第3話 決意
4月11日
母に、散歩に行くから と言って、外に出ていた。母は心配そうにしていたが、僕は、適度な運動もした方が良いだろう と母を説得して、母は仕方なそうな顔をしながらも承諾した。
硝子さんは、いや〜ようやく悪霊のご対面ですよ〜 なんて言って、遠足に行く子どものように呑気にはしゃいでいた。
そんなに良いものでは無いだろう と思いながらも、初めて悪霊を見れる事に、どこか期待している自分もいた...
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3.決意
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「ここら辺かな?」
彼女はそう言って、立ち止まった。自宅からすこし離れた交差点である。
「ここで悪霊が見れるんですか?」
辺りを見回し、そう尋ねた。特に何の変哲もない交差点である。
キィィィイイィィィィーーーーーッ!!!!!!!!
バァァァァーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!!
突然の大きな音に思わず耳を塞ぐ。
車輪と道路が強く擦れた音、車が何か固いものに強く衝突した音がする。
キャァァーーーー!!!
ザワザワ...ザワザワ...
は、はやく!!誰か!!救急車っ!!!
ザワザワ...ザワザワ...
そ、それよりもはやく!!中の人をっ!!!
悲鳴、混乱した声、不安そうな声が聞こえてくる。たちまち、静かな交差点は喧騒に包まれた。
ただ僕は、その光景を黙って見ている事しか出来なかった...
「あれを見てごらん」
硝子さんはそう言って、車に指を指す。
車から、白い煙に混じって何か黒いモヤが見える。最初は、車から火が出ているのかと思った。しかし、それは段々、人型になっていく。
「黒い...女の人......」
正直性別が分かる程、はっきり見えた訳じゃない。ただ、間違いなく女性だと何故か確信がもてた。
「ちゃんと見えてるね。あれが悪霊だよ」
彼女は淡々と言う。
徐々に頭の整理がつく。そしてようやく事の重大さに気づいた。
「そ、そんな事言ってる場合じゃないですよ!運転手はっ!!!」
彼女は冷静に、
「大丈夫、安心して。運転手に命の別状はないから」
「それよりも、あれを追うよ」
彼女は直ぐに、どこかへ行こうとする悪霊を追う。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
必死になって、その後を追いかける。
「どうしてっ!事故が起きる前に退治しないんですかっ!」
僕は、彼女に問い詰める。
「あの運転手に、かなりベッタリ憑いていたからね。もしその状態で悪霊を退治しようとすると、私たちにかなり被害が及ぶ。もちろん、取り憑いてる人にもね」
「でも、それじゃあ結局、誰も救えないじゃないですかっ!」
僕の声に、彼女は立ち止まり、振り返った。
「じゃあ、君は人のためなら自分を犠牲にしても良いと言うんだね」
彼女は冷たく鋭い目で僕を見る
思わず目をそらす。
「自分が犠牲になれば解決すると思ったら大間違いだ」
彼女は語気を強める。
「悪霊は一人なんかじゃない。世の中にたくさんいる。もし目の前の人を助けられても、私たちがやられてしまったら、私たちが必要な人たちはどうなるの?」
「...」
「自分の事を大切に出来ない奴が誰かを救うなんて、おこがましい考えじゃないかな」
「...」
彼女の言葉に、僕は唇を噛む。
「別に強制じゃない。そのまま帰ってもらっていい。別に誰も君を責めようなんてしない。誰かを救いたいと思えるだけでも立派な事だからね」
「ただ、今の考えのままなら君を連れて行く事は出来ない」
そう彼女は言い捨て、僕に背を向けた。
僕は何も言い返せなかった。彼女の言葉は自分の認識の甘さを痛感させるものだった。
でも、このまま黙っているわけにはいかない。ここで逃げたら何も変わらない。
「僕......行きます...!」
先に行こうとしていた彼女が止まった。僕は震える手を抑えながら話し始める。
「昨日、母と話をしました...」
「僕の小さいの頃の話...亡くなった父の話...母は、とても...とても...たくさんの話をしてくれました」
声を詰まらせながらも話す。
「硝子さんが言った通り、僕は、母にとても大切にしてもらっている事に今更ながら気づけたんです......」
拳を強く握った。
「だから...もう自分で自分を殺すような事はしない!」
「見知らぬ誰かのためとかじゃなくても、身近な人のために生きなきゃと思うから!!! いや、生きなきゃいけないんです!!!」
僕は彼女に自分の気持ちをぶつけながら、自分から溢れ出た言葉をしっかりと胸に刻んだ。
「...」
「分かった。でも、無理はしないでね」
彼女は少し振り返って、言った。彼女らしい横顔だった。
「...はい!」
僕は返事をして、彼女について行った......
