第13話 残り三日 福松大神
残り三日 木曜日
僕は、陽が昇ると同時に動き出していた。
朝、起きるとテーブルにコップが置いてあった。すでに、萌はどこかで糸口を探っているようだ。もしかしたら、僕が倒れたことを自分の責任だと感じ、一人でやるつもりかもしれない。だが、それこそ呪いの狙い通りなのではないか?そう思うと、僕はいてもたってもいられなくなり、家を出たのだ。
昨日の熱は嘘のように治まっている。
ただ、頭痛はまだ続いていた。僕は、家から歩いてすぐの福松大神の前に来ていた。赤い鳥居と狭く急な階段がとても印象的なこの神社は僕が初めてこの平城に来た時からなんとなく行くことになるというような予感めいたものがあった場所だ。それに、前に読んだ「佐紀陵山古墳の秘密」にも、近隣の神社が持つ役割はとても大きかったと書いてあったのを思いだしたのだ。
朝六時とはいえ、すでに気温は三十度近くまで来ているのでは無いだろうか。今日も暑くなりそうだ。
僕は、階段をゆっくりと登って行く。階段は樹木が直射日光を遮ってくれているので案外涼しい。階段の頂上まで来た僕は、早速本殿へ向かった。サイフから百円を取り出しお賽銭箱に放つとカシャンと乾いた音が響く。鈴をできるだけ大きく鳴らした僕は、深々と二回お辞儀をし、二回手を打つ。萌が天国に行けますようにと心を込めて祈った後、息を吐き出しながら深くお辞儀をした。
「お参りご苦労様です。今日も暑いですな」
急に背後から声を掛けられた僕は、ぎこちなく振り向いた。
「もうそろそろ来られると思ってましたわ」
僕は、言葉をなくしていた。なんと神主さんは僕が今日来ることが分かっていたようだ。
「高梨さんから預かっていたものがあるんですわ。ただ、それを今、兄さんに預けていいのかどうか迷ってますのや」
「たかなし?」
「そうか、高梨さんのことは知らんのやな。今、兄さんが住んでる家は元々高梨さんの家やったんや。不幸な事故で亡くなってからは、親戚の方が管理してはるようやな」
そうか、そうなんんだ。
やはり、萌の自宅というのは今僕が住んでいるあの家なんだ。
高梨……。高梨 萌……と何度も僕は繰り返していた。
「ちょっと、中で話しますかな」
僕は、神主さんについて歩いて行く。
綺麗に磨かれた大鏡が置かれている。ここに入ると厳かな空気に包まれなんだかとても気持ちが良い。
「ちょっとお祓いさせてもらうわな」
鼓が二度三度打たれた後、祝詞が読まれ始めると、まだ続いていた頭痛がさぁーっと引いていくのが分かった。その後しばらく、僕は夢を見ているような気分だった。とても気持ちが良い。最後に鈴の音が徐々に大きくなったところでお祓いは終わった。
「どうですかな?気分は大丈夫かな?」
「あっ、あの、昨日、今まで一度もなった事がない高熱と頭痛が出て、一日中寝てたんです。そしてさっきまでその頭痛を引きずっていたのですが、今の鈴の音を聞いたらそれが嘘みたいに無くなりました」
「そうか。それは良かった。私はあの階段を登ってくる時の足音でその人がどういう状態かということがわかるんですわ。だいたいやけどな。そして、今日は兄さんが登ってきた時の音を聞いて、これはいかんと思ったんですわ」
神主さんは続けて話出す。
「では、今兄さんに起きていることを全て話してもらってもいいですかな」
僕は、大阪から奈良に越してきたこと、銀縁眼鏡を見つけ、それを使うとすでにあの世にいるはずの萌が見えること、そして彼女への呪いを知ったこと、そして、その呪いから解き放つ為の何かを探していること、そして、もう残された日が少ないことなどをできるだけ詳しく話した。それを聞いた神主さんがおもむろに立ち上がり、正面の鏡の前においてあった箱を取り僕に渡した。
「これが高梨さんから預かったものですわ。なんでも、私に何かあったらきっと娘がここに来るはずなのでその時に渡して欲しいということやった。今回、ここに来たのは娘さんとはちゃうけど、きっと答えは兄さんなんやろうと思う。だから、これを渡しておくわ」
「分かりました。確かにお預かりいたします」
僕は、ゆっくりとその箱を開ける。中には、細かい模様が幾度も折り重なった螺鈿細工が施されている丸い形をしたものだった。
「触っても良いですか?」
僕は神主さんに尋ねる。神主さんは黙って頷いた。僕は慎重に箱から取り出し、重なっている部分を開けてみるとそれは鏡だった。コンパクトタイプの手鏡だが、その表部分に施された細工が今も僅かな光を受けて煌びやかに光っている。今は、この鏡がどんな意味を持っているのかは分からないが、僕がこの鏡を預かる事が運命なのであれば、しっかりと受け止めよう。
そして、僕は、神主さんにお礼を言い神社を後にした。
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