第8話 結局、私は

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

「おねがいします」

「おぉ、ひなたとしほんだったな? よろしく」

「よろしくお願いします!」

 私たちは東田さんに挨拶に来ていた。

 普段なら楽屋に挨拶に行くけど、今回はなかったので、ロケ車の近くで煙草を吸っているところを捕まえた。

 ちなみに、プロデューサーは、少し離れたところで見ている。

 わざわざ見ている必要はないと思ってるんだけど、私はともかく、しふぉんちゃんは未成年だし、何か失礼をしたときにフォローするとか、監督責任があるのかもしれない。

 大変だぁ……

「外でのロケは初めてやったか?」

「まだまだ経験が浅いので、迷惑をかけてしまうかもしれません!」

「そうか。まあ、緊張するなよ。一期一会を楽しむってのもこの番組の醍醐味だからな」

「なるほど……今日はよろしくお願いします!」

 煙草をくわえなおして、手をぷらぷら振っていたので、私達はその場から離れて、プロデューサーと合流する。

 プロデューサーも東田さんに会釈をした後、背を向ける。

「美刈さんは、いらしてないんですか?」

 しふぉんちゃんは、落ち着かないのか、プロジューサーに話しかけていた。

「そうだな。車も来てないから、もう少しかかるかもしれない」

 挨拶は早く済ませておきたい。

 もう一度、周りを見渡せば、いつの間に到着していたのか、東田さんの隣に座って美刈さんが煙草をふかしていた。

「プロデューサー、来てる来てる。ほら、あそこ」

 周りを気にしていたのに、全然気が付かなかった。

「……本当だな。挨拶に行ってこい」

「はい。いこう、しふぉんちゃん」

 しふぉんちゃんの手を軽くひいて、美刈さんの元へ向かう。

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

「ん、おお。今日のゲストの……あー」

「ひなたとしほんや。二度手間させることになったな」

「あー、すまんすまん。今日はよろしくな」

 ずっと共演してるみたいだし、東田さんのフォローもいつものことなのかもしれない。

 差し伸べられた手を握り返す。

 そして、しふぉんちゃんとも握手した後、すぐに煙草をくわえなおしていた。

 私にはわからないけど、煙草がよほど好きみたい。

 私はにおいが強いから苦手。美少女臭が消えちゃうし。

 あ、でもお姉さん系で売るなら、うん。

 大人のお姉さん……うん、アリ!



☆☆☆



「さぁ、始まりました。『昼飯巡りのぶらり旅』。本日は和歌山県、花甫井かほい町商店街というところにやってきているんですが、どうですか、東田さん」

「これだけ活気があると、子供の頃を思い出すな」

「今回で、40か所目の商店街ということで、スペシャルなゲストをお呼びしています。NexsiSのお二人です、どうぞ」

 美刈さんの声で、画角に入っていく。

「『NexsiS』の5女、朝比奈しふぉんです! よろしくお願いします!」

「えいか姉ちゃんの妹で、ななちゃんとひめりちゃんとしふぉんちゃんとやよいちゃんとわこちゃんのお姉ちゃんのひなたです! よろしくお願いしま~す」

 ぱちぱちと二人に拍手をしてもらう。

 あと、周りで見ている人たちも、ぱらぱらしてくれている人がいる。

「この番組では、全国各地の商店街を回っているわけですが、どうですか、お二人は? 商店街って行かれますか?」

「私は、お母さんにお使い頼まれた時に結構行きますね! 近いって言うのもあるんですけど、お店の人と交流できるって言うのも、いいですよね!」

「そうですね。いろんな人と関われる機会って大切ですから」

 しふぉんちゃんは、あんまり商店街に行ったことがないらしくて、プロジューサーとの話し合いの結果、分からないことは、私が言ったことに基本的に同意するということになったらしい。

 責任重大っ!

