一章 月夜の声 第四話

 ――たたきつけられる!


正行は遺骨とバッグを抱きしめ、全身を硬直させた。が、次に来るはずの衝撃がこない。強くつぶった目を恐る恐る開くと、目に強い光が入ってきた。眩しくて視界が真っ白になる。まさか火事か? と思ったが、熱はなく、何かが燃えているような感じもしない。既に地震は収まり、もう揺れも音も感じなかった。ただ、酸素が急に薄くなったように息苦しい。体はいつ着地したのか、何か柔らかなものの上に横たわっている。


がちゃり――


 ドアが開くような音。人の気配を感じ、そちらを見る。が、まだ目が慣れず、よく見えない。


「だれ!?」


――女の声? 緊張している……


「卵から離れなさい! だれか!」


女は人を呼んだ。焦って起き上がり、周りを見渡すと、少しずつ見えてきた。


「部屋……?」


喉から間抜けな声が出た。

 正行は部屋にいた。大きな窓からは明るい日光が入り、部屋の中央には台、そこには座布団ほどのクッションが置いてある。そのクッションには人の頭ほどもある巨大な真珠のようなものが乗っかっている。ここは――


――神社じゃない!


 まだ混乱したまま、ぐるりとあたりを見渡すと、その部屋の入口に女の子らしき人影がある。まだぼんやりとした視界に映るその影はすらりとして、身長は自分よりやや低い。ただ、彼女の髪は長い金髪のように見える。


「……卵から離れなさい」


 もう一度、彼女は言った。少しずつ視力が戻ってくると、彼女が顔に強い緊張の色を浮かべている事に気が付いた。正行はバッグと骨壺を抱いたまま、ゆっくり立ち上がり、窓の方へと後ずさりすると、コツンという音が聞こえた。何かに当たったかと思い足元を見たが、すぐにそうではない事に気が付いた。


 コツン……コツ……コツ……


自分の足元ではない。音の出所は部屋の中央だった。音は例の真珠から――正確には真珠の“内側”から聞こえていた。部屋の中央に鎮座した真珠は、少し揺れながら音を出し続けている。


「誰か!」


女の子が叫んだ。その時、ガリッという音がして、真珠に小さくひびが入った。次の瞬間、真珠が割けるように大きな亀裂が入り、その一片がはがれるように割れ落ちた。正行は気が付いた。


――卵だ!


それは真珠などではない。暗い空洞の中から真ん丸の青い宝石のような目がこちらを見つめていた。“それ”は卵から這い出そうと懸命にもがいている。白に近い、ごくごく淡い薄水色の体色の何か――


 “それ”に羽毛はない。鱗を持つ生き物……。ヘビではない。足がある。大きなトカゲ――でもない。その生物の背中には大きな翼が生えていた。

 その白にも水色にも見えるような淡い色の生物は、まるで宝石のようにきらきらと光を反射しながら、卵から這い出してきた。“それ”は正行を見て、小さく、クエ、と鳴いた。


 その時、どたどたと音がして、入り口に二人の男が現れた。警備員にしてはいかめつらしい西洋風の鎧を身にまとい、入ってくるや否や、あっけにとられたように部屋の光景に見入っている。ふと見れば、女の子も目の前の生物に釘付けとなっていた。


 卵から出てきたその生き物はその場の全員の硬直など知らん顔で、よちよちと台を降り、正行の足元に、にじりよると、その足に自らの体をこすりつけた。正体不明の生き物が取ったその行動に強い愛らしさを感じ、正行はしゃがんで、ゆっくりと手を伸ばし、生き物の頭を撫でてみた。生き物は小さくクルルと喉を鳴らし、目をつぶって満足そうに正行の手に頭を押し付けてくる。


 その時、正行の意思とは無関係に唇が動いた。


「――アイトラ?」


 正行の頭に何かが流れ込んでくる感覚が走り、脳が直接、揺さぶられたようにぐらりとした。正行の掌の下のその生き物は満足そうに目を細め、翼を畳み、すうと眠りに落ちた。


 同時に正行にも強い眠気が襲ってきた。体の平衡を失い、崩れるように倒れた正行は意識が遠くなる間際、少女の声を聞いた。


「サミュエル、雛が孵ったと伝令を。それとメイスターをお連れするように」

「メイスターをですか?」

「おそらく、次の騎士は異界人よ。メイスターにご意見を仰がなくては」


 緊張した面持ちの護衛が扉の外に姿を消すと、正行の意識はぷつりと途切れた。


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