第7話
大和の首都である古都にて、新しい十本指を祝う式典が執り行われようとしていた。
しかし、新しく十本指に就任する当人が忽然と消息を絶ち、会場は騒然とした空気に包まれていた。
「奴め、大切な式典だというに何所へ消えた‼」
半蔵の抑えきれぬ怒鳴り声が、舞台袖にある控えの間に響き渡った。
「まぁこんなことだろうと思っておったよ」
「にゃははは、相変わらず半蔵さんは声でかいな、てかウザくね」
「こら、牛若丸。年長者にそんな口のきき方はダメでしょ!」
「いやいや、姉さん。明らかにさっきの半蔵さんの声はでかすぎっスよ」
「でしょー、弁慶もそう思うだろ?」
「‥‥‥‥‥」
「ぐぬぬぬ、貴様らぁ、揃いもそろって、いいかげんに‥‥‥」
「おい、女中! 酒がきれた。新しいのを持ってこい!」
「一刀斎、酒を呑むな! これから式典が始まるのだぞ!」
「いいじゃねぇか、祝い事なんだから、少しくらい呑んだってよ」
「そうそう、半蔵さんってホント頭堅いよね~」
「半蔵くんや。ほれ君も一杯」
「い、いや、拙者、酒は‥‥‥」
「ダメっスよ、年長者の酒を拒むなんて失礼っス」
「そうですね~、私もそれはどうかと」
「なっ⁉ 与一まで‥‥‥ええい、もう知るか!」
「おおー! いい飲みっぷりっスね! 爺さん、俺も貰うっスよ」
「では、私も」
「あっ! 僕も僕も!」
「‥‥‥‥ッ‼」
「ちょっ、弁慶、猫みたいに摘まみ上げるな! 吞まないから、離せよ!」
「だがこれ以上、光王陛下をお待たせするわけにはいかんな」
「なら、アイツが来るまで余興でもすればいい!」
「一刀斎、無責任なことを言うな! 陛下の御前で斯様なふざけた真似ができるか!」
「ほーん、じゃあ、アレはいいのかよ」
「何?」
一刀斎が顎で広間中央を見るように促す。
其処には、巫女装束に身を包んだ一人の少女が佇んでいた。
歓声が沸き起こる。
「出雲阿国。新しい大和の守護者へと捧げます」
鈴を転がすような美麗な声音で、巫女装束の少女―――風祭 凪は舞う。
巌流島にて、迷人の女剣士―――宮本 武蔵―――焔 天華は勝利した。
そして、天華の行方を知る凪は、彼女に頼まれ時間を稼いでいた。
だが会場に詰め掛けた誰もが舞の虜となり、本来の目的を失念していた。
◇
桜舞い散る桜並木を歩く二人の行く手を阻むように人影が進み出た。
本来この場にいるはずのない人物の姿を玲は初めから予見していたのか思わず苦笑が漏れた。
「こんな所で油を売ってていいのか―――天華?」
「あんな見世物みたいなのに誰が参加するかよ。美味そうな飯があるって聞いたから、それだけ食べて後はすっぽかしてきた」
「フッ、お前らしいな」
「それより、これからどこに行く気だ?」
「いや、なに、敗者は早々に立ち去るべきと思ってな」
「何が敗者だ。私はあれで決着がついたと思ってねぇからな」
「何だ、それは負けた俺への嫌味か?」
「まぁ、そんなところだ」
お互いにくつくつと忍び笑いを洩らし、二人は改まって向かい合う。
「達者でな、行こう小雪」
「はい、小次郎さま」
天華の横を通り抜けて、玲とその従者・小雪が去っていく。
「玲!」
言うや否や、腰の鞘から太刀を抜き放ち、鋭く横薙ぎに振り抜いた。
ギィイン。辺りの桜が、激突するその余波で吹き飛んだ。
天華の一斬は、玲の刀によって受け止められていた。
ほんの一瞬の鍔迫り合い、間近で睨み合い―――。
「次は負けんさ」
「上等だ、また返り討ちにしてやるよ」
お互いに押し返し、後は背を向け合う。
振り返らずに、言葉少なに二人は別々の道を歩き出す。
またいつか、二人は出会うだろう。
その時には再び剣を交えることとなる。
剣を振るっていれば、いずれまたどこかで。
舞い散る桜を仰ぎ見る天華の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
ヒラヒラと舞い落ちる桜の花弁を、二本の剣が斬り裂き―――。
「よし―――行くか!」
完
遙かなる彼方の交響曲 @issei0496
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