六章 母の顔 第二話

 夕食の後、正行はひとり机に母の遺品を並べた。服、鞄、指輪、それに遺骨――


 アリノが葬儀を準備してくれた事で、正行はようやく一つ肩の荷が下りるような気がしていた。母を喪ってから、続けざまに驚くような変化が起こり、母を悼む余裕もなければ、自分で葬儀を準備する事もできなかった。


 もし、あの夜、竜に呼ばれていなければ、向こうで母を喪った悲しさにまだ浸っていただろう。葬式はあの、母の上司か誰かが手伝ってくれたかもしれないが、その後はどうなっただろうか。高校をやめて、自分で働くようになるか、もしくは国とか市の保護を受けることになったかもしれない。


 昔は早く働きたいと思っていた。母はよく大学に行けと言っていたが、大学を卒業する年まで母に苦労をかけたくなかった。母は、正行の前では、決して、愚痴も弱音も吐かなかったが、母一人で大学の学費を工面する事が大変な事は子供でも分かる。でも、母がいないのなら、働く意味も、大学に進む意味も、もはやない。ステラには、向こうに帰る気はないと言ったが、あれも本心だった。向こうに帰る事ができたとしても、そこに待つ人はおらず、したい事もない。自分は既に独りぼっちだ。


「――クエ」


見ると、アイトラが正行を見上げている。

「ああ、お前がいたな」


正行がそう言うと、アイトラは正行の膝によじ登って、正行の胸に頭を預けた。

「お前は俺が考えてることが分かるのか?」

冗談半分で口に出すと、竜は正行の目を見つめ、クエ、と鳴いた。


――確かに、一人じゃないか


母を失ったが、新しい家族ができた。それが犬でも猫でもなく、竜だというのが笑えるが、こいつがこっちに呼んでくれて良かった、と思う。ステラやジェイン、アリノとも出会う事ができた。その代わりに課せられた義務は重すぎるほどに重いが、一人で寂しさを抱えて生きていくよりもずっと良かった、と今となっては思う。少なくとも、竜に乗って戦場に出ようとしていた少女を戦場に出さずに済んだ。


「今日はもう寝るか」

まん丸な目で正行を見つめる竜に一言言って、正行は竜と共に床についた。




 翌日、アリノが連れて来た僧侶は白い僧服を身にまとった、まだ三十代ほどの男だった。正行はステラ、アリノ、ジェイン、それに竜と共に竜卵宮のまだ入ったことのない部屋に連れられた。そこは聖堂だった。正行が昔入ったことのある修道院の礼拝堂に似ていた。あちら風のステンドグラスと祭壇があり、厳かな雰囲気はあの修道院に似ていた。しかし、祭壇の上には十字架の代わりに、一メートルほどもある大きな金の輪が祀られている。


 アリノによれば、この世界は太陽を信仰しており、竜も太陽神が遣わしたとされているらしい。燭台に火を灯し、僧侶がお経のような文句を二十分ほど唱え、祈りを捧げる。正行には竜の力か、お経の内容がなんとなく理解できた。それは太陽への感謝と一人の魂が天に昇るから、またこちらに戻して幸せな来世を送らせてやってくれ、というような内容だった。


 輪廻転生が日本の宗教にもあったかどうかは覚えていないが、太陽を神としているという点では、日本の神道に似ていなくもない。日本の葬式は弔辞を読んだり、参列者が線香を供えたりというくだりがあるが、こちらでは僧侶が祈りを捧げて、それで終わりだと言う。    


僧侶の祈りが終わると、正行はアリノに礼を言った。

「手配をしてもらって、ありがとうございました」

アリノはなんの、と笑った。


「これくらい何でもありません。できれば、向こうのやり方で葬儀を上げたかったでしょうが、ご容赦下さい」

「いえ、母は拘らないと思います。ジェインさんもわざわざ付き合ってくれてありがとうございました」

そばに控えていたジェインにも礼を言った。


「私にはご冥福を祈る事しかできませんが」

そう言って、ジェインは礼を返してくれた。


ステラは、と見ると、ステラはまだ祭壇の前で祈りを捧げてくれていた。正行はステラのそばまで歩くと、ステラにも礼を言った。


「ステラもありがとう。そろそろ戻ろうか」

ステラは目を開けて、そうね、と呟き、立ち上がった。



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