第5話 なんでプライベートにまで踏み込まれなきゃいけないのよ!
しふぉんSide
「では、進路希望調査は、今月末までに提出してくださいね。それでは、ホームルームを終わります」
担任が挨拶を終えると同時、クラスメイトの二人が私の席に寄ってくる。
「
クラスメイトの
「この後、大丈夫ですか?」
クラス内の視線が私へ向けられた。
……
「はい、そういう約束でしたし」
私の言葉に、二人の顔が綻ぶのと同時、少しだけ、クラス内がざわつく。
これが、この二人の狙いなんだろう。
『葵しふぉん』ではなく、『朝比奈しふぉん』とプライベートで仲のいい二人。
それを、アピールするために、わざわざクラスメイト全員が揃っている時に話しかけに来た。
正直、面倒だけど、仕方がない。
なぜなら、この二人と『約束』があるからだ。
今日の放課後、3人で遊ぶ。
これでも、今までに何回も断ってきた。
家の事情とか、NexsiSの活動があるとか。
様々な理由を作ってきたから、そろそろ限界だと思い、今日の放課後を犠牲にすることになった。
「じゃあ、早速行きましょう!」
「……そうですね」
鞄を持ち、席を立つ。
私が教室を出るまで、クラスメイト達の視線が私を追いかけてきた。
本当に、面倒くさい。
☆☆☆
電車に揺られて数分。
ようやく降りる駅に着き、人混みから脱出することが出来た。
ホームも混んでいるけど、電車内よりはマシ。
「葵さん、大丈夫ですか?」
「はい、行きましょうか」
駅を出た後は、人の流れに沿って歩く。
暫く進んだのちに、私が立ち止まると、二人も同じく動きを止める。
両側から突き刺さる視線。
いつも通り、『私の決定』を待っている。
「まずは洋服でも見に行きましょうか」
笑顔で、わかりました、と答える二人。
でも、その場から動きはしない。
理由は、私が一歩も動いていないから。
「いきましょうか」
目的地に向かって歩き出す。
すると、二人も歩き出す。
放課後、夕方ごろという時間もあって、人通りは多い。
他校の生徒や買い物に来ただろう主婦だったり、友達と別れようとしている小学生など。
大勢のすれ違う人の顔を1人1人確認しているわけもない。
それでも、私を知っている誰かが1人でも私に気がつけば、周りも空気を察する。
スマホを向けられ、隙を伺われる。
だから、私は笑顔を絶やさない。
私は、『NexsiS』の『朝比奈しふぉん』だから。
アイドルとして、価値を保たなくてはならないから。
「こんにちは~」
手を振る子供に、私も手を振り返す。
その親が、よかったね、と子供に話しかけた後、私に頭を下げる。
そのやり取りを見ていた、学生が、子供連れが、店員が、スマホを構えた。
有名税。
誰が考え付いたのかはわからないけど、本当に、上手く作られた言葉。
私が何をしようが強制的に徴収されるし、私に何らかの還元がなされているのかも分からない。
「いつまでも立ち止まっていると邪魔になってしまいますね」
目的地に向かって歩く。
私が歩き出せば、周りも各自の動きを再開する。
それぞれすることがあるから。
有名人に出会ったからと言って、ファンというわけでもない多くの人は、碌な反応が返ってこなければ、私の話題を話し続けることはあっても、ずっとその場に留まることは無い。
「やっぱり、葵さんはすごいですよね!」
「服装もしっかりしてきてよかった~」
私のおこぼれであっても、誰かに注目されるのが嬉しいんだろう。
私には、理解できない。
「あっ、ここでしたよね!」
目的地の『A.I.R.』というアパレルショップの前に立つ。
最初はクラスメイトの二人。
今は何人ついてきているのか、わからない。
暇な人間は、いる。
「いらっしゃいませ~!」
私を見る店員。
この人も、『しふぉん』を知っていると、視線が伝えている。
こんにちは、と言葉を返す。
入口に立ち止るわけにもいかないので、奥へ。
すると、着いてきていた学生たちは、入り口で立ち止まり、離れていった。
狭い店内にまで付いてくる人はほとんどいない。
私との距離を保てないから。
勝手に私についてくるような身勝手な人間であっても、私とは距離を取りたがる。
それは私に遠慮しているからではなくて、自分はそこまで迷惑なファンではない、と考えようとするから。
自分たちは良識があると勘違いしている。
店員も、私一人だけなら話しかけてくるけど、他に人がいれば話しかけてこないから、クラスメイトと来るのはお互い、Win-Win。
多少、面倒だけど、大したことではない。
私は、ネットで買うより実際に見比べるのが好きだったから、前は暇があれば色々な店舗を周っていたけど、今は気軽にはできない。
だから、余計なものがついているとはいえ、今日も楽しみではあった。
「葵さんは、やっぱり何でも似合いますね~!」
「このフレアスカートも似合ってます! こんなに似合う人見たことないですよ!」
クラスメイトが店員のように、褒める。
でも、こんな、太鼓持ちを連れていると、本当に、何をしているのかという気分になる。
もう帰りたいという気持ちも少し浮上してくるけど、まだ満足に見れていないから、我慢するしかない。
複数の店員がこちらを、私を、窺っている。
他にも人はいるのに。
でも、こういう店では、サインを求められることは少ないから、マシ。
「これからのトレンドは何になるんですか?」
「この花柄のカーディガンと、こっちの水色のブラウス、どっちがいいと思いますか?」
長崎麻里が両手に商品を持って、掲げる。
次は、私が店員役。
適当に褒めておけばいい。
