第8話 謎探し
「すみません。今日の朝から熱がでていて、病院に行ってからまた連絡しますけど、とりあえず今日一日休ませてもらいたいんです。
えっ、はい……。デザイン案の提出がいつかは分かってますので、来週月曜日のプレゼンには必ず出席するようにします」
僕は、今日から金曜日まで会社を休むことに決めた。みんなには、申し訳無いけど、季節外れのインフルになったとでも言っておこう。
デザイン案の作成は僕にとって、とても重要なことだけど、今の僕には萌を助けたいという気持ちの方がはるかに強い。この間に、出来る限りのことをして萌を助け出すヒントを一つでも見つけるんだ。
「今日から萌の謎探しを僕も手伝うことにする!」
それを聞いた萌は心底驚いていた。
「あっ、わかった。親切心というよりは。こんな訳わからん幽霊に早く出て行って欲しいと思ってるからやな?」
萌はちょっと頬を赤くしながら、憎まれ口を叩くのである。
「わかったわかった。そうそう。そうだよ。その通り。でも、二人でやればきっと謎も早く解けるはずだし。だからさ、萌が今まで集めてきた全てを僕に共有してよ。些細なことも忘れずに全部な」
それから二時間程かけ、萌は言葉を選びながら話をしてくれた。
一年前、親戚の法事の為、父親と一緒に車で大阪に向かっていた時、大阪と奈良の境目にある峠道で、カーブを曲がりきれずセンターラインをオーバーしてきた単車を避けようとハンドル操作を誤り、ガードレールを突き破って崖から落ちたということだった。どうやら父親は即死だったようだが、萌はレスキュー隊に助け出された時点ではまだ息があり、集中治療室に緊急搬送されたらしい。しかし、懸命な治療の甲斐無く、翌日朝に息を引きとったとのこと。
単車のメッカとして人気を集めていた阪奈道路でのこの事故は、二輪暴走運転取り締まりの気運を高めたものの、結局センターラインをオーバーしてきたバイクの運転者はまだ見つかってないみたいだ。ガードレールを突き破る際に絶叫して気を失った萌は、ふと気がつくと、ベットで治療を受けている自分の姿を宙からぼんやり眺めていたらしい。
母親は萌が小さい頃に既に病気で亡くなっており、それからは父親とずっと二人暮らしだったという。ただ、事故が起きる二週間程前、もうそろそろ萌にも話しておかねばならないと父親が言っていたことがとても気になるとのこと。きっとその秘密というのは、今の状況に関係があるのではないか……。
そして、ショップ柴田のおばちゃんからは、コップの水のこと、陽が沈む前に家に帰らなければならないことなどの古い言い伝えを教えてくれたということだった。
僕は萌の言葉を一言一句漏らさぬようにひたすらメモを取っていた。
「そうか……、本当に大変だっんだな」
余りにも残酷な運命を背負ってしまった萌はこれからどうなるのだろう。
一旦毛繕いをしていたみこがまた萌にじゃれついている。萌は自分の指先を動かして、みこと遊びだした。
「あっ、そうだ。この間、柴田のおばちゃんと会った時に、あんたが静かに天国へ行くには何かが必要やからあの兄ちゃんと一緒に必ずそれを見つけるんやでって言われた。そして、もう残された時間が余りないって。おばちゃんに、萌はいつまでここにおれるん?って聞いたら、最初はわからんと言うだけやったけど、何度も聞いたら漸く話してくれたんよ。はっきりとはわからんけど、多分、今月の二十一日位までやと思うって…。」
僕は、萌の言葉を聞き愕然とした。
今月の二十一日って、次の日曜日じゃないか。たった五日間しかない。僕が今週休みを取ったのは運命なのか?もしくはただの偶然なのか?こんな僕に本当に謎を解くことができるのだろうか?普通に考えれば到底無理に違いない。だけど、僕が弱気を見せると萌はさらに心細くなってしまう。だから僕は弱音を見せないように必死に振る舞っていた。
「そうか。でも逆に言えば五日もあるじゃないか?そう思うようにしようよ。萌が知っていることはこれで全部?もう何も無い?」
僕は、両手で「佐紀陵山古墳の秘密」を持ちぱらぱらとめくりながら聞いた。
「うん。もうだいたい全部話したと思う。」
そう話した後、萌はしばらく黙ったままでいた。そして、
「なぁ。やっぱり萌はこの本に書かれているような呪いにかかってるんかな?」
僕は素直に返事をする。
「多分ではなく、間違い無くそうなんだと思う。だけど、どうやったらこの呪いから逃れられるかは、余りにも手がかりがなくて想像もつかない。そう、なさ過ぎるんだよ。でも、さっき言ったように二人でやれば……」
「あーーーー」
僕の話を遮るように萌が大声を出しそしてしゃがみ込んだ。
「やっぱり、無理なんかな。もう、なんでこんなことになってしもたんやろ。萌はまだまだやりたいことが沢山あったのに……。事故で死んだのはもうどうしようもないけど、せめて天国に行きたい。それって、贅沢な悩みじゃないよね?」
いつのまにか涙が頬を伝って落ちている。
大きな瞳から流す涙を僕は不謹慎だが愛おしい気持ちで見ていた。
僕が何とかしてこの幽霊を天国に行かせてあげなければならない。絶対に……。
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