3

 ルルちゃんはねどこから出ました。どうしてそのようなことをしたのか、自分でもよくわかりません。そしてそれからしたことは、さらに奇妙なことでした。


 ルルちゃんはリュックを取り出すと、その中にウララちゃんの本を入れました。そしてそれを背負うと、窓を開けました。


 本当に不思議なことです。自分がなにをしているのか、ルルちゃん自身にもよくわかっていませんでした。窓を開けると、冷たい空気がたちまちルルちゃんを取り囲みました。ルルちゃんは空を見上げます。よく晴れていました。


 大きな月が、空にかかっていました。月の明りで、辺りは白く、輝くように綺麗でした。ルルちゃんは飛び立ちました。お月様に誘われるように。


 ルルちゃんは12月の夜空の下を飛んでいきます。明るく、とても寒い夜です。ルルちゃんはなにも考えていませんでした。でもいくらか、晴れ晴れとした気持ちになっていました。


 とても自由だ、という気持ちがしていました。どこまでも飛んでいけそうです。そういえば今日はクリスマスイブだということを、ルルちゃんははたと思い出しました。ならば、どこかでサンタさんとすれ違ったりするでしょうか。トナカイの引く、そりに乗ったサンタさんに。


 ルルちゃんはすいすいと飛んでいきます。と、一つのマンションが見えました。そこのベランダに、誰かがいます。


 男の人です。もう若くはない男の人です。その人はベランダの手すりにもたれて、外を見ていました。ルルちゃんはその男の人の顔を見て――叫びました。


「ウララちゃんのお父さん!」


 そうです! おどろくべきことに、そこにいたのはウララちゃんのお父さんだったのです! 不思議なことですよね。どういうことなんでしょう。クリスマスイブなので、なにか、魔法の力が働いたのかもしれません。


 ウララちゃんのお父さん――フジタさんは、おどろいて、声のするほうを見ました。ルルちゃんが大急ぎで、フジタさんのほうにやってきます。そしてそばに下り立つと、早口で言いました。


「ウララちゃんのお父さん、フジタさん! ウララちゃんが、ウララちゃんが、いないの!」


 フジタさんはびっくりしています。ルルちゃんをまじまじと見つめました。


「……ええと、きみは魔物で……。どうしてわたしの名前を……」

「ルルだよ! お手紙出したでしょ!」

「あ、ああ! そういえば、手紙をもらったよ! きみがあの魔物か。でもしかし――いったい、なにがあったんだね」


 フジタさんは心配そうに、ルルちゃんを見ました。「それにそもそも、どうしてわたしの住所を知ってるんだい?」


「それはルルにもわからないの。でもお空を飛んでたら、たまたまウララちゃんのお父さんを見つけたの。――フジタさん、ウララちゃんが、大変なことになってて……」


 ルルちゃんの目に涙が浮かびました。そこに冷たい風が吹きつけます。フジタさんはぶるっとふるえると、ルルちゃんに言いました。


「ともかく、いったん部屋の中に入ろうか。ここは寒いよ」


 フジタさんはそういって、ルルちゃんを室内にいざないました。


 そこは小さなリビングでした。ソファがあり、ローテーブルがあり、テレビがあり、そしてとてもちらかっていました。


 服があちこちに脱ぎっぱなしでほったらかされいます。積んだ本の山がいくつかあります。テーブルの上には缶ビールがあって、おつまみのお皿があって、そこにも本が、携帯が、タブレットが、その他細々とした生活雑貨が、適当に置かれていました。


 室内は明るく、つけっぱなしのテレビでは、タレントさんたちが大げさにはしゃいでいました。フジタさんはテレビを消して、ルルちゃんのほうを見ました。


「ソファに座るといいよ」ソファにもものが転がっていました。それを床に下ろしながら、フジタさんは言いました。「で、いったい、なにがあったんだい?」


 ルルちゃんはあらためて、フジタさんを見ました。携帯で見た写真の通り、よく太ったおじさんでした。あの写真よりも、さらに年をとっています。髪の毛はますますうすくなっていました。


 けれどもやっぱりあの写真の通り、人のよさそうな顔をしています。


 ルルちゃんはソファに座り、フジタさんはじゅうたんの上に直接座りました。ルルちゃんはリュックをおろして、ウララちゃんの本を取り出しました。


「ウララちゃんが出てこないの……」


 そう言って、ルルちゃんは本をフジタさんに差し出しました。フジタさんは受け取り、首をかしげました。


「故障したのかな」


 そう言って、フジタさんは本を開きました。すると、どうしたことでしょう! そこにいつものようにウララちゃんが立っていました。


「ウララちゃん!」


 ルルちゃんはさけんで、ウララちゃんのほうに飛んでいきました。ウララちゃんは最初見たときと同じ格好をしています。やわらかなウェーブがかかった髪に、シンプルな白いワンピースです。ウララちゃんは、濃い緑の目でルルちゃんを見て言いました。


「はじめまして。わたしはウララよ。あなたの名前はなんていうの?」

「ウララちゃん!」


 ルルちゃんの声が悲鳴になりました。「どうしたの、ウララちゃん! ルルのこと忘れちゃったの!?」


「……いや、これはどうしたことか……」


 フジタさんが困っています。ルルちゃんはウララちゃんの顔をじっとのぞきこみました。ウララちゃんがおだやかなほほえみで、見つめ返します。ルルちゃんの目に涙が浮かびました。


「ウララちゃん……全部忘れちゃったの? ルルのことも、みんなことも? 一緒にお歌を歌ったり、おどったり、海に行ったりしたことも? お話もたくさん、そう、ウサギが宇宙を探検する話もあったよね……野原を歩いていたら……」

「そうしたら、ウサギが、お星さまのかけらを見つけるんでしょう?」


 ルルちゃんの言葉を拾って、ウララちゃんがやさしく言いました。ルルちゃんが、とびあがるようにおどろいて、言いました。


「そう! それ! ウララちゃんが教えてくれたお話! おぼえてるの!?」

「おぼえてる? ええ、わたしはその話を知っているわ」

「カニも出てきたね。そして一緒に、月や土星に行くんだ」


 フジタさんも言いました。ルルちゃんは今度はおどろいた顔でフジタさんを見ました。


「フジタさんもこの話、知ってるの?」

「もちろん、知ってるもなにも、わたしがこの話をつく……」


 フジタさんは言いかけて、あわてて口を閉じました。ルルちゃんからの手紙に、お母さんの手紙も一緒に入っていたのです。そこには、うちの小さな魔物が、ウララちゃんのことをたいへん気に入っており、実在する少女なのだと信じている、といったことが書かれていました。それを思い出してフジタさんは、こう言い直しました。


「ウララに教えてもらったんだよ」

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