5

 女の人はそこでいったん、言葉を切って、でもまた続けました。


「ただ――昔のほうがいろいろ希望があったな。将来こういう自分になりたいな、とか」

「なりたい自分になれなかったの?」


 ルルちゃんは、あまりあれこれきくのは失礼かしら、と思いながら、それでもたずねていました。女の人はまた笑いました。


「わたしはね、魔力があまりないの。だからできる仕事が限られているの」


 この世界は魔法の世界です。ですから人々は、魔法の力を使って、様々な仕事をしているのでした。魔力が強い人は大きい仕事ができますし、そうでない人はそうではない、ということです。


「夢魔っているでしょ?」


 女の人がルルちゃんに言いました。ルルちゃんは夢魔のことを知っていました。だから言いました。


「うん。知ってる。夢を見せてくれる人のことだよね」


 これを読んでるみなさんは知らないでしょうから、説明をしておきましょう。魔法の力で、他人に好きな夢を見せることができる人がいるのです。それを職業にしている人びとがおり、彼らは夢魔と呼ばれていました。


「お姉さんは夢魔なの?」


 ルルちゃんがたずねました。女の人は首をふりました。


「ちがう。わたしにはそんな力はないの。わたしの仕事は、夢魔の力で夢を見ている人びとのそばで一緒に眠ることなの。わたしの弱い魔力が、夢魔の魔力を安定させるのに役立つそうなの」

「役に立ってるんだ」

「……ああ、そう、そうかもしれないわね。でも……やっぱり……つまらない仕事よ」


 そうなのかな、とルルちゃんは思いました。そこで言いました。


「好きな夢が見れる、っていいと思うけど」

「夢魔の力と客との相性次第というところもあるわね。全て、なにからなにまで望み通りの夢を見せることは難しいのよ。でもお客さんはやってくる」

「ルルも好きな夢見たいな」


 おいしいものをたくさん食べる夢がいいな、と思いました。女の人は言いました。


「でも、夢は夢よ。夢にすぎないの」


 そうでしょうか。たしかに、おいしいものをたくさん食べる夢を見ても、おなかがいっぱいになることはありません。けれども夢を見ている間は幸せですし、目覚めてからも、幸せの余韻が残ります。


「愚痴をきかせてごめんなさい」


 女の人が、はっとなにかに気づいたような表情になって、ルルちゃんに謝りました。ルルちゃんは――夢のことを考えていましたが――こちらもはっとした顔になって、女の人に言いました。


「ううん。お姉さんは悪くないよ」

「ありがとう」


 女の人は、静かに言いました。そして少しの間、どちらもなにも言いませんでしたが、ふと、女の人が口を開きました。


「わたしの魔物に会いたいな」


 魔物はもう魔界に帰っています。会うことはできないでしょう。けれどもルルちゃんは一生懸命考えて言いました。キレイが言っていたことを思い出しました。


「コンセントを見れば……」

「コンセント?」


 女の人が不思議そうな顔をしました。ルルちゃんは首をふりました。


「じゃなくてね、魔物はまたこちらの世界に戻ってくるんだって。お姉さんの魔物も戻ってきてるかも」


「そうなの?」女の人はおどろいた顔をしました。でもすぐに、少し悲しそうに言いました。「でもそれは、わたしの魔物ではないわね」


 そうでした。ルルちゃんはだまりました。なにかもっといいことが言えないかなと考えましたが、なにも思い浮かびませんでした。女の人が、そんなルルちゃんに気づいたようで、あわてて言い足しました。


「わたしの魔物でなくても、こちらの世界に戻ってきてくれるのなら、それはうれしいわ」


 ルルちゃんはほっとしました。


 自分が元の大きさに戻っていることに、ルルちゃんは気づきました。心がいつになく平穏で、不思議なあたたかさがありました。お姉さんの、弱い魔力のせいかしら、とルルちゃんは思いました。だから夢魔のお客さんたちも、安心して眠れるのでしょう。


「もう行かなくちゃ」


 ルルちゃんは立ち上がって言いました。女の人は封筒を渡してくれました。ルルちゃんはそれを受け取り、ぺこんとおじぎをしました。


「ありがとうございました」


 そうして、ルルちゃんは飛び立ちました。今度は迷いません。まっすぐ駅を目指します。そして今度はさっきとは反対の出口付近に下り立ちました。


 周りの光景を見て思い出しました。そうです。ここは前にも来たことがあります。ルルちゃんは記憶を頼りに歩き始めました。


 大きくて立派でピカピカした街です。道は広く建物は堂々としており、明るく人びとはおしゃれです。ルルちゃんは急いで歩きます。そして、お母さんの姿を見つけました。


「お母さん!」


 ルルちゃんはさけんで走り出しました。お母さんが気づきました。


「まあ、ルルちゃん! 心配していたのよ! よくここまで来れたわね。ひとりなの?」

「うん、ひとり」


 お母さんのそばまで来てルルちゃんは言いました。ちょっと涙が出そうでした。でもがまんして、封筒をわたしました。


「これ、どうぞ」


 お母さんはうれしそうな顔で受け取りました。


「すごいわ、よく持ってきてくれたわね。おかげで助かったわ。これはお礼よ」


 そう言って、お母さんはあめ玉をくれました。オレンジ味のあめ玉でした。


「どうやってここまで来たの?」


 ルルちゃんは飛んできたのだと説明しました。お母さんは言います。


「それは大変だったでしょう。帰りは電車に乗るといいわ」


 そこで一緒に駅まで向かいました。お母さんは切符を買ってくれました。これがあれば、ルルちゃんは電車に乗ることができます。


 ルルちゃんはあめをなめながら、電車に乗って家まで帰りました。




――――




 ルルちゃんにお友だちができて、迷子になったお話はこれでおしまいです。


 次のお話はかわいい女の子が出てきますよ! ルルちゃんはその子と仲良くなれるでしょうか。


 では次のお話もお楽しみに。

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