五章 火竜の騎士 第五話

 正行はステラに連れられ、鶺鴒せきれいの間へと歩く。火竜公はこれまでも度々、風竜国王都に来ており、大抵、王宮内殿にある鶺鴒せきれいの間という客間で滞在するらしい。この部屋は複数ある客間の一つであるが、広い庭が付随しており、他国の竜騎士が訪ねてきた場合、竜と共に過ごせるようにこの部屋を使ってもらうのだそうだ。


「エスリオス様は昨日、久しぶりにお姉さまと再会して、大変お喜びだったわ」

何かを牽制するようにステラは言った。

「普通、他国の王女様と遠距離恋愛してたら、なかなか会えないもんね」

正行はそれに気づかないふりをして、無難な返答を返した。


「まあ……そうね。向こうはそうやって言うのね」

「うん、なかなか会えないから難しいって聞くね」

「……こちらではあまりないわね。平民の場合は、近くの人と結婚するのが普通だし、貴族はお見合いか舞踏会で出会って、家格に問題がなければ、すぐに結婚するから、遠くで想い合うっていう状況がないわ」


ああ、と正行は思う。こちらは電話がない。

向こうは電話やメールがあって、スマホで顔を見ながら通話もできる。遠距離恋愛なんて言葉が生まれたのがいつごろかは知らないが、おそらく現代に入ってからだろう。まして、二人はお互いの立場もあり、住んでいる国も違う。


「お二人はお見合いだったの?」

「お見合いと言うか……元許嫁ってとこかしら?」

「元?」

「火竜国とはお隣で、隣国にしては珍しく国王同士も仲がいいの。エスリオス様は火竜国王の甥で、小さな頃から会う事も多くて…… 五年前に一度、婚約を結ぼうとしたんだけど、ちょうどエスリオス様が竜に選ばれたから、一旦話を白紙に戻そうって」

「他国の竜騎士と王女様だと、いろいろ難しいから?」

正行は自分の隣をとことことついてくる自らの竜をちらと見た。

「……多分そう。でも、二人はあの頃からお互いに好きだったのね。一旦は話が流れたけど、やはり結婚するかもしれないわ」


ステラは軽くため息をついた。


「ステラは嬉しくないの?」

「う~ん……」

ステラは中空を見やる。


「嬉しいわ。二人を見ていると、幸せそうだし、本当にお似合いだもの。でも、そうなると、お姉さまは火竜国に嫁ぐ事になるから、私が国王を継がなきゃいけなくなるわねえ……」 


――ステラが国王?

「あはははは――」


ステラが王冠をかぶって、謁見の間で話している姿が頭に浮かび、つい笑ってしまった。


「なによ? そんなに笑う事?」

ステラが不機嫌そうに言う。

「だって、今の陛下はあんなに威厳があるのに、急にステラに代わったら違和感あるよ!」

「仕方ないじゃない……。お父様みたいにひげでも生やせっていうの?」


その瞬間、ひげを生やして偉そうにしているステラが目に浮かび、またも吹き出してしまった。

「ひげ! あははは」

さも愉快そうに笑っている正行を見て、ステラはふくれて言った。


「なによ……言っときますけど、あなたは竜騎士なんだから、あなたも隣に並ぶことになるんですからね! 今のままじゃあなたも家臣たちに舐められるわよ」

つん、と怒ったようにステラは言う。


「ああ! そりゃまずいな……」

ステラの隣で緊張して立っている自分の姿を想像して、急に笑えなくなった。確かに今の二人ではままごとのように見えるだろう。


「俺もひげ生えてこないかな……」

「私もせめて髪でも伸ばそうかしら……」

二人は肩を落として竜卵宮の廊下を歩いた。




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