この2人は、それを私のお墨付きといって、人気取りに走るだろうけど、私の知ったことではない。
私の名前なんて、この二人に限らず、いろんな人が好き勝手に使っている。
「どちらも似合うと思いますよ?」
「ほんとですか? じゃあ、どっちも買っちゃおうかなぁ」
「このショルダー、どの色がいいと思いますか?」
それに、意見を求められたところで、私が特別、流行に敏感なわけではない。
そもそも、流行というものは、どこかのブランドや大勢の一般人によって決まるものであって、アイドルだから事前に知ることが出来るわけではない。
もちろん、テレビで身に纏っているものは、流行を取り入れているけど、その『流行』を知っているのは、私じゃなくてスタイリストで、衣装を全て買い取ることもできない。
そういう意味では、私も一般人と何も変わらない、そのはずなのに。
☆☆☆
「そういえば、この近くに、メアリー?っていうお店が出来たみたいですよ!」
出てきた名前に少し反応してしまう。
そこも行ってみたいと思っていた。
でも、まだ、行くつもりはなかった。
開店してから、たった4日しか経っていないから、もしかしたら入店できる人数に制限を掛けているかもしれないし、私が行ったことで、純粋にそのお店に行ってみたかった人の迷惑になるだろうと考えていた。
でも、そんなことを口に出せば、調子に乗っているとされる。
口に出さなくても、行くのを断った時点で、深読みされて、そういうことを言った、とされるかもしれない。
「ちょっと、覗いてみましょうか」
当然、自分の願望も入っている。
何かの手違いで、全然お客さんがいなければ、遠慮することなく入ることが出来る。
それで私の事に気づいたら、サインくらいは書いてあげてもいい。
そのくらいには、私も気になっていた。
☆☆☆
「うん……」
正確な店名は『
想定とは違い、行列ができているといったことは無かった。
暫く離れて見ていたけど、入店していったのは数組だけだった。
大丈夫そうだと安心して、対応を切り上げて、入るとすぐに、独特なものが目に入り、思わず気圧されてしまった。
これは……
「えっと、アマビエ、でしたよね」
氷見山文の言葉に、思い出す。
数年前に、少し話題になっていた妖怪。
私より少し身長の高いソレに出迎えられた。
少し近づけば、長い髪の毛は妙に人間らしさがありながら、くちばしや三本の足などが、ソレが人間でないことを示していて、そのちぐはぐさが不気味さを際立たせていた。
病気が流行ったら、自分の絵を描けと言ったらしい。
しかし、今のコレは、流行病じゃなくて、この店の客を追い払っているような気もする。
「あはは、なんですかね、これ~? 撮っとこ~!」
出鼻をくじかれたけど、奥に進む。
入り口の置物がインパクト強いだけで、中は普通かもしれない。
きっと、店主が変な方向にはりきってしまったのだろうと、まずは、適当に近くの商品を手に取った。
「……」
元に戻し、別の棚から一つ手に取る。
もしかして、面白系のものしか売っていないんだろうか?
白地のTシャツの中心にまぐろのお寿司のイラスト、その上に黒で『しゃり』の太文字。
お寿司は日本の料理として知られているだろうし、日本語も書かれているから、外国人向けに作られたものなのかもしれない。
「葵さん、これ、どうですか?」
そういって自身の身体に当てているのはレインボーのガウチョパンツ。
……少なくとも、上とは合っていない。
普通に身につけるなら、合うもの探すのは難しいと思う。
「買っちゃいなよ! 面白いよぉ?」
「そうですね、なかなか見かけないデザインをしていますね」
「ですよね! そんなに高くありませんし!」
確かに、ここのは1万円以下のものも多いみたいだから、手頃だけど、いらないものは、ただでもいらない。
色々、見て回るけど、やはり他の、普通の店とは毛色が違う。
この店に入った時点で気づくべきだった。
開店して数日だというのに、店内にいる客は数組。
私を追いかけてきた組もいることを考えれば、閑古鳥が鳴いていると言っていいレベル。
普通なら、新しく出来たというだけである程度の集客は見込めるのに、今の状況ということは、この店が普通じゃなかったってこと。
こんな……
「……ん?」
あれ?
なんとなく手に取ったソレは、ドーナッツが描かれているだけのモノ。
これならそこまで奇抜でもないし、着れなくも……じゃなくて!
これ、なんか見覚えがあるような……?
「おぉ、らっしゃい!」
店内に歓迎の言葉が響く。
何語で歌われているのかも分からないようなBGMをかき消すほどの男性の声が大音量で届いたせいで、手に持ったTシャツを落としそうになってしまった。
私達が入店した時に、カウンターに座っていたのは、肌を黒く焼いた男で、かなり不愛想に見えた。
別の店員なのかもしれない……
「店長さん、また来ちゃった!」
……妙に、聞き覚えのある声。
「来てもいいけど何にも変わってねぇぞ?」
「新しいの入荷して~」
「まだ移ってきて数日なんだわ」
嫌な予感を感じつつ、錆びついたロボットのように、ゆっくり、ゆっくりと首を回した。
そこには、案の定……
「え、ひなたちゃん!?」
「ほんとだ! え、なんで!?」
クラスメイト二人が叫ぶ。
テンションが高いことは分かっていたけど、今だけは本当にやめてほしかった。
「こんにちは~! あ」
アイツと、目が合ってしまった。
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