十章 焦燥 第二話

 ――陛下はもうすぐスレイベンに到着する


王の強行軍が順調だったならば、もうスレイベンに到着する頃だった。そして、馬人族が本当に陽動ならば、この時点で、敵は王を王都から十分に引き離す事に成功している。


 この二週間で、正行はアイトラに乗って、かなり自在に飛ぶことができるようになっていた。竜は鷲とは違う。特別、乗りこなそうとしなくても、竜は主の意図を汲んで飛んでくれる。竜が乗り手を落とす事などない。ただ、乗り手が飛行の恐怖を克服できるかどうかの事である、と、この二週間で正行は理解した。敵が目前に迫っているかもしれないという焦燥感に追われ、怖かろうがなんだろうが、構わず飛び続けた結果、正行達は信じられない上達ぶりを見せ、レアードを唸らせた。


 しかし、アイトラが雷を吐く事は、やはりまだできなかった。雷を吐こうと頑張ってはしゃっくりを出しているアイトラを見て、正行の中には、さすがに無理か、と諦めが生まれていた。


(やる)


正行の諦念に気づいたのか、アイトラが強情に言う。


(でも、さすがに無理だろう?)

アイトラは答えない。


(そりゃ、お前が雷を吐けたら、心強いけど……)


アイトラは、まだ生まれて三か月にも満たない。やはり難しい事だったのだ。正行の言葉にアイトラは苛々しく尻尾を振った。


 正行は小さくため息をつく。ここ二、三日ずっとこんな調子だった。


――雷か


 正行の育った故郷は周囲を山に囲まれた盆地だった。夏は日光が照り返し、冬は寒波がなかなか出て行かない。この山々の中に地元民が「夕立山」と呼ぶ山があった。特別、変な形をしているわけではないが、夏になると、なぜかよく夕立を降らせる。激しい雨と共に、雷を落とす事がよくあった。雷は田畑を豊かにする。それは天の恵みであり、かつての故国、日本では稲の妻と書いて稲妻と呼ぶ。


――そもそも雷の原理ってなんだっけ?


理科で習ったような気もするが、思い出せない。

アリノなら分かるだろうか。ひょっとしたら、手掛かりになるかも――


(聞いてきてよ)

アイトラが言った。


(いいけど、本当に手掛かりになるかはわからないぞ)

アイトラはぷいっとそっぽを向いた。


 この仕草には少し腹が立ったが、アイトラが苛立っているのは自分自身に対してだと、主である正行には分かっていた。仕方なく正行はアリノのところに向かうことにした。


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