第16話 消えぬ後悔

「神谷くん。これはあんさんだけで止めておいてもらいたいんや。分かってくれるな」


僕は、静かにうなずいた。


「柴田のおばちゃんに聞いたと思うが、俺の妹、麻衣子の件や。麻衣子は俺と年が十も離れとってな。うちは男、男ときてたから妹が出来た時は両親もそりゃ大喜びしてな、俺らも兄弟で交代しながらお守りをしたような感じやったな。だがな、麻衣子が大きくなって行くにつれ、おとんとおかんが時折暗い顔をしていたんや。最初はその意味がようわからへんかったが、ある時、夜中に二人で麻衣子の事を話していたのを偶然聞いてしまったんや。その話ってのが、もうあんさんも知っての通りの、姫の呪いのことやったんや」


僕は静かに頷いた。


「麻衣子が元気な時はいい。だが、死ねばそこから非情な呪いがつきまとい麻衣子は天国に行くことができへんということを話してたんや。俺は思わず襖を開けて、そんなん絶対に俺がさせへん!と叫んでいたんや」


小西さんは、アイスコーヒーにストローを刺し、ゆっくりと飲みはじめた。


「やっぱ、ここのレイコーは最高やな。まあ、それは置いといて。時間も余りないから先を急がなあかんな。でな、その日を境に、麻衣子以外の全員が伝記関連、年寄りの話、神社、お寺に伝わるもの、そしてインターネットなども駆使して情報をかき集めていったんや。さらに俺は、古墳を管理する仕事にも就いて現場をずっと調べてたんや。とはいえ、分かったことは限られているのが正直なところや。これを見てくれ」


 小西さんはカバンから分厚いファイルを出すと付箋を付けていたページを僕に見せる。底には、達筆な文字でこう書かれていた。


・太陽と月

・邪念が無い水

・盗んだものを返す

・呪いを解く時はただ一度きり

・呪いを邪魔するものも同じ報いを受ける


「ええか、まず麻衣子やその萌と言う子も含め、姫の呪いで彷徨う者は全て太陽が昇ったらこの世に帰って来れるんや。だから絶対に太陽が関係する。そう、陽が昇る時間がきっと重要やな。あとな、月はな、これは盗掘が関係してると思ってるんや。ほら、昔は盗みがしやすいのは夜やろ。しかも月が出てない時が一番理想的やろ?だから、古墳の盗掘もきっと月が見えない時にされたんや。とすれば、月が見えない夜、そう、雲が多かったり雨が降っている時というのがキーになるのではないんやろか。そして、邪念が無い水というのは、あんさんももうわかるやろ?彷徨う者は、毎日こちらの世界に来たら必ず水を飲んでるんや。だからその水にも関係があると思ってる。それと、きっと姫の呪いは、姫が大事にしていたものを盗んだからここまで永きにわたって続いているんやと思うんや。だとすれば、盗んだものを返すことで姫の怒りは治まるかもしれへん」


 小西さんは、テーブルに広げた紙を直視したまま動かない。


「小西さん、凄いです。ここまで調べておられたんですね。ただ、こうすればいいんだというような確証というか、もう、これ以上のことは分からないのでしょうか?」


 僕は、藁にも縋る思いで質問をしたが小西さんは、とても申し訳なさそうにして話し出す。


「いや。それが分かっていたら麻衣子を天国に行かすことができたからな……」


 アイスコーヒーを飲み干した小西さんは僕から視線をずらし、窓から見えるこんもりと繁った樹木を眺めている。その森こそ佐紀陵山古墳なのだ。


「そもそも、麻衣子は嫁いで岡山県で幸せに過ごしていたんや。だから、俺らも例の呪いのことは、継続的に調べてはいたが正直油断しとった。だって、そうやろう?この平城におらんかったら関係ないと思うやないか。だが、姫の呪いはそんなに甘いもんやなかった。麻衣子は三十歳になった年に乳がんであっという間に死んでしもたんや。仕事に子育てと、とにかく忙しい毎日を送っとったから気づかんかったんやろうな。病院に行った時はもうステージ四でな。それから半年間、よう頑張ったんやが、結局旦那さんと子供達に見送られてあの世に旅立ったんや。そして、葬式が済んで、俺らも漸く麻衣子の死を受け入れられる様になって来た頃、そう約一年位経った時、突然麻衣子が実家の部屋に現れたんや。最初は、はっきりと姿は見えんかったが、確かに麻衣子がいることは俺にはわかった。俺は、兄貴にこのことを伝え、すぐに実家に来てもらった。そして、二人で話をしていた時、弱々しい麻衣子の声が聞こえてきたんや。お兄ちゃん、麻衣子を天国に行かせてとな」


 僕は固唾を飲んでその話を聞いていた。アイスコーヒーが入ったコップが汗をかき、テーブルに水が溜まっている。僕も握った手にびっしょりと汗をかいていた。


「兄貴と俺は、これまで調べていたことを少しずつ整理していってな、そして、最終的に日時を二通りに絞ったんや。ただ、今思えば、その時点で俺らは間違ってた。そう、チャンスは一度しかないということに気づかへんかった。その日の夜は雲が多くて月も星もなんも見えんかったな。ただ、予報では朝方から急速に天気が回復するということやった。だから、月は沈み太陽は昇るという形になると思ってたんやが、細く薄い月がずっと見えてたんや。俺はまずいと思ったが、その仮説自体、確証がある訳じゃ無いからな、計画通りそのまま進めていったという訳や。何せもう時間がないと思ったしな。そして、予め神社でお祓いをしてもらった水を麻衣子に飲ました。それと同時に兄貴が父親から貰ったという勾玉を壕の水に沈めた。俺らの先祖が何を取ったか分からんが、それに掛けたんや。だが、結局その日を境に麻衣子はいなくなった。そして、兄貴もそれ以来、音信不通になっとる」

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