第3話 敵の施しなんていらないわよ!!
エレベーターで、1階へ。
そのまま帰ろうと、エントランスを出た。
「アンタ」
「あれ、しふぉんちゃん?」
入り口横の壁に背を預けていた、しふぉんちゃんに声を掛けられた。
まだ残ってたんだ?
「どうしたの? 忘れ物しちゃった?」
「は? 違うけど」
プロジューサーの前とは、態度も言葉遣いも違う。
もう慣れちゃったけど。
「んー、じゃあ、私に用だったりする? どうしたの?」
私の態度が気に食わないのか、顔を紅く染めてる。
かわいいけど、状況が状況だから、抑えなきゃ。
「……アンタのお飾りになるのはごめんだから」
「お飾りって……しふぉんちゃんがお飾りだったら豪華すぎるよ~」
「アンタに気を遣われるのとかごめんだから!」
「ちょっと、声大きいよ?」
ビル前の大通り。
人通りはまだまだ多くて、そんな中での大声に、驚いてしまう。
私達はアイドルだから、気を遣わなければならないことは、しふぉんちゃんもわかっているはず。
「私は、アンタなんかの力を借りなくたって……」
捕まれた手から、真剣さが伝わってくるけど、その怒りの矛先である私には、どうしようもない。
「決めるのはプロジューサーだよ?」
白々しいと思われるだろうけど、そう言うしかない。
プロジューサーも私に責任はないって言ってたし。
「もういいっ!」
そう言って、走り去ってしまう。
何が言いたかったんだろう?
何をそんなに気にしてるんだろう?
追いかけようかとも思ったけど、しふぉんちゃんが聞かれたくなさそうだし、そのまま私も帰宅することにした。
☆☆☆
次の日の番組の合間、楽屋にて、私達はサインを書き書きしていた。
今回のは全部、直筆。
うちの事務所は、直筆と銘打って、他の人に書かせたりしないで、私達自身に書かせる分、いい事務所だと思う。
だから私も、安心して爆買いできるんだけど、その分、アイドルの私達が、大変になっちゃうんだよね。
「ひー、なー、たーあ……ひー、なー、たーあ、っと」
ローマ字でHinataと書いていく。
サインだから、筆記体というか、文字と文字が繋がってるんだけど、気を抜くとミスる。
本名じゃないってのもあるけど、おんなじ作業だから、集中力が続かないことがあった。
前に一度、Hinatoと、『a』を『o』としてしまったことがあった。
今よりもっと、書き慣れてなかったし。
そのまま『ミスっちゃった、ゴメンネ』と書いたら話題になってた。
アイドルってすごいよね。
そんな失敗があったから、それからの私はサインを書くときに、口に出して書くことにしている。
「腱鞘炎になっちゃうぅ……」
「あの、ひなたさん」
ペンを置いて、手首をさすっていると、同じく少し休憩していたのか、隣に座っていたひめりちゃんに話しかけられた。
「ん、ひめりちゃん? どうしたの?」
「写真、貰ってもいいですか?」
「いいよいいよー。いつでもどうぞ~!」
いつものSNS用の写真かな。
じゃんじゃん撮ってくだせぇ。
私、こんなに汗水流し、てはないけど、頑張ってるよ!
もっと写真の時だけ残像が見えるくらいの速さで書いた方が……?
「ありがとうございます」
「あ、もう撮った? みせてみせて~」
「はい」
改めて、おはよう私、写真の中でも可愛いね。
ぶれてないのでヨシ!
「ありがと~」
元気復活ッ!
さいんさいん。
「……」
☆☆☆
「失礼しまーす」
「失礼します」
解散した後、しふぉんちゃんと二人で、プロジューサー室にやってきた。
相変わらず、プロジューサーは椅子に座ってマグカップを傾けてる。
コーヒー臭が漂ってくる。
かっこつけんなー?
