第7話 ……
体を動かせば、当然、汗をかく。
一つは朝使ってしまったので、二つ目のタオルで汗を拭いながら、スマホの画面を見る。
再生されているのは、たった今まで踊っていた私の姿。
家だとお手本と並べて見比べるられるけど、今はお手本を脳内再生して、改善点を見つけようとする。
タイミングは合っているけど、手の動きがいまいち。
素早く動かすからか、右腕がちゃんと伸びてないまま、次の動きに移ってしまっている。
だから、メリハリがついてないように見える。
これは反復練習で何とかなりそう。
意識して直して、癖にしてしまおう。
私はみんなと比べて、本格的にダンスに触れてきた期間が短いので、その分練習を多くしなきゃついていけない。
私たちの踊りは、テレビで流され、永遠に映像として残る。
ちょっとくらい遅れてもとか、ミスしてもとか、そんな妥協した姿が、アイドルをしている限り、足を引っ張ってくる。
そんなことは許されない。
全力になれなければ、アイドルじゃない。
もう一回。
☆☆☆
「ふぅ~……」
息を吐きながら、身体を倒す。
体を動かした後のストレッチは、本当に重要なのだと、最近気づいた。
アイドルになる前は、全然運動もしてなかったから、筋肉痛はつきものだけど、ストレッチなどを運動後すぐに、しっかりとやれば、苦しむこともなくなるらしい。
身体が痛いことを周りに気づかれないように振舞うのもつらいから、念入りにやっている。
そろそろ、閉める時間だろうし。
「ひなた、区切り付いたか?」
「おっ、ぴったり!」
「ん?」
ちょうどいいところにプロデューサーがやってきた。
もう恒例みたいなものでもあるんだけど。
「確認しないで呼んだけど、私じゃなかったらどうするの?」
「今日、事務所に来たのは、やよいとわこは、今、車で待ってもらってるからな」
流石、プロデューサー。
誰が来たのか、全て把握済みみたい。
「やよいちゃんとわこちゃんがいるの?」
「あぁ、収録終わりで、前通ったらまだ電気ついてたからな。乗ってくなら急いで準備してくれ」
「はーい! って言っても、もうできてるよ」
「じゃあ、さっさと行くぞ」
「はい、鍵返すね」
「ああ」
借りていた鍵を渡して、忘れ物がないか軽く確認した後、レッスン室を出る。
プロデューサーが、改めて中に残ったものがないかを確認して、電気を消していた。
そして、いつもより暗い廊下を二人で歩き出す。
「鍵戻してかなくていいの?」
「あー、今日は持って帰るかな」
「お、私達送ったらそのまま帰るの?」
「そうだなぁ……」
プロデューサーは顎をさすりながら、窓の外を見ていた。
そして、ふと私の方を見ていた。
「? セクハラ?」
「お前は、ちょくちょく、そういう単語を使うのやめろ。社会人になると、何も覚えが無くても、そういう言葉聞くだけで心臓が痛くなるからな」
「は~い、気を付けま~す。まあ、プロデューサーには、特に縁遠そうな言葉だけどね~……それで?」
「いや、ほんとに何でもない」
なんだろう?
今の状況で、私を見て思い出すことか。
「あー、ごめんね? 私、お酌できないよ?」
「……知ってる」
「私もプロデューサーとは一緒に飲みたいところなんだけどさー、私眠くなっちゃうから」
「それを聞いてたから言わなかったんだ」
プロデューサーとアイドル。
他の事務所がどうなのかはわからないけれど、私はプロデューサーを上司のようにはお思っていないし、当然、逆も同じ。
同僚とは違うんだけど、私は勝手に友人に近いものを感じてる。
まあ、私が堅苦しいの嫌いだしね。
「っとと、待たせてるんでしょ? 急げ急げ~」
「お前なぁ……」
ちょいと呆れられてるけど気にしない。
早足から駆け足へ、下に停まっていた車の中には、二人が座っている。
「こんばんは!」
「こんばんは」
「……」
わこちゃんは、一瞬こちらを見たけど、すぐにスマホの画面に視線を戻して、指先をシュシュシュっと動かしている。
私が、やよいちゃんの隣に座ると、プロデューサーも運転席に乗り込み、すぐに車を発車させた。
「二人ともお疲れ様! 今日はラジオだったよね」
「……はい」
「……」
やよいちゃんは、眠くなってしまったのか、こくんこくんと頭を振っている。
話しかけて起こしちゃうのも悪いし、わこちゃんに話しかけることにする。
「わこちゃんもお疲れ様」
「……どうもー」
わ、棒読みだ。
でも、返答してくれただけで十分!
「今日のラジオどうだった?」
「……疲れてるんですけどぉ?」
「ラジオってテレビとは別の緊張があるよね」
「そうですねー……」
スマホから視線を逸らすことなく、言葉を返してくる。
やよいちゃんとわこちゃんは、『NexsiS』7姉妹の下から二人ということもあって、セットで呼ばれることが結構ある。
7人全員が呼ばれるのって、踊ったりする時だけだからね。
「今日の夕ご飯何食べるの?」
「なんでそんなこと教えなきゃいけないですかぁ?」
私の顔を見たわこちゃんは、少しご機嫌斜めみたいだった。
話しかけ過ぎちゃったかな?
