第11話 手がかり

「ねぇ、大丈夫?怒られへんかった?」


元の場所で萌がずっと待っていてくれた。


「ごめんな。もう大丈夫。待たせてしまって本当にごめん。やっぱり徹夜明けはしんどいな。だけど、僕の勘が正しければ、今日は凄く重要なヒントを得ることが出来たと思う」

「えっ、なになに?なんなん?はよ教えて!」


 萌は僕に飛びつくように近づき腕を握ろうとしているが、腕に触る瞬間に萌の手は透明になっている。


「古墳の管理人さんは、多分ずっとこの地にいる人で、きっとこの呪いの件を知っていると思うんだ。そうだ、管理人さんの名前は、小西一雄って名前だった」


忘れないようにスマホのメモアプリを立ち上げ書き込もうとした時、気がつくとすぐ傍に萌の顔があった。心臓の鼓動が大きな音を立て動き出す。前髪から覗く瞳がとても綺麗だ。

 

僕は、一体どうしてしまったのだろう。萌から目を離すことが出来ない。


「なに?」と萌が不思議そうな顔で聞くので、僕は慌てて視線をずらす。


「小西さんは、きっと何かを知っているはずだ。だから今度しっかりと話をしてみるよ」

「それって、さっきも言ったやん。尊人君、おかしいー」


 萌は笑いながら僕を見ている。僕は、照れ笑いしながらスマホに名前を書き込んでいく。柴田のおばちゃんに小西さんのことを聞けば何か分かるかもしれない。いや、なんとしてでも新しい情報を得なければならない。


 いつの間にか昼を過ぎていた。

古墳の事務所で僕は自分が思っていた以上に寝ていたらしい。少しの時間も無駄にしたくなかったのに本当にふがいない。


 さぁ、もう少し周りを調べようと歩き出した僕は、萌が付いて来ていないのに気がついた。「どうした?疲れるには早いぞ」と茶化してみたのだが、いつものような反応が無い。よく見ると、さっきまで元気だった萌の顔が急に弱々しくなっているではないか。


「ごめん。最近、急に調子が悪くなるんやわ。あの家を出たらなんだか力が弱くなるような気がする。しかも、それは日毎に酷くなっている感じ。実は、柴田のおばちゃんにも聞いたんやけど、さすがにようわからへんみたいやった」


「おいっ。それってとても大事なことじゃないか?早く言ってくれよ。さあ、すぐに帰ろう」


僕は、萌の手を握り、引っ張って歩き出したつもりだったが、萌の手を掴むことは出来ていなかった。そう、僕の手が触れる度に透明になっているのだ。


 本当に、酷い話だ。なんて罰を残したんだ。怒りと共に、この呪いからなんとか萌を助け出したいという気持ちが僕の中でさらに強くなっていた。



 家に戻るとさっきまで弱々しかった萌は普通に戻っていた。

今は、みこと追っかけっこをしているようだ。みこは、追いかけては頭をスリスリしているが、勿論萌に触れることは出来てない。それでも、萌はとてもうれしそうにみこに追いかけられている。


 家の外に出る時間が短くなるのは、呪いの対象者が解決方法を探ることを邪魔しているのでは無いかと僕は考えていた。とにかく、呪いは逃れようとする者に対し、容赦無く邪魔をしてくるように思えた。


「尊人君。その眼鏡やけど何処にあったん?」

「ん?これ?これは、二階の引き出しに入ってたけど」


萌は凄く驚いている。


「実は、その眼鏡は萌がお父ちゃんの誕生日プレゼントとして用意していたものやねん。店に引き取りに行く前に、あの事故にあって……。結局渡せなかったんやけど。なんで、家にあるんだろう」


 萌がお父さんが渡すはずだった眼鏡がこの家の引き出しに何故か入っていて、それを僕が今かけている。そして、それを使うと萌が見えるということに僕は、ありきたりだけど運命というものを感じていた。


 僕がここに引っ越してくる事、そして眼鏡を見つけること、そして、萌との出逢い、そして萌を助けようとすることなど全ては決められた筋書きのように進んでいるのかもしれない。果たして、この話の結末はどうなっているのだろう?萌はどうなるんだろう?萌の事を知れば知るほど、僕は逆に不安を感じていた。萌を天国と地獄の狭間にいさせる訳にはいかない。僕にそれが出来るのだろうか……


 さっきまで遊んでいたみこが僕を見上げている。


「あっ、尊人君、みこの爪とかまだ一度も切って無い?右手の爪が二本凄く伸びてて、みこが走りにくそうやわ」

「そういえば、まだ一度も切ってないな。よし、じゃあ今から切るか!」


僕は、カバンの小物入れから爪切りを取り出しテーブルの上に置く。猫用ではないけど今日のところはこれでいいだろう。


「みこ〜。さぁ、良い子だからこっちにおいで〜」


僕は甘い声を出してみこを呼んだが、何かを察知したのか、みこは急に走って逃げていった。結局、僕と萌とみこの追いかけっこが始まった。僕と萌は右へ左へとみこを追いかけるが中々捕まえることが出来ない。僕は、みこを追いかけながらも萌を見ていた。とても楽しそうにみこを追いかけている。僕は、そんな萌の顔を見るととても幸せな気持ちになるのだ。


 漸く捕まえたみこを膝の上で抱き、爪が伸びている左手を握る。


「萌、ごめん、爪切り持って来てくれる? みこ、ほら、すぐ終わるから。動いたらあかんよ。そうそう、偉い偉い。」


「カタン……」


爪切りが床に落ちた。


 僕はみこから萌へ視線を移す。しかし、そこに萌の姿は無かった。

そう、また闇が萌を連れていってしまった。

こんなこと、本当にあっていいのか?

萌、萌……。



 萌が消えてから僕は悲しみでしばらく動けなかったが、今日の事をすぐにでも柴田のおばちゃんと話をした方が良いと思い、気力を振り絞りショップ柴田に向かった。

幸い店には誰もいなかった。僕は、店番をしていたおばちゃんに声をかける。


「あの、さっき佐紀陵山古墳にいって来たんです。そこで、管理事務所にいた小西さんという方がおられて、そしてちょっと……」


おばちゃんは、僕の話を遮るように話だした。


「あそこもな、一雄くんの妹さんが病気で亡くなったんや。そしたら、亡くなって一年位経った時にな、萌ちゃんと同じようにこの店に来たんや。だけど、見たのはそれ一回でその後はどうなったかはわからへん。そうやな、確かに、一雄君は何かを知ってるかもしれへんな。あの子もちょくちょくうちに来るし、その時に聞いて見るわな。そやそや、ところで、あんたの電話番号教えてくれるか?なんかあったら電話するから」


 家に戻り、今日得た情報をノートに書きながら、僕は萌の事を考えていた。

今頃萌はどうしているのだろう?漆黒の闇の中で泣いてないだろうか?


 正直、この呪いを破るための有力な情報は現時点ではほぼ無いに等しい。

この状況を打破するような情報を小西さんから貰えればいいのだが……。

僕は祈るような気持ちでノートを閉じた。

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