「まあ、座ってくれ」
ソファに二人で並んで座る。
ふむふむ、バニラ系のいい匂い。
くんくん……美少女の香り。
「『NexsiS』から出る二人は、ひなたとしふぉんで決定した」
「はい」
「はい」
真面目な顔で、ノートパソコンの画面をこちらに向ける。
その画面に映るのは、メールのやり取り。
まあ、難しい言葉でいろいろ書いてあります、と。
「台本はありますか?」
「ない」
「え、ないんですか?」
しふぉんちゃんが驚いてるけど、私も驚いてる。
あれ、台本無かったんだ?
「よく成立してますね?」
「あの番組は、
「なるほど?」
おんぶにだっこでおっけーと。
そっちの方が楽だから嬉しい。
けど、ちょっと失敗が怖いよね、スベったりとか。
「が、まあ、ベテラン故の頑固さというか、その場で食べるものを決めたりする」
「え……」
「で、だ。二人とも、食べれないものあるか?」
あー、なんでまた呼ばれたのかと思ったけど、それを確認したかったってこと。
アレルギーとかで倒れられても困るもんね。
「多分ないです」
「私は、その、ナッツ類がちょっと……」
基本的に、アイドルは好き嫌い、アレルギーが無いことが望まれる。
それは、単純な話で、メディア向けに作られたアイドルグループは、有名になればCMやドラマのワンシーンなどで、スポンサーの商品を口に含むことがある。
しかし、それを食べれないことをグループの内の1人でも公表していれば、1グループを使いたいと考えている企業・団体などは、自社の商品を宣伝するのに、起用しようとは思わない。
それが、私達は、7人。
だから、しふぉんちゃんもナッツ類が食べれないことは公表してなかった。
公言してたら私が知らないわけないし。
「しふぉん、他にはないか?」
「はい、大丈夫です」
「わかった、なら、その旨は送っておく」
「お願いします」
プロジューサーが手帳に書き込んで、胸ポケットにしまった。
「あとは、これだ」
取り出したA4用紙をこちらに渡してくる。
手に取ってみると、びっしり文字が。
「美刈さんと東田さん、あとは、今回、回ることになる
「ふむふむ」
「ありがとうございます」
「しふぉんもひなたも、二人と会ったことがないから、少し細かく書いてあるが、一応、目は通しておいてくれ」
改めて、文章に目を向ける。
家族構成や最近の趣味、過去の出演番組など、相変わらず必要かわからない情報が多い。
備えあれば患いなしとか言うしね。
……にしても細かくない?
「当日はここに9時に集まってくれ。現地までは遅くても1時間程度で到着するだろうから、そこから挨拶回りや下見をすることになる。撮影時間は生放送ってこともあって、11時半から12時半までの1時間。遅刻は取り返しがつかないから、時間までに来れない場合は、迎えに行くことも覚えておいてくれ」
最悪、ぎりぎりまで家でゴロゴロしててもいいんだ、しないけど。
「とりあえず、本題は以上だ。何か質問はあるか?」
「ないです」
「ありません」
「まあ、もし緊急で聞きたいことができたら、また、連絡してくれ」
そう言うと、プロジューサーは、マグカップの中のコーヒーを口に運んだ。
私ものど乾いたな、あとお菓子も食べたい。
「あの」
しふぉんちゃんが一瞬こちらを見た気がしたけど、私が向き合う前に視線は外れて、プロジューサーへと向いていた。
「レッスン室の鍵、借りてもいいですか」
「ん、あぁ……」
ん?
なんで、こっち……あ。
「待って待って」
「え?」
「私持ってる、えっと……」
鞄をごそごそと。
……こっちのポケットだっけ?
