第2話 使命

「はい、これ鍵とスマホ。あ、スマホの番号は覚えてる?」


「うん、大丈夫」


「うん、じゃあこれから母さんはちょっと買い物してくるから、何かあったら電話して」




そう言うと、母は車に戻っていった。


そこまで長い時間は経っていないはずだが、家がとても懐かしく感じる。


こんな家だったんだな とじっくり見回す。こんなにきちんと見るのは本当に久しぶりかもしれない。日本なら何処にでもありそうな昔ながらの一軒家だった。


二人で住んでいる割にはちょっと広いな と思いながら、僕はガチャガチャと扉を開け、早速階段をのぼり、自分の部屋へと向かっていった。




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2.使命




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自分の部屋は記憶のままだった。




開かないだろう、雑に机に積み重ねられた教科書。


最近起動していない、隅っこに寄せられたゲーム機。


寝る時に読むであろう、ベットにおかれた漫画。




どれも記憶の通り、ただただいつも通りの自分の部屋だった。








部屋着に着替え、ベットに座ると睡魔が襲ってきた。ここ最近気を休めることが出来ていなかった。眠くなるのも当然だ。そして、そんなことを考えながらそのまま横になって寝ようとした瞬間、







「わぁ!!!」


「ッ!!!」



突然逆さになった女性が現れた。僕は驚いてベットから跳ね上がる。声も出なかった。



「アッハハハハー!めっちゃビックリしてる!!!」



宙に浮いている女性は腹を抱えながらゲラゲラと笑い声をあげた。僕は、そんなに笑うことは無いだろう と少し不快な気持ちになる。



「ごめんごめん、そんな驚くと思ってなくて、あははー」



頭をかきながら少々申し訳なさそうに言って、逆さからグイッと元に戻って続けて言った。



「ようやく落ち着いて話せる場所に君が来たからね。私がお願いしたこと、覚えているかな?」



彼女は前のめりになりながら聞いてくる。



(お願い...もしかしてあの時の声の主はこの人だったのか)



僕が少し考えると直ぐに、



「おっ、ちゃんと覚えていてくれているみたいだね、良かった、良かった」



彼女は首を大げさに縦に振る。そして改まって、



「私の名前は日野硝子。この世に生をうけてもう120年ほどになるのかな。ちなみにこの姿は私が20代ぐらいの時の見た目を今風にしたものなんだ」


「気軽に下の名前で呼んでね。よろしくお願いします」



そう言って丁寧に一礼した。


確かに自分と年齢が同じくらいか、少し上ぐらいかの見た目をしている。髪は、見た者を吸い込んでしまいそうなぐらい黒く透き通っており、テレビで見るモデルのようにスラッとした体型をしていた。


とても20代とは思えない、どこか神秘的で、何故か懐かしい気持ちになった。






「自己紹介はこの辺にして、私のお願い聞いてもらってもいいかな?」



僕は正直色々と聞きたいことはあったけれども、とりあえず首を縦に振った。そして、彼女は今までの表情とは打って変わって、真剣な表情になった。



「私のお願いはね...君に悪霊退治してもらいたいんだよ」



そう彼女は言った。僕は反応に困る。悪霊退治なんて馬鹿げていると思った。だが、今、目の前にいる幽霊がその考えを打ち消した。どう応えていいのか分からず、とりあえず頷く。



「なんで悪霊退治なんだって思ったよね。

実はね、悪霊を退治することは、この世に生まれてきた人たちがその生涯を全うするためにとっても大事な役割を果たすんだよ」


「悪霊は生きている人に取り憑いて、大きな悪影響を及ぼすんだ。本来、生きるはずだった年数を著しく短くしてしまったり、場合によっては取り憑いた人間ではなく、その周りに被害が及んでしまったりしてしまう」



