十章 焦燥 第一話
王は軍をまとめ、明日一番に王都を出立するという。
ステラの事が気になったが、王の出陣前に話す事があるだろうと思い、正行はアイトラと二人で竜卵宮に戻って来た。
ゲラルフ・ゲシュリエクト――会った時から、嫌な感じのする男だった。ジェインを突き飛ばし、ステラに強引に迫った。あの瞬間を思い出すと、今も怒りが湧いてくる。
(僕もあいつ嫌いだよ)
アイトラが言う。正行にもアイトラの嫌悪が伝わってくる。
(本当にあいつが仕組んでいると思うか?)
正行は竜に問うてみた。アイトラは少し考える様子を見せ、言った。
(分からない。罠を準備できるような人間には見えなかった)
正行もなんとなくそう感じていた。下劣、短気、横暴、傲慢――あの男に正行が感じたのは、そんな印象だった。慎重さや冷静さ、あるいは忍耐など――そういった類のものを持つ人間には感じられなかった。それとも、あの日は酔っぱらっていたから、そう見えただけだろうか?
(もしかしたら、あいつは使われているだけかも……)
(黒幕? お前に分かるか?)
アイトラは首を振る。
(分からない。嫌な感じがする貴族は何人もいたけど)
竜は感覚で物事を受け止めている――と正行は思う。理詰めで考えるのではなく、竜独特の勘に従っている感じがする。
(ゲラルフの妹……あれも嫌な感じがした)
(妹? ギサか?)
栗色の髪に冷たい、青い目をした女。あの目は印象的だったが、女が黒幕だと言うのは、正行には突飛な予想に思えた。
まだ罠なのか、そうでないのかは分からない。罠だとしても、今の自分たちに出来ることは限られている。今の自分たちは、情けなくも守られなくてはならない存在でしかない。
(明日から毎日飛ぶぞ)
(うん)
翌日、王は二万の軍勢を連れ、朝早くに出発した。罠であろうとなかろうと、五万の馬人族は急がねば、スレイベン全域を荒らしつくしてしまう。スレイベン州までは通常、約ひと月近くの行軍が必要となるが、王は今回、騎兵と荷馬の数を増やし、二週間強でスレイベンへの強行を行うと聞いた。他州と火竜国から来る援軍と共に、スレイベンに侵入した馬人族を早期撃退し、即時帰還、極力早く王都に舞い戻る。それが王の計画だった。
正行とアイトラは心を決めた。本来、国を守らねばならぬ自分たちは、まだ準備が出来ていない――が、王の読みが正しければ、ゲラルフの狙いは、自分たちである。
敵が来るのであれば、それまでに少しでも戦えるようにならねばならない。そう決めて、王が出発してからというもの、毎日、飛行訓練に時間を注いだ。そして、同時に、アイトラは自らの新しい可能性に挑戦しようとしていた。
雷球である。
風竜は雷を、火竜は火を、水竜は冷気を吐くと聞く。これは竜の最も強力な武器であり、遠距離から多数の敵を打ち倒す。アリノによれば、竜がその吐息に魔力を乗せるのは、早くても生まれて半年後だと聞いていた。しかし、正行とアイトラはそれを早められないかと考えた。
雷球は魔法である。体内に貯めた魔素を雷へと変換する。魔法であるならば、今のアイトラでもできないわけがない。なぜなら、アイトラは卵の時点で、正行をこちらに呼び寄せた。今や飛行し、言葉も通じる。既に魔法の片鱗を見せているのだ。今、魔法を使えるのならば、雷を吐くことだって不可能ではない。
二人はそう話し、飛行訓練の後、毎日、何かを吐こうとアイトラは試みていたのだが――二週間が経とうというのに、アイトラが雷を吐く予兆はなかった。
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