あ、あった。
「はい、しふぉんちゃん」
「……ありがとう」
一瞬、固まった後、私の掌の上の鍵を遠慮がちに受け取った。
「自主練してくの? 珍しいね?」
「別に……じゃあ、失礼します」
鍵を握り、荷物を抱え、しふぉんちゃんは出ていった。
部屋にはプロジューサーと二人になる。
「プロジュサー」
「……なんだ」
しふぉんちゃんの出ていった扉を眺めながら、言う。
「新しいお菓子、入荷してます?」
「お前、ほんとそればっかりだな!?」
それ以上に重要なことなんてないでしょうに。
勝手にあさっちゃお。
「そういえば、珍しいな」
「何がー?」
チョコかぁ……あり。
「今日は鍵返しに来なかったな?」
「あー……」
さっきしふぉんちゃんに渡した鍵は、今朝、私が借りていて、返し忘れていたもの。
レッスン室とか、仮眠室とか、録音室?とかの鍵は、プロジューサーだったり事務員が持っていて、私達アイドルは持ってない。
管理の問題があるからだろうけど、私達は誰かから借りなければならなくて、基本的に常駐してるプロジューサーから借りることが多い。
そもそも、プロジューサーだけ2本持ってるから、そういう風に事務所がしてるんだろうけど。
「時間あったら、この後使おうと思ってたから、いっかぁって」
「そうだったのか。せっかくなんだし、行ってきたらどうだ? たまには2人での自主練もいいんじゃないか?」
「んー、やめとく」
そう言ったら、プロジューサーが目を丸くして私をみた。
何だその顔は。
「なに?」
「いや、お前こそどうした? 熱あるのか?」
「普通にないけど」
熱あったら来ない。
風邪とかだと、みんなに移しちゃうかもしれないし。
「普段なら、喜んでいくんじゃないか?」
「確かに、一緒に自主練して、汗かいて、お互いのタオルで拭き合って、その後感想言いながら、夜風に当たって涼みながら、せっかくだし銭湯に行くって話になって、お互いの身体を洗う最中にくすぐり合うっていうのは魅力的だけど……」
「いや、そこまで言ってない」
しふぉんちゃんが練習している中、レッスン室に入ってくる私を想像する。
「しふぉんちゃんは、多分嫌がるだろうし」
「……」
プロジューサーが無言になる。
まあ、好かれてないって言うのは気づいてるというか、知ってるだろうし。
「それでも、ひなたなら、行くんじゃないか?」
「しふぉんちゃんさ、自主練珍しいよね」
「……そうだな。滅多にない」
「しふぉんちゃん、努力家だと思うんだよね」
紅茶あるかな……
こっちに……こっちもコーヒーかい。
じゃあ、ここに……あった。
「手縫さんとか、
「……そうだったのか」
プロジューサーは、本番直前の確認で見に来たりはするけど、レッスンを毎回ずっと見ているわけにはいかないもんね。
「努力してる姿を見られたくないんじゃないかな、17って、そういう年頃でしょ?」
プロジューサーは、私達『NexsiS』の担当で、ほとんどマネージャーのようなこともしている。
意識を割いてくれていると言っても、ダンスや歌に関して、本職のトレーナーさん達や、隣で見ている私達と比べれば、いろんなことに気づいていない。
「どうして、私の前で鍵を借りたんだろ。少し出てて、って言えばいいだけなのに。今までそういう風にしてきたのに」
気づけないことが、絶対に悪いとは言わないし、言えないけど。
私達のプロジューサーは、私達のメンタルケアも仕事の内みたいだから。
「しふぉんちゃん、ちょっと、焦ってるけど、大丈夫?」
ちょっと意地悪を言ってみたり。
「……それも、見てやってくれないか?」
「私は見てるよ~」
私が美少女の機微を見逃すはずがない。
「きっと、ひなたなら、できるだろ」
「何その信頼?」
「信頼というか、いくらプロジューサーとは言え、男にそこまで気を許すようなタイプには見えないからな」
「プロジューサーの力不足じゃない?」
「そこを突かれると痛いんだけどな」
冗談。
そこまで行くのは、誰だって時間が必要。
「まあ……」
「ん?」
プロジューサーの真剣な瞳に、少しだけ、子供っぽいおどけたようなものが混ざる。
「ひなたの美少女にかける情熱は信頼してるな」
「なにそれ~」
プロジューサーはたまに面白いことを言う。
「私も、私の美少女への情熱は、信頼してるよ」
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