。


 明確な根拠がなくとも、必ず直感には従わなくてはならない。それは王が戦場で、無数の死から学んできた事の一つだった。


 まもなくスレイベンに到着する。直感の示した通り、これが王都奇襲を狙った計略だとすれば、一刻も早く馬人族を鎮圧し、王都に帰還しなくてはならない。もし、罠でなかったのなら、それでいい。結局、やる事は変わらない。そう改めて確認し、王都に残した二人の愛娘に想いを馳せた。






 

 夜、夕食を食べ終え、正行はベッドに寝そべり、天井を見ていた。


ばしっ――ばしっ――


部屋の中で音がする。アイトラがなんとか電気を大きくしようと、頑張っているのだ。多少、大きくなってはきたものの、これでは人一人を昏倒させるのでやっと。せいぜいスタンガン程度の威力しかない。スタンガンの電圧が何ボルトなのかも正行は知らないが――


 アリノは王の読みは当たると言っていた。そして、王はもう数日中にスレイベンに着くだろう。となれば、明日にも王都に敵が攻め寄せてきてもおかしくはない。


 今や、正行だけでなく、王宮中、いや、おそらく王都中がぴりぴりと緊張している。飛行訓練の際に見下ろす街には鎧を着た兵士の姿が増え、兵たちに気を抜く様子はない。


 サザーテという第二師団の将軍は、防衛戦の名手とされ、過去に、西部の城塞都市を囲んだ二万の馬人族から、兵わずか四千で防衛した事があるという。王の読みでは、今回は三万の敵が来る。こちらは一個師団一万に加え、鷲騎士百、魔導兵百。城郭戦ならば、防衛側は兵力の三倍を見込めるとアリノからは以前教わった。


 過去の例から言えば、十分に対抗できる。問題は、長引いた場合の食糧だが、今は春の収穫期が終わった後で余剰の食糧も十分ある。王が戻るまで、王都を守る事は可能なはず――



 (ねえ)


声を掛けられ、正行は竜を見た。


(どうした?)

(どうすれば、雷を吐けると思う?)


正行に分かるはずもない。魔素が足りないのか、それともアイトラの成長がまだ足りないのか――


 しかし、諦めず、努力を続けているアイトラに、ただ分からないとは言いたくなかった。アリノの話では、雲はその内部で氷同士がぶつかる事で電気を発生させるという。実物でも見れば、何か参考にならないだろうか。しかし、雷がいつ起きるかなど、正行には分からない。


(ああ! 実物!)


アイトラが言った。


(実物を見よう)

(雷がどこに落ちるかなんて分からないぞ)

(今、王都のそばに大きな雲が来てる)


正行は驚いた。


(お前、そんなこともわかるのか?)

(うん。これを湖のあたりまで呼ぶ)

(はぁ?)

(できるんだ。ちょっと時間かかるけど)


――竜にはそんなこともできるのか


もし、雲を自在に操れるなら、水に困る事はない。それこそ飢饉におびえる事もなくなるかもしれない。


(別に雲を作れるわけじゃないよ。近くにあったら呼べるってだけ)

(それでも十分凄いだろう)


と思ったが、何と比べて凄いのかは自分でもよく分からなかった。


(でも、アリノさんによれば、雲は一定以上の高さまで成長しないと、雷は起きないって言ってたぞ)

(高さかぁ……)


アイトラは考え込み始めた。


(う~ん……)

(まあ、呼んでみろよ。もしかしたら、雷を落としてくれるかもしれないし)

(うん……)


言って、アイトラは窓の外を見た。





(――お読みいただき、ありがとうございます。本作はカクヨムコン7に出展中の作品です。ご期待いただける方はぜひ★評価をお願いします――)

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