第4話 随分、余裕があるみたいね

「『まれ見た‼』、本日のゲストは、若者から絶大な人気を誇る女性アイドルグループ『NexsiS』から、朝比奈えいかさん、ひなたさんのお二人の登場です! どうぞー!」

 司会の理壁りかべさんの言葉と共に、裏で合図を出される。

 えいか姉ちゃんと頷きあい、笑顔を浮かべ、表舞台へと出る。

 観覧席いっぱいに座った人たち、そして、出演者の皆さんの拍手で出迎えられる。

 笑顔で手を振りながら下りると、叫び声が最高潮に達し、スタジオ中に響き渡った。

「皆さん、こんにちは。『NexsiS』リーダー・長女の朝比奈えいかです」

「こんにちは~! えいか姉ちゃんの妹で、ななちゃんとひめりちゃんとしふぉんちゃんとやよいちゃんとわこちゃんのお姉ちゃんのひなたです! 覚えてね~!」

 この長い挨拶は、ほぼ毎回、共演者の人たちに苦笑いされるけど、私が初めてテレビ出演した時から一貫している。

 全員の名前を出すのは、私の希望で、それにプロジューサーは渋々賛成、社長は面白いからOKしてくれた。

 挨拶なので、カットされることも少なく、宣伝にもなる。

「独特な挨拶をいただいたところで、まずは、『NexsiS』さんの活躍を知っていただきましょう、VTR、どうぞ!」

 実際にテレビで放送されたとき、私達の表情はワイプを通して映し出される。

 だから、気は抜けないんだけど、実際、結構気が楽だったりする。

 理由は単純、編集をする人たちがプロだから。

 ワイプに使われるのは一人で、同時に二人が映ることは無いから、好き勝手にリアクションして、使えないものだったら、使わないでくれる。

 邪魔になるから、ほとんど話せないしね。

 VTRに流れるのは、今までのインタビューや取材された練習風景、以前のライブなどの数秒から十数秒を切り出したもので、ほんとうにかわいく、カッコよく、わかりやすく作られてる。

「『NexsiS』が結成してわずか3か月で、知らない人はいない程に爆発的な人気を得たのには、こんな理由があったんですね」

「私的には、やっぱり練習がすごいと思いましたね! ほら~、汗がすごかったでしょう? あれ、夏じゃないですからね? 私みたいに太ってもないんですから、それだけ激しい運動をしてるってことですからね」

「やっぱり、練習は厳しいですか?」

 共演者の鈴沢さんに話を振られ、えいか姉ちゃんと一瞬視線が交わる。

「そうですね。映像にあったトレーニング室は、体温が上がることも考慮して、室温を低めに設定していただいていますが、それでもああなってしまうことが良くあります」

「タオルも一枚じゃ足りないもんね~」

「そんなひなたさんですが、練習中の笑顔が一際輝いていましたね」

 理壁さんから、私に矛先が向けられる。

「はい! やっぱり、練習は大変で疲れるんですけど、上手くできてなかった振り付けが上達した瞬間の嬉しさを知ってしまうと、やめられないんです!」

 これは本当。

 脳内麻薬がドバドバ出てる。

 初めて練習した時から、最後まで食らいつこうと、休むことなかったからね。

 当然、次の日は筋肉痛だったけど。

 あとは、美少女に囲まれてたらね。

 疲れなんて吹っ飛ぶわけですよ。

「あとは、やっぱり一体感です。レッスンの時は、間違いなく皆が真剣に一つの目標に向かって努力しているっていうのが、目に見えて分かるので、辛さなんて気にならなくて、むしろ、ずっと練習していたいって気持ちにすらなるんです」

