命のものさし
よし
第1話 蘇生
(ここは...何処だろう...自分は...誰だろう...)
暗闇の中、ずっとずっとさまよい続けていた......
(誰もいない...何も見えない...)
歩いている感触が分からない。疲れも何も感じない。腹も空かない。只只、何かを求めて歩き続けた......
何分、何時間、いや何日経っただろうか。
ある時遠くから、懐中電灯のような微かな灯りが見えた。
徐々に徐々にその光は大きくなっていく。辺りがあっという間に白一色になった。不思議なことに眩しくはなかった。するとどこからか、
「パンパカパーン!!!なんと!生き返る権利が贈呈されました!!!」
と突然嬉々とした若々しい女性の声がした。
その声の主は、
こんな所にひとりぼっちで辛かったね〜 とその境遇に共感したと思えば、
生き返れるなんて君本当についてるよ! などと勝手に喜んでいた。
急な出来事にあ然としながらも、今自分が死んでいることを初めて自覚した。何も思わなかった。声の主に、正直聞きたい事は山程あったはずなのだが、何一つ出てこなかった。
「このままここにいる?」
「それとも...」
「生き返りたい?」
自分がずっと考えていると、声の主はそう聞いてきた。
(生き返りたい)
ふと思った。
特別な理由なんてない。
別にこのままここにいったって良い。
ただ、何故かそうしたいと思った。
「分かった」
「強制では無いんだけれど、君に一つだけお願いがある」
そう畏まった感じで言った。
「現世に生き返ったら君にある事を一年間してもらいたい。もちろん報酬もあるよ。内容についてはここでは詳しくは話せないけど、生き返ってから詳しく説明するね」
そう言った。一体それが何なのか気になりはしたが、まあ、別に強制ではないからな と思い、気にも留めなかった。
自分はそれに頷く。そして一つ疑問が湧いた。
(自分はどうして死んだのだろうか?)
一つだけ思いつく。今まで何も考えつかなかったのに。
「自殺だよ」
とその女性は淡々と言った、続けて、
「ああ、でもちゃんと自殺の原因となったものは取り除いてるから、また自殺するようなことは起きないから大丈夫!」
と何故か自信満々に言う。
いや全然大丈夫じゃないでしょ と思っていると、いきなり、
「よし!じゃあそろそろ生き返れるよ!」
と言った。
えっ!ちょっと待って! などと言う自分を気にすることなく、
「......君、渡辺透(16)性別(男)は、とある病院の一室で目が醒める......」
全てを包み込んでしまうような声で言った。
すると、辺りがほのかに温かい空気になり、
光の中、深い深い眠りへと落ちていった.....
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1.蘇生
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徐々に徐々に身体の感覚が戻ってくる......
ツーンとくるような匂いがする......
フワフワとした感触がする......
ピッ、ピッ、と何か音が聞こえる......
ジワジワとぼやけていた視界がきれいになる......
目の前は白かった。
ふと横を見ると、どこか懐かしい感じを覚える女性がいた。歳は40代だろうか、僕と目が合うとその女性は目を見開いていた。僕が口開こうとした途端、
「透!!良かった...本当に良かった...!」
その女性は涙ぐみながら僕を抱きしめた。すると直ぐに、
「お医者さん呼んでくるからね!!」
と言ってバタバタとどこかへ行ってしまった。僕は口を開けたまま、ポカンとしていた。
正直まだ実感はあまり湧いていないが、おそらく生き返ったのだろう。身体の感覚を確かめながら、先程の女性が戻ってくるのを待っていた...
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4月10日
僕が生き返った日からもう一週間も経った。医師から色々な説明を受けたり、検査をしたりであっという間に日にちが過ぎていった。特に身体に異常はなく、軽度の記憶障害があるだけで、日常生活に特別支障はきたさないだろうと医師に言われ、今日退院することとなった。
「直ぐに退院出来て良かったね」
と女性が言った。僕の母である。目覚めた時は記憶がこんがらがっていたため母親だと気づけなかったが、あれから少し時間が経ったら、直ぐに認識することが出来た。
「いや〜、今日は風が強いね。大丈夫?寒くない?」
「大丈夫だよ」
などと僕たちは他愛のない話をしながら車へ向かい、家へ車を走らせた。
「いや〜子どもを助けるために自分の身を呈、母さんはできないな〜」
ミラー越しに母が話す。
僕はその言葉に頷く。
入院してた理由が自殺のせいではなく、子どもを助けようとして車に轢かれたことになっていた。
実際自殺をしようとした記憶もなく、何が原因だったのかも検討もつかない。
(自殺の原因を取り除くって言ってたのはこういうことだったのか)
少々考え事をしていると、
「あっ、別に子どもを救おうとして身を投げ出したことを責めてるんじゃないよ。凄い立派な息子を持ったんだなって思ったんだよ」
母は何故かバタバタしながら言った。
「うん、分かっているよ」
僕は適当に受け流した。
「なら良かった」
母はほっと息を吐く。
そして、母は目の前だけを見つめながら言う。
「透が事故にあったって電話がかかってきた時、お父さんのことを思い出しちゃったんだ。このままもう二度と話すことが出来なくなるんじゃないかって、母さんだけが取り残されちゃうんだって、悲しいっていう気持ちが来る前に、虚しい気持ちになっちゃったんだよね...」
「うん」
「ごめんね、弱音吐いちゃって。こうやって透と話せているのは天国にいるお父さんのおかげかもね」
「うん」
母は改めてミラー越しにこっちを見る。
「でもね、もう無茶なことはしないでね。たった一つの命なんだから」
「うん」
そう言い終わると、母はまた前を向き、どこか物憂げな表情をしながら運転を続けていた。僕は窓の外の景色を見ながらずっと考え事をしていた。
車内では、風が窓を叩く音と車が通り過ぎる音がよく聞こえていた......
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