「でも、町中歩くの大変だろ? 囲まれたりするんじゃないか?」

 東田さんの質問は、いろんなところで聞かれることだし、答えやすいかな。

 しふぉんちゃんの方を見ると、私の言いたいことが分かったらしく、口を開いた。

「っ、け、結構気がつかれないこともあります」

「そうなんですよ、私も変装とかしなくても、結構バレなかったり」

「どうです、東田さんは。声かけられます?」

 撮影は続きながらも、現在進行形で、一般の方たちに囲まれている。

 なかなか新鮮。

「俺なんて、そこらのおっさんと見分けつかないだろ。声かけてくるの何て警官くらいだわ」

「悪人面ですからね」

「だぁれが悪人面かっ!」



☆☆☆



「ここは、いつからやっているんですか?」


 商店街の中の日達ひだち食堂というお店に訪れていた。


「ここはねぇ、うちの祖父が始めたものですから、七十……いくつだったか?」

「七十六年ですよ」

「七十年!? すごいね、しふぉんちゃん」

「昔ながらの雰囲気がありますし、地元の方たちに愛され続けてるんですね」


 私のおじいちゃんの歳くらい続いているらしい。

 そんなに続けられるって、商売としてもそうだけど、店主さんたちもすごいなぁ……


「おっちゃん、おすすめあるか?」

「うちは、梅ラーメンなんかが人気ですよ」

「おぉ、梅かぁ……これからの暑くなってくる季節にぴったりだ。それにするか?」


 美刈さんが了承した後、私達にも視線をやって、確認してくる。


「そうですね。さっぱりしていて美味しそうです!」


 梅……コンビニの梅干しくらいしか、最近は食べてないなぁ。

 そろそろ旬だったような……今もなのかな?

 放送されて他の地域から食べにくる人たちにとっては、ぴったりだね。

 店主さんが厨房に戻っていったが、奥さんは私達のテーブルに残っていた。


「うちの梅ラーメンは、和歌山の古城こじろという梅の粉末を麺に練り込んでまして、塩スープと合わさって、とてもさっぱりしているんですよ」

「女性でもあっさり食べられそうですね!」


 梅は唾液を作りやすいんだよね。

 食欲も掻き立てそうだし。


「はい、女性の方に人気でして、部活終わりの学生が帰り道で寄ってくれることもあるんですよ」

「部活帰りにラーメンか、羨ましいなぁ!」


 寄り道に、買い食い?かぁ、青春だなぁ。

 いいなぁ。


「もう何十年も昔の事ですからね。NexsiSのお二人はどうですか?」

「私は部活動には参加していなかったので~、しふぉんちゃんはどう?」 


 しふぉんちゃんは、確か、陸上部だったはず。

 今は3年生だから、そろそろ引退かな?


「私は陸上部に所属しているんですけど、練習後はお腹も空きますし、塩分も採りたいので、近くにあったら、通いつめてしまっていたかもしれません」

「へぇ、陸上を。しふぉんさんは、何を専門に?」


 待っている間は、世間話のような簡単な会話。

 まるで撮影なんかしていないかのように、緊張感が薄れてしまう。

 気を付けないと。


「一応、ハードル走をしてます」

「ハードルかぁ。あの、飛び越える時のぶれない体幹、凄いよなぁ」

「俺達の時代は、授業でもあったな」

「ありましたねぇ……運動音痴なんで何度も倒した苦い思い出が……」


 そんな話をしていると、厨房の店主さんが奥さんを呼ぶ。

 視線を映せば、微笑む奥さんが、4つの器を運んでくる。


「おまたせしました、梅ラーメン4つになります」


 湯気と共に薫る匂いは、やっぱりラーメンの醍醐味の一つ。

 鰹節も入ってるのかな?


