第7話 天国に行けない理由
「久しぶりだな。あっ、この眼鏡、借りてるよ。この眼鏡をかけた時だけ君のことが見えるみたいなんだ。この家にまだいるとは思ってたけどさ。最近はどうしてたんだい?」
僕は照れもあって、まくし立てるように言葉を発していた。
「えっ?気にしてくれてたん? うれしいー。だって、私は幽霊やで?怖くないん? ま、物好きもおるってことやな」と言いながらも萌はいつもより声のトーンが上がっている。
「うちはさ、自分がなんでこんな形でいるのかを調べてるんよ。柴田のおばちゃんにも調べてもらってるんやけど、やっぱ自分もちゃんとやらなあかんと思うしな。だから、こっそり図書館にも行ってる。だって、知りたいやんか。なんで自分だけがこうなっているかをちゃんと、知っておきたいやんか……」
萌は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。僕は、それをただ黙って聞くことしか出来なかった。
僕は、拾ってきた子猫に「みこ」と名を付けた。連れて行った動物病院では、特に異常無しというお墨付きをもらい、感染予防の注射をしてもらった。勿論、不動産会社経由で、大家さんにもペットOKの許可をもらった。これで今後、みこは家猫として僕と一緒にこの家で過ごすことになる。
ありがたいことに、ショップ柴田にもキャットフードが数種あることがわかった。その中にみこの好きな鰹と鮪のテリーヌ缶があるのだ。大好物の猫缶を食べていたみこが窓側の椅子の方を見ている。銀縁眼鏡をかけているが何も見えない。でもみこには見えてるのかもしれない。
萌が椅子にもたれて眠っている姿を……。
月曜日が始まった。
僕は昼食も取らずアイデアをまとめていた。みこのことが気になる。できるだけ早く帰りたい。だから昼休みも献上して働いていたのに、退勤時間前になって水木課長から全員集合のメールが来てしまった。会議は夜の七時からスタートした。今日は途中経過を全員発表するという内容だった。僕は正直前回と余りコンセプトを変えていなかった。
今回、僕が勝手に考えているアーティストの印象は、初々しい、素直な声、そして良い意味で普通の女の子なのだ。そのイメージは緑しか浮かばなかったのだ。
「次、神谷」
水木課長に言われ、ソフトを立ちあげる前に、何故自分がこうして緑を押すかを説明し始めた途端、厳しい声が飛んできた。
「お前、前に言われたことを理解出来て無いんか?いつからそんなに丸くなった。全くおもろないわ」
全員の前で叱責されたのは初めてではなかったが、とにかく恥ずかしかった。僕は、いつからこんなに平凡になってしまったのだろう?
玄関を開けるとみこが座って待っていた。
今日は遅くなるかもしれないと、朝食の際、予めいつもより多めにキャットフードを食器に入れてきたのだが、あまり減ってないようだ。ただ、その皿の横に猫缶の中身が少し残った小皿が置いてある。きっと、萌がみこにあげてくれたのだろう。
上着を脱ぎ、椅子に掛けた時、テーブルの上にある本に気がついた。本の題名は、「佐紀陵山古墳の秘密」とある。そうか、萌が自分のことを調べている中で、関係している何かを見つけたのかもしれない。僕は、疲れている事も忘れ、本を手に取り読み出した。
「佐紀陵山古墳の秘密」を読み終えたのは朝の四時を少し過ぎたところだった。久しぶりに本を一言一句真剣に読んだ気がする。
特段、幽霊のことについての記述はなかったと思う。ただ、歴史に詳しくない僕でも萌に関係があるのではないかと思うような印象を受ける記述があった。
「実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により第十一代垂仁天皇皇后の日葉酢媛命の陵に治定されている。江戸時代に壕を渡り古墳の石室をこじ開け、水晶で作られた勾玉、翡翠で出来た首飾りや表面に夜光貝や白蝶貝を使った螺鈿装飾がされた鏡などが盗掘される事件が発生した。その後、その盗掘に関わった人々が次々と原因不明の死を遂げた。また、災いは当の本人だけはなく、親族にも及んだ。姫の呪いとして人々に怖がられたこの事件には、実はもう一つ悲惨な呪いが課されているのだと山陵町に住む人々には代々語り継がれていた。それは、関わった人間及び親族が、死んでも天国に行くことが出来ず、永遠にこの世とあの世の境目にいなければならないという。しかもそれは、女性のみに必ず起きるというものであった。真実は定かでは無いが、現在もひっそりと語り継がれている」
確かに、萌の状況と似ている。というか同じだ。
では、萌の祖先の誰かがこの盗掘に関わっていて、未だにその呪いが代々継続されているのだろか?
そうだとしたらなんと理不尽なんだろう。萌は全く悪くないじゃないか……。
「おはよう。めっちゃ眠たそうやん?大丈夫?」
気がつくと萌が僕の横に立っている。
夜では無く、太陽が出ると現れるこの幽霊の女の子には、自分には全く関係の無い過去が重くのしかかっているのかもしれない。
起きてきたみこが萌の足にじゃれついていが、触る瞬間に萌の足が透明になっていくので全く触れていない。勢いが付きすぎて、食器棚に衝突しそうになっている。みこは萌が本当に好きなようだ。
「そうだ、昨日は悪かったね。みこにご飯をあげてくれて助かったよ。」
「何言うてんの。それくらい大丈夫。多分遅なるやろうと思ってたしな。」
萌は水を飲み終えるとコップをテーブルの上に置いた。
「あのさ、ちょっと不思議だったんだけど、もしかして、萌は太陽が昇っている間しかこの世にいることができないのか?」
思わず、萌と呼び捨てで言ってしまった僕は恥ずかしくなり頬が赤くなる。
「正解! 朝、お日様が昇った時からこちらに来ることが出来て……」
少し沈黙が続いた後、萌は絞り出すような声で話だした。
「お日様が沈むとこの世とあの世、そう丁度間というか説明は難しいんやけど川が流れている場所に行ってしまうんよ」
「そうなんだ……。そこには萌以外の人はいないのか?」
「うん。そう。いつも萌一人やねん。怖くて怖くて、いつも目を閉じて座ってる。最初の日なんかは、恐怖で声もでないし、ただずっと泣いてた。でも、今はお日様が昇ればみこに会えると言い聞かせて我慢してるけど…」
みこもそれを聞いて嬉しいのか今度は尻尾を萌にこすりつけようと頑張っている。
こんな女の子が真っ暗闇の世界で膝を抱えて次の日の朝のことを考えながら一晩過ごしているなんて、なんて残酷なんだろう。
なんとか萌を天国に行かせてあげたい。僕は強くそう思っていた。
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