「ずっと練習は、ファンの方は悲しんでしまうかもしれませんね。ライブを見れないわけですから」

 そう、練習は本番のために行うもの。

「そうですね! 私が独り占めしちゃったら申し訳ないです!」

「あはは」

「それではいきましょうか」

「はい、それでは、CMの後は、いよいよ『NexsiS』の大ヒット曲、『Princess Sweet Life』を披露していただきます」



☆☆☆



 ライトが消える。

 今回は録音された音声を使う。

 私は、アイドルになって初めて、口パクには良い面と悪い面がある事を知った。

 良い面は、歌詞を間違えたりしないこと。

 間違えるのは、ファンからは許してもらえるだろうし、そういうのは逆に喜んでもらえたりすらする。

 でも、私としては、それは許されない。

 だって、それを見た誰かが、私は、歌詞すらまともに覚えられない、真剣にやってないと思われるかもしれないから。

 悪い面は、歌わないけど、口は動かさなきゃいけないこと。

 どうせ動かすのなら、私は歌いたい。

 進化し続けている私たちの今を届けたい。

 でも、その不安定さは、他の人に押し付けていいものじゃない。

「……」

 隣に立つえいか姉ちゃんから視線。

 視線で会話、大丈夫。

 ダンスの始めは、私とえいか姉ちゃんがセンターだから変わらない。

 その後のメンバーの立ち位置の入れ替わりは無いから、センターの振り付けを踊り続けなくてはならない。

 静かに深呼吸して、周りを見渡す。

 共演者の人たちもスタッフの人たちも、皆が私達を見ている。

 そのことをしっかりと胸に刻んで、曲が流れだすのを待った。



☆☆☆



「ん~~っ!!」

 プロジューサーの運転する送迎車に乗り込むと、私は大きく伸びをした。

 1日分の疲れを自覚する。

「えいか姉ちゃんもお疲れ様~」

「お疲れ様です」

 私の隣には、当然、えいか姉ちゃんも乗っている。

 メイクをしてもらった後、テレビだったこともあって、見足りなかったので、改めて目に焼き付けておく。

 ふ、ふつくしぃ……

「なんですか?」

 私の視線に気づいたのか、えいか姉ちゃんの瞳が私を捉える。

 横顔も綺麗だけど、真正面から見られるのは別次元。

 写真撮りたいなぁ……でも、私の技術じゃ、それを損なわれてしまう。

「やっぱりえいか姉ちゃんは、綺麗だね」

「……ありがとうございます」

 私の陳腐な言葉にも優しく微笑んだ。

 この方は女神さまだ。

「……?」

 視線に違和感を覚えたのか、私の目を覗き込み続けている。

 ほんっっっっとうに、綺麗だね、この人。

 私とは違ったタイプの美少女。

 流石の私も全タイプ対応ではないからね。

「二人ともお疲れ様。この後は、このまま事務所に戻るが、寄っていきたいところはあるか?」

「お菓子が欲しいのでコンビニに寄ってください」

 疲れた時には糖分だよね。

 コンビニのものだったら、量も多くなくて、手軽に買えるから、ちょっと食べる時には便利。

 普段はちょっと少なく感じちゃうけど。

 チョコは食べたし……グミとか?

 でも、噛むの疲れるしなぁ。

 ポテチ……じゃ一緒か。

 んー。

「ひなた、着いたぞ」

「あ、はーい」

 ドアを開けて、外に出る。

 まだ夏とは言えないような時期なのに、ぬるい空気に身を包まれる。

 エアコンガンガンだったから、あったかく感じちゃうね。

「いきましょう」

「あ、はい」

 えいか姉ちゃんも降りるらしい。

 元々用があったのか、私が寄るならちょっと覗いていこうかと思ったのかは分からないけど、二人でコンビニに向かうって言うのは、良き。

 えいか姉ちゃんの後ろをついていくと、コンビニに入ろうかというところで、真っすぐだった歩みが少し逸れた。

 見ると、入り口の近くに、大きな蛾が死んでいた。

 光に寄ってきたものの、踏みつぶされてしまったのだろうか。

 それにしても、虫が怖いってベタベタだけどかわいいね。

 えいか姉ちゃんは、すぐに中へと入っていったけれど、私は少しその蛾が気になってしまった。

 見た目はほとんど蝶なのに、名前だけで人気のない生き物。

 元が毛虫だから嫌われてるのかな?