「わぁ~っ! おいしそう! ね、しふぉんちゃん」

「うん、本当に、おいしそう……」


 しふぉんちゃんと私は隣り合っているので、目を合わせる。

 向かい合う瞬間がある、というのが、大事。


「早速、いただきましょうか」

「そうしよう」


 私達も、いただきます、と続く。

 まずはスープから、レンゲで掬って、飲んでみる。

 奥さんの言う通り、さっぱりしている。

 薄味なのは、梅を練り込んだという麵の味を強調させるためかもしれない。


「ん~、おいしい!」


 忖度なしに、本当に美味しい。

 新鮮って言うのもあるけど、麺の梅の酸っぱい味がしっかりと感じられて、後味がかなりすっきりしている。

 ラーメンの油や長く残るような後味を期待している人には、そこまでかもしれないけど。


「梅の味が、かなりしっかりしてますね」


 しふぉんちゃんも、美味しいと感じたのか、少し緊張がほぐれた様子で、奥さんに言葉を投げかけていた。


「私が梅を好きなこともあって、かなりこだわったんですよ~」

「これは、ぺろりと言っちゃいますね!」



☆☆☆



 日達食堂から、出る時には、私も含め大満足していた。

 梅ラーメンを食べ終わった後には、サインも書かせてもらった。

 これから、何年も飾ってもらえるかなぁ。


「かなり長居したなぁ」

「風が気持ちいいですねぇ」


 時間や他のお店で食べることも考えてか、ラーメン自体の量は少なめに調整してもらっていたみたい。

 普通だったらラーメン一杯でお腹いっぱいになっちゃうもんね。


「あっ、豪ちゃん! こっち寄ってって~!」


 食後ということもあって、商店街を進む速度はゆっくりになり、その分、周りの様子を伺いやすくもなった。

 商店街には、中年の方たちが多いためか、東田さんがよく声をかけられたり、手を振られたりしている。


「お母さん、ここは……」

「うちは、ずぅっと、お煎餅とおかきを売ってるんだよ! 美味しいから、ぜひ食べてって!」


 おばちゃんは慣れた様子で、ショーケースに入ったお煎餅などを数種類ずつ移して、私達それぞれに渡してくれる。


「お煎餅っ!」

「おぉ、嬢ちゃんも好きかい?」

「大好きですっ!」


 まさかここでもお煎餅を食べられるとは……

 もしかしたら、私はお煎餅の神様に愛されて……いや、私は美少女だし当たり前だった。


「それには、山椒が入ってるか、少し辛いよ」

「ん、本当ですね! 醤油の塩辛さと山椒のピリってする辛さの二つが合わさって美味しい!」

「これは酒が欲しくなるなぁ……」


 後で、買いに来ようかな?

 プロジューサーに買ってもらおう。

 残りのおかきも、あー……


「しふぉんちゃん、口開けて~」

「え、んっ!?」


 驚いて開けた口におかきのかけらを突っ込む。

 つまったら大変だから小さい奴だけど。


「おっ……美味しい……」

「私にも、あ~ん」

「えっ!? ……っ、あ、あーん!」


 伝わったみたいで、私の口の中にもおかきが入れ込まれた。

 結構大きいので、頬張ってるっていう感じになっちゃったけど。


「……こっちも食感が違って美味しいです!」

「それだけ喜んでもらえると、作った甲斐があるってもんだねぇ!」

「本当に美味しいよね、しふぉんちゃん!」

「は、はい! 本当にっ!」


 私たちの様子を見ていた美刈さんたちは……


「これは、僕達も食べさせ合う流れですかね……」

「だぁれがおっさんの食わせ合いが見たいか!」

 


☆☆☆



「今日はありがとうございました!」

「ありがとうございました」

「おう、おつかれ」

「おつかれ。二人ともよかったよ」


 撮影後も二人で煙草を吸っていた。

 これもコミュニケーションなんだろうなぁ。


「おっと、そうだ。サインくれないか」

「はい! もちろんいいですよ!」

「何かあったかな……」


 東田さんが煙草を加えながら、鞄を開こうとしていたので、止める。


「マネージャーが色紙持ってるので大丈夫ですよ」

「おぉ、そうか? すまんな」


 マネージャーは、予備の色紙を持ち歩いている。

 それを受け取るために、しふぉんちゃんと戻った。


「どうした、二人とも?」

「東田さんにサインを」

「色紙か」


 しふぉんちゃんの言葉を聞き終わらないうちに、マネージャーは鞄を開いた。


「二枚でお願い」

「……二枚な」


 マネージャーから、空白の色紙を受け取り、東田さんの元へ向かう。


「名前はどうされますか?」

「名前なんて書くのか」

「はい! 東田さんで良かったですか?」

「……いや」


 否定すると同時、東田さんは、撮影中、一度もしなかったような、ふにゃりとした笑みを浮かべた。


「孫が、ファンなんだ」

「わぁ、お孫さんが! ありがとうございます!」

「だから、東田みのる……真実のじつで頼む」

「わかりました~」


 しふぉんちゃんに色紙を手渡す。


「え?」

「私も書くから、お願いね」


 私も、手元に残ったもう一枚の色紙にサインペンを滑らす。


「ん? いや、一枚で」

「お孫さんの分と……これは東田さんの分です!」

「……俺のか? いや、俺は……」

「アイドルは、ファンを捕まえなきゃいけないので、お孫さんと一緒に応援してもらおうかと思いまして! 良かったら受け取ってください!」

「……」

「……そうだな、せっかくだ」



☆☆☆



 プロジューサーが運転する車の中、『ヒルメグ』は、そろそろ終わる予定だと聞かされた。

 地方の商店街というものの多くは、観光客よりも地元の人たちの消費に支えられている。

商店街に呼びたい新たな客層は、その商店街の近くに住んでいるが、そこに来ていない人達であり、地方テレビ局が紹介した方が、各地の商店街にとって、より旨みがあるから、だそうだ。

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