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「ほら、アイツだ」
小声で彼女が指を指す。周りには誰もおらず、さっきの悪霊だけがいた。
悪霊はさっきよりもハッキリとした姿になっている。髪が長いため、顔はよく見えないが、服には白地に赤黒い汚れがベッタリとついていた。
「透、そこの木の棒をもって」
「えっ、あっ、はい」
僕は彼女の言う通り、その棒を持った。
「あの〜...これは何の意味が...?」
「それで退治する」
「えっ! こんなのでやるんですか!?」
てっきり僕は、それっぽい道具を直前に渡されるのかと思っていた。
「基本的に悪霊退治するのには特別な道具はいらない。必要なのは生きたいという強い思いなんだ」
「思い...ですか...」
「うん。その思いとそれを受け止めてくれる受け皿さえあればいい。今の君なら絶対に大丈夫」
彼女が僕の方を向いて、僕の肩に手をやる。
「私には直接悪霊を退治する能力は残念ながらない。生きている人間じゃなきゃ出来ない。だから君にお願いしたんだ」
「もう準備は出来てる?」
彼女は僕に尋ねる。
正直全く不安じゃないと言ったら嘘になる。
でも...ここまで来たらもうやるしかない!
「はい!」
「よし!じゃあ行くよ!」
勢いよく目の前へと飛び出した。直ぐに木の棒を構える。
ア゛...ア゛...
何かうめき声を上げながらこちらにゆっくりと振り向く。
ギロリッ
髪の隙間から、血走った目と目が合ってしまった。一気に背筋が凍る。
(動けない...!)
金縛りにあったように、自分の体が言う事を聞かない。
ア゛ア゛ァァァァァァーーーー!!!!!
相手は唸り声を上げる。
その声にハッとした。
髪が伸びてきて僕の体に絡みつこうとしてくる。
ッ!!!
何とか避ける。
そして、直ぐに次の攻撃も、
避けて...
避けて...
何とか避けた......
怖い......
逃げなきゃ......
そんな考えが僕の頭の中を支配する。
「透!!! 私の声をよく聞いて!!!」
力強い声がする。
「前を向いて!」
その声の通りにする。
ア゛ア゛...ア゛...ア゛...
何か苦しんでいる......そんな気がした。
「悪霊だって好きでこうなったんじゃない! 元々は人間なんだ!」
そうだ...悪霊だって人間だったんだ......
僕もひとつ間違えたらこうなっていたかもしれない...
「恐れたっていい! 逃げたいと思ったっていい!」
「ただ、目の前だけを見て!」
その言葉が耳に届くと、
どこからか温かい空気が自分を包む......
自分の手の平に優しく何かが触れる......
木の棒がほのかに光る......
いける......
これなら......いける...!!!
「自分を信じて!!!透!!!」
その声に反応して、
木の棒を振り上げる!
ア゛ア゛ァァァァァァーーーー!!!!!
はぁぁぁぁぁああああーーーーーーっっ!!!!!
向かってきた相手に木の棒を思いっ切り振り下ろした...!
.........
「終わった......」
辺りに静けさが戻る。
確かな手応えがあった。
黒いモヤが空へと消えていく...
「やったね」
彼女は笑顔で言う。
その顔見て、どっと疲れが押し寄せてきた。
「はあぁぁーー...疲れたぁーー......」
地面に大の字になる。
雲一つない青く澄んだ空を見ていた......
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