三章 王、帰還す 第四話

 その日、ステラは夕食をさぎの間で取るように言われていた。鷺の間は王宮内奥にある王の私室の一つである。王宮の部屋は主に五つの用途に分けられる。政治用、儀礼用、王族の私室、家臣や召使の部屋、その他に少し離れて竜卵を保管する竜卵宮がある。外観や構造の違いこそあれ、八竜国の王宮はどの国でも大差はない。さぎの間は王が家族や近親者と食事を共にする部屋として使われていた。


 軽く湯あみし、着替えてさぎの間に向かう。父と二人かと思っていたら、先客がいた。


「エスリオス様!」


 父と並んで座っていたのは隣国の竜騎士だった。エスリオスは元々、火竜国王の甥であり、彼が火竜の騎士となる前、幼い頃から付き合いがあった。五歳ほど離れたこの人柄の良い青年はステラの姉、メリダと想い合う前から、既にステラにとっては兄のようであり、父同様に魔族の手から民を守る姿をステラは尊敬していた。


「ステラ様。ご無沙汰しております。私も陛下の護衛として付き従ってまいりました」


エスリオスは立ち上がり、辞儀をして挨拶を述べた。


「此度の戦でもご活躍なされたと聞いています。我が国をお救い下さり、感謝しております」

「光栄です。ステラ様もお変わりありませんか?」

「はい、恙なく」


ステラは笑顔を向けた。


「他国の竜公とはいえ、知らぬ仲でもない。挨拶はほどほどにして座りなさい」

王に言われ、ステラが席につくのを見て、エスリオスも再び椅子に腰を下ろした。

「今日はアリノも呼んでおる。士官学校での仕事を済ませてから来ると言っていたので、まもなくつくだろう」


――メイスターも来る

という事は新しい竜騎士についての話をするのだろうとステラは察した。


「新しい竜騎士についてお話をなさるのでしょうか?」

「――うむ」


頷いた王を見て、火竜公は言った。


「風竜国の雛が孵った事は伺っておりますが……、そのような場に私がいても良いのでしょうか?」

「構わぬ。貴公にも、貴公の主にも信を置いている。貴公には竜騎士の先達として意見を聞かせてほしい」


は、とエスリオスは王の言を賜った。


「失礼いたします。アリノ様がご到着になられました」

扉の外から侍従の声がした。


「通せ」


扉が開き、アリノが入ってきて一礼した。


「遅くなりました」

「構わん。多忙なところ呼び立ててすまなかった」

「いえ、ご帰還なされれば、お呼びされるだろうと思っておりました。ご無事のご帰還お祝い申し上げます」


王が頷くと、アリノはエスリオスにも礼をした。


「火竜公殿、此度のご加勢ありがとうございます」

「いえ、同盟国として当然の事。礼は不要にございます」

エスリオスは礼を返した。


「アリノも座れ。話は食事と共にしよう。わしにとっては久しぶりに我が城での食事だ」

王はグラスを取って続けた。


「我が国と、その畏友たる火竜国に末永い繁栄のあらんことを」


 王がグラスの酒を飲み干し、ステラ達も続いてグラスに口をつけた。メイドたちが食事を運んでくる。たちまち美味しそうな匂いが部屋に充満し、皆、食事を始めた。


「ステラよ、竜はどうだ?」

王はワインを飲みながら、ステラに向かって聞いた。


「元気です。白に近い薄い水色の鱗で、人懐こいように感じます」

王は頷く。


「白縹の鱗か。綺麗だろう?」

「はい。話に聞いていたよりずっと綺麗で、早く空を飛ぶところを見たいと思っています」

「竜の成長は早い。ひと月もすれば、飛ぶようになる。――主の少年はどうだ?」

「彼も元気です。まだこちらの事は分からない事が多く、物思いに耽っている事もありますが、食事も睡眠も十分とっているようです。それに剣も上手ですわ」

「剣?」

王が意外そうに言った。


「今日、木剣で軽く打ち合ってみました。男だから力は当然ですが、技術も私よりかなり上だと感じました。向こうで習っていたそうです」

「……剣道、ですかな? 確かに向こうにも剣術はある」


アリノが言った。


「ステラ様が言うのなら、なかなかの腕前でしょう」

エスリオスが笑いながら言う。


「エスリオスよ、そういう冗談を言うから、この子が真に受けて、外交の勉強などより熱心に剣を振るのだ」

王が困ったように言う。


「あら、お姉さまが王国を継いだら、戦場に出るのは私の仕事ですわ。剣を修める事こそ私の王女としての務めと心得ております」

ステラはすんと済まして返した。


「……まあ良い。竜に選ばれた者の務めについては、既に話したのだろう。本人の意思はどうだ?」

父王に問いにステラは何と返すべきか一瞬迷い、首を振った。


「……分かりません。本人は考えると」

王は一つ息をつき、グラスを空にした。それを見て、控えていた侍従が王のグラスに酒を注ぐ。


「アリノも同じ国の生まれだったな」

「はい。私には剣の嗜みはありませんでしたが」

「どんな国だ?」

「日本は――」


アリノは空を見つめ、思い返すように語った。


「平和な国です。私が生まれる前には大きな戦争があり、大勢が亡くなりましたが、それ以後、戦火に焼かれる事はなく、発展してきました。向こうでも有数の国として知られています」

「良い国か?」


アリノは王の問いに少し考えてから言った。


「……問題がないわけではないですが、飢えや病で命を落とすものはこちらでは考えられないくらい少ない国です」

「確か王はいないのだったな」

「天皇という国を象徴する存在がおりますが、直接に統治をしているわけではありません。過去には天皇が統治権を持っていたことも、有力諸侯が統治していた事もありますが、今は国民が代表者を選ぶ政治制度を取っています」

「議会というものだったか。こちらにはない仕組みだな」

「はい、陛下におかれましてはご不興かもしれませんが、向こうは民が統治者を選ぶ仕組みを取っています」

「ふ、こちらとて、王の求心力が弱まれば、諸侯か民が乱を起こす。乱を起こさずして統治者を挿げ替える仕組みも合理的といえるかもしれん」


王は自虐的に笑った。


「議会制度にも問題はありますが、なにしろ学問や経済が進んでおりますので、民が飢えや病で死ぬのは稀なことです」


興味深そうに聞いていたエスリオスが口を開いた。


「向こうには竜も魔族もいないとか?」

「はい。伝説上の存在としてなら、向こうにも伝わっていますが、実在はしていません。向こうには魔族がいないため、戦争は人間と人間が行うのみです」

「その戦争も今ではかなり少なくなったと聞く。――異界の子に竜騎士は務まると思うか?」


王が問うた。


 アリノはしばし考えてから答えた。


「……分かりません。常識が大きく違いますゆえ。伝承にあるように竜が資格ある者として選んだのならば、務まるのかもしれません。しかしながら、まずはこちらの事を学ぶのが先決でしょう」


うむ、と王は頷いた。


「ステラ、明日、例の少年と会う。官は宰相のみとするが、アリノとお前も同席せよ。異界の生まれである事を考慮し、多少、不作法でも咎めぬ。その旨を伝え、準備させておけ」


――値踏みは明日


「承知いたしました」


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