第9話 決意
「ちょっと話をしたいんですが、時間ありますか?」
泣き疲れたのか萌は、椅子の上で眠ってしまった。
僕は、萌のことを心配してくれているショップ柴田のおばちゃんと話をしている。
「あんたも見えるんやな。そして、萌ちゃんに聞いたんやな」
ちょうど客が途切れるのを見計らって僕は話しかけたのだが、おばちゃんも僕と話をしたかったようだ。
「あの子は昔から頑張り屋さんやったからなんとかしてあげたいんや。ただ、余り時間が無いというのはわかっとるんやけど正直何をしたらいいかがわからへんのや」
おばちゃんは、萌のことを昔から知っていたようだ。
「萌の事は前から知ってたんですね?」
「そうや、あの子が小さい頃に父親と二人でこの街に越して来た時からの付き合いやな。あの子は父親の弁当や、夕食とかも担当しながら、勉強も頑張ってな、そして希望の大学に入って、凄く楽しそうやったのにな。それが、あの事故や。ほんまに可愛そうや。ただ、あの子が幽霊になってこの街に来たのはついこの前やな。丁度、あんたが引っ越してくる少し前やった。レジの椅子に座って帳簿付けとったら、あの子が店に入ってくるやないか。あー、やっぱり来たんやなと思ったわ。なんでかと言えばな、私は今まで何度もこんな経験をしてきとるからな。それでわかったんや。あの子もあの呪いにかかってるんやなってな」
おばちゃんは、とても残念そうな表情で僕の顔を見ている。
「すみません。おばちゃんはなぜ時間が余りないとわかるんですか?」
「それは、確実なもんやないけどな。あの子がこの店に入ってきたのが六月二十二日やったんや。ほら、このカレンダーに○を付けておいたんや。」
僕は、おばちゃんが指をさすカレンダーを見つめる。カレンダーの下にはショップ柴田と名前が入っている。その六月二十二日の部分には、確かに○が付けられており、小さな文字で「萌」と書いてある。
「萌がこの街に現れたのが六月二十二日、だから七月二十一日までということなんですか?なんで一ヶ月なんですか?」
「それは実は私にもわからへん。ほら言ったやろ?私はこれまでも何人か見て来ているんや。そのほとんどがな、会ってだいたい一ヶ月位で何処かに消えてしまうんや。だから、あの子と会った時、忘れんように印を付けたんやわ。だとすれば、萌ちゃんが消えるのは七月二十一日位やとな。だからもう一週間もないんとちゃうかと焦ってるんや。あー、なんとか出来んか?あんた?」
とにかく残された日まで、自分も会社を休んで全力で調べてみることを伝え僕はショップ柴田を後にした。
おばちゃんがカレンダーに付けてくれていたおかげで、逆にタイムリミットを知ることが出来た。これをポジティブに捉えていくしかない。それにしても、おばちゃんが萌のことを心配して色々と考えてくれているのは心強い。これまでも同様な幽霊を見て来ているようだし、今はわからなくてもひょんなことで、何か重要なことに気づくかもしれない。
もしかすると、ショップ柴田が建っている場所はあの世からこの世へと渡る入り口なのかもしれない。だから、おばちゃんは毎回姫の呪いを受けて彷徨い始める人を見ているのだろう。
「なぁ、どこに行ってたん?」
萌は、心配そうに聞いて来た。ドアをゆっくりと開けたつもりだったが、どうやら音で目が覚めたらしい。
「あっ、ごめんごめん。実は柴田のおばちゃんに話しを聞いてきたんだ」
「そうなんや。突然いなくなったからびっくりしたわ。で、なんて言ってはった?」
「うん、やはり、残りは五日間くらいじゃないかということやったな。確証は無いけど、僕は、おばちゃんの勘は多分当たっているんじゃないかと思う」
「やっぱり……。あと五日間しかないんやな」
萌の表情はとても暗い。
「でも、これはもう言っても始まらないし、それよりも残りの時間を最大限に有効に使っていこう」
本当は、僕自身も心が折れそうだが、出来る限り前向きな姿勢を貫いていくしかない。
「ねえ、もう少しで陽が沈んでしまう。それまで、えっと、尊人君って呼んでいい?尊人君の話を聞かせて」
萌は少し照れながら僕に向き合って座った。
陽が沈むとまた暗闇の世界で一人ぼっちになる萌。せめてそれ迄、少しでも楽しい気持ちにしてあげたい。僕は、子供の頃や大学時代のエピソードをいくつか思い出しながら話した。
「ははは!!面白い〜〜!でもな、それ、実は私も経験ある!」
小三の頃、カマキリの卵を部屋に持ち込んでいたら、そこから無数のカマキリが生まれ、それを見た母親が気を失ったという話には萌も声を上げて笑っていた。
萌はどうやら、小さい頃は男の子と間違われるくらい、身体を動かすことが大好きだったようだ。だが、中・高では一転、吹奏楽部でフルートを担当し、大学では軽音楽部に入り、アコースティックギターで弾き語りをするなど音楽にのめり込んでいたらしい。こうして、萌の話を聞いていると、萌の置かれている状況を忘れそうだった。そして、身振り手振り一生懸命話をしている萌がとっても可愛く思えた。何より、この一瞬がとても心地良く感じた。
「なぁ、なんか私ばかりしゃべってない?尊人君の話を聞きたかったのに!尊人君の趣味ってなんなん?」
僕は、大学時代から使っているカメラのこと、そして、風景写真を撮るために休みを使って全国を訪れ、自然と対峙する際の心地よさを熱く語っていたのだが、萌は、「私も行きたい。行きたかったな……」とぽつり漏らした。
僕は、言葉に詰まって萌から視線をそらしてしまった。そして、ゆっくりと視線を戻すと、そこに萌の姿はなかった。驚いた僕は、西側の窓へ視線を向ける。すると、さっきまで強い光が射し込んでいた窓の向こうには、今は静かな闇が広がっていた。萌は暗闇に連れていかれてしまった。
僕は、とにかく悔しかった。そして、なぜだか、とても寂しかった。
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