「世間話だよぉ?」
「……それ、私の真似のつもりですか? まったく似てないんですけど?」
「ありゃ、似てない? じゃあ、んー……」
「真似しようとするの、不快なので、やめてもらえますかぁ?」
「今日のラジオ、どうだったの?」
「……はぁ……お便りに返事しました。これでいい?」
「私もお便り出せば、採用されたかな?」
「……」
わこちゃんは、一度答えれば話が終わると思ったみたいだけど、終わらせないよ?
美少女と話す時間は長ければ長いほど、健康にいいからね。
「やよいちゃんはどうだった?」
「知りませ~ん」
「結構疲れちゃったみたいだね」
わこちゃんは、一瞬、やよいちゃんの方へと目を向けて、口角を上げる。
「すぐテンパってましたしぃ、向いてないんじゃないですかぁ?」
「じゃあ、わこちゃんがフォローしてくれたんだね」
「……巻き込まれで、評価下げられても迷惑なので」
「そっかぁ~」
☆☆☆
「わこちゃんまたね~」
「……おつかれさまでした」
疲れたという様子を隠さずに、わこちゃんは帰っていった。
屋内に入ったのを確認して、再び車が動き出す。
ここまでやよいちゃんは寝っぱなし。
こんなに熟睡してて、帰った後、ちゃんと寝れるのかな?
「ひなた」
「はい?」
やよいちゃんの顔を眺めていたら、突然、プロデューサーに声を掛けられた。
もしや、私の邪な考えがバレた……?
このぷにぷにに触れずに我慢しろと?
ちょっと睨もう。
「絶対に考えてることと違うから安心しろ」
「あ、そうですか」
運転中だから当たり前だけど、一切、振り向かずに言葉を続ける。
「明日だぞ? わかってるか?」
「さすがの私も忘れたりはしないよ~」
「なら、いいんだが」
「ていうか、なんでそんなに気にしてるの? 生放送っていうのは、普通の撮影とは違うけど、今までだって何回かは生放送でやってるよね?」
生放送でやったのは数えるほどだけど、それでも経験はしている。
最近だと確か、ネット番組用だったから確かに今回とは違うけど、それでもここまで何度も確認してくる理由がよくわからなかった。
「普通、生放送っていうと緊張するもんなんだよ。それこそ、前日になっていきなり、『いきたくない』って言いだすやつが出るくらいな」
「へぇ、実体験?」
「キスモアの
「え、結構意外」
私たちにとって……先輩にあたるのかな?
事務所違うから先輩ではないかな?
『1016』プロダクションの社長の
プロデューサーが、サブプロデューサーとして初めてサポートについた時に、七河さんがプロデュースしていたのが、キスモアというグループだったらしい。
「結構ハーフ多かったよね」
「もともと海外展開を考えてたから、英語を話せることが前提だったな。あとは、海外で人気の出そうな容姿の人を選考してた」
「あー、そうだね」
正直、キスモアは国内ではそこまで人気は出なかった。
でも、今も海外でライブツアーをして周っているくらい、人気は出ている。
私達では難しいだろうけど。
「じゃあ、ただ私がナーバスになってないか心配してたってこと?」
「まあ、そうだな」
「私より、しふぉんちゃんの方が心配じゃない?」
「しふぉんには、俺が言ってもな……」
「プロデューサーの言うことはちゃんと聞くでしょ」
「だといいんだけどな……そろそろ、やよいを起こしてくれ」
「はーい」
今もむにゃむにゃしてるやよいちゃん。
これだけ気持ちよさそうに寝てるのを起こすのは申し訳ないなぁ……
でも、ちゃんとした場所じゃなくても、これだけ寝れるって言うのは、案外、図太いのかも?
それはそれでかわいい。
「ごめんね、やよいちゃん。おきてー?」
「……」
「やよいちゃーん?」
「ん……」
肩を揺らすと、目は開いたけど、今の状況をよくわかっていないのか、ぼーっと私の顔を見ている。
目の前で手をふるふるしていると、徐々に目の焦点が合い、頬が紅くなっていく。
「ご、ごめんなさい!」
「おはよう、そろそろつくみたいだよ」
「すみません……」
やよいちゃんは、両手でほっぺをむにむにしてる。
私もしたい……
「やよい、そろそろ着くから荷物まとめておいてくれ」
「はい、すぐ準備します」
そういうけれど、やよいちゃんの荷物はトランクに載せたバッグくらい。
あとは、ポッケからマスクを取り出してつけていた。
「またね、やよいちゃん」
「は、はい。おつかれさまでした」
車を降り、プロデューサーからトランクの荷物を受け取っている。
そして、一度こちらを振り返り、会釈して帰っていった。
「さて、ひなたで最後だな」
「さっさとかえりましょ~!」
「そうだな」
やよいちゃんの家の近くから大通りへ。
窓の外は、まだまだ行き交う人々が歩いている。
外を歩いた時のように視線を向けられることは無い。
スーツを着た、まだ若い男女の集団が歩いている。
酔っているのか、足元がふらふらしている男性を1人の女性が支えていた。
もしかしたら、また別のお店に飲みに行くのかもしれない。
「いいなぁ……」
「ん?」
「私も外で浴びるくらいお酒飲みたいな、って」
「浴びるほどって、何処の酒豪だ。それに悪酔いするって自分で言ってたじゃないか」
「そうそう。だから私は一人寂しく、今日も自室でお酒を飲むのですよ」
「ひなた、お前……今は酔ってないんだよな?」
「ひどくない!?」
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