第14話 キーワード
僕は、自宅から近くのもう一つの神社である山陵八幡神社へ向かっている。
福松大神を後にする際、神主さんから、そこにある山陵八幡神社にも行きなさいといわれた。そして、常に持っておきなさいと翡翠の勾玉のお守りを渡された。神主さんは何も言わなかったが、やはり何かあるのだろう。
山陵八幡神社も福松大神同様に小さいながらもとても厳かな雰囲気が漂っていた。僕は、ここでもお賽銭を投げ、二礼二拍手一礼を行う。
「あの、すいません!」
僕は作務所の方に向かって声をあげた。静寂が数分続いていたが扉が開く音がした。
「はいはい。ごめんな。ちょっと待ってなぁ」
なんだか神主さんには見えない髭を生やした男の人が出て来た。年齢は40台後半か……。とても眠たそうな感じだ。
「ちょっと昨日飲み過ぎたわ。あーきつい」
本当に神社に勤めている人なのだろうか?僕は少し戸惑いながらも単刀直入に切り出した。
「実はちょっとお聞きしたいことがあるんです。あの、えっと、昔からこの平城の地に起きている呪いの事はご存じですか?」
「え、今なんて言った?」
さっきまでの雰囲気が一気に変わっていた。目が急に見開き、今にも投げ飛ばされるのではないかと錯覚するような強いオーラを僕は感じていた。
「僕は今、日葉酢媛の呪いにかかってると思われる幽霊と同じ家で過ごしています。その女の子は萌と言ってとても頑張ってその呪いを解こうとしているんです。天国に行かせてやりたい。だから僕は……」
いつのまにか僕の頬には涙が流れていた。
「そうか、福松大神でここに行けと、そしてこの鏡を渡されたんやな。それ、その勾玉、それももろたんか?」
僕のシャツのポケットから少し頭を出していた勾玉のお守りを見て佐倉さんという神主はかなり驚いたようだ。僕たちは、神社のご神木である大銀杏の下にある木製のベンチに腰掛けて話をしている。
「隆がそれを渡すというのはかなり大変なことになっているということか」
「えっ?隆ってどなたですか?あの福松さんの神主さんのことですか?ご存じなんですか?」
「まあ、余り言ってないんやけど、隆は俺の弟なんやわ。兄弟揃って神主やってるって訳や。ただ、あいつは超真面目でしかも神力が備わっている。それに比べて、俺はまぁ、現代のささずれ坊主、いや、ささずれ神主ってとこやけどな。はははは」
豪快に笑う様は神に司る人にはとても見えないが、懐の大きな人のようだ。
「すみません。佐倉さん。やはり何かご存じなんですか?それを教えて貰えませんでしょうか?」
僕は縋る思いで尋ねる。
「そうやな。ちゃんと言わんとあかんな。でもな、正直、俺も全貌は全く分からへん。ただ、ガキの頃からここに住んでいたら、ご近所さんの困っていること、嬉しいこと哀しいこと、そしていざこざとかもなんでも噂になって耳に入ってくるんや。そもそも、うちは代々二つの神社を司る家系やったし、祭や色んな祝い事の席とかでも色んな話が集まって来るんや。で、祟りとか呪いと聞けばやっぱり気になるやないか。だから俺は少しずつ自分なりに調べとったんや。」
真夏の太陽の光を受け緑色に輝く銀杏の葉を見上げながら佐倉さんは話しを続けた。
「日高という家の奥さんが病気で亡くなってな、そして、一年後、この平城の地に戻ってきた。いや、戻って来たのではなく、きっと試されに来たんやな。そう、予め決まった期限までに呪いを解ければその霊は昇華できる。日高は俺に全てを話して何とかして欲しいと頼んできたんや。
俺と日高は小学校から高校まで同じ学校やったし、よくつるんで遊んでたしな。日高がいうには、家に代々伝わってきたことがあったそうや。当の日高も奥さんが病気で亡くなった後に、親父さんから聞いたようだがな。奥さんが霊になって戻って来てからというものの、日高はその呪いを解く事に全てを捧げとったな。倉庫に眠っていた古文書や図書館に埃被ってた町の資料に加え、他の地域の昔話とかも調べとったわ。そして、最終的に、ある仮説を立てたんや」
僕は、固唾を飲んで聞いている。
「それは、太陽と月、そして水、この三つのキーワードが関係するとな。ただ、試せることは全て試したんやが、結局日高の奥さんは消えてしまった。そう、天国には行けてないんやと思う。きっと天国と地獄の狭間に取り残されたんや」
佐倉さんは、友人の奥さんの為に必死で動いたのに、結局助けることが出来なかった無念を滲ませ僕に語りかける。
「あとな、脅すつもりはないが、一応言っておく。奥さんが消えたその日に、日高も消えてしまったんや。そして、それを手伝っていた俺もその後病気になってな、片目が見えなくなった……」
家に戻った僕は、佐倉さんからもらった一枚の紙を眺めていた。そこには、佐倉さん達が呪いを解くために試した全てが書かれていた。逆に言えば、ここに書かれていることはやってはいけないのだ。そして、佐倉さんが最後に話した言葉を思い出す。僕は流石に怖くなっていた。熱が出たり頭痛が止まらない事は、萌には関係ないと思う様にしていたが、一気に現実に引き戻された感じだ。萌の事を何とかしたい。しなければならないという気持ちは勿論ある。ただ、自分までがこの呪いを受けるとは思ってもみなかったのだ。
「なあ?すごく顔色悪いで。またぶりかえしたんちゃう?大丈夫?」
萌がとても心配そうに顔を覗き込んでいる。どうやら家に戻ってきたらしい。
「大丈夫。問題無いよ。萌のおかゆさんのおかげだね。そうそう、今日は色々と収穫があったんだ」
僕は、できるだけ明るく振る舞っていた。そして、二人の神主さんから聞いた事をできるだけ正確に話した。手助けをする人にも呪いが降りかかるという事以外を……。
「そうだ。萌のお父さんがこれを神社に預けてたよ。神主さんに萌が取りにきたら渡して欲しいと頼んでいたそうだ」
萌は両手で僕から箱を受け取るとゆっくりと箱を開けた。
「うわぁ。あっ、これはお母ちゃんの手鏡だ。ずっと探してたんだ。見つかって良かった」
大事に両手で包み込むようにして鏡を開ける。
萌は鏡の中にいるもう一人の自分の顔を見つめている。
「やっぱ言っておかないと駄目だよね。萌、一昨日から、陽が沈む前に暗闇の中に戻ってしまってる。それも日ごとに早くなっている気がする……」
細い肩が小刻みに揺れている。
「怖い。怖い。怖い。萌はこれからどうなるんやろう」
膝に顔を埋め泣いている萌を優しく抱きしめる。
現実には触ると消えてしまう萌を抱きしめることは出来ないのだが、僕は萌の心を抱きしめていた。自分に呪いがふりかかるのが怖いだなんて少しでも思った事がとても恥ずかしかった。
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