第17話 残り一日 七尾先輩
残り一日 土曜日
僕は、昨日、小西さんから聞いた内容を何度も考えていた。小西さんも、太陽、月、水が関係すると断言していた。水は萌が毎日やっているように単純に「飲む」なんだろう。ただ、太陽と月って一体なんなんだ?どうやって結びつければいいんだ?それに本当に明日なんだろうか?
「ピ・ピ・ピ」
メールが来たようだ。僕は、ベッドの枕元に置いていたスマホをチェックする。
「え?え?先輩が来る?」
それは、七尾先輩からのメールだった。食べ物や飲み物を持っていくわと書いてある。僕がインフルにかかったと嘘をつき会社を休んでから今日で五日目だ。流石になんらかの連絡をしておけば良かった。だがもう後の祭りだ。萌のタイムリミットまでもうあと一日しかない。憧れの七尾先輩がわざわざ来てくれるのに、僕はときめくどころかできるだけ早く帰ってもらおうと思っていた。
「こんにちはー。神谷君―。来たよ−」
引き戸を開けると七尾先輩が立っていた。会社以外で先輩に会うのは初めてだ。ラフな半袖のTシャツに薄手のパーカーを羽織っている。ダメージ加工のジーンズがとてもオシャレで似合っていた。いつもは結んでいる髪もほどかれていて、僕は不覚にもドキドキしてしまった。
「大丈夫なん?何も連絡も無いし、こちらから何度かラインいれたんやけど返事もないし。今日は久しぶりの休みやったけどわざわざ来たんやで。感謝しいや!」
先輩は、家に上がると途中で買ってきてくれたヨーグルトやフルーツなどをテーブルに並べている。
そして、片手を僕のおでこに当て、「だいぶんいいみたいやな。だけど油断は禁物やで。こういう時は、やっぱり水分取ってゆっくりしておくのが一番やしな。ほら、キューイ切ってあげるから食べるんやで」と優しい声をかけてくれた。
仮病で休んでいる僕は罪悪感もあり先輩の顔をなかなか見ることが出来ない。
「あのさ、病気のところ、申し訳ないけど、デザインの件って明後日の月曜日に提出ってできそうなん?」
萌の事で頭がいっぱいで正直デザインの事は全く忘れていた。だが、チームの為にも何とか月曜日に何かしらのアイデアはださねばならない。
「あ、はい。まぁ、なんとか……」
自信なさそうな僕の顔をみて、先輩は何かを思い出したようだ。
「あのさ、神谷君、ほら、前に私に言ってたやん?何かこの部屋がおかしいって。あれって、その後はどうなん?」
まさかこの話題が出てくるとは思ってなかった僕は、正直焦っていた。もしかして、萌が聞いているかもしれない。何とか話をずらさなければ……。
「い、いや、もう、あれ以降、全く大丈夫ですよ。やっぱり疲れていたんだろうなって思ってるんですよ。ほら、デザインもなかなかまとまらずにストレスもあったし」
だが、先輩は確信に満ちた顔で僕を見ている。
「あのさ、私の知り合いが奈良でルポライターやっててな。その人が大阪に来るというから先週ご飯したんやけど、そこで気になることを聞いたんよ」
先輩は、買って来たリンゴジュースにストローを刺して、僕に「はい」と差し出しながら話を続ける。
「その人が言うには、ここ平城には昔から伝わる呪いがあるみたいやな。それは姫さまの呪いらしくて、それに関わった家系の中でも特に女性はさらに酷い仕打ちが待ってるんやて。それは、死んでも天国に行かれへんみたいなことらしいわ。もしかして、神谷君の所にこの現象が起きてるんちゃう?本当のところその後どうなん?」
先輩は探るような視線で僕を見ている。
「いや、本当に一度だけあれって思いましたけどそれ以降は大丈夫なんですよ。もう、先輩、この話は止めましょうよ。インフルで弱ってるんですから、そういう怖い話で脅かさないで下さいよ」
僕はできるだけ平常を装い返事をしていたが、先輩は何かを疑っているようだ。
「神谷君さ、あと、これ知ってる?なんでも、この呪いにあった人を助けようとした人が、突然消えたり、目が見えなくなったり、大けがしたりとか何らかの災いを受けているってこと」
「ガチャンー!!」
コップが床に落ち、割れていた。
先輩はこの状況が全く理解できていない。何故なら、このコップはどこかに置かれていたものではないのだ。誰もいない台所で勝手にコップが落ちたのだ。しかもコップには水が入っていた。
「神谷君、見た?見た?あれって、なんなん。やっぱりここはおかしいよ。これってありえへんやろ?ほんま、出来たら早くこの家を解約して新しい部屋を借りた方がいいと思う」
いつもは冷静な七尾先輩がかなりうろたえている。それでも落ちて割れたコップを手際よく片付けると、小皿に買って来たキューイを乗せ包丁で切る。そして、ジュースやヨーグルトなどを全て冷蔵庫に入れた途端おもむろにトートバックを持つと玄関に向かった。
「ごめんな。もう少しいてあげたかったんやけど、実は私、ちょっと霊感が強くてな。なんだかこの家にいるととても息苦しいんやわ。ごめんな」
「いえ、本当にわざわざ来てもらってありがとうございました」
その時、先輩が振り向きながら言葉を発した。
「さっき話した大阪で会ったという知り合いなんやけど、実は、私と会った後、事故に遭ったんよ。梅田で乗ったタクシーにトラックが突っ込んでな。病院に運ばれたけど意識不明の重体やって。もうこのまま植物人間ちゃうかということらしいわ。だから怖いんよ。神谷君、本当に早くここから出ないと駄目やで。ほんまに約束してな。もしも、神谷君に何かあったら、私……」
僕は余りの衝撃に先輩の最後の方の言葉は全く聞こえてなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます