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 入口は30センチほどですが、内部は広いものでした。そこはトンネルのような場所でした。ほんのりと青白い光が辺りを照らしています。


 車が一台、通れるほどの大きさです。ルルちゃんは上を見て、横を見て、下を見ました。下は地面ではありませんでした。白い床のようで、これもやはり淡く光っています。そしてその内側では何かが動くように、うずを巻いていました。


 ルルちゃんは歩き出します。この先になにがあるのだろうと、ぼんやりと思いながら歩きます。帰れなくなったらどうしよう、といったことは思いませんでした。


 なにかに呼ばれるように、ルルちゃんは歩いていきました。


 と、そのうち、前のほうに白い光が見えてきました。どうやら出口のようです。ルルちゃんは出口に向かって、早足で歩きました。




――――




 ぴょこんと、ルルちゃんはトンネルの外に出ました。外もまた、暗い世界でした。けれども真っ暗ではありません。


 星が見えます。街灯の明りもあります。そこは住宅街でした。ルルちゃんたちが住んでいるようなところです。


 そしてルルちゃんはどこかの家のベランダにいました。ルルちゃんはぼんやりとそこにたたずんでいました。自分がどこにいるのか、さっぱりわかりません。


 突然、ベランダの窓が開きました。ルルちゃんはびっくりします。窓から出てきたのは、男の子です。


 12歳くらいの男の子でした。ルルちゃんは、この子、知ってるぞ、と思いました。けれども一体だれなのか、思い出すことができません。よく知っているはずなのです。なにか、とても大事な存在なのです。


「なにかが落っこちてきたと思ったら」男の子がおどろいた顔で、ルルちゃんのほうへやってきます。「○△□だ。どこの家の子なの?」


「○△□」のところは、なんと言ったのかうまく聞き取れませんでした。ルルちゃんは男の子を見やり、質問に答えようとしました。


「……えっと……」


 自分はどこの家からやってきたのでしょう。思い出せません。がんばって考えましたが、それでも思い出せません。ルルちゃんは男の子を見つめて、悲しそうに言いました。


「わからないの」

「わからない? 名前は?」


 名前はなんだったかしら。それも一生懸命考えます。けれどもやっぱり――思い出せません! ルルちゃんは不安な気持ちになりました。涙がこみあげてきます。


「それもわからない」


 ルルちゃんはうつむきました。うつむいて涙をこらえます。男の子がやさしい口調で言いました。


「大丈夫。ちょっと忘れちゃっただけだよ、きっと。少し休めば思い出すかもしれないよ。うちで休んでく?」

「……うん」


 ルルちゃんはうなずきました。そしてまた男の子の顔を見ました。やっぱりどこかで見たことがある顔です。


 これを読んでるみなさんのために説明しておきましょう。この男の子はカイに似ているのです。ただ、カイよりも少し、かしこそうな顔つきをした男の子でした。


 けれどもルルちゃんはすべてを忘れてしまっているので、この子がカイに似ているのだと、気づくことができません。


 ルルちゃんは男の子と部屋の中に入りました。室内には音楽が、ごく静かにかかっていました。男の子は言います。


「明日、お父さんとお母さんに相談して、一緒におうちを探そうよ。今夜はここに泊まっていくといいと思う」

「ありがとう」


 ルルちゃんはそう言って、ベッドの上に座りました。男の子は机に向かいます。


「ちょっと待ってて。まだ宿題が残っているから」


 男の子はえんぴつを取り上げ、ノートに向かいます。ルルちゃんは大人しく座っていました。


 自分がいったいなにものなのか、さっぱりわからなくなっているので、もちろん不安はあります。けれども心はだいぶ落ち着いていました。たぶん、あの男の子のおかげです。


 彼の顔を見ているとなんとなく安心するのです。この子はきっと良い子だろう、この子は信頼できる。そばにいれば安心で安全。そんな気持ちになっていくのでした。


 一つの音楽が終わって、次の音楽になりました。女の人が歌っていたのですが、今度は男の人の声になりました。ルルちゃんはついていくように、そのメロディーを心の中で口ずさみました。どうやら自分は、音楽が好きな生き物のようです。


 また音楽が変わります。ふたたび女の人の声です。けれども前とは違う人です。やさしく可憐な声でした。好きな声だなあとルルちゃんは思いました。そしてどきりとしました。どこかで聞いたことのあるような声です。


 明るくはずむようで、でもどこか切ない、不思議な音楽でした。星々と、それから恋の気持ちを歌った歌でした。ルルちゃんは聞いてると、涙がにじむような心地になりました。


 ルルちゃんの胸の内に、様々な感情が押し寄せてきました。記憶の断片のようなものが、ルルちゃんの頭をかすめます。そう、この声はやっぱり知っている声なのです。歌がうずを巻き、ルルちゃんを取り囲みます。


 ふいに、その言葉が出てきました。自分でも気づかぬうちにルルちゃんは声を上げていました。


「ウララちゃん!」

「どうしたの?」


 男の子が、ふり返ってこちらを見ました。ルルちゃんははっとして口をつぐみました。


「ううん。なんでもないの」


 自分はなにを言ったのでしょう。なにか、奇妙な言葉が口から出たような気がします。でもたちまちそれも忘れてしまいました。

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