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「ゴエモンも白くてやわらかい」


 ルルちゃんもゴエモンを見ました。ゴエモンはいすを使わず(小さすぎるからです!)、じかにテーブルの上に座って、煮干しをかじっていました。ルルちゃんはその姿を見て、ゴエモンをちょいとつまんで、一口で食べることもできるんじゃないかと思いました。


 ナミとルルちゃんだけでなく、みんながゴエモンを見ていました。それに気づいたゴエモンは食べるのをやめ、すっくと立ちあがると、大きな声で抗議しました。


「わしも食べ物ではないぞ! 白いが、やわらかくはない! 決してやわらかくはない! わしを食べることは決して許さぬ! 決して、断じて――!!」


 ここで初めてゴエモンがしゃべりましたね。みなさんがどう思っていたかわかりませんが、ゴエモンはこのように、お年寄りのようなしゃべりかたをする魔物でした。この世界にやってきたのは、ルルちゃんより二年早いだけでしたが、ともかく、最初からこのようにしゃべりました。


 ゴエモンから猛烈な抗議を受けて、ルルちゃんは目をぱちぱちさせました。そして、あらたまって、きちんとした声で言いました。


「食べないよ。だって――」


 あんまりおいしくなさそうだもの、とルルちゃんは思いました。でもそれを言いはしませんでした。ゴエモンがそれに対してどういう気持ちになるかわからなかったからです。


「食べないのならよろしい」


 ゴエモンはそう言うと、また座り、煮干しをかじり始めました。




――――




 ルルちゃんとゴエモンはすぐに仲良くなりました。そもそも魔物は魔物同士であまり仲違いをしないのです。まったくけんかをしないというわけではありませんが、ひどく憎みあうこともありません。


 ただ、ものすごく仲良くなることもありません。魔物同士のお付き合いはいつも「ほどほど」のところにおさまっているのです。例外もあるかもしれませんがね。


 魔物というのは個人主義的(これは難しい言葉ですね。わたしもうまく説明できません。そもそも――考えてみたら、魔物は人ではありませんね)な生き物なのだといわれています。魔物は魔界からやってくるらしいのですが、魔界では魔物は、それぞれ一匹一匹で、群れずに暮らしているのではないかといわれています。でも本当のところは誰も知りません。


 人間たちは誰一人魔界に行ったことがありませんし、魔物たちも自分たちが、どこから、どういう世界から来たのか知らないのでした。


 ともかく、ルルちゃんはゴエモンと仲良くなりました。昼の間は二匹でおるすばんです。あるとき、魔界の話になりました。


 ルルちゃんもまた、魔界のことを何も知りませんでした。そこから来たらしいのですが、全く覚えていないのです。ともかく、気づけばカイのそばに立っていて、自分はこの子の相棒となるのだ、と強く思っていたのです。


 ルルちゃんはそのことをゴエモンに話しました。


 ゴエモンはうなずいて言いました。


「そう。わしも魔界のことはよく覚えておらぬ。けれども、わしは、わしが年をとりかしこい魔物であるということを、この世界に存在した瞬間から知っておったのじゃ」


 ゴエモンは、自分のことを、かしこくゆうかんな魔物であるといっていました。ゴエモンは小さな刀を持っていました。これはナミが、木片をけずってつくったものです。ゴエモンはよくそれをふりまわしていました。これは「鍛錬」というもので、ゆうかんな魔物であるためにはかかせないのだと、ゴエモンは言うのでした。


 ルルちゃんはあまり「鍛錬」とやらをしたくありませんでした。けれども、ゴエモンのようにかしこくなりたいとは思っていました。ゴエモンは自分には知らないことなどない、と言うのでした。


「わしがなにかを知らないとき、わしはわしがそれを知らぬということを知っておる。つまり、わしはこのときでさえも、知っておる、といえるのじゃ。よってわしに知らぬことなどない」


 ゴエモンがなにを言っているのか、ルルちゃんにはよくわかりませんでしたが、こんなことをすらすらといえるゴエモンはすごいと思いました。いったいどうしたらかしこくなれるのか、ゴエモンにたずねてみると、ゴエモンは少し考えていいました。


「そうじゃな。すぐにかしこくなることはできぬ。ただ――大事なのは心がけじゃ。つねに物事を、新しい知識を吸収しようとする気持ちを忘れぬようにすること。そうすれば、おぬしもわしのようになるじゃろう」

「ゴエモンのように?」

「そう。ただ、もちろん、わしのような見た目になるということではない」


 そこまでいって言葉を切り、ゴエモンはルルちゃんのからだを眺めまわしました。


「おぬしは……おぬしの外見が変わるということはないのじゃ。けれども内側が変われば、おのずと変化するものごともあるじゃろう」


 それはなぐさめるような、勇気づけるような言い方でした。なぜならゴエモンは、自分のしっぽとひげをたいそう気に入っており、そのためときどき、ルルちゃんにしっぽもひげもないことを気の毒に思うことがあったのです。

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