 こんな、まだ真夏にもなれてないような時期に息絶えてしまうなんて、かわいそうに。

「……ひなたちゃん?」

「今行く~」

 待たせてしまったのか、立ち止まっていた私を呼びに来てくれた。

 急いで中へ。

 涼しい快適世界へ再び。

「えいか姉ちゃんは何を買うの?」

 カゴを持ったってことは、結構買うつもりなのかな?

「……飲み物です」

「私はどうしようかな~、お菓子の代わりにアイスとかにしようかな。あ、分けるの買ったら、えいか姉ちゃんも食べる?」

「私は大丈夫です」

「そっか~」

 フラれちゃった。

 ん-、せっかくだし、プロジューサーにも、って思ったけど、運転してたら食べれないね。

 アイス食べたらのど乾くだろうし、私のとついでにプロジューサーの飲み物を買ってあげよう。

「えいか姉ちゃんは何にする?」

「……私は、このお茶にします」

 選ばれたのは、ってやつだった。

「私はどうしようかな? リンゴジュースにしよ、100パーセントの。プロジューサーは、コーヒーならなんでもいっか」

 どれも一緒でしょ、多分。

 違っても飲ませればいいよね。

 アイドルからの差し入れでーす。

 ……今度、共演者にもやろっかな?

「あ、細かいの使いたいから、えいか姉ちゃんのも会計していい?」

「自分のものは自分で……」

「財布が膨らんできちゃってて、だめ?」

「……はぁ。お願いします」

「ありがと!」

 持ってくれていたカゴを受け取る。

 飲み物たちと、じゃあ、バニラのカップと、硬い棒アイスと、んー、チョコの……これでいっか。

 お会計をして、車に戻る。

「お待たせしました」

 えいか姉ちゃんにお茶を、プロジューサーにはコーヒーを渡す。

 リラックスのための飲み物もアイスも完備、環境も最適。

 最高の空間。

 さて、ASMRの時間だ。

 隣に座るえいか姉ちゃんの呼吸音、衣擦れの音。

 お茶が揺れる音、のどを鳴らす音。

 聞き洩らすのは、もったいない。

 一日の疲れを吹き飛ばすような至高の時間。

「ひなたちゃん、眠いの?」

「大丈夫〜」

 私が蕩けているのを、眠いからだと勘違いしたのか、えいか姉ちゃんが声を掛けてくれる。

 今日みたいに、私とえいか姉ちゃんのみって日は、結構珍しい。

 みんなに囲まれてるのもいいけど、集中できるのもそれはそれでいい。

 音をおかずに、買ったアイスを食べよう。

「改めてになるが、二人とも。今日もお疲れ様」

 私を寝させないためか、プロジューサーも声を掛けてきた。

「お疲れ様です」

「お疲れさまでーす」

「今日の共演者や番組関係者からの評判も悪くなかったぞ」

 台本があるところは、基本的にちゃんとやっていれば、何か言われることも無いしね。

 自由な所は、本当に自由にやったけど。

「特に、『まれ見た‼』での、『Princess Sweet Life』は、好評だったな」

「えいか姉ちゃんと二人でっていうのは珍しいですからね」

 もちろん他もだけど、やっぱり、アイドルとして、歌はガチだ。

 それこそ、たった1つの番組、そのうちたった1コーナーのために、7人で歌う曲を、2人だけで歌うようにアレンジするくらいには。

 他はどうなっているのかわからないけど。

「今後もああいう方向で活動があるかもしれないから、試験も兼ねていたが、充分にやってくれたな」

 自分では確認できないけど、プロジューサーがそう言っているなら、口や体の動きは合ってたみたい。

 同じ曲で、人数が変わることがこれからもあるって考えると、ちょっと大変な気がするなぁ……特に、立ち位置が全く反対になった時とか。

 というより、小さい事務所のわりに、臨機応変に振り付けを指導してくれる手縫さんを雇えるのって凄いんじゃ?

 大きな所から独立した事務所だし、そういうコネみたいなのがあるのかなぁ?

「えいかは明日ラジオ収録があるから、疲れを残さないようにな」

「はい」

「ひなたは……明日は一日休みだし、しっかり休めよ」

「はーい」

 明日はのんびり過ごそうかな。

 お昼頃まで寝ちゃったりして。

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