彼女は力強い目で僕を見る。



「だからね、これは私たちにとって大事な使命なんだ」



有無も言わさぬ口調で言った。


その気迫に少々圧倒されつつ、僕は、そんな重要なことをなぜ自分に頼んだんだろう と思っていた。もっと正義感に溢れたヒーローみたいな人間がいたはずだ。どうせ僕に頼んだって断られるのがオチなのに。



「君ならできると思ったからだよ」



彼女は微笑みながら言う。



「もちろん、君一人でやる訳じゃないよ。私が最大限サポートする」


「それでもし、一年間続ける事ができたら、私のお願いを聞いてくれた代わりに、君のお願いを一つ叶えてあげよう」



彼女は人差し指をピンッと立てて言った。


正直願いを叶えると言われても...と思った。誰かのためになるのならそれはそれで良いのかもしれない。ただそこまで重要な役割を僕が背負えるはずがない。彼女が何故そこまで僕に肩入れしているのだろうか。


彼女は僕の不安を感じとったのだろうか、彼女は腰に手を当て、堂々と胸を張る。



「君が思っている以上に、君はできる人間だよ。もちろん、こんな赤の他人に言われても信じられないかもしれないけど、もうちょっとだけ自分を信じてみてもいいんじゃないかな。」


「なんたってこの私が選んだんだからね! 」



胸に手を置いて、自信満々な顔で言った。




正直彼女のことは、完全に信用できない。


ただ、彼女の一つ一つの言葉、動きには不思議と人々を虜にしてしまうようなそんな魅力があった。




(僕にもできるんじゃないか)




僕ですら、そう思わせてくれる力があった。しかし、直ぐには返事出来なかった。やりたい気持ちが無いわけじゃない。もし、彼女のようになれたらこんなに悩まずに即決できたのだろうか。彼女がとても羨ましく感じる。


そんな僕を見て、彼女は、



「まあ、見ず知らずの人にそんなこと言われても、直ぐに決められないよね」


「それに私だってこんな事いきなり言われても困っちゃうもんね」


と言い、目をつぶってウンウンと首を振る。


「まあとりあえず明日、実際に見てみよっか。実際に見てみないと分からないだろうしね」


「返事はそれからでもいいよ。だから今日はゆっくり休んでね」



と言い、彼女はどこかへ行こうとする。






「あっ、少し...待ってください...」



僕は彼女を引き止める。



「ん? どうかしたの?」



彼女が振り返る。



......



彼女の視線が痛い。咄嗟に頭を下げる。

頬に汗が滴る。息が詰まりそうだった。

彼女は首を傾げながらずっと僕を見ている。

僕はずっと頭の片隅で引っかかっていたことがあった。それは今聞かなきゃいけない。ハッキリさせなきゃいけない。



「母は...僕の自殺に...関係ありますか...?」



恐る恐る声に出す。


言わないほうがよかったかもしれない。でもギクシャクしながら母と一緒に過ごすのは嫌だ。でも、もし自殺に関わっていたら、僕はどんな顔をして生活していけばいいのだろうか。そう考えると途端に身体が強張ってしまった。





「違うよ」



僕は顔を上げた。



「...そうですか...良かった...」



ストンっと身体の力が抜けると同時に母を疑ってしまった事に少し後悔をした。

そんな僕を彼女は温かい目で見つめる。



「もしかしたら君のお母さんが、もっと頑張っていれば自殺を止められた可能性はあったかもしれない。でも、正直可能性は限りなく低かったと思う」


「君が疑ってしまうのも仕方ないよ。誰も責めたりなんかしない。」



彼女は、僕の手を握るような仕草をする。実際には触れていないのにどこか温かい感じがする。



「だからね、お母さんを信じてあげてね。お母さんは君の事をとても大切に想っているから」



僕に目を合わせながら言った。そして僕の顔を見て安心したのか、じゃあまた明日ね と言って、手を振りながらどこかへ消えていった......






少し時間が経った。


玄関からガチャガチャと音がする。


ただいまー とよく聞く声が聞こえる。


その声に反応して、僕は部屋から出た。


そして、おかえり とその